第3895話 滅びし者編 ――最下層――
暗黒大陸へ向かう航路の最中に発見された幽霊船により構築された幽霊船団。この対応のため、冒険者ユニオンは皇国へと協力を要請。各地から霊力や退魔の力を操る者を招集。カイトは幽霊船に対応出来る数少ない一人として幽霊船の一隻の除霊に乗り出すわけであるが、乗り込んだ幽霊船は特殊な異界に近い状況となっていた。
そうして安全域と呼ばれる異空間が生じる事により生ずる空間と空間の境目、もしくは隙間を利用して休憩を取りながら最深部を目指すカイトであったが、その最中。第二層の安全域にて見付かったアルバムから、彼はこの幽霊船がかつて自身が見知った船乗りが乗っていた船である事を知る。そうして最下層となる倉庫までたどり着いた一同であったが、そこでカイトはかつて見知った二人の船乗り達の幽霊と交戦する事になる。
「ふっ!」
『おっと!』
『ふんっ!』
容赦なく振るわれる大鎌の斬撃に、二人の船乗り達は片や軽々と跳躍して回避して、片やカットラスに似た曲刀で受け止める。そうして一瞬の膠着が生じた瞬間に、虚空を蹴って軽やかな動きで長身の幽霊がカイトへと襲いかかる。
『首元がお留守だぜ!』
「知ってるよ!」
『っと』
お前らが認識出来なかろうと、オレはお前達と一緒に戦ったんだよ。カイトは敢えて受け止めさせたのだと暗に語る。そうして飛来する長身の幽霊に、カイトはもう一振り大鎌を顕現。大鎌二つによる異形の戦闘技法を披露する。
「<<白狼牙>>」
カイトが左手の大鎌を振り下ろすと、まるで生えるように床から狼の牙のような刃が唐突に突き出した。それはカイトへと襲いかかろうとした長身の幽霊の前に立ちふさがり、立ち入れば両断と知らしめる。だが自らの両断までわずか数瞬の猶予しかない長身の幽霊はしかし、カットラスを即座に振り抜いて反動で距離を取る。
『はっ!』
「<<三日月>>」
左右の大鎌を石づきの部分で接続し、柄を僅かに縮小。更に大鎌の先端から白銀の糸が伸びて、大鎌が弓へと早変わりする。
「ふっ!」
反動で逃げた長身の幽霊に向けて、カイトは追撃の矢を放つ。しかしこれに距離を取る長身の幽霊は空中で剣戟を放ち、その全てを斬り裂いて、更にその反動をも利用して距離を取っていく。と、そうして一瞬の攻防が繰り広げられる最中。巌のように大柄な幽霊がカイトへと距離を詰める。
『おぉ!』
「懐かしい連携プレイをどーも」
肉薄する大柄な幽霊に対して、カイトは即座に柄の接続を解除。しかしそのまま大鎌にするのではなく、新月間近の月のように細長い細剣へと変化させる。
「はぁ!」
『ふんっ!』
踏みしめ、叩き付けるような一撃に対して、カイトは二振りの双刃を交差させるようにして受け止める。そうして再びの膠着に陥った瞬間、両者が同時に足を上げた。
『「おらよ!」』
まるっきり同じように、カイトも大柄な幽霊も相手を前に押し出すような蹴りを放つ。だが、そうして吹き飛ばされる距離はカイトの方が遥かに短い。そして更に彼は一切体幹を崩すことなく、まるで水平に滑るように後ろに下がっていた。
「<<朔>>」
空中をまるで滑るように後ろに飛ばされながら、カイトは一切の淀みなく真上へと刃を振るう。そうして振るわれた刃は不可視の斬撃を生じさせ、着地直後を狙わんと追撃を仕掛けていた長身の幽霊の剣戟を受け止める。これに長身の幽霊は楽しげかつ嬉しげに笑う。
『やっるぅ!』
『良いぞ、小僧! 俺達相手によくやってる!』
長身の幽霊は斬撃の衝撃を利用して上へと跳躍し、カイトの蹴りで吹き飛ばされ木箱の山に激突していた大柄な幽霊はすでに崩れかかっていた木箱を吹き飛ばし、破片が舞い散る中をまるで木の葉が舞い散っているが如くに吹き飛ばしながら加速する。だがこれに、カイトは余計に物悲しげな様子だった。
「……」
やっぱ来るものがあるなぁ。カイトは自分の領地に来る度に何度となく、何日も酒盛りをした友人達が自分と理解してくれない事に悲しさしかなかった。そうして生じる一瞬の隙は、二人の幽霊達がカイトへと肉薄するには十分過ぎる時間だった。
『おらよ!』
『ふんっ!』
長身の幽霊がカイトの首を狙う牽制の一撃を放ち、そこからわずか数瞬の時間差で大柄な幽霊が力強い、胴体を薙ぎ払うような斬撃を放つ。牽制の一撃を防がねば首が断たれ、さりとてこちらを迎撃してしまえば本命の一撃への対処が間に合わず、胴体は真っ二つ。並み居る猛者達でさえ間に合わないタイムラグで放たれる二連撃に、しかしカイトは迷わない。
「ふっ、はっ!」
左手の細剣で首狙いの一撃を防ぎ、右手の細剣で胴体狙いの一撃を防ぎ切る。並み居る猛者たちが間に合わなかろうと、本来双剣士たる彼にとっては同時の一撃でさえ問題がなかった。
それが、わずか数瞬とはいえタイムラグがあるならば何をかいわんや、でしかなかった。だが、流石にこの幽霊達もすでにカイトをカイトと理解せず猛者と認めている。故に防いでくるだろうと察していた。
「っ」
ぽちゃん。まるで水面に水滴が落ちるように小さな音が鳴った。それをカイトは理解して、即座にその場から跳躍する。そして、直後。彼の居た場所をまるで噛み砕くように、床から無数の水の牙が生えてくる。
『おいおい、マジか』
長身の幽霊から、驚いたような声が漏れた。それは必殺の一撃が回避された事への掛け値無しの驚きであった。だが、だ。何度目かになるが、カイトは彼らの事を知っている。何度も共に戦った。これで終わらない事を、彼は知っている。そして案の定。大柄な幽霊の拳が、振り下ろされる。
『沈め!』
「<<水鏡>>」
『『!?』』
今度はまるで滝から降り注ぐような勢いで膨大な水がカイトへと降り注いだ瞬間。全く間断なく、降り注いだ水が逆巻くように吹き上がる。降り注いだ瞬間にそのわずかに真下を起点として水の鏡を生み出して、水の動きをまるっきり逆に、即ち登るようにして相殺してみせたのである。
そうしてカイトは双剣を大鎌に戻して、まるで背負投げのような格好で降り注ぐ膨大な水が激突するポイントへと大鎌の先端を突き刺した。
「<<激流葬>>」
水流をまるで背負投げで投げるように、カイトは自らの編み出した水の鏡を利用して大柄な幽霊が生み出した膨大な水を強引に誘導。まるで巨大な縄のように操って、有象無象の幽霊達を押し流す。
「「……え?」」
「……これは海水だ。水の中に含まれる塩を媒体に、清めの塩を生み出した。有象無象ならこれで十分だ」
「「『『……』』」」
マジか、こいつ。どこか物憂げでさえあるカイトの言葉に、アリス、ソーニャのみならず、二人の幽霊達さえ言葉を失う。
「アリス、ソーニャ。半分ほど消した。後半分は引き続き頼む」
「「は、はい!」」
元々一体一体の戦闘力としては上で戦った船乗りの幽霊よりも弱い程度。数を頼みに攻め寄せるしか出来ない雑兵だ。二人でも抑えられた。というわけで一瞬呆けた敵味方双方だが、カイトの言葉をきっかけとして再び戦いが開始される。その一方、そんな雑兵達を横目に二人の幽霊達は警戒を浮かべていた。
『何だ、お前』
『やるとは思ったが……』
長身の幽霊からは先程までの軽薄な様子が消え去って、大柄な幽霊は困惑しながらも獰猛な笑みを浮かべる。長身の幽霊の軽薄そうな姿はある種の演技。策を練って相手を倒すテクニカルな戦士だ。それに対して大柄な幽霊は見た目そのまま、豪快な性格らしい。警戒を滲ませながらも、だからこそという様子があった。
「……」
どれだけやっても自分が自分と理解してもらえない苦しみ。それがあったからだろう。カイト自身気付かぬまま、彼の拳に強い力が込められる。
彼らにとっての必殺だろうと、自分にとっては何度も見てきた物に過ぎないのだ。通用するわけがない。それでもさせているのは、心のどこかで気付いて欲しい、という願望があったからだ。やろうとすれば、最初の一手で倒す事も出来た。
「……なぁ、一個聞いて良いか?」
『あん?』
「船長は船長室か? それとも部屋で寝てんのか?」
『……お前……』
『何故それを……』
カイトの言葉に隠された意味を理解出来ればこそ、二人の幽霊達はカイトの問いかけに訝しみを浮かべる。そうして訝しみを得たからだろう。唐突に、二人の幽霊達が異変を生じさせる。
『『っぅ!』』
「おい、どうした!?」
『……はぁ。ま、どうでも良いや。おい、続けようぜ』
『そうだな。どうせ敵の言葉なぞ気にするだけ無駄よ』
「……」
これはどれだけやっても気付いてもらえないのだろうな。カイトは幽霊船の影響か、それとも幽霊船を操る何者かによるものか。一瞬だけ頭痛を感じた様子があった後に違和感を霧散させられた様子で、かつての友との語らいは叶わぬものと諦める。そしてならばこそ、彼は幽霊達の言葉に首を振った。
「……いや、オレはもう続ける気はないよ。悪かった」
『あん?』
『なに?』
何が悪かったなのか。カイトの返答に、二人の幽霊達が困惑を露わにする。だが、その瞬間には終わっていた。
「お前らと少しでも話せれば、ってわがままを考えちまった。オレがわがままを言わなけりゃ、お前らに要らない痛みなんて与えないで済んだ……悪い」
『……あん?』
『……なに?』
後ろから響いたカイトの声に、二人の幽霊達が困惑を露わにして、そして同時に先程の頭痛とは別の違和感を理解する。それはまるで、自分がなくなっていくかのような喪失感だ。そうして両者振り向く事なく、長身の幽霊が口を開いた。
『やれやれ……お前、相変わらずだなぁ』
『全くだ。小僧、お前はいつもいつも』
「……今かよ」
『お前が俺達と幽霊船の繋がりを切ったからだろ。ありがとよ。これでやっとあっちへ行ける』
『小僧、船長を頼んだ』
幽霊船との繋がりを断てば良い事ぐらい、カイトは最初からわかっていた。だが彼が言う通り、少しでも話したいと思った彼のわがままに過ぎなかった。そして大柄な幽霊が船長についてを託したその瞬間、二人の姿はまるで最初から存在していなかったかのように消え去った。
「……わかったよ」
たった数秒。自分が言葉を返す猶予さえなかった。それにカイトは悲しげではあったが、同時に最後に言葉を貰えたがゆえにか僅かな苦笑が滲んでいた。だがその苦笑は、すぐに消えた。
「……」
残るのは有象無象の数十体の幽霊。カイトにとっては何ら意味のない相手だ。そしてすでに幽霊達は理解していた。カイトが死神に連なるものであり、同時に彼は今、一切の容赦がないのだと。だが同時に幽霊達は幽霊船に縛られているがゆえに逃げる事も許されない。そうして幽霊達は幽霊船に操られるがまま、カイトへの無意味な突撃を開始するのだった。
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