第3888話 滅びし者編 ――次の階層――
暗黒大陸へ向かう航路の最中に発見された幽霊船により構築された幽霊船団。この対応のため、冒険者ユニオンは皇国へと協力を要請。各地から霊力や退魔の力を操る者を招集。カイトは幽霊船に対応出来る数少ない一人として幽霊船の一隻の除霊に乗り出すわけであるが、乗り込んだ幽霊船は特殊な異界に近い状況となっていた。
というわけで経験を積ませるべく連れて来たアリス。元々が教国にて退魔師として活動していた実績のあるソーニャと共に幽霊船の内部を進んでいたわけだが、そこで安全域というセーフティエリアを発見。小休止を挟んでセーフティエリアの調査を行い、幽霊船の情報を集めていた。そうしてセーフティエリアの調査からしばらく。再び船内の調査を開始する。
「……」
「「……」」
ここまでと同様にカイトが先頭に立って扉を開く準備を行い、少し離れた所でアリスとソーニャが万が一カイトが別の空間へ連れ込まれた場合の道標となるべく待機する。そうして二人が問題ない事を確認して、カイトが扉を開いた。
「っ」
少しだけ扉を押し開いて、中を確認。ここがトラップであれば基本的には少し開いた瞬間に扉の中に引き込まれるわけだが、どうやらこの部屋はトラップ等ではなかったようだ。少し開いた段階で中の様子が窺えるようになる。とはいえ、そこですぐにカイトは中を覗き込まず、アリスとソーニャの方を向いた。
「……」
ひとまずトラップではない。自身が引きずり込まれていない事から、カイトはアリスとソーニャの二人へと視線を向けて一つ頷く。それに二人もまた応じて、カイトは中を覗き込んだ。
「……よーやくあたりだ」
「ということは?」
「ああ……次の階層へ続く階段だ。ソレイユ曰く、外から見える限りおそらく三階層か四階層という事だが……はてさて。階層まで狂ってないと良いんだがな」
アリスの問いかけにカイトは二人にも見えるように扉を大きく開いて、中にあった下へ続く階段を見せる。そうして彼は振り向きアリス達を見ながら、更に甲板に続く階段の方を見た。
「階段はない、と。今が折り返しかどうかもわからんな、これじゃ……ソーニャ」
「……階段は前にあります。折り返しは過ぎている状態です」
「ってことは完全に面倒なパターンか。これで折り返しとかにありゃわかりやすいんだがなぁ……」
「どうしてですか?」
「折り返しにあれば、要は一番遠い部屋に目星を付ければ良いだけだから」
「あ、なるほど……」
自身の問いかけに簡単な事だ、と答えたカイトの答えに、アリスはなるほどと納得する。一番遠い部屋ならそれを目星として探索すれば良いわけだが、そうではないのなら今までと同様に時間を掛けて一つ一つ確認していくしかなかった。というわけで納得した彼女を横目に、ソーニャがカイトへと方針を問いかける。
「どうしますか? まだ数部屋、未探索のエリアは残っていますが」
「いや、やった所で一緒だろう。まぁ、最悪の最悪パターンを引いちまうとローラー作戦で全部の部屋を見ないとならないが……そうではない事を祈りたいな、流石に」
「まぁ……ここまで鍵が掛かってなかった事を考えれば、この階層はローラー作戦を行わないで良いかもしれませんね」
「だろう? 流石にローラー作戦かつ全部の部屋を完璧に調査は手間になり過ぎる。他の幽霊船の事もあるし、若干リスキーではあるが……もうそこらは賭けだな」
絶対を期すのなら確かに全ての部屋を完全に調査した上で次の階層に挑むべきなのだろうが、そんな事をしているとどれだけ時間があっても足りなくなる。ただでさえ一番広い船を調査しているのに、それではあまりに時間が掛かりすぎた。というわけで、どこか諦めるように苦い顔で告げるカイトに、ソーニャもまた同意する。
「ですね。現状は十数棟の巨大幽霊船を幾つかの班で攻略しているに等しい。下手に長引かせると、他のエリアの幽霊が復活してしまう可能性は高い」
「ああ……ま、もう戻らにゃならんとなった場合に諦めて戻ってこよう……この空間が維持されてれば良いんだが」
完璧にはしたいが、完璧にすると他の船が再度やり直しになる可能性がある。カイトもソーニャもそれを危惧していたようだ。そしてそもそもの話として、カイトとバルフレアがカイト一人による幽霊船団の除霊が無理と判断した理由もそこだ。
時間が掛かった結果最初に除霊した幽霊船が復活してしまう可能性があったのだ。そうならないためには、ある程度見切りを付けねばならなかった。無論、それでも一番の実力者ではあったので他より後から攻略しても大丈夫には設定しているわけだが、それでも限度はあるだろう。というわけでこの階層に見切りを付けて、三人は階段を下って更に下へと移動する。
「「「……」」」
やはり異界化に近い状態になっている。船の中にしては長い階段を下りながら、三人はそう理解する。そうして数十秒下り続けて、次の階層へとたどり着いた。
「……また無限回廊か。ソーニャ、広さはわかりそうか?」
「やってみます」
ひとまず階段を降りて周囲を確認し、やはり上の階層同様に左右無限に広がるように思える通路にカイトはため息混じりだ。というわけでそんな彼の要請を受けて、ソーニャが意識を集中。周囲の広さが確認出来るか試してみる。と、そんな彼女を横目にアリスが鼻を鳴らす。
「……潮の臭いが少し強まりました」
「うん? 確かに……少し潮の匂いが強くなったな」
言われてみれば、確かに独特な海の臭いが強くなった気がする。空気も先程より更に強く湿気を帯びており、聞こえる波の音も少し強くなっている様子だった。というわけで周囲の変化に気が付いた二人へと、ソーニャが告げる。
「冥海が先程より近付いています。おそらく下には多くてあと二階層。最下層の構造次第ではあと一階層でも不思議はないと思われます」
「やはり外から見たままか……そこは助かったな」
内部構造は歪んでいるが、階層にまで影響が出せるほどの異常ではなさそうか。どこか安堵するように、カイトはため息を零す。まぁ、あくまでも幽霊船は人為的な代物ではないという所がある。
なので異常なほどの広さや階層を獲得する事は出来なかった、と考える方が自然だろう。逆に無限回廊が幾つもある、という方がおかしいと考える事も出来た。というわけで胸を撫で下ろす彼に、ソーニャが目を開いて報告する。
「……無限回廊は確実ですね。ただ広さはあまり変わっていないように思われます」
「まぁ、ガレオン船だからなぁ……ずんぐりむっくりで下の方が広い、とならなかっただけまだマシか」
「はい……後はどこかで十字路がない事を願うだけですが」
「あー……流石に一直線しかしてないか?」
「流石に」
カイトの問いかけに、ソーニャはあくまでも距離を伸ばす事を優先した事を暗に示す。やはり広げれば広げるだけ、ソーニャの負担も強くなる。
なので距離を調べる場合は一直線に伸ばした方が良いわけで、霊力が広がらないようにするしかなかったのだ。というわけで部屋の数やらはわからなかったし、途中で十字路等があって曲がれる場合もわからなかった。
「はぁ……流石に上より下の方が広い、とかならないと良いんだが。とはいえ、どっちにしろまた逐一全部の部屋を探るしかないか。ソーニャ、試しになんだが」
「安全域でしたら、流石にわかりませんでした。流石にそこまでしているといくら力があっても足りません」
「ですよね……」
なにか楽が出来る方法があれば良いが、そんな方法がないから人海戦術で挑んでいるわけだしな。カイトはソーニャの返答にがっくりと肩を落とす。と、そんな彼にアリスがふと、問いかける。
「そう言えばカイトさん」
「おう? なんだ?」
「船長室を見ませんが、船長室は普通上の方にあるのでは?」
「そこに気付くか」
良く気付いた。そう言わんばかりの様子で、カイトが笑う。
「幽霊船の特徴というべきか、なんというか……まぁ、本来操舵室の近くに船長室がある事も多いんだが、幽霊船になった場合構造が組み変わる事も多くてな。そうか。最初にそこの話もしておくべきだったか」
確かにそこを話していないと何故、と思っても不思議はないか。カイトはアリスの疑問に、自身が少し説明不足だったと判断する。
「なにかあるんですか?」
「ああ……操舵室は当然、船の舵を取る所だ。だからここを抑えると幽霊船の行動を制御出来る。船長室は船で一番偉い奴の部屋。ここも重要だ……基本的に船長ってのが幽霊船における幽霊達の統率者や、全ての中心になっている……いや、されている事が多い。だから空間が歪んだ幽霊船の場合、普通にやってもこの二つの部屋にはたどり着けないんだ」
「では今しているのは、その二つにたどり着くための下準備……のようなものなのですか?」
「そういうことだな。だから最終的には甲板に戻って、操舵室と船長室へ行く必要がある」
「も、戻って……」
一番下までたどり着いて終わりではないらしい。カイトの返答に、アリスは思わず頬を引き攣らせる。そんな彼女にカイトは笑った。
「あははは……まぁ、幽霊船の除霊が難しいってのはそういうわけだ。そして通例というか当然というか、その二つに立ち入るための鍵は一番離れた場所に置かれてある。多いのは船底の宝物庫とかな。さっきオレとソーニャがローラー作戦はしないで良いだろう、と判断したのはそういう事もあるんだ」
「なるほど……入られたくないからこそ、一番遠い所に厳重に保管しておく、と」
「そういうことだな……ああ、そうだ。鍵ってのは物理的な鍵じゃなくて、結界やらを解除するためのキーという所だ。だから面白いのだと船長の帽子だったり、家族の写真だったりと船長に由来の品物だったりする事もある」
今探しているのはそれ、というわけだな。カイトはアリスに対してそう説明する。というわけで、おおよその説明が終わった所でおそらく同じぐらいの広さがあるだろう二階層を、三人は上と同様に一つずつ調べて行くことにするのだった。
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