第3885話 滅びし者編 ――甲板の戦い――
暗黒大陸へ向かう航路の最中に発見された幽霊船により構築された幽霊船団。この対応のため、冒険者ユニオンは皇国へと協力を要請。各地から霊力や退魔の力を操る者を招集する。
というわけで元々幽霊船の除霊を要請されていたカイトは、その中でも最大のガレオン船に近い幽霊船の除霊を行うべく、アリスとソーニャの二名を連れて幽霊船へと乗り込んでいた。というわけで船内に向けて自意識を持たない雑用を行う幽霊達が行き交う甲板を進み、マストの付近で戦闘員と思しき幽霊と遭遇。これとの交戦に及ぶ事になっていた。
「……」
振るわれるカットラスに似た曲刀の斬撃を身を捩って回避して、カイトは一歩後ろに跳躍する。
(まだこれでも再現は完璧じゃないな。表情が見えん……まるでのっぺらぼうを相手にしているようだが)
跳躍から着地した所を、更にもう一体の戦闘員が狙いすましたように刺突を放つ。これにカイトは右足一つで立つと、後ろに仰け反るようにして軽く左足を振り上げて曲刀を蹴り上げる。
「ふっ」
蹴り上げた足を戻すと共に上体も戻して、戦闘員の片方を正面に捉える。そうして、もう一体の戦闘員の状態をしっかりと確認する。
(こいつも表情が見えん。やはり本命を外に配置は出来んか)
こいつらはまだ弱い類の幽霊だな。カイトはこの二体は生前そこまでの強さではなかったか、何かしらの要因により本来の性能を発揮できないのだと察した。と、そんな観察を行う彼に、最初の戦闘員がまるで曲芸師のようにもう一体の戦闘員の肩を踏んで跳躍して襲いかかった。
「おっと」
勢い良く振り下ろされる曲刀に、カイトは今度はサイドステップで回避。更にその着地の反動を利用して、甲板に振り下ろした最初の戦闘員を蹴っ飛ばす。
(手応えあり……まぁ、霊力を纏わせた上での話になるが)
霊力を抜いた状態で攻撃はやりたくないし、やるべきではないだろうな。カイトはわずかに鎌首をもたげたそんな興味を振り払う。流石に死神の神使たる自身が負ける事はないと思っているが、それでも相手は全く情報の無い幽霊船団だ。迂闊は避けるべきと判断した。と、そうして蹴りを放った彼に、もう一体の戦闘員が再び襲いかかる。
(こっちはパワータイプ、もう一体はスピードタイプだな)
こちらに向かってきている二体目の戦闘員は一歩一歩が力強く、体躯としても最初の一体より大柄だ。表情こそ共になにもないのっぺらぼうの様子だが、体躯はしっかりと再現されている様子だった。
というわけで大柄な戦闘員に向けて意識を集中しながら、目の端で小柄な戦闘員に意識を集中する彼だが、その彼が目の端に捉えていた小柄な戦闘員が唐突に消える。
「っ!?」
そういうことかよ。カイトは小柄な戦闘員が何処かへ消えた事を受けて気配を探るが、自身の背後ではなく背後の少し離れた所へ移動した事を気配で察知。その意図が掴めず、僅かな困惑を浮かべる。そしてその瞬間、大柄な戦闘員がカイトへと肉薄した。
「ちっ!」
何が目的かは後で考える。振り下ろされる曲刀をバックステップで回避して、大鎌を振って斬撃を放つ。といっても斬撃そのものは曲刀で切り裂かれて消えるが、それは問題ではない。というわけで身を捩って、何故か離れた場所に移動した小柄な戦闘員を視界に捉える。
「おいおい」
視界に捉えた小柄な戦闘員の手にあったのは、マストに繋がるロープだ。その一本が劣化して千切れていたようで、それを手に跳んでいたのである。そうして、空中に跳び上がったカイトに向けて小柄な戦闘員が蹴りを叩き込む。
「げふっ! ったく! オレは別に映画撮ってるんじゃないんだが!?」
幽霊は厄介だな。カイトはこちらの障壁を無視して突っ込まれた蹴りに思わず苦笑いを浮かべながら、マストの柱を掴んでその上に立つ。
と、そんな彼に向けて今度は大柄な戦闘員が帆を張っていた紐の一本を伝って上に登ってくる。そして同様に紐を使って反動を利用して、小柄な戦闘員が彼を挟み込むようにこちらもまたマストの柱の上に立つ。
「ったく……オレがアメリカで撮影に協力したのは海賊ものじゃないんだが?」
じりじりじりとにじり寄る二体の戦闘員の幽霊に、カイトは苦笑いを浮かべながらそんなことを口にする。と、そうして睨み合いが生じた一瞬の後、カイトに向けて二体の戦闘員が同時に襲いかかる。
「っと! このパターンはごめんだ!」
流石に不安定な柱の上。かつ人一人が立つのがやっとの幅で前後から襲いかかられては、カイトとしてもやり辛い。というわけで今度はカイトが大鎌をナイフに持ち替えると、偶然横にあった紐を切ってターザンロープのように跳躍。マストの柱を介して後ろへと跳躍する。
「っと! うぉ、マジか!?」
自身が跳躍したと同時に、小柄な戦闘員もまた紐を掴んで跳躍していたらしい。再度自身の後ろに回り込んで、更に勢いを利用してカイトへと襲いかかる。
「っとぉ!」
きぃん、と澄んだ音が鳴り響いて、曲刀とナイフが激突する。そして足を止めた所に、今度は大柄な戦闘員が彼の背後からタックルを仕掛けた。
「おっと!」
やはり流石は船乗り。足場が悪かろうとものともしないようだ。カイトは感心しながら、どこか楽しげに笑って大柄な戦闘員の上を飛び越える。
「ほいよ!」
飛び越えて更に異空間から鎖を取り出すと、更にマストに鎖を絡めて上へと跳躍。距離を取って移動する。だがそんな彼を追い掛けるように、小柄な戦闘員が即座に横に吊り下がっていた紐を引っ掴んで跳躍する。
「マジかよ!」
大柄な戦闘員も船で戦闘員をしているからか体幹が優れていたが、小柄な戦闘員はそれに輪を掛けて体幹が優れているようだ。まるで猿の獣人かのようにスルスルとマストを渡り歩いていた。というわけで彼の着地とほぼ同時に帆を吊る柱に着地した小柄な戦闘員が、カイトへと曲刀を突きつける。
「っと……中々やるな」
カイトは曲刀を大鎌で切り払い、更に続けざまに放たれる曲刀の連撃を大鎌を合わせて全てを切り払う。まぁ、中々やる、と言いながらも笑いながら余裕を見せているあたり、全体的に彼の方が上の様子だった。というわけで切り払いながら、彼は一瞬だけ視線を二体の幽霊達から真下へと落とす。
「……」
アリスとソーニャの方は大丈夫そうか。カイトは一瞬だけ下を見て、アリスとソーニャの様子をしっかりと確認。改めて問題ない事を理解する。
(あっちはやっぱりラエリアの船員だな。だが腕はこいつらには遠く及ばない)
あちらのラエリアの戦闘員も動きは悪くはないが、まだまだ腕のほどはこの二体の戦闘員には遠く及ばない。何よりこの二人が厄介な点は連携が出来ているという所だろう。というわけでアリスとソーニャに問題がない事を理解して、彼は一度気合を入れて小柄な戦闘員を吹き飛ばす。
「ふっ! っと、アデュー!」
小柄な戦闘員を吹き飛ばしたと同時に、上部の柱に着地した大柄な戦闘員に向けて、カイトはどこか茶化すように楽しげに手を振りながら柱から飛び降りる。
「よいしょ……ソーニャ。問題は?」
『ありません。アリスさんも十分と言えるかと』
「よし……お前も問題ないな?」
『ありません』
「よろしい」
見た所問題がないということは確認していたが、しっかりと確認しておく事は重要だ。カイトはソーニャからの報告に一つ頷く。と、そして彼が報告を受けたと同時に、上から大柄な戦闘員がカイト目掛けて舞い降りる。
「ほいよ!」
大鎌と曲刀が激突し、甲板が大きく揺れ動く。そうしてカイトは膂力で大柄な戦闘員を吹き飛ばして、そんな彼のがら空きの腹を狙うように小柄な戦闘員が彼へと肉薄する。
「残念、二個目だ!」
放たれた斬撃に向けて、カイトはもう一本左手に大鎌を取り出して迎撃する。そうして左手の大鎌で絡め取るように曲刀を弾き飛ばすと、そのままもう一本の大鎌で小柄な戦闘員を斬り裂いた。
「む」
手応えがなかった。カイトは自身の大鎌が空振った事を理解する。
「見事だ」
どうやら自身の斬撃を理解して、身を屈めて即座に後ろに跳躍して斬撃から逃れたらしい。とはいえ、だ。カイトはそれならばと別の手をすでに考えていた。
「ふふ」
ばさっ。まるでカイトを包み隠すように、闇色の衣が彼を包み込む。そうしてそんな彼へと、吹き飛ばされていた大柄な戦闘員が襲いかかる。
『さてと……』
『そっちが二人なら、こっちも二人で戦わせて貰おうかな?』
闇色の衣が真っ二つに両断されたその瞬間。闇色の衣に包まれたカイトが二人出現する。そうして片方が後ろへ逃れた小柄な戦闘員を追いかけて、もう一方が甲板へと曲刀を叩き込んだ大柄な戦闘員へとそのまま大鎌を振り下ろす。
『『はぁ!』』
二つの闇色の斬撃が同時に迸り、小柄な戦闘員は甲板を蹴って跳躍。ついでとばかりに空中を舞っていた曲刀を回収し、空中へと追撃してきたカイトへと曲刀を振りかぶる。
一方で、甲板に曲刀を叩きつけていた大柄な戦闘員は曲刀を振り上げ、振り下ろされる死神の鎌を食い止めていた。
『ほらよ!』
大柄な戦闘員に向けて、カイトは更に闇色の光を放って吹き飛ばす。
『はぁ!』
自身へと斬撃を放つ小柄な戦闘員に対して、カイトはその斬撃を闇色の衣で飲み込むとそのまま一気に肉薄。小柄な戦闘員を追い越して、今度は叩き落とすように大鎌を振り下ろす。そして、叩き落される形になった小柄な戦闘員と大柄な戦闘員が激突して甲板に叩きつけられる。
『『<<霊魂葬送>>』』
挟み込むように立った二人のカイトが大鎌を振り下ろして、甲板の上に魔法陣を生み出す。そうして白銀色の閃光が放たれて、二体の戦闘員が消え去った。そしてそれと共に、二つに分かれていたカイトが一つに戻る。
「ふぅ……なんとか、かな……」
まだ余力はかなり残して戦えたかな。カイトは二体の戦闘員の幽霊を強制的にあの世に送って、被っていたフードを下ろす。そうして戦闘を終えると共に、彼はアリス達を確認した。
「……そちらも問題なさそうだな」
「……はい。今しがた、葬礼も終わりました」
カイトの問いかけに、どこか祈りにも似たポーズを取っていたソーニャが頷いた。葬礼、というのは教国での幽霊をあの世に送るやり方、という所なのだろう。というわけでソーニャに問題ない事を確認した彼は次いで呼吸を整えていたアリスへと問いかける。
「よし……アリスも問題は?」
「ありません。まだ霊力も気も魔力も全て十分に残っています」
カイトの問いかけに、アリスも一つ頷いて健在をアピールする。その様子は無理している様子はなく、どちらも確かに問題はなさそうであった。
「よし……ソレイユ。甲板に居た戦闘員三体を除霊師た。そちらからなにか見えたか?」
『んー、なにか銀色にピカッと光ったぐらい?』
「オレの除霊か……どこからか、とかは?」
『駄目だねー……結構キツい空間の歪曲になってるっぽい。思った以上にヤバいかも』
「そうか……まぁ、とりあえずこれで船内に向かえそうだ。これから船内へ向かう」
『了解でーす』
カイトの報告にソレイユが軽く応ずる。そうして、甲板での戦闘を終えた三人は更に奥を目指すべく船内へと続く階段を降りていくのだった。
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