第3879話 滅びし者編 ――幽霊船団――
暗黒大陸へ向かう航路の最中に発見された幽霊船により構築された幽霊船団。この対応のため、各地から霊力や退魔の力を操る者を招集。それでも足りないと考えたカイトはソラやセレスティアらも動員する事にする。
そうして冥海と呼ばれる幽霊船が浮かぶあの世とこの世の境目が出現し、幽霊船団の陽動となる幽霊船がついに出現。それと共に僅かにだが霧が晴れて、カイトは改めて本命の幽霊船団に相対する者たちとの連携を確認するため、<<太陽神殿>>に集まっていた。
なお、今回カイトが直接的に指揮出来るのは、セレネ、ピュルテの月の女神の神官二人。アリス、ソーニャの冒険部の二人。セレスティアの率いる神殿騎士達と、レクトールだ。
というわけで全員が集まった事を受けて、カイトが注目を集めるためか、それとも漂う邪気とでも言うべき悪しき気を振り払うためか柏手を打つ。
「はーい、皆さん……絶賛想定より更にヤバそな臭いがしてると言いますか、ヤバそな臭いしかしてないと言いますか……はぁ。これは冗談きっついなぁ」
「……そこまで危険そうですか?」
「まぁな……普通の幽霊船に小型艇が随伴している事はまぁ、なくはないが。これは想定外と言うかなんというか……」
レクトールの問いかけに対して、カイトはどこか遠い目だ。そんな彼が見るのは、眼前に広がる無数の小型艇の群れであった。
「セレネ! 雑兵相手に力を無駄にするなよ! いくら契約でオレから魔力を融通出来ても、無尽蔵じゃないんだぞ!」
『承知しております……それにこの雑兵共は単に付近で死んだ船乗りを利用しているだけでしょう。幽霊船を潰せば自然片付く哀れな存在。倒した所で意味もない』
「わかってるなら良い! だがそろそろ戻れよ! はぁ……まぁ、誰かが一掃せにゃならん以上、セレネがやってくれるのは願ったり叶ったりではあるが」
誰かがやらねばならない、となって敵に数が居るのであれば基本はカイトの出番だ。だが厄介な事に現在呼び寄せた退魔師・除霊師達の集団はカイトと無関係の者たちも少なくない。なので彼が得意とする武器の投射も乱用は出来ず、対処に困る所がないわけではなかった。
「さて……これはもう最悪になりそうだな」
「どうなるか読めるんですか?」
「まぁ、ある程度はな……そのために足の速い船を用意してきたってのに」
アリスの問いかけに、カイトは盛大に苦い顔だ。そうしてそんな彼が、窓の空いた艦橋へと声を上げる。
「船長! 速度は上げられそうか!?」
「だーめだ! さっきので多分スクリューが逝った! 最大戦速は無理だ! どっかの誰かがもっと早く砕いてくれりゃ、もっと距離を取れてたんだがな!」
「うるせぇ! あれで最速だろ! てか、文句なら後ろの連中に言ってくれ!」
笑う船長の返答に、カイトもまた笑いながらも声を荒げる。そうしてやはり逃げ切りは難しいと判断したカイトが、今のこの状況を生み出している現状を口にした。
「ったく……はぁ。左のスクリューに攻撃を受けたのが痛かったか。ソレイユ、状態は見えるか?」
『見えるけど……うーん……ちょっとすぐには直せないかなぁ』
「<<修理矢>>は?」
『あれ、そんな便利な物じゃないよ。一応修理出来なくもないけど……でもそのためには一度なんとか持ち上げるなり、速度を落として貰わないとどうにもなんない』
「そして停止した瞬間、おしりにズドンッだな」
『運良くてねー。運が悪かったら左右全部に幽霊船が来て後ろからタコ殴り。そして多分、そうする事は読まれてるね』
最悪すぎるな。カイトは目論見が外れまくっている現状に、ただただため息しか出せなかった。
「はぁ……どーしたもんか」
兎にも角にも現状は逃げるにも戦うにも少し状況が厄介だ。幸い速度を上げているおかげと冥海を媒体として顕現する幽霊船のお陰で霧の収束もペースが落ちて、<<太陽神殿>>に待機している退魔師・除霊師達――主にはこの船の防衛のための人員だが――だけで事足りるようにはなった。だが、それはすなわち幽霊船団の出現が近いという事の左証とも言える。
「……まぁ、良い。とりあえず……セレネは大型船の片方を潰す。ルテは中型船を一隻潰す」
「「はい」」
「で……セレス……いや、今回の指揮はレクトールになるのか?」
カイトはセレスティアから、立場としてはセレスティアよりレクトールの方が上と聞いていた。実際、レクトールはレックスの武器を任された担い手。しかも年上でもある。普通に考えるのなら、レクトールが指揮をして不思議はなかった。というわけでの問いかけに、しかしレクトールは首を振った。
「いえ、流石に私ではセレスの部隊を率いる事は出来ません。いえ、出来ないではありませんが……セレスの部隊である以上は、私がやるよりセレスの方が良いでしょう。特に私との連携を主眼に訓練しているわけでもありませんので……」
「そうか……まぁ、それならそれで構わんが。連携は取れるな?」
「無論」
「よし……一応、メインというか核になっていそうな大型船はオレとセレネで片付けるが。他の連中も片付けてくれりゃ良いが、どこまでかはオレにも未知数だ」
先のバルフレアとの交戦において、幽霊船団は超大型の幽霊船二隻、中程度の規模の幽霊船幾つか、小型艇幾つかで構築されている事がわかっている。
なのでカイト、セレネ、ピュルテの三人だけでは到底船団を構築する幽霊船の撃破は不可能に近く、そこにセレスティアとレクトール達を加えてもまだ足りない。
なので皇国やマクダウェル家の伝手を使って退魔師・除霊師を集めたが、どの程度の実力かはわからない。必然として最悪は連戦になる事も考えねばならなかった。
「わかっております。御身もご武運を」
「おう、そっちもな」
なんとか出来てくれるのなら良いのだが。カイトはそう思いながら、レクトールの言葉に応ずる。というわけでそんな話をしていると、気付けば状況が整いつつあったようだ。
「……来るな。しかもこれは……」
「「「……」」」
苦笑いするカイトの周囲に集まっていた全員が、彼が耳にする音と同じ物を聞いて思わず言葉を失う。
「ソレイユ」
『んー……まぁ、にぃの想像通りかなー……あ』
「んだ?」
『マストの先端、出てきたよ。一気に急浮上してくる』
「あいよ」
音を聞いていればわかる。カイトはソレイユの反応にそう思いながら、大鎌を構える。そしてそれから間髪を入れずに、冥海から水飛沫が舞い上がる。
「来たか……っと、マジか! セレネ! ルテ!」
「承知しました」
「はい!」
幽霊船団の幽霊船が急浮上してきたと同時にその側面が光り輝いているのを見て、カイトは即座に甲板を蹴って右舷側上空へと跳躍する。そしてその彼の要請を受けて、セレネもまた左舷側に跳躍。同時に大鎌を振りかぶる。
「「はぁ!」」
三日月のような斬撃が船の左右に迸り、それとほぼ同時に幽霊船から無数の魔弾が迸る。それらの大半は三日月の斬撃にかき消されるが、全てではない。そうして残った魔弾はしかし、ピュルテの展開する障壁により甲板の前で消滅する。
「っと……っ」
居るのは中程度の幽霊船だけ。甲板の縁に着地して敵影を確認し、カイトはまだ敵に弾が残っている事を理解する。
「ソレイユ!」
『探してる! でもまだ兆候なし!』
カイトの要請に、ソレイユもまた主格となるだろう大型の幽霊船を探している事を報告する。とはいえ、すでに包囲は完成しつつあるのだ。故にバルフレアが指示を飛ばす。
『船長! 左右の幽霊船にアンカーを撃て! その後は全員、打ち合わせ通りに展開! カイト! わかってると思うがお前は出てくれるなよ!』
「あいよ!」
放たれる魔弾の雨を切り裂きながら、カイトは後ろへと跳躍する。そしてそんな彼と入れ替わるように、船の左右から特殊な加工を施されたアンカーが放たれる。それは一直線に幽霊船へと放たれると、魔弾を引き裂きながら直進。その甲板の上へと突き刺さる。
「よっしゃ! アンカーセット! 左右に飛べるぞ!」
「カイト様!」
「あいよ、そっちも頑張れよ!」
「そちらもご武運を!」
カイトの激励を背に、セレスティア達が専用の魔術で幽霊船へと跳躍する。そしてそれを見届けたと同時だ。
「っ……来るか」
『にぃ! 前方、斜め前左右! デカいの、来るよ!』
「あいよ! 船長! 可能な限り距離を詰めてくれ!」
「おうよ!」
カイトの言葉と同時に、前方を塞いで逃走を防ぐような形で二隻の巨大な幽霊船が顕現する。そうして、幽霊船団の討伐任務が本格的にスタートするのだった。
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