第3888話 滅びし者編 ――探索――
暗黒大陸へ向かう航路の最中に発見された幽霊船により構築された幽霊船団。この対応のため、冒険者ユニオンは皇国へと協力を要請。各地から霊力や退魔の力を操る者を招集。カイトは幽霊船に対応出来る数少ない一人として幽霊船の一隻の除霊に乗り出すわけであるが、乗り込んだ幽霊船は特殊な異界に近い状況となっていた。
というわけで経験を積ませるべく連れて来たアリス。元々が教国にて退魔師として活動していた実績のあるソーニャと共に幽霊船の内部を進めていた。そうして船内へと進んだ三人だが、第一階層を経て第二階層。ガレオン船であるがゆえにか同じぐらいの広さとなっていた空間を第一階層同様に一つずつ探索していた。
「やれやれ」
もう今日何度目か数えるのも面倒になってきたな。カイトは今回も今回で扉を僅かに開くなり溢れ出してきた闇に引きずり込まれ、何やら良くわからない空間に取り込まれてため息を吐く。
(今回は……何なんだ、この部屋は)
移動させられる部屋は同じではない。なので時として食堂のような部屋の事もあったし、倉庫のような部屋に飛ばされた事もある。実際に部屋として存在している事もあれば、空間として模しただけの部屋だった事もある。というわけで今回も今回で例にない部屋に飛ばされたわけだったが、そこでカイトはわずかに顔を顰める。
(牢屋……いや、独房や営倉か?)
周囲の闇が晴れた後に見えた光景は、畳5畳ほどの狭い空間に簡易のベッド。更には牢屋におなじみの鉄格子だ。
(魔物は居ない……か。完全にトラップだな)
周囲に意識を集中して、カイトはこの部屋は魔物が居る部屋ではなく、単純に自分を捕縛しておくためのトラップ部屋だと理解する。そうして彼は鉄格子まで歩いてみて、軽く鉄格子を叩いてみる。
(……まぁ、流石に鉄格子がボロボロになってるわけもなく、か)
がんがんっ。鉄格子を叩くカイトの手に返って来る感触は、金属の固い感触だ。しかもかなりしっかりとした作りであるようで、魔術もなく叩いた所でびくともしなさそうであった。
(さって……前に聞いた事があるな。船の中の独房は特殊な素材で出来てるって)
カイトが思い出すのは、三百年前に懇意にしていた船乗り達の話だ。構造等は三百年前よりかなり新しくなっているが、設計思想そのものは今の時代も大きな差異は生じていない。なのでこの船が何時建造されたものかに関わらず、同じ思想でこの独房が作られている事は確実と考えられたのだ。
『船の上で独房に入れられるようなバカは2パターンしか居ねぇんだ。船の上でのご法度を犯すクズか、俺らの言う事を聞けねぇ正真正銘のバカか。そのどっちかだ。お前は……まぁ、バカの方だな。これが自分で尻拭いも出来ねぇバカなら容赦なく独房に叩き込むんだがよ』
『バカバカ言うんじゃねぇよ。わかってんだけどよ』
『怒るなよ。褒めてるんだから……まぁ、バカは大抵独房に入れても自分がバカやらかした、ってわかってるから良いんだよ。だから不貞腐れはするが、独房で暴れたりはしない。だろ?』
『オレに聞くなよ』
なんにも言えなかったな、あの時は。カイトは恥ずかしげに答えた答えに馴染みの船乗りが声を大にして笑っていた事を思い出し、思わず笑みを浮かべる。
実際、彼も何度か危うく独房に入れられそうになった事はあったし、この船乗り同様に自分の尻拭いは自分でしていたから入れられなかっただけと教えられていた。なので彼に限れば問題ないと言えば問題なかったが、ここで思い出すべきなのはもう一つの方だった。
『んでだ。問題はもう一個の方。船の上でご法度を犯すクズの方だな。こいつらは自分達が悪かろうがなんだろうが、独房を破壊しようとしやがる。で、わかるだろうが独房を壊すってことは船を壊す、って事と一緒だ。最悪は沈んじまう。大海原で船が壊れりゃ最悪だ。だから独房は一番壊れないようにせにゃならん。さて、そうなりゃどうするか、って話だ』
本来、こんな独房の特殊な仕組みなぞ教えてもらえる事なぞない。だがそこはやはりカイトという所で、船乗り達と懇意にする内に教えてもらう事が出来ていたのだ。
というわけで、彼はその仕掛けを確かめるべく手に僅かに気と魔力を込めて鉄格子を叩いてみる。その力は普通の鉄格子であれば十分に破壊出来るだけの威力だ。そうして、がぁんっという大きな音が鳴り響く。
「はぁ! まぁ……駄目か。そして部屋全体に……っと」
カイトが拳打を叩き込んだ部分に埋め込まれた刻印が僅かに光り輝くと、そこを中心として部屋全体へ行き渡って部屋全体に仕掛けられた刻印が反応。大きな揺れが部屋全体を襲い、わずかにカイトが姿勢を崩す。とはいえ、元々想定していた事ではあったので、カイトも驚いた様子はなかった。
「海に衝撃を逃がすようにした……か。流石にオレの全力なら耐えられる上限を超えて破壊は出来るが……まぁ、本来は吸魔石で出来た枷を嵌めるって話か」
流石に力技をやってしまうと、船乗り達が言ったように船が沈む事になりかねないだろう。カイトは力技はご法度だと胸に刻む。というわけでどうしたものか、と考える彼へと声が響いた。
『無事ですか?』
「ああ、ソーニャか。ああ……ま、見ての通り……見えてる?」
『ええ。お似合いですね』
「ひでぇな。これでも一応独房に入れられた事は……いや、あるか」
『何をしているんですか』
ソーニャはカイトの返答に呆れ気味だ。とはいえ、カイトが悪人や悪党の側ではない事は理解している。なのでどうせ人としては正しいが、規則に背くなにかバカな事をやらかしたのだと察してはいたようだ。そして実際そうだ。なのでカイトは悪びれもせずにうそぶいた。
「ま、色々とね。独房に入らにゃならん事もあったのさ……あ、女の子に手を挙げた事はないから安心してな」
『手を出しても独房に叩き込める法律を作るべきですね』
「オレは合意貰わないと手は出さないよ? 女の子が幸せにしている姿が好きなんでね」
『そうですか』
「うっわ。超どうでも良さそう」
『超どうでも良いです』
丁々発止。もしくは打てば響く。そんな様子でカイトの言葉にソーニャが楽しげに応ずる。そしてそんな様子に、カイトも心地よさげに笑う。とはいえ、いつまでもこんなバカな事をしていられるわけもない。カイトはすぐに気を取り直した。
「あはは……さて」
『……出れそうですか?』
「ああ、問題はないよ。船乗り達から船の独房の仕組みは聞いてる。破壊NGってな」
そもそもこんなに余裕を見せているのだ。脱出方法はすでに幾つも浮かんでおり、今は単にどれが最適か考えているだけであった。
「本来は独房に入れる前に壊されないように吸魔石の枷を嵌めておくそうだが、今はそれもない。単に叩き込まれただけだな。まぁ、それでも破壊が難しい事に違いはないが」
『では何か対策が?』
「ああ……」
かんかん、カイトは鉄格子の隙間から手を伸ばして、ちょうどドアノブがあるあたりに触れてみる。
「……うん。ピッキングが出来ないタイプの鍵だな。穴がない……専用の鍵で魔術的に施錠しているパターンか。部屋の方も破壊は出来ない……鍵は……見当たらないな」
もしここで一人で脱出が出来ないとなれば、ソーニャ達に鍵を持つ者を探してもらうしかなかっただろう。カイトは鍵穴のない鍵の掛かった扉にそう口にする。とはいえ、彼である。そんな手間は掛けるつもりはなかった。
「ま、ここは一番楽な方法でやりますか。この方法は船乗り達に怒られるが、まぁ幽霊船なら構わんだろう」
『楽な方法……ですか?』
「ああ……破壊が難しいってだけで別に破壊が出来ないわけじゃない。もちろん、下手に破壊しちまうと部屋そのものを破壊しちまって、最悪は船全体に大きなダメージが及ぶからご法度だ」
がんがんっ。カイトは先程と同様に鉄格子を叩いてみせる。するとやはり叩かれた部分が僅かに光り輝いて、部屋全体を淡い光が包み込む。
「叩いた所を中心として鉄格子に力が伝わり、部屋全体。更に部屋から伸びる刻印を通して、海へと衝撃は流れていく仕組みだ。それこそ船を沈めるより遥かに強い力を叩き込まんと、独房は壊れんだろう」
『ではどうすると?』
「こーするのさ」
先程と同じように、カイトはドアノブのあたりに手を当てる。ただし今回は殴るわけではなく、そっと添えるような感じだ。というわけで目を閉じて意識を集中して、カイトは一度だけ深呼吸をした。
「ふぅ……はぁ!」
だんっ。深呼吸の後、裂帛の気合と共にカイトの拳から力が迸る。そうして次の瞬間、綺麗に彼の手が添えられていた部分に穴が空いて、鉄格子がきぃ、という音を上げて開いた。そんな光景にソーニャが目を丸くした様子で問いかける。
『何が?』
「ごく一瞬、仕込まれた刻印が反応するよりも早く鉄格子の許容量を上回る力を叩き込んでオーバーフローを起こしてやれば良いってだけだ。ある意味力技だが……ま、技の極まった力技って所かな。これで脱出、と……」
独房を脱して、カイトは周囲の状況を確認する。そこは数個の同じような独房がある場所で、カイトが入れられていたのはその中でも一番奥の独房らしかった。というわけで出口に向かって歩きながら、カイトは一つずつ独房を覗き込む。
「……全部未使用の状態か」
『模しただけの部屋でしょうか』
「いや、これは沈没時は使ってなかっただけだろう。使用感はあったからな」
部屋の中を確認している際に、自分が付けたわけではない細かな傷や汚れがあった事をカイトは発見していた。それは模したにしては人の意思を感じさせるものだったようで、ここが模した部屋ではないと考えるに十分だったようだ。というわけでそんな独房を横目に進み、カイトは出口までたどり着いた。
「毎度毎度悪いが、灯台を頼む」
『わかりました……っ』
「……大丈夫か?」
『ええ。これが役目なので』
「……」
流石に幽霊船が想定以上に広く、ソーニャの疲労が蓄積しだしているか。カイトは少し苦い顔を浮かべる。とはいえ、今は彼女に対処して貰う以外に方法がない事もまた事実だった。というわけでカイトはこれまでと同様にソーニャの放つ力を目印に、元の空間へと戻る。
「……よし。今回は成功か」
「はい」
「アリスも無事だな」
「はい……あの」
「わかってる」
やはりアリスから見てもソーニャの疲労が蓄積しているようだ。休憩を提言しようとした彼女に、カイトは皆まで言うな、と機先を制する。というわけで二人はソーニャを休ませるべく安全域の発見を最優先にする事にして、少しだけ探索の速度を上げる事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




