第3878話 滅びし者編 ――海戦――
暗黒大陸へ向かう航路の最中に発見された幽霊船により構築された幽霊船団。この対応のため、各地から霊力や退魔の力を操る者を招集。それでも足りないと考えたカイトはソラやセレスティアらも動員する事にする。
そうして彼らの簡単な訓練を終えて1週間後と少し。カイトは今回の作戦で使用する船へと幽霊船との交戦を睨んだ仕上げを施すと、再び海賊島へと渡航。数日の天候の影響による待機を挟んで、ついに退魔師・除霊師達の一団を乗せた船が出発する。そうしてしばらく。海の上には魔素を多量に含んだ特殊な霧が立ち込めていた。というわけでそんな霧を媒体として現れる魔物達を、カイトを筆頭にした戦士達は討伐していた。
「やっぱ数が多いな、今回! ソラ、お前の方は無事だな!?」
『いや、無事ってーか、楽ってーか……俺、これ必要だったのか……?』
「必要に決まってんだろ。いや、今はまだ必要に思えてないだろうけどな」
左手の魔銃で霧の収束を防ぎ、右手の刀で実体化した魔物を斬り裂いて。甲板の上を所狭しと戦うカイトだが、そもそも彼はアリスもソーニャも居るのだ。動き回る事なぞ出来るわけもなく、彼女らを中心として円を描くように戦うのが今の基本だった。
「お前とエレディさんの神殿を中心として、魔物相手の戦闘力の乏しい退魔師達は霧を散らしている。それがあるからまだこの程度で済んでいるが、もしその支援がなければ今の数倍の勢いで魔物が出る。遠からず、この甲板の上は魔物で埋め尽くされて沈没だ」
『マジかよ』
今でさえ何十何百体とカイトは倒しているのだ。それでも追い付いていない現状だというのに、退魔師達の支援がなければこの数倍の勢いで出てくるらしい。もちろん、先の通りカイトがアリスらを守っているという制約があるが、それを差っ引いても彼でも殲滅が間に合うか微妙だろう。
というわけで自分達の周囲に展開する退魔師達の縁の下の力持ちとでも言うべき活躍を知らされて驚くソラだったが、一方のカイトが瞬間、消える。
「「っ」」
カイトが消えた。追従するべき相手を見失って、アリスとソーニャの二人に一瞬の混乱が生じたと同時だ。闇の帷が二人を包むように舞い降りる。そうして二人しか見えない暗闇の中で、カイトの声が響いた。
「っとぉ! 無茶するなぁ、相変わらず!」
「何が?」
「セレネだ……3秒、目を閉じろ」
「「?」」
何がなんだかはわからないが、この帷はカイトが展開したものらしい。そしてどうやら、なにかの攻撃が展開されると二人も理解。素直に指示に従って、3秒だけ目を閉じる。
「ふぅ……」
「「……え?」」
3秒後。目を閉じると同時に闇の帷が緩やかに溶けていき、それと共に周囲の状況が二人にも見えるようになる。が、そうして浮かんだのは困惑だった。
「雑兵数十では倒した気にもなりませんね」
「一応こっちの分類だと壁超えとか言われる領域の奴もちらほら居たんだがな」
流石はシャルロットに仕える神官団の中ではトップクラスの実力者。甲板を包み込もうとしていた霧を一瞬で消し飛ばしていた。というわけで呆れる彼を横目に、セレネが自身同様に空中に浮かんでいたピュルテに指示を飛ばす。
「ルテ。そちらで海に落ちた方々の回収を」
『はい、お姉さま』
「救援はそちらに任せる。バルフレア、今のうちに退魔師達の隊列を再構築させろ」
『おう。まだ、傷は疼いてない』
「あいよ……今回は流石に面倒くさい事になりそうだな」
元々わかっていた事だが。カイトはバルフレアの言葉に、まだまだ先が長いと一度だけ呼吸を整える。
「アリス、ソーニャ。状況の報告を……あと二人とも、今のうちに回復薬を飲んでおけ」
「ありがとうございます……霊力、魔力、気、共にまだまだ大丈夫です」
「私も問題ありません」
カイトから差し出された回復薬を受け取って、アリス、ソーニャの順に自分の状況をカイトへと報告する。
「よし……ユリィ。そっちは?」
『問題ないよー。とりあえずは、だけど……でもヤバそうかも』
「まぁ、幽霊達に壁なんて無意味だからなぁ……ティナ、なにか良い情報は取れてるか?」
『まーだなーんもじゃ。とはいえ、有益なデータがないかと言われればそんなわけでもなく。実に興味深い』
カイトの問いかけに、飛空艇の指揮をユリィに任せて自身は計器の観測に注力していたティナがなにかに興味深い様子を見せる。
『通例、闇属性の力が増えると言われておったわけじゃし、実際闇属性の測定値は高い。が、興味深い事に虚数域の反応もある……わずかじゃが。なるほど……法則が歪んでおるがゆえに、なのか、それとも虚数領域が展開されておるがゆえに法則が歪んでおるのか……実に興味深いのう』
「はいはい……とりあえずそれはさておいても。わかってると思うが、魔導炉への影響、気にしておいてくれよ。飛空艇が竣工後、ウチが遭遇した初の幽霊船だ。何が起きるかわからん」
本来飛空艇の統率はティナが執るべきだろうが、それをしていない以上理由があった。そしてそれがなにか、というとこの幽霊船やらが発する特殊な領域の中での飛空艇の動きが誰にもわからなかったからだ。
最悪は航行不能になる可能性さえあり、万が一に制御不能に陥った場合ティナはそれらの手動制御が出来るようにフリーにして、ユリィが指揮を執ることにしていたのであった。というわけでカイトの指示に、ティナは今度は魔導炉の状況のチェックに入る。
『わかっておるよ……おぉ、これは……』
「次は何だ?」
『実に面白い……魔導炉の出力に低下が見られる』
「は?」
それは面白いで片付けないでくれ。カイトはティナの返答に思わず言葉を失う。とはいえ、そんな彼の顔が見なくても手に取るようにわかったのだろう。ティナは事も無げに告げる。
『あぁ、別に気にせんで良い。これは別に想定内じゃ。魔導炉の理論は以前語ったな?』
「どこかの異界から魔力を引っ張ってくる門って話だろ」
『そうじゃ……この幽霊船が発する領域は謂わばこちらの存在を強引に自分達の領域に引っ張っておるわけじゃ。やはり遠くに離しておいて正解じゃな。ゼロ距離にでもならねば航行不能には陥らんじゃろうが、出力低下は免れまい。これは魔導炉の理論上必須の出来事じゃな』
「対策は?」
『それを行うために、今回の調査があるんじゃろう。持ち込んだ資材の中の幾つかは、この状況を想定して幾つかの対応策を施した超小型の魔導炉じゃ。それらの数値から、最善の対策を導き出す。後はこのエリアの情報も取れれば、追加の検証も容易い』
「流石、天才魔王様か」
オレが考える程度のことはすでに考えた上で、対策まで練っていたらしい。カイトは要らぬ心配だったと苦笑いを浮かべるばかりだ。
「そこらは任せる……あぁ、また霧が立ち込め始めたな」
『ま、ここら裏方の数値的な話は余ら研究者に任せい。お主がやるべきは、眼の前の脅威を斬り伏せ民に安寧をもたらすことじゃ』
「あいさ」
くるくるくる。カイトはティナの言葉に楽しげに大鎌を振り回して見栄を切る。そしてそれに合わせたかのように、セレネもまた見栄を切った。
「左、5。こちらで」
「じゃ、右3はこっちだな……どっちがどうでも文句は言うなよ?」
「ふふ……それは食べ応え次第かと」
カイトの言葉にセレネが何処か上品ながらも嗜虐的な笑みを浮かべて消える。そしてそれと同時に、カイトもまた闇色の閃光となって消える。
「アリス! オレの右、霊弾発射! ソーニャはその出力をサポート!」
「「はい!」」
そしてオレは。カイトは再び顕現しつつある霧の塊三つの中で、自身の右横に位置した霧の塊をアリスに対処させる事にして、自身は眼の前の一つが魔物になる前に斬り伏せる。
そうして二つを魔物化する前に消した所で、残った一つの霧の塊が爆ぜて中から最初に見た水死体のゾンビに似た魔物が現れる。が、この程度をカイトが読めないはずもなかった。
「ほいよ!」
霧の塊を斬り裂いた余勢を利用してまるでラリアットのように腕を伸ばして、大鎌で円を描くようにくるりと一回転。出現と同時に水死体のゾンビに似た魔物を斬り裂いた。
「軽いな……む」
『にぃ! 波!』
「音も聞こえてる! こりゃ来るな!」
カイトの耳に響いているのは、音ならざる音だ。それはどこか波の音にも似ており、海の上である事を考えれば何も不思議はないように思える。だが明らかに脳裏に直接聞こえているような印象があり、真っ当な波の音ではない事は誰でも理解出来た。そして次の瞬間だ。周囲を包んでいた霧が少しだけ晴れて、しかし同時に一気に闇の帷が周囲を包みこんだ。
「来たか……ソレイユ!」
『まだ! ……見えた! 船首側! 少し斜め!』
「っ、奴ら後ろに回り込む気か! バルフレア!」
『おう! 船長! 聞いてた通りだ! 奴ら、エンジンを狙うつもりだ!』
「わーってます! 全員、衝撃に備えろ! 制動をしかけ、っ!?」
「なんだ!?」
舵を切って後ろを取られないようにする。そう船長が口にしようとしたその瞬間だ。一同の乗る船が大きく揺れ動く。
『うそ!? 小型艇!? 速い!? 人魚族の高速船!?』
「っ! やられた、囮か!」
こっちが討伐の準備をしてきている事を完全に読んだ上で、小型艇を潜ませていた。船長の声で、一同はこちらの手札が読まれていた事を理解する。
「ソレイユ、何が起きた!?」
『氷! 周囲を凍らされた!』
「ちっ! セレネ、ルテ! 背後は諦める! 激突は避けるぞ! これじゃタコ殴りになっちまう!」
「「え? きゃあ!」」
何を考えたのか、カイトがアリスとソーニャを貼り付けておいた魔糸を利用して上に放り投げる。そうして二人が空中に浮かんだと同時に、自身は甲板を蹴って一気に船べりから飛び降りる。目指すのは船の足を止めている海面の氷だ。
「はぁ! っ」
編み出した巨大なハンマーで海面を覆う氷を叩き壊し、ゆっくりと前進を再開する船の側面を蹴って一気に上空へと浮上。更にカイトの要請を受けて、アリスとソーニャを確保していたセレネとピュルテの両名と合流。そのまま艦橋の上へと降り立った。
「どうでした? 冥海の中は」
「敵さん、わんさかいやがった。背筋が凍ったよ」
「カイトさん、あれが……」
「ああ……あれが、幽霊船だ。といってもあれは陽動。オレ達が叩く本命じゃないがな」
ボロボロのマストに、何故浮かんでいるかわからないような外観。人魂にも似た炎やらが浮かび、正しく幽霊船という様相の船。一同の眼の前にはそんな幽霊船が浮かんでいた。そんな幽霊船を見ながら、エレディが声を発した。
『魔導砲、照準合わせ! すれ違いざまに叩き込みなさい!』
「「「おう!」」」
エレディの号令に、船員達が一斉に魔導砲の照準をあわせる。そして砲撃戦が開始されると共に、囮となる幽霊船に対抗するべく退魔師・除霊師の一団が船尾へと移動していく。
「しばらくは海戦になりそうか」
「ええ……これは楽しめそうですね」
少なくとも楽な仕事にはなりそうにないらしい。カイトの言葉に、セレネが楽しげに応ずる。そうして、彼らの言葉を合図にしたかのように幽霊船との海戦が開始されるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




