第3882話 滅びし者編 ――幽霊船――
暗黒大陸へ向かう航路の最中に発見された幽霊船により構築された幽霊船団。この対応のため、冒険者ユニオンは皇国へと協力を要請。各地から霊力や退魔の力を操る者を招集する。
というわけで元々幽霊船の除霊を要請されていたカイトは、その中でも最大のガレオン船に近い幽霊船の除霊を行うべく、アリスとソーニャの二名を連れて幽霊船へと乗り込んでいた。
「……」
船尾近くに突き刺さったアンカーの場所から、船首へ向けて進み続けてしばらく。ひとまず警戒しながら進み続けるわけだが、結論から言ってしまえばなにかがあるわけではなかった。というわけでしばらく歩き続けた所で、アリスが口を開いた。
「カイトさん」
「ん?」
「これ、ただ闇雲に歩き続けても船首にはたどり着かないパターンでは?」
「あ、やっぱりそう思う?」
「え?」
楽しげに笑うカイトに、アリスが思わず目を丸くする。だがそんな彼女に対して、ソーニャはどこか得心がいったような様子だった。
「やはり察していたのですか。察していないとどうしたものかと思っていたのですが」
「あははは。悪い悪い……だが幽霊屋敷と一緒でな。とりあえず進んでみて、どうなるか知らないとどうにもならんと考えた。こりゃ、無限回廊系の異変だな。戻ってアンカーの場所まで戻されりゃ良いんだが……そうならん場合もあるからどうしたものかと考えていた」
「無限回廊系はそこらが面倒ですね」
「まぁなぁ……どうしたもんか。これが幽霊屋敷と同様なら話は楽なんだが。どうとも考えつかんから、オレもただ歩いていた。なにか異変が起きりゃ良かったんだが……」
ため息の滲んだソーニャの言葉に、カイトもまた同じような様子で応ずる。そんな彼に、アリスが問いかけた。
「こういう場合の常道としては、結界と同様に起点を崩すのが常道では?」
「それが出来れば楽なんだが、幽霊屋敷の場合は起点となるのは異変を引き起こしている幽霊そのものだ。そしてその幽霊を除霊しに向かっているのに、先にこの異変を解決する事は不可能と言えるだろう」
「なるほど……」
確かにこれは言ってしまえば術者が常に展開している結界と見做しても良いのか。アリスはカイトの解説になるほど、と納得する。とはいえ、間違いでもなかったようだ。
「とはいえ、だ。確かにそれが間違いではない場合もある。幽霊屋敷の場合は複数の幽霊が存在している関係で、複数体の強力な力を持つ幽霊がそれぞれで領域を展開している場合もある。だから原因を突き止めて解決、ってのは間違いではない場合も多い」
「ですが、今回は違う……と?」
「そうじゃないか、とオレは思うんだがなぁ……ソーニャたん。うへぁ!」
「余裕そうですね。ここから一人で行動しますか?」
「やーだ」
いつものように霊弾を発射してカイトのオフザケに対応するソーニャに、カイトは更に巫山戯た様子で笑う。とはいえ、流石に敵地でそこまで馬鹿をやってもいられない。なのでカイトもすぐに謝罪する。ソーニャが無言で更に特大の霊弾をチャージし始めたから、かもしれないが。
「……」
「悪い悪い……とりあえずソーニャはどう思う?」
「……はぁ。まぁ、その余裕はよしとしますが……」
これだけ余裕を見せるのは、アリスがいればだろうということはソーニャも半ば理解はしているらしい。いや、だからこそ敢えて彼女もいつもと同様の対応をしたと言っても良いだろう。
当然だが彼に余裕がなくなればアリスも不安になる。どのような状況であれリーダーがいつもと同じ風を装える事は、冒険者のパーティを率いる上でかなり重要な事だった。というわけでいつもと同じ風を装う彼女も、カイトの問いかけを受けて改めて思考する。
「私も同意見です。確かに幽霊船は多数の幽霊が集まっている事により構築されているはず……ですが幽霊屋敷との決定的な違いとして、その意思はほぼ統一されていると見て間違いない。個々の縄張りを有する事は考えにくいかと」
「幽霊屋敷は違うんですか?」
「違う、とも同じ、とも言い得ます」
アリスの問いかけに、ソーニャは自身の経験を思い出しながら首を振る。そうして、彼女が幽霊屋敷の性質を教えてくれた。
「幽霊屋敷は強大な一体の悪霊を中心として構築された異界ですが、同時にその異界に迷い込んだ他の霊が抜け出せず、悪霊化する事があります。悪意に触れていく事で悪意に侵食されてしまう、というわけです。そして中心となる一体の悪霊も基本は幽霊。同族……幽霊に対して明確な意思を持つ事は非常に稀です」
「そうなのですか?」
「ええ……ただもし明確な意思を持った場合は非常に厄介ですが……」
「おっと……そのパターンも経験ありか」
どうやら非常に厄介になるらしい。アリスはカイトの苦みの滲んだ笑みと、ソーニャの苦汁をなめたような表情でそれを察する。なお、カイトの苦笑いは彼自身それが厄介と考えているからと共に、ソーニャがそれを経験していた事を察したからだ。それぐらいには、厄介らしかった。
「そんな厄介なのですか?」
「厄介なんてものじゃない。生者にも死者にも等しく悪意を持つ存在は、幽霊の悪霊化を加速させる。つまり、死んでも苦しめる意思を持っているんだ。死んでも与えられる苦痛……それは悪霊を更に強化する。それこそ死神達でさえ最大の警戒をする事案になる。ソーニャもよく無事だったな」
「……ええ、シェイラさんのお陰で」
「……そうか」
とどのつまり、共に挑んだ何人かは幽霊屋敷の犠牲になったという事なのだろうな。カイトはソーニャの返答に要した僅かな間をそう理解する。とはいえ、いつまでもそんな過去の思い出話に浸る必要もない。なのでカイトは本題に話を戻した。
「それはさておいて。そうして複数の悪霊が一つの幽霊屋敷で自分の縄張りを持つ事があり、それが結果として様々な異変を引き起こす。今の無限回廊系のようなな……ただ今回はそういった複数の悪霊が個々の縄張りを有しているのとは違うと見ている」
「どうしてですか? 先程も幽霊船では異なる、とおっしゃられていましたが……」
「幽霊船と幽霊屋敷の差だ。幽霊屋敷で様々な系統の異変が生ずる場合、多いのは複数の悪霊が個々の縄張りを持つがゆえだ。確かに幽霊船も複数の幽霊が居る、という点では一緒だが、船員というある種の仲間意識が共有されている集団であるはずだと考えられる」
「なるほど……確かに幽霊船は船員と船がセットになっている存在。幽霊単位で縄張りを持つとは考えにくい……」
カイトの推測は理に適っているだろう。アリスはその解説に納得する。とはいえ、だ。これが正解かと言われれば誰にもなんとも言えない。なので彼もそれを口にして、今の行動の理由を語る。
「とはいえ、だ。これが正解かどうか、なんて誰にもわからん。なんでとりあえずはひたすら歩いて異変がないか調べながら、歩いて考えようって腹だったわけだ」
「私もです……どうしたものでしょうか」
「手はなにかあるのですか?」
「今の所はないなぁ……なにか裏技みたいなものがあるわけでもない……いや、ないわけではないが……」
「「?」」
流石にそれをするのは。そんな様子で先程のソーニャへの反応以上の苦笑いを見せるカイトに、今度はソーニャを含め首を傾げる。というわけで、どこか呆れた様子でソーニャが口を開いた。
「そんな便利な裏技なぞ存在するわけがないでしょう。そんな方法があれば誰もがしています」
「え? あぁ、いや……まぁ、うん。普通はしないからな……いや、すまん。今のはオレの失言だ。忘れてくれ」
「……え? 本当にあるんですか?」
「いや、待て待て待て! オレが悪かった、つってんだろ!? 本当に気付いていないのか!?」
自身が真顔で謝罪しているにも関わらず、逆に驚いた様子で問いかけるソーニャにカイトは大慌てだ。彼自身が失言と捉えていたようだ。そしてそんな珍しい様子で、ソーニャはカイトの言葉が嘘ではないと察し、だからこそアリスは興味を持ったようだ。
「カイトさん。私にもわからないのですが……学校でもそんな裏技なんて教えて頂いた事はありません。そんな裏技じみた手段があるんですか?」
「……だから聞くなよ、って話なんだが」
「は、はぁ……いえ、ですが万が一追い込まれた場合は、と考えれば聞いておきたいです」
「……はぁ」
真面目なのはアリスの良い所ではあるんだが。そう彼は呆れたようにため息を吐く。とはいえ、彼女がカイトの下に送られた理由の一つは、こういう退魔の力を鍛えさせるためもある。なのでカイトも自分のミスである以上、と判断したようだ。というわけで盛大に苦い顔で、カイトは問いかける。
「文句は受け付けんぞ? 本当は、オレのような男が女の子にするべき話じゃないんだから」
「はい」
「はぁ……エッチな事をするんだよ。キス以上のな。ティナからもするなら覚悟を決めて中途半端にせず最後までせい、って言われたからより激しけりゃ良いんだろう」
「「……え?」」
それはつまり。カイトの説明に、アリスもソーニャも思わず思考が停止する。そしてだからこそだろう。おおよそは察せられるはずなのに、アリスが顔を真っ赤にして問いかける。
「あの……それって……子供を作ることです……か?」
「……そうだ。排泄然り、生き物が生きる上で避けられない生理現象ってのは生きているってことの証明だ。死者とは正反対に位置する。その中でも特に子供を作る……命を紡ぐって行為は生きていなければ出来ない事の極地だ。更に性行為とは魔術の黎明期には儀式でもあった。強大な力を持つ退魔師同士ともなれば、共鳴効果と儀式による強化も相まって強大な退魔の力を発する」
「「……」」
呆れたようであり、明らかに説明という印象が強いからだろう。アリスもソーニャもこれが二人をおちょくるための嘘ではなく、学術的にしっかり認められた内容なのだと理解したようだ。
だが同時に内容からカイトが言及を避けた理由も理解出来たらしい。アリスは顔を真っ赤にしながらも、頼んだのは自分だからと口を開いた。
「あ、あの……あ、ありがとうございました」
「……まぁ、その何だ。確かに覚えておいて損はないだろう。命あっての物種でもあるからな。とはいえ、オレにこれを教えたどこぞの阿呆はあの時は燃えたわー、その時の相手が今の旦那ー、とか巫山戯た事を抜かしまくった阿呆だ。そうはなるなよ。まぁ、冒険者特有のノリと言えばそれまでだが」
根に関西人の性質があるカイトがバカではなく阿呆と言うあたり、この話をカイトにした某に彼は相当に呆れているらしい。というわけで、思い出した諸々を含めて彼はため息一つで色々な感情を追い出した。
「はぁ……とりあえず。現状でそんな事はせん。とりあえずどうするかな」
どうやら今のこの状況では自分以外考えられる者はいなさそうだ。いくら自分達が希望したとはいえ性的な事に耐性のないアリスは当然顔を真っ赤にしていたし、そういった欲望に晒されてきては居たがだからこそ経験のないソーニャも、相手がカイトだった事もあり顔を真っ赤に染めて俯くしかなかったらしい。
というわけで、カイトはため息を吐きながらも再び情報を集めるべく歩き続ける事にして、その後ろを顔を真っ赤にした二人が追従するのだった。
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