第3886話 滅びし者編 ――船内――
暗黒大陸へ向かう航路の最中に発見された幽霊船により構築された幽霊船団。この対応のため、冒険者ユニオンは皇国へと協力を要請。各地から霊力や退魔の力を操る者を招集する。
というわけで元々幽霊船の除霊を要請されていたカイトは、その中でも最大のガレオン船に近い幽霊船の除霊を行うべく、アリスとソーニャの二名を連れて幽霊船へと乗り込んでいた。そうして甲板を突破した三人であったが、そのまま船内へと潜入する。
「……上には……戻れそうか。助かった。とはいえ、こりゃ多重型の幽霊屋敷かなぁ……」
「多重型?」
「幽霊屋敷も規模に応じて色々と構造が異なっていてな。多重というのは言い回しで、幾つもの空間が一つの幽霊屋敷の中に存在するパターンだ。まぁ、多いのは病院とかデカい豪邸とかの幾つかの建屋があるものだな。本棟と別棟で別の空間になっているが、総体としては一つの幽霊屋敷になっている。今回の場合は……どうなんだろうな」
一つの船ごとに一つの空間が生じていると考えた方が良さそうかもしれん。カイトはソレイユから語られた情報を精査しつつ、そう口にする。というわけで少しだけ考えるように足を止める彼に、アリスが問いかけた。
「一つ良いですか?」
「ん?」
「船内もかなり広そうですが……このまま一気に制圧出来るんですか?」
「一気に制圧か……」
アリスの問いかけに対して、カイトは上から船内へと視線を向けてどうするべきか少しだけ悩む。
「……まーた空間が無茶苦茶になってるな。通路の先が見えんか」
「はい」
「やれやれ……通路の端と端で空間が接続されているかな……となると……」
「壊すべきではないかと」
どうするべきだろうか。そう考えるカイトに対して、ソーニャが即座に口を挟む。
「やっぱ駄目だよな、ここの接続解除だけは」
「最悪はそのまま冥海にドボン。それがお好みならどうぞ、という所ですが」
「夏の海にドボン、は良いが真夏でも冥海にドボンは御免被る……やめておこう」
ソーニャの指摘に楽に攻略する方法と一瞬頭に浮かんでいたカイトだったが、諦めたようだ。そんな彼に、アリスが問いかける。
「駄目なんですか?」
「建物の構造の端と端を繋げている場合、壁の概念を利用して接続している場合があります。そうであった場合、接続の破壊と共に壁を利用している代償として壁が崩壊する場合があります。通常、幽霊屋敷であればそれでも大丈夫ですが、今回は幽霊船。外に広がるのは冥海。推奨される行動ではないかと」
「急がば回れ、ってのは日本のことわざだ。動いている幽霊船の上から落ちたらどうなるかわからん。最悪は砲撃に直撃なんてありがたくない話にもなりかねん」
ソーニャの解説に同意を示しながら、カイトは階段を更に降りていく。そうして話しながら降りるとあっという間に船内だった。
「階段は確認……出入り自由の代わり、空間の強度と広さの拡張がエグいパターンか」
「厄介ですね。逃げられる、ということは逃さない、という自信があるという事です」
「だな……通路の広さはおよそ15メートル。扉は……20メートルずつ等間隔……って所か。上に……ランタン。かなり古いモデルだな」
元々現代ではあまり使われていない帆船タイプのガレオン船だったので船そのものは相当に古い事はわかっていたが、内装もやはりかなり古いタイプだったようだ。というわけで幸い船内に入って早々に敵が見えなかった事もあり、アリスもまた周囲を観察してみる。
「どれぐらい昔でしょう。この船が出来て」
「さぁなぁ……ただ帆船が完全に使われなくなったのはこの100年の事だと聞いている。ガレオン船であればもう少し遡るそうだが……」
「最初に魔道具化を成し遂げた海軍は皇国、ラエリア、ウルシアの三カ国だと?」
「皇国……マクダウェル家だ。その技術提供を受けた皇国海軍がその次。その次に士官同士の留学が締結されているラエリア、最後にウルシアの順だったと聞いている」
ソーニャの問いかけに、カイトは一般的に知られている程度の情報として語る。そんな彼に、アリスも一応準軍属として頭に叩き込んだ知識を思い出した。
「マクダウェル家は……確か勇者カイトの残した情報があったので、一番魔道具化が早かったと聞いています」
「魔道具化というよりもシステム化だな。システム化の流れで魔道具化が推進され、技術の集約が成された段階で帆船の建造は終了した。マクダウェル領の造船所が最後に帆船を請け負ったのは……確か150年近くも昔だと聞いている。まぁ、技術の継承と道楽の側面から今でも帆船は作っているそうだが……」
この船はどうだろうか。カイトは再度船内を見回してみて、そういった一般的な利用が終わった頃か、もしくはその過渡期に作られた船かを見定める。
「……違うな。これはそういう黎明期や技術継承を目的とした船じゃない。ガレオン船全盛期に使われていた船だ」
「どうしてそう思うのですか?」
「今作られている帆船はその多くが今の技術を使った、あくまで帆船を模倣しているに近い。だから帆船かと言うと厳密にはそうじゃない。最低限今の安全基準はクリアさせている……この船はその領域にも達していない」
「何が違うんですか?」
「今の帆船は帆船ではあるが、同時に動力船でもある。帆を使って動けるが、同時に推進機関も保有している。万が一、海流の影響で戻れなくなった場合にも戻れるようにな」
そういった今の安全基準に準拠した作りになっていない。カイトはそこからこの船が数百年近くも昔の船なのだと判断したようだ。
「このガレオン船に限って言えば、建造は相当に昔だな。まぁ、それは良いか。ソーニャ。幽霊屋敷のパターンが通用すると思うか?」
「おそらく、お考えの部屋が生じている可能性は高いのではないかと」
なにかはわからないが、どうやらカイトとソーニャの二人は幽霊屋敷特有の現象があり得るのではないかと考えていたようだ。というわけで、二人の意見として可能性が高いと判断した事を受けて、アリスが問いかける。
「部屋、ですか?」
「ああ。空間を弄くり回す関係で、どうしても空間に隙間が生ずる。本来優れた魔術師ならその境目を均して、大丈夫にするんだが……幽霊屋敷のように人為的ではあるが、厳密には人為的とは言えない空間だとそのままになってしまう。誰が整えているわけではないからな。だからその隙間は幽霊達にとって触れられない安全域になるんだ。厳密に言えば、幽霊屋敷の外になるからな」
「なるほど……幽霊屋敷に依存する以上、幽霊屋敷の外に出る事は出来ない、と」
アリスは教国の学校で学んだ空間を拡張したりする場合の基本を思い出して、カイトの説明は道理に適っていると納得したようだ。そしてそれならば、と彼は続けた。
「そういうことだ……だから広い幽霊屋敷を攻略する上で重要なのは、その安全領域をまずは見つける事が重要だ。そしてもう一つ。安全域を見つけねばならない理由もある」
「理由、ですか?」
「ああ……安全域はさっき言った通り、幽霊屋敷の外だ。だから幽霊達による情報の改ざんを受けない……いや、受けていない情報が残っている場合がある。だから真実を知る上で重要な手がかりが残っている場合があるんだ」
「つまりこの船の場合はこの船がどこのなにか、がわかるかもしれない情報がある可能性がある、と」
「そ……だから可能な限り安全域は発見して休憩を挟みながら、そこを可能な限り調べて情報を手に入れて攻略に役立てる事が鉄則だ」
本当に幽霊屋敷の攻略みたいになってきたな。カイトは周囲を確認しながらそう考える。というわけで、幽霊船ではなく幽霊屋敷の攻略と考えるべきと判断した彼が今後の指針を示した。
「まず探索は後回しにして、安全領域を探す事に徹するぞ」
「一つ良いですか?」
「んぁ?」
いざ行動開始。一歩踏み出そうとした所のアリスの問いかけに、カイトが思わずたたらを踏む。これにアリスが少し恥ずかしげに謝罪した。
「あ、ご、ごめんなさい。なんでも……」
「ああ、いや、良いぞ。なんだ?」
「えっと……そういう安全域って基本入れないようにされているんじゃないですか?」
「ああ、そこか。いや、さっき言った通り、安全域は構造的な制約にも等しい。だから入れないようにする、とかが出来ないんだ。出入り口から触れられない。出入り口を隠す事もまた、安全域に触れてしまう事になるからな。といってもその周囲は改ざん出来るから、悪意ある幽霊だとその近辺に封をしたり、偽装したりしてしまうがな。さて、今回はどうだろうか」
カイトは薄暗い通路の先まで見ながら、どうなのだろうかと考える。
「ま、とりあえず……アリス。ソーニャも……いや、ソーニャはわかっているだろうが」
「はい。扉には触れるな。扉に触れる者からは離れろ、ですね」
「ああ。扉に触れるのはオレ一人。ソーニャは常に灯台の役目を果たしてくれ」
「はい」
カイトの指示に、ソーニャがはっきりと頷いた。
「灯台?」
「ああ……幽霊屋敷の嫌なパターンで、入った扉から出られない可能性がある。出ても別の場所に繋がっていたりな。そういう場合、強い霊力を持つ者が双方の居場所を掴んでおく事によって、早期の合流が可能になる。だから灯台ってわけ。それを守るアリスは謂わば灯台守だな……ま、ソーニャほどの霊能力者が居てくれて助かった。魂そのものを検知出来る領域で、しかも繋げられるならもう文句がない。魔糸の切断の可能性もないしな」
「は、はぁ……」
「……」
だから本当にこの男は。そんなものだろうかと思うアリスに対して、ソーニャは自身の力を忌み嫌われて来たからこそなんとも言えない表情だった。
「よし。じゃ、こっからは総当りかつ、時と場合によっては戦闘ありきだが……ま、やってやりますかね」
開いた先がどうなるかはわからないが、安全域を見付けねば幽霊船の除霊は始まらないのだ。となれば後は一つ一つ虱潰しに部屋を開けて、安全域を探すしかなかった。というわけで、一番危険な先頭かつ部屋の調査という大役にも関わらず気楽な様子で、カイトは船内の調査を開始するのだった。
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