第3891話 滅びし者編 ――決意――
暗黒大陸へ向かう航路の最中に発見された幽霊船により構築された幽霊船団。この対応のため、冒険者ユニオンは皇国へと協力を要請。各地から霊力や退魔の力を操る者を招集。カイトは幽霊船に対応出来る数少ない一人として幽霊船の一隻の除霊に乗り出すわけであるが、乗り込んだ幽霊船は特殊な異界に近い状況となっていた。
そうして幽霊船の中を進んでいたカイトであったが、船内の第二層の攻略の最中。自身が別の空間に飛ばされた場合に元の空間に戻るための標となる役割を持つソーニャの負担を鑑みて第二層の安全域を確保し、休む事にする。
だがそんな第二層の安全域は船員達の寝室をベースに構築されていたらしく、男の欲望に満ち溢れた部屋と化していた。そんな部屋の中で鍵の掛かった引き出しを見付けて中を調べるのだが、その中にはまるで隠されるかのように一冊のアルバムが仕舞われていた。
そんなアルバムの中には人魚族の男が長きに渡って蓄えた各地での写真が収められており、カイトは色々と情報を入手する。そうして情報の入手に成功した彼は、ひとまずアリスを休ませるためにも自身も空いているベッドに横になって目を閉じていた。
「……」
「んぅ……」
やはり知らず、疲労が蓄積していたのだろう。カイトでさえ疲れたと思う程度には困難な場で、幽霊屋敷の攻略実績もあるソーニャが意識を失うように眠りに落ちるほどだ。
色々とあった事が最後のダメ押しになったようで、気付けばアリスも疲れたのか眠りに落ちていた。そうしてアリスも寝た様子が気配で察せられるようになって、更に数分。アリスが完全に寝た事をカイトは理解して目を開いた。
「……はぁ」
少女二人の寝息を聞きながら、カイトは一人ため息混じりにベッドから起き上がる。そうして向かうのは、先程アリスが顔を真っ赤に染める事になった発禁レベルの成人向け雑誌の数々が積まれている机の上だ。と言っても別に少女らが寝たのを良い事に一人で性欲の処理を、というわけではない。
「……ったく。なーんでお前らエロ親父達は揃いも揃って……俺が死んだらこのお宝だけは絶対にお前が回収してくれ、大切に保管してくれさえすりゃ使ってくれても文句は言わねぇ、なんて言うのかねぇ……爺さんに関しちゃユーディトさんにバレてるってのに」
呆れたように笑いながらも、どこか過日の日々を思い出すようにカイトは積まれた雑誌の数々へと手を伸ばす。とはいえ、彼もその中身を見るつもりはなかった。まぁ、何時かはお世話になるかも、とは思いつつもそれが今ではない事だけは事実であった。
「幽霊船になる……とは考えてなかったんだろうがよ。色々と理由付けて部屋の一個を空けて宝隠してるんだ……だったか? ここに来たのがオレで良かったな、馬鹿野郎。それともお前が呼んだのか? お宝が海の藻屑になるのは忍びない、ってよ」
なんでこんな事をせにゃならんのよ。カイトは呆れるように笑いながらも、相変わらず真面目なのか不真面目なのかわからない自分の性格を嘆きながら、机の上に積まれた雑誌を手にとっては魔力でコピーして外観だけ似せておいて、原本となる雑誌を異空間に無造作に突っ込んでいく。
まぁ、アリスは雑誌が積まれている事を見ているのだ。目覚めてみれば雑誌がない、では何があったか察するには十分だろう。幸いアリスもソーニャも本の中身を見る事はないだろうから、中身も適当に他の雑誌をコピーして偽装しておけば問題はなかった。
「ふぅ……こんなもんか……道具は……良いか。確か道具は始末しておいてくれ、って話だったし」
いくらオレでもお前が使った道具なんて使いたかねぇぞ。そう男に話して、この『お宝』の数々の持ち主も爆笑しながらそりゃそうだ、と同意していた事をカイトは思い出す。
「……」
故人の遺言――でもない単なる戯言ではあったが――に従って、人魚族の男の『お宝』を全て回収。カイトは椅子に深く腰掛ける。
「はぁ……」
図らずも、知己の相手の旅路の果てを見てしまった。だからか、カイトの顔はやはり物憂げな様子だった。というわけで数度なにかを堪えるように、なにかを押し流すように深く瞑目して呼吸を整えて、小さく口を開いた。
「……シャル」
『なに?』
「こいつらはエンテシア皇国やエネシア大陸とは関係のない死者達だが、オレの領分でお前の冥府に送ってやれるか?」
『……ええ、もちろん。月は海の上でも貴方達を照らしている。下僕が灯火になってあげるのであれば、私の元までたどり着けるわ』
今までのカイトの様子から、シャルロットもこの船が彼に関わりのあるものだったのだと察するに十分だったようだ。それが未だあの世に行く事が叶わず、苦しみ続けている事にカイトは深い憐憫を抱いている様子であった。
「そうか……ありがとう。こいつらはオレが責任を持ってそっちに送る。頼まれてたわけでもなければ、望まれたわけでもないが……ったく。仕事中だってのに」
どこかカイトの口ぶりが愚痴にも近かったのは、やはり見知った相手が死んだ、と否が応でも理解せざるを得ない状況だったからだろう。と、そんな彼を包み込むように、月光のような白銀の光が彼の背へと顕現する。
『……』
「……悪い。だがまぁ、お前が長く生きて辛かった、ってのが改めてわかったよ」
『……』
苦笑するように。微笑むように笑うカイトに、シャルロットもまた微笑んだ。かつての大戦期、彼女は何人も何人も見知った相手が死んで、それを死神として見送っていたのだ。
そして当時はシャムロックを筆頭に神々は眠りについており、神官達も百年続く戦争で手一杯。一人で耐え忍ぶしか、出来なかった。その辛さは、察するにあまりあるものだっただろう。
『今は、休みなさいな。その部屋が問題ない事は私が保証するし、誰よりも月は貴方を見守っているわ』
「……ああ、そうするよ。仕事をするためにもな」
死者がこの世で彷徨っているのだ。それをあの世に送るのが死神の仕事だ。ならば死神の神使として、自身もまたそうするのが仕事。カイトは辛さを飲み下し、決意を改める。そしてその様子と、だからこそ今は休むべきと判断した彼にシャルロットを良しとして、その背から離れた。
「そういえば」
『どうかして?』
「ソーニャもアリスも使い物になりそうか?」
『どうかしら。そこそこ実力はある……いえ、才能はある、みたいだけれど』
実力の高低であれば、ソーニャはまだしもアリスはまだまだひよこだ。それも頭に卵の殻がまだ乗ったままの、と言っても良い。だが才能の有無であれば認められる所ではあっただろう。
「そうか……ならもう少し育ててみますか」
『それが良いと思うわ……まぁ、それはそれで良いのだけれど』
「うん?」
『少し耳年増ね』
「ああ、アリスか。お年頃って所だろ」
アリスがちらちらと成人向けの雑誌やポスターに興味を示していた事はカイトも当然気付いていた。まぁ、入って早々のポスターをじっくり見ていたのだから、さもありなんという所ではあっただろう。というわけで先程からの一幕を思い出して、カイトが苦笑いにも似た笑みを浮かべる。
「だがどうした? いきなり」
『もう少し注意してあげなさい、というところよ。下僕だからこれ幸いと手を出さないけれど。一応は預かっているのだから』
「……まぁ、確かに温室育ちのお嬢様か。悪い男に引っ掛からないように注意しておくのは必要か」
これがソーニャのように男の欲望を目の当たりにしてきたのならば、警戒心も強くなり心配はないだろう。更には当人の力の事もあり、下心があろうと一瞬で見抜いて自衛する。
だがアリスにはそういった擦れた所がなく、先程もカイトが居るにも関わらず、興味を見せてしまっていた。自衛が出来ていなかった。まぁ、それだけカイトが信頼されている、という所でもあったのだろう。
「まぁ、少し気に掛けておくよ。シャルの言う通り、確かに親御さんから預かっているんだしな」
『だからと言って、これ幸いと貴方が手を出さないように』
「イエス・マイ・ゴッデス」
シャルロットの掣肘に、カイトが笑いながらどこか演技っぽく応ずる。そうしてその会話で気も紛れたのか、先程より随分と晴れた表情でカイトもまたベッドに戻って、シャルロットの促しに従って彼も少しだけ仮眠を取る事にするのだった。
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