第3890話 滅びし者編 ――アルバム――
暗黒大陸へ向かう航路の最中に発見された幽霊船により構築された幽霊船団。この対応のため、冒険者ユニオンは皇国へと協力を要請。各地から霊力や退魔の力を操る者を招集。カイトは幽霊船に対応出来る数少ない一人として幽霊船の一隻の除霊に乗り出すわけであるが、乗り込んだ幽霊船は特殊な異界に近い状況となっていた。
そうして幽霊船の中を進んでいたカイトであったが、船内の第二層の攻略の最中。自身が別の空間に飛ばされた場合に元の空間に戻るための標となる役割を持つソーニャの負担を鑑みて第二層の安全域を確保し、休む事にする。だがそんな第二層の安全域は船員達の寝室をベースに構築されていたらしく、男の欲望に満ち溢れた部屋と化していた。そんな部屋の中で鍵の掛かった引き出しを見付けて中を調べるのだが、その中にはまるで隠されるかのように一冊のアルバムが仕舞われていた。
「……」
ぺら。アルバムは船員のアルバムで間違いないようで、その船がどこを旅してきたかの記録だったようだ。そして大戦期には世界中を旅して、大戦が終わってからは勇者として各地に招かれていたたカイトだ。各国の有名な港には訪れた事があり、見覚えのある港が幾つも写っていた。というわけでなにか情報が得られないか、と真剣な顔つきでアルバムを確認する彼に、少し小声で声がかけられる。
「……なにかわかりましたか?」
「ん? ああ、これか。まぁな……ああ、さっきは悪かった」
「いえ……で、何が?」
どうやらカイトが読んでいるのが成人向けの雑誌でもなんでもなく、なにか重要な資料だとアリスも彼の横顔から察したようだ。というわけで今度は安心だろう、とアリスがカイトの横からアルバムを覗き込んだ。
「アルバム……ですか?」
「ああ。専用の魔道具で撮影した写真を取り込んでいく形式のアルバムだ。旅人達が好むアルバムだな。まさかこんな物を持ってるなんてな……とはいえ、重要な情報源だ。色々とわかったが……後の事を考えても持ち帰られれば楽なんだが……」
「駄目なんですか?」
「微妙な所だ。この机がもし船員の物だったら、密閉性の高い机を使っている可能性はあるが……一時的な復元がされているだけだったら、幽霊船から持ち出した瞬間に崩れる可能性が高いな」
鍵付きの机にも色々とあり、こういう船に乗せるための机の場合は鍵付きの引き出しにはある程度の気密性が備えられている事があった。万が一沈没した場合でも、人魚達が見付けてくれた時に持ち帰ってくれる可能性があったからだ。
「そういうことだから、手に入れられる情報はひとまずこの場で手に入れる事が幽霊屋敷と幽霊船の場合の鉄則だ。まぁ、机の中身を考えりゃ、このアホは沈む事なんてまーったく考えずに宝箱みたいにしていたみたいだから、アルバムが無事かは微妙な所だろう」
「仕舞っていたから中に入っていたのでは?」
「どうだろうな。内装の改変が起きた時に中身がぐちゃぐちゃになった可能性は高い……てか、あんだけ本が散乱してたのも、今思えばそこらの仕舞ってた本が溢れて散乱って可能性が高そうだな」
うず高く積まれた成人向け雑誌の数々を見て、カイトがよくよく考えれば、とこんな部屋になっていた理由を口にする。もちろん、中には本当に本が散乱していた可能性はあるが、それにしたって散らかりすぎだ、と思ったようだ。そしてその可能性を理解して、アリスが深くため息を吐いた。
「それでももう少し考えてくれれば良いのですが」
「あはは……そうだな。ま、それはそれとして、だ。アルバムはどうやら各地の港を回った時に撮影された写真らしい。後は船員達が船の上で宴会した時に撮られた写真とかな」
「これは……」
「ポートランド・エメリア……マクダウェル領の港だ。皇国にも立ち寄ったらしいな」
ぺらぺらとページをめくって、あるページに収められていた写真を見て、カイトは自領地である事を口にする。流石に自身の領地の中でも有数の国際港だ。彼が見紛うはずがなかった。
「他にも色々と有名な港の写真もあった。これは……アリスにもわかるか?」
「これは……教会? でもこれは……」
「まだ国交のあった時代の教国だ。色々な所で写真を撮影しているようだ」
皇国は当然のこと、アルバムには教国のものと思しき写真や、ラエリアや双子大陸のヴァルタード帝国の前身となる国の港で撮影されたと思しき写真やらが幾つも貼られていた。とはいえ、そんな中に頻繁に写っている男が居た事に、アリスが気が付いた。
「この男性が……このアルバムの持ち主でしょうか」
「なんだろうな。人魚族の男だろう。この貝殻やら宝石やらを使った首飾りは、古くから人魚族の船乗りがよく使うものと酷似している。更には腰のボウガンに似たなにか。これも古くから人魚族が狩りに使う道具の一つで、小型の銛を射出するためのものだ。他にも腕には海中で行動する際に海流を制御する魔道具もある。これも古くの人魚族が使うものだな」
見たところ人魚族特有の人魚の下半身が写った写真はなかったが、おそらくアルバムの持ち主だろう男性の写真には人魚族が好んで使う道具がよく映り込んでいた。
長寿の人魚族なので大した意味はないが、外見年齢としては30~40代という所。船乗りだからか日に焼けた肌で筋骨隆々の大男というほどではないが、筋肉は付いており、海の男と言われれば海の男であった。
「この船団でも結構な上の奴だろう。どっちにしろ百か二百か……それぐらいは船乗りとして過ごした歴戦の勇士、ってところだろうな」
身に着ける数々の装備はどれもこれもが古くから人魚族が使ってきたもので、カイトが世界中を渡り歩いた三百年前当時でさえ、若い人魚族は使わなくなっていた物が多かった。新しいもので代用出来たり、より優れたものがあったりしたからだ。というわけで人魚族としては相当に古臭いと言える首飾りを見ながら、カイトはため息を吐いた。
「この首飾りが見付かれば話は早いんだが」
「そうなんですか?」
「ああ。この首飾りは同じ船に乗り続ける限りは新しくしないのが人魚族の船乗りの習わしだと聞いている。この首飾りの中央に、船に使われた木材の木片に船の名前と竣工日を刻んで入れておくそうだ。もし船が無事にお役目を終えた時はこの木片を次の船に仕込んで、同じように役目を終えられるように、ってな。だがもし万が一沈んだら、この木片を持ち帰って供養する……そんな習わしがあったそうだ」
だからこの首飾りが見付かれば、そこにはこの船が何時作られてどういう名前なのかがわかる。カイトは服装こそその時々で色々と変わるが、首飾りだけは決して変わらない人魚族の男を見ながらそう告げる。とはいえ、同時にだからこそ見つからないのも無理はないと思っていたらしい。
「だがこいつが首飾りを手放す事はなかっただろうな。一緒に沈んでくれてりゃ御の字だが」
「え?」
「人魚族だ。船が沈んだ程度で溺れると思うか?」
「あ……」
そもそも人魚族は海の中では地上と同等か、それ以上に自由自在に行動出来る種族だ。そしてもちろん、人魚という以上は溺れるという事がない。なので船が沈没しようと本来問題はないはずで、死んだのなら船の沈没ではなく別の要因だと考える事が出来た。
「とりあえず船の中で死んでくれりゃ、まだ見付かる見込みもあるが……海の上だとまぁ、見つからんわな。後は魔物の腹の中、ってパターンもか」
幽霊船が沈没した場所はわからない。確かにこの近辺で幽霊船団は出没しているわけだが、決して沈没した場所から浮上するわけではないからだ。そして首飾りの重さから、海流に流されてしまう可能性もある。
「まぁ、見付かれば御の字ってことで。アリスも少し気に掛けておいてくれ」
「はい」
このアルバムには船の特定に繋がるような情報はなかったが、船の特定に繋がる情報に繋がりはしていた。なのでかなり重要な資料だったとも言えるだろう。
「まぁ……こんな部屋でしたが。情報があったので良しとしますか」
「あはは……そうだな」
「そういえば他にはどんな写真が?」
確かに何度となく恥ずかしい思いをしたわけだが、その甲斐はあっただろう。そう結論付けるアリスであるが、やはりアルバムだからだろう。どんな写真が他にあるのだろうか、と少し気になったらしい。そんな問いかけに、カイトは自身もまだ最後まで見きれなかった事もあり適当にページを捲ってみる。
「他? 他はまぁ……多いのは港町の写真だと酒場の写真やら美女の写真が多いな。エロ親父め」
「あはは……海の男のイメージ通り、という所でしょうか」
「だな。行く先々で女を作って……るのか? 知らんが。まぁ、自分と同じぐらい美女がたくさん写ってた。自分の記録3割、美女の写真4割、美女と一緒に写った写真が2割、仲間達と一緒に撮った写真が1割、って所かね」
こいつは本当に。カイトはどこか呆れるように笑う。とはいえ、だからこそ豪快な男でもあったのだろうと察せられはしたようで、嫌悪感より好感の方が強い様子であった。そしてそんな印象はアリスも受けていたようだ。彼女もまた呆れるように笑いながら同意する。
「本当に色々な所で写真を撮っていますね……しかも写真はかなり適当に仕舞っている様子です」
「ああ……適当に時系列順……って感じなのかもな。ただまぁ、どこかある程度美女の写真で纏ってたりするから、途中までは整頓しようとしたんだろう。それかどこかのタイミングでやっては諦めたか飽きたか」
ぺらぺらぺら。カイトもある程度情報が手に入ったから興味を失ったのか、アリスに見えるように少し横にズレてアルバムを自分とアリスの間に置く。というわけでアリスはカイトが拡張した椅子に並ぶように腰掛けて、適当に戻したりして写真を見ていく。
「ですね……皆さん楽しそうです」
「……だな」
「ええ」
どこか微笑ましげに、船の上や仲間達どこかの港町の酒場でどんちゃん騒ぎを繰り広げる過日の船乗り達の写真を見る。と、そんなわけで適当にページをめくるアリスだが、そんな彼女の手がふと止まった。
「あれ?」
「どうした?」
「この写真……カイト……さん?」
「まさか。あのポスター然りだが、何百年前の話だよ。他人のそら似だろ」
写真の中に持ち主の男性と一緒に写る少年と、アリスが横のカイトと何度も見比べる。が、それに対するカイトは苦笑気味に笑うしかなかった。
「それは……確かにそうですね。それにどうにもこの方とは何度か会ってる様子ですし……」
このあたりは整頓していたようだ。アリスは周辺に収められていた写真何枚かに写真の少年が成長して青年となるまでの年月が流れていた事を理解する。
その最後は今のカイトよりも更に年上の青年で、二十代前半の見た目にまでなっていた。というわけでそんな青年とも見比べるアリスに対して、カイトが肩を竦める。
「だろう……それにオレはここまでイケメンじゃねぇよ」
「いえ、十分に格好良いと思い……あぅ」
「あははは。ありがとう……」
自分が何を言ったかを察して思わず赤面したアリスに、カイトが笑ってアルバムを閉じる。アリスが雑談やらになっている時点で察せられるが、これ以上めぼしい情報はない。そして故人のアルバムを興味本位で見るべきでもないだろう。
「ま、もう必要な情報は手に入った。幾つかの部屋の写真もあったから、ある程度情報の指針としては十分だろう」
「は、はぁ……他にはどんな?」
「どうやら船には倉庫や書庫もあったらしい。今の所書庫は見付けていないが、書庫にはなにかがあるかもしれん……ま、それはさておきとして。先に今は一旦休憩だ」
そもそも休憩の最中に見付けた結果、こんな長々と調査をする事になってしまったというだけだ。本来なら読まずに休憩を取るべきなのであった。というわけでアリスもめぼしい情報は手に入ったと納得したようだ。
「そうですね……少し疲れました」
「ああ……まぁ、幸いベッドも人数分あるし、ここで休憩しても問題はない。オレも少し横になる。アリスも少し横になっておけ。寝る寝れないは別にしてもな」
「大丈夫でしょうか」
「もし怖いなら添い寝でもしてやろうか?」
「い、いえ! 大丈夫です!」
どうやら先程見た内容をふと思い出したようだ。アリスは恥ずかしげに、そしてどこか逃げるように空いていたベッドの一つへと移動する。
「そうか。残念……ま、おやすみ」
「おやすみなさい……」
どこか消えるような声で、アリスが応ずる。そうしてカイトもまた立ち上がってベッドへと向かって少しの間目を閉じて休息を取るのだった。
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