第3886話 滅びし者編 ――船内――
暗黒大陸へ向かう航路の最中に発見された幽霊船により構築された幽霊船団。この対応のため、冒険者ユニオンは皇国へと協力を要請。各地から霊力や退魔の力を操る者を招集する。
というわけで元々幽霊船の除霊を要請されていたカイトは、その中でも最大のガレオン船に近い幽霊船の除霊を行うべく、アリスとソーニャの二名を連れて幽霊船へと乗り込んでいた。そうして甲板を突破した三人であったが、そのまま船内へと潜入。幽霊船というより幽霊屋敷に近いと判断したカイトは、とりあえず内部構造を把握しながら安全域というらしいセーフティエリアの発見に向けて動いていた。
「……」
セーフティエリア発見を目指すカイトが何をしていたかというと、端的に言えば扉を少し開いては中を覗き込んで、何もなければそのままそっと扉を閉じていた。
「ふぅ……ここはとりあえず何もなし、と」
「いえ、あの……幽霊がそこかしこに居ますが」
「それは見なかった事にしてる」
アリスのツッコミに対して、カイトは笑いながらゆっくりと扉を閉じる。なにもない時はこの通り、なにもない。なので安全ではあった。だが決して安全ばかりではないからこそ、幽霊船なのである。というわけで、次の部屋の扉を開いて早々。わずかにしか開いていないはずの扉が勢い良く開かれる。
「っ、はぁ。またか」
またか。確かに一回目ではないが、この異常事態を呆れたようなその一言で済ませられる事がおかしい。アリスはまるで引き込むように伸びてきた漆黒の手に掴まれるカイトの様子に、ただただそう思うだけだ。傍目八目というべきか、それとも遠くでただカイトの行動を見守るだけに徹していたからか。彼女自身もどこか冷静だった。そして彼の姿が闇の中へと掻き消える。
「またですか。アリスさん」
「はい」
船内に入って早々に言われていたが、ソーニャがやる事はカイトがこちら側に戻ってきた際に合流出来るようにすること。アリスがする事は霊力を強く放つ事によって引き寄せられる幽霊を除霊する事だ。ではカイトがやる事はというと、簡単だ。
「まー、オレ一人になるから楽で良いよね。てか食堂に招いたならせめてワインの一杯でも用意しておいてくれよ」
闇の中に引きずり込まれたカイトがどこに連れ去られたかというと、今回はどこか食堂にも似た大広場だ。そこの上座とでも言うべき椅子に、彼は気付けば座らされていた。今回は、なので時にダンスホールのような広い空間から、倉庫のような空間まで多種多様だった。
そしてそういう部屋に送り込まれると同時に霧が集まってすぐに霧の繭となり、霧の繭を突き破って魔物が生えてくるのであった。というわけで魔物が出てくるまで後数秒という所で、カイトは手で印を結ぶ。
「<<分身の術>>……更に<<影分身の術>>」
そもそもの話として、本来カイト一人で幽霊船一隻の鎮圧が可能と言われている。その彼も流石に幽霊船団にもなると後を考えねばならなかったこと。自分以上の退魔師になる可能性を有するソーニャと、彼が教育係であるアリスに経験を積ませたい事から彼女らを連れて来たわけだが、結果として正体をバレてはならないという制約が発生して彼本来の力を大きく制限している。
だが、それはあくまで二人の前では、というだけの話だ。故に二人が居ないのなら勇者カイトとしての力を振るう事に問題はないわけで、霧の繭と同数の分身を即座に生み出すと、彼は全く椅子から立ち上がる事なくその全てへと大鎌を突き立てる。
「「「ほいやっさ!」」」
「ふぅ……ま、こんなもんか」
霧の繭が全て霧散すると同時に、カイトは分身を消して立ち上がる。そうして立ち上がった彼だが、数度似たようなトラップに引っかかっていた事で、ある程度のルールを理解するに至っていた。
(トラップ部屋に霧を集めて、魔物の発生をある程度制御しているのか。通路に魔物が居なかった理由はそれか……船員を守るための保護システムかなにか、か?)
魔物はよほどの幼体か幼体から育てられない限りは大抵の場合、人類に対して見境がない。なので力を保有しない雑用をさせられている幽霊ならまだしも、ある程度の力を有する幽霊達に反応する可能性は高く、幽霊船が自分を守るために霧を制御している可能性は十分にあり得た。
(まぁ、それは良いか。とりあえず問題は……ここからどう出るか、かな)
当たり前だが現状、保護対象であるアリス、ソーニャと分断された状態だ。時乃やらその他大精霊たちのお陰で別の時間軸に送られるという事はないが、放置してはいられない。というわけで早期の合流を目指すべく、カイトは周囲を見回す。
(観音開きの大扉が一つ、か。こりゃまーた全く別の空間に繋がったパターンだな。今回初か……っと。ソーニャの霊力が届いたな)
分断される事は想定内。そして分断も一度目ではない。何よりソーニャに関しては、プロの退魔師達にさえ犠牲が生ずる幽霊屋敷の除霊も経験済みだというのだ。
なので彼女は焦らず、自身がするべき事を理解して即座に灯台としての役目を果たしていた。というわけで、カイトはそのソーニャの霊力を頼りに行動を開始する。
(にしても本当に見事だな。灯台役の一番重要な所は霊力を如何に強固にしつつ、長時間遠くまで届くように出来るかという一点だ。重要なのは相手の場所を即座に察知し、しっかりと指向性を持たせて、消耗を最低限度にすること。霊力の指向性は非常に長けていると思っていたが……)
元々カイトがおちゃらけるたびに霊弾を撃ち込んでいたのだ。そして霊弾とはこの灯台の技術の応用と言っても良い。これもまた、霊力を遠くまで届かせる技術だからだ。というわけでソーニャの霊力を追い掛けるように行動を開始するカイトだが、彼は扉の前までたどり着いて少しだけ顔つきを険しくする。
(なるほど……この扉、普通の扉じゃないな。いや、空間の接続が無茶苦茶になってる扉が普通の扉かと言われりゃ違うだろうが)
さてどうしたものか。カイトは扉を普通に開けばどこか変な空間にまた送られてしまうだろう、と判断する。そしてそうなればまたソーニャの手を借りねばならなくなってしまうわけで、出来れば彼としてはそれは避けたかった。と、そんなわけで立ち止まる彼の脳裏にソーニャの声が響く。
『何を立ち止まっているんですか』
『んぁ? ああ、ソーニャか……いや、この扉は普通に出るとまた別の所に飛ばされそうでな。どーしたものかとな』
『面倒ですね』
『本当に面倒だ』
ソーニャのしかめっ面が目に浮かぶようだ。カイトは苦笑いを浮かべながらも、そんなどうでも良い事を考えていた。何故そんな余裕があるかというと、幽霊屋敷の除霊の中で何度かこういうパターンは経験してきていたからだ。そしてもちろん、ソーニャもまたそうだ。なので彼はソーニャへと問いかける。
『多分、この部屋は作られた部屋だな。おそらく普通にゃ出してくれないんだろう。てなわけで、空間の歪みを数秒だけ解除する……灯りは頼むぞ』
『了解しました』
運良くこの船の中に出られれば良いが、最悪は別の船に飛ばされる可能性もあるのだ。迂闊な事は出来ない、と判断してカイトは確実に二人の所へ帰れるようにしたらしい。というわけでソーニャが意識を再集中した事を受けて、カイトはドアノブに手を当てる。
『……こっちの準備は完了した』
『……こちらも問題ありません』
『よし……スリーカウント』
『スリーカウント了解』
ソーニャの返答を受けて、カイトは意識を手と自らの魂に集中する。魂で繋がっているソーニャの居場所を利用して、空間の歪みを一瞬だけ正してそちらに移動するつもりだった。
『3……2……1……開く』
『っ』
カイトの合図と共に、空間の歪みが変化して扉の先が別の場所へと組み替えられる。そうしてソーニャの霊力がもっとも強くなったと判断した瞬間に、カイトは扉を押し開く。
「……っと、少しミスったか」
「え? あれ?」
「あははは、っと。先に出ないとな」
開いた先にあったのは確かにアリスとソーニャだが、どうやらカイトは誤って入った扉の逆側に接続してしまったようだ。驚いた様子のアリスに対して、彼は少しだけ恥ずかしげだった。というわけで逆側の扉から出てしっかり閉じた所で、少し恥ずかしげにアリスへと告げる。
「はぁ……その部屋はハズレだな。とりあえずバツマークを書いといてくれ」
「あ、もう書きました」
「よし。はぁ……にしてもやはり規模が大きい分、拡張も大きいな」
「中はどんなのでしたか?」
「食堂っぽい部屋だった。が、あれは完全に食堂をベースに部屋をコピーしたものだろう。食堂より食堂っぽさを重視してた」
アリスの問いかけに、カイトは肩を竦める。空間が歪むと共に、空間そのものをコピーしたり拡張したりも出来たようだ。というわけで半ば呆れながら語る彼であったが、気を取り直して自分達が来た方を確認する。
「これで8部屋目か。内トラップが3つ……折り返しにゃまだ遠そうか」
「おそらくこの横は安全域だと思われます」
「んぁ?」
「先程霊力を発した際、隣の部屋からは妙な区切りが生じていました。おそらくはどちらかなのだと」
「なるほど。境目か、隙間か」
カイトが別空間に連れ去られた際、彼へと霊力による命綱をしっかりと認識するべく力を発した際、周囲全体に霊力を発したのだろう。そして返って来る反応からカイトの居場所をしっかり掴んだわけだが、その際に横の部屋が変だと気付いた、というわけであった。
「よし……それだったらとりあえず順番を変えて横の部屋を探ってみるか」
今まではゼット字に通路の反対側と交互に部屋を調べていたわけだが、横が安全域の可能性が高いというのならそれを優先して調べてみるのは一つの手だろう。というわけで三人はソーニャの言葉に従って、先程調べた部屋のすぐ横の部屋を調べてみる事にする。
「「「……」」」
安全域かもしれない、と言ってもやはり油断は出来ない。なので先程と同様にカイトを先頭にして、開く際にはアリスもソーニャも彼から少しだけ離れた場所に立つ。そうして全員の準備が整ったと判断した所で、カイトがゆっくりと扉を押し開く。
「……よし。引き込まれる様子はない……内部は……」
大丈夫だろうか。カイトは押し開いた扉から中を確認する。それは少し大きめの部屋で、ベッドがあったり化粧台があったりする客室のような部屋であった。そうして十数秒。中を確認していた彼が、扉を大きく押し開いた。
「……問題ないな。あたりだ。ここは客室だな。おそらく客室であるがゆえに、自分達の領域ではないという認識が働いたんだろう」
それでそこをはじき出すような認識で、ここが隙間になってしまったんだろうな。カイトは安全と判断して、客室の中へ入る。そうして中へ入った彼に、中を覗き込んだアリスが不思議そうに問いかける。
「綺麗……ですね。幻術ですか?」
「幻術……ではあるな。ただ幽霊船の中の情報を改ざんしているから、実際にはボロボロという事はない。幽霊船の概念があるかぎり、この部屋はきれいな状態が正しいという事になっている。安全域の特徴の一つでもある」
客室に用意されていた椅子の一つに腰掛けながら、カイトはこの部屋についてはきれいな状態が正常なのだと語る。
「二人も一度休憩だ。ここまで……大体一時間ちょい。戦闘も数度。一度小休止を挟んで良い頃合いだ……ここからも長丁場になる可能性は高いしな。この部屋を調べる前に一度しっかり休んでおこう」
「「はい」」
カイトの指示に、アリスもソーニャも一度休憩を取る事にする。彼の言う通り、長丁場になる可能性は高いのだ。ここらで一度小休止を取るのは必要な事であった。というわけで、安全域の調査の前に少しだけ休憩を挟む事にするのだった。
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