第3883話 滅びし者編 ――幽霊船――
暗黒大陸へ向かう航路の最中に発見された幽霊船により構築された幽霊船団。この対応のため、冒険者ユニオンは皇国へと協力を要請。各地から霊力や退魔の力を操る者を招集する。
というわけで元々幽霊船の除霊を要請されていたカイトは、その中でも最大のガレオン船に近い幽霊船の除霊を行うべく、アリスとソーニャの二名を連れて幽霊船へと乗り込んでいた。
が、その甲板は進めど進めど終わりの無い無限回廊と化しており、彼らはひとまず出口を見つけ出すためにもただひたすらに進む事にしていた。そうしてただ歩き続けてしばらく。いつまでも同じ景色を繰り返していたが、そこで唐突にアリスが口を開く。
「……カイトさん」
「気付いたか?」
「はい」
カイトの問いかけに、アリスが一つ頷いた。そうして歩みを進めていたカイトが、足を止めた。
「おそらくこの無限回廊は侵入者を捕らえて、冥海に引き込むための罠だろう。が、少しお粗末だな。やるならもう少し丁寧に魔物やらお仲間やらを配置すれば良いんだが」
ここまで十数分程度しか歩いていないが、それにしたって何も出てこない。カイトはそこから、延々と続く甲板に対してそう判断していた。
「ま、ふるいに掛ける、って所なんだろう。この程度を脱出出来ない奴を相手にする意味はない、って塩梅のな……それはそれとしても面白い状況だ。なるほど、普通にゃこれでも脱出出来る見込みはほぼないな。オレ達が来て正解だった」
「破れますか?」
「オレに出来ないと思うか?」
「そうですか」
どうやらすでにソーニャもまたこの無限回廊からの脱出方法は見い出せているらしい。余裕ぶったカイトの様子に、逆にお手並み拝見とばかりだ。
「よっしゃ。じゃ、ソーニャたんに少し格好良いとこ見せますか」
「失敗したらさっきの三倍撃ち込みますので」
「怖い怖い……さって」
この程度は出来ないわけがない、と認めてくれているらしいな。カイトはソーニャのどこか挑発的な発言に、大鎌を振り回して見栄を切ってみせる。とはいえ、わかっている者だけでわかっている会話をしているだけ。なので彼はアリスへと軽く説明を行った。
「さっきアリスの気付いた通り、無限回廊の一部だけ明らかに瘴気が濃い。ここに無限回廊の空間の接続があるんだろう」
無限回廊は無限と言っているが、その実体としては基本的にある特定の空間を捻じ曲げて、その始点と終点を繋げて円環を創り出していることがほとんどだ。よほどの魔術師でもなければ、本当に延々と続く空間を創り出す事なぞ出来ないのである。というわけで自分たちが先程通り過ぎた場所まで戻った彼が、その始点と終点が重なっている箇所の上に立つ。
「ここだな。ここが始点と終点が繋がっている場所だ。ちょうど瘴気が濃くなっているエリアでもある。空間を被せる事なく接続しているが、どちらかしか出来ないからな。接続が甘い」
「どちらか?」
「ああ、悪い。言葉が足りんかったな。無限回廊を構築する場合、空間を重ねるか、空間をぴったり張り合わせるかだ。重ねる場合はどれだけ重ねる領域を減らせるか、重ねず接続する場合はどれだけ穴をなくせるか、というのが無限回廊に気付かれないようにするコツだ。ここの無限回廊は接続型だな」
「ああ、それで……」
瘴気が濃いエリアが出来上がったのか。アリスはカイトの説明で、何故瘴気が濃いエリアがあるかを理解する。もちろん、その濃淡も感覚を研ぎ澄ませてようやくわかる程度。カイト達も一度の通過では気付けなかった。
「そ……まぁ、重複型だとそれはそれで瘴気が漏れ出さないから、今度は空間側の異変に勘付かないとならなくなるわけだが……接続型だとわかりやすい。そして対処も簡単だ」
がっがっ。まるでひっかくように、カイトは大鎌の先端で甲板を削る。そうして、甲板を軽く削るように大鎌で引っ掻いていた彼が、アリスへ視線を向ける。
「多分、出たらすぐに来るぞ。準備はしておけ」
「っ、はい」
「よし……じゃ、行くぞ」
なにもない所で少しだけ緩んでいた警戒を、アリスはカイトの警告で再び引き締める。そしてそんな彼女が戦闘準備を整えたと同時に、カイトは勢い良く大鎌で空間を引き裂いた。
「おらよ!」
明らかになにかが引き裂かれた。アリスはカイトの斬撃が空間を引き裂いた事を直感的に知覚する。そして空間が引き裂かれた事により、閉じられていた円環が元に戻る。
「おぉ、意外と進んでなかったな。そして思ったより上手く出来てた円環だ」
「待ち構えていると思いましたが……そうでもありませんでしたか」
「みたいだな……」
十数分歩き続けたわけだが、空間の接続を元通りにした後に立っていたのはアンカーから数メートルだけ離れた所であった。ただし甲板に到着した時とは異なり周囲には薄く霧が立ち込めており、明らかに先程とは別の様相だった。
「ソレイユ。円環から脱した。やはりそちらからはまだ見えないか?」
『無理だねー。多分、空間そのものの歪みは修繕されてないみたい。まぁ、上手いんじゃない?』
「か」
元々が歪んだ空間の中に、更に円環を拵えるのだ。腕前としては上等なもの、とカイトもソレイユも判断する。そんな二人の会話に、アリスが問いかける。
「魔術師を警戒するべきですか? いえ、魔術師の幽霊……?」
「警戒する必要がないわけじゃないが……少なくとも無限回廊の生成において、死者の中に優れた魔術師が居る可能性を警戒する必要はそこまでない。幽霊船という特殊な空間を媒体とすれば、生成は容易だからな。もし優れた魔術師が居るのなら、それはそれで別の方面で警戒する必要はあるだろうが……」
アリスの問いかけに首を振ったカイトだが、そのまま意識を集中させる。が、そうしてしばらくして首を振った。
「……まぁ、なさそうだな。こっちを見ている視線がない。これは自動のトラップか、単に幽霊船の概念に合わせて発生しただけの異変の一つか」
「ということは少なくとも、悪意ある何者かの意図は考えなくて良い、と」
「まだ決めつけは出来んが……その可能性は高いだろうな」
もし悪意ある相手ならば、こうして無限回廊から出た時点で視線を感じてもおかしくないし、何かしらの意図は感じられても不思議はない。その全てがないということは即ち、何かしらの悪意を持って幽霊船を生み出したとは考え難かった。
「それはそれとして……とりあえず周囲は実空間に戻ったようだ。まぁ、どうにも空間の歪みはそのままのようだが……これは幽霊船全体に施されている仕掛けだから、この解除だけは大本の幽霊船全体を除霊しない限りは無理そうか」
「とはいえ、今回はマストあたりまでは行けそうですね」
「だな……幽霊達も……ちらほら居る様子だな」
どうやら正しい甲板の上に戻れた事は間違いないようだ。カイトはこちらを気にしていないのか、それともそこまでの知性がないのかは不明だが、こちらを無視して甲板の上で作業を繰り広げる幽霊達を遠目に見る。
「よし。とりあえず当初の目的通り、船内を目指そう。まぁ、この様子だと船内も幽霊屋敷同様に色々と狂っていそうだが」
「甲板の幽霊達は?」
「……とりあえずは無視で良いかな。向こうから襲ってくるなら話は別だが……流石に全部が生前さながらの知性というのもあまりない話だ。生前の行動をトレースするだけの幽霊だったら、敢えて攻撃して刺激したくはない。無駄に力も使いたくないしな……それに、その程度なら幽霊船の除霊が完遂した時点で一緒に消える」
「わかりました」
カイトの教示に、アリスは一つ頷いた。というわけで三人は改めて船内を目指すべく、とりあえずはマストを目印に船尾からそちらへと進んでいくのだった。
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