第3877話 滅びし者編 ――戦闘開始――
暗黒大陸へ向かう航路の最中に発見された幽霊船により構築された幽霊船団。この対応のため、各地から霊力や退魔の力を操る者を招集。それでも足りないと考えたカイトはソラやセレスティアらも動員する事にする。
そうして彼らの簡単な訓練を終えて1週間後と少し。カイトは今回の作戦で使用する船へと幽霊船との交戦を睨んだ仕上げを施すと、再び海賊島へと渡航。数日の天候の影響による待機を挟んで、ついに退魔師・除霊師達の一団を乗せた船が出発する。そうしてしばらくの移動を挟んで、しばらく。周囲には霧が立ち込めていた。
「さて……ソーニャ。調子は?」
「誰かさんのお陰で幾分良くなりました。その事については感謝しています」
「オーライ……まぁ、釈迦に説法だろうが、ここからは幽霊達の領域だ」
「……」
カイトの言葉を聞きながら、ソーニャは彼女にとってもう一つの仕事着となる修道服に魔力と霊力を行き渡らせる。そうして薄っすらと展開される特殊な障壁を見て、カイトはしかし少しだけ苦い顔だった。
「ソーニャ。修道服はほとんど見なかったし、教国の武装だから聞く機会がなかったんだが、それを仕立てたのは何時だ?」
「? 三年ほど前ですが」
「……はぁ。ティナ」
『うむ。少し仕立て直させよう』
なにかに呆れるような、どこか怒るような様子のカイトであったが、一つため息を吐いて全てを吐き捨てたようだ。何よりそんな事に苛立っていられる時間的な余裕も乏しい事があっただろう。というわけでなにかには怒っているらしい事は察したソーニャが問いかける。
「あの、何が?」
「明らかにソーニャの実力にその修道服は役不足だ。色々と足りてない」
「ですがこれは……その、一級品です」
「……確かにそうだとは思うが……」
もしかしたら今の怒りは筋違いと言えば筋違いかもしれない。カイトはソーニャの返答に何処か複雑な表情だ。
「明らかにお前の実力に見合ってない。その内自分の霊力で服が吹き飛ぶぞ。今はまだギリギリ、セーフな領域だろうがな」
「「え?」」
「他所様のだから手出ししたらマズいかと思って調整はソーニャに一任したオレが悪かったと言えば悪かったんだろうが……その修道服の許容限界にかなり近付いている。わからないのか?」
「「……」」
ぱちくり。あまりに当たり前と言わんばかりのカイトの言葉に、ソーニャとアリスが揃って顔を見合わせる。どうやら二人には何がなんだかさっぱりらしい。というわけで、アリスがおずおずと質問する。
「あの、カイトさん。魔力の許容限界は聞いた事があります。でも霊力の許容限界は聞いた事がありません」
「……マジで?」
「「……」」
こくこく。二人は無言で、驚いた様子のカイトの問いかけに頷いた。これにカイトは目を丸くして驚きを露わにした。
「マジか……そんな一般的じゃないのか? 霊力は謂わば魂の力だ。魔力が意思の力。気は肉体の力。霊力は魂の力という三要素だ。ここは知っている……よな?」
「「……」」
「え? マジで、ここから?」
「いえ、霊力が魂の力は存じ上げています。でもその三要素という見立ては初めて聞きました」
だが言っている事は理解出来る、という所なのだろう。思わず目から鱗が落ちる、という塩梅でアリスはカイトの言葉に目を見開いていた。
「そ、そうなのか……ほら、付喪神は物に魂が宿った存在だろ? だけど無限大に魂が宿る事はない。物に宿せる魂の大きさは器の大きさに比例する。付喪神が進化して、魂だけ分離する事があるのはそれ故だ。器以上に魂が成長した結果、器から出るしかなくなったというわけだ。必然として防具にだって霊力を受けいられる許容限界があるんだ」
「「……」」
それはそうだ。カイトの説明に、二人は当たり前と言えば当たり前過ぎた指摘に思わず納得する。だが、同時に釈然としない部分もあったようだ。というわけで、今度はソーニャが問いかける。
「ですが今までそんな許容量なんて話は一度も聞いた事がありません」
「そりゃ、魔力や気なんかより遥かに許容量は大きいからな。これは受け入れられる土台があるかないか、という差が大きい。だから普通は、そんな問題は起き得ない。だがソーニャは普通じゃない」
「……」
普通じゃない。ソーニャはカイトの言葉に、自分がかつて教国では魔女と蔑まれていた事を思い出す。だが、一方のカイトは逆に上機嫌だった。
「にしても、教国の一級品の修道服で事足りん霊力か……なぁ、バル」
『駄目だ! 今の聞いてなんでくれてやれると思うんだよ!』
「良いじゃん良いじゃん。マジでソーニャたんちょーだいよ……この領域で霊力を使える、うぉぁ!」
「ユニオンマスター。このヘッドハントは私から御免被ります」
少し見直したらすぐにこれだ。ソーニャは自分の蔑まれてきた才能を逆に稀有かつ優秀な才能として本心から手に入れようとしているらしいカイトに、霊力で編み出した弾丸を放つ。まぁ、これは間違いなく照れ隠しでしかないだろう。そんな彼に、バルフレアが笑った。
『振られてやんの』
「ちっ……いつか絶対に落としちゃる……ま、とりあえずそのために今は格好良い所を見せるとしますかね」
くるくるくる。カイトは周囲に満ちる霧を切り払うように、大鎌を振りかぶって見栄を切る。そして遊んでいた彼の顔が引き締まる。
「ソレイユ。周囲の状況は」
『周囲1キロに霧が展開中……でも幽霊船はまだ』
「囮の方か? 本隊の方か?」
『囮もまだ出てないよ。小舟もまだまだ』
「りょーかい」
まだ出没可能な状況ではないというわけか。とはいえ、だ。それがすなわち危険がまだ生じていない、というわけではなかった。
「ソラ。そろそろ<<太陽神殿>>を何時でも展開出来るよう心づもりをしておけ」
『でもまだなんだろ?』
「幽霊船はな……だが冥海に引き寄せられる魔物共、幽霊達がそろそろ……」
ぴくんっ。カイトの鼻が僅かに動く。
『にぃ!』
「あいよ!」
ソレイユの言葉が放たれるとほぼ同時に、カイトが甲板を蹴って腐臭にも似た臭いがした方角へと駆け出した。
「はぁ!」
カイトが大鎌で霧を薙ぐような動作を見せると同時。何もなかったはずの霧が収束し、しかし即座に大鎌により収束が切り払われて霧散する。
「アリス! 収束を防げ! ソーニャ! 散らせるな!?」
「「はい!」」
アリスには幽霊船に来る前に為すべき事を教えておいたし、ソーニャに至っては元専門家だ。言われるまでもなく、この霧が何で、危険を防ぐためには何をするべきかを理解していた。
というわけで定石というべき対処を指示する彼だったが、やはり幽霊船の中でも異質と言える船団だ。定石が通用するかと言われれば、そんなわけもなかったようだ。
『っ! にぃ! この霧、いつもよりずっと深い! 多分、にぃがどれだけやっても間に合わない!』
「ちっ……織り込み済みだ!」
考えたくはなかったが。ソレイユの報告に、カイトは苦い顔で舌打ちしながらもそれならばと作戦を決める。
「エレディさん!」
『承知しました』
カイトの要請を受けるや否や、エレディが甲板の中央に黄金色の神殿を顕現させる。そうして神殿から漏れ出た光が周囲をまるで薙ぎ払うように、甲板に溢れ出た霧を振り払う。そこへバルフレアが情報を飛ばす。
『全員に告げる! 甲板に<<太陽神殿>>を展開した! 負傷した奴、魔力や霊力が足りなくなった奴はそこに避難して回復しろ! さぁ、歓迎会の開催だ!』
「「「おぉおおおお!」」」
バルフレアの号令に合わせて、冒険者達を筆頭に鬨の声がそこかしこで響き渡る。そしてそれとほぼ同時に、ソレイユが念話でカイトへと報告した。
『にぃ! 船尾で撃ち漏らし! 実体化するよ!』
「あいよ! バル! 楽は出来んらしい!」
『だーろうな! 戦闘力に乏しい霊力・退魔特化の連中は一箇所に固まって、遠距離からの攻撃に注力しろ! 前に出られる奴は実体化した奴らの対処を優先! 防衛線を構築! ソレイユ! 抜かれそうな時は狙撃を頼む!』
『はーい!』
やはり曲がりなりにも冒険者ユニオンのユニオンマスターだ。バルフレアはカイトの要請――要請がなくてもしただろうが――を受けるや否や、矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「アリス、ソーニャ! 付いてこい! アリス、ソーニャの防衛を頼む!」
「「はい!」」
「ソラ! お前まだ手が空いてるな!」
流石にここから先、カイトも遊ぶつもりはなかったらしい。なので自身の指示に二人が応じたのを受けて、すぐにソラへと声を掛ける。そうして投げかけを受けたソラだが、少し状況が理解出来ていなかったようだ。彼の声には困惑したような色が乗っていた。
『お、おう! 何が起きてるんだ!?』
「この霧を媒体とした魔物が出てくる! <<太陽神殿>>に問題はないだろうが、もし上空に魔物が出たらお前が対処しろ! 兆候は霧を見てればすぐにわかる! エレディさんには<<太陽神殿>>の維持に注力してもらえ!」
『わ、わかった!』
『ソラ! 言ってるそばから上に来るよ! 小さめだけど落ちてくる!』
『ま、マジで!?』
少しは状況を理解する時間をくれよ。ソラはソレイユの連絡に大慌てで上を見上げる。そこでは少し大きめの霧の塊が出来ており、まるでなにかを包む繭のようでさえあった。
そうして中央付近の防衛を彼に任せ、カイトは船首から船尾へと一気に移動。そちらでも同じように2メートルほどの霧の塊が出来ていたが、彼がそれを認識したと同時に霧の繭が弾け飛んだ。
「ソーニャ!」
「はい!」
何度か言われているが、霊力の扱い。そして霊力の強さであればカイトよりソーニャの方が上だ。もちろんシャルロットの神器や神使としての力を完全に解き放てば彼女をも上回るだろうが、ここから先がわからない以上は安易に切れる手札ではない。そして彼は一人ではない以上、ソーニャに支援を頼むのは当然だった。
「はぁ!」
霧の繭が弾け飛んで中から現れたのは、まるで水に濡れた、もしくは水死体をゾンビにしたような魔物だ。そんな魔物が動き出すよりも前に、カイトが大鎌の切っ先を水死体のゾンビに似た魔物へと突き刺した。
「ソーニャ!」
「はい!」
カイトの要請と同時に、ソーニャが祈りを捧げるように意識を集中させる。そうして彼の大鎌に宿る退魔の力が一気に拡大し、内側から水死体のゾンビに似た魔物を退魔の力で焼き尽くす。
「おっと……こりゃちょっと派手な歓迎会になりそうだな」
一体倒してはいおしまい、とはならなかったようだ。彼の周囲では同じような霧の繭が幾つも生じていた。これに彼は笑いながら大鎌を振るって幾つかを切り払うも、どう足掻いても全てを切り払う事は出来そうになかった。というわけで霧の繭の中から現れる魔物達を抑え込むように睨み合うカイトに、アリスとソーニャが合流する。
「カイトさん」
「おう……アリス。オレが数を減らす。身を守りながら、ソーニャを守れ」
「はい……何時まで?」
「とりあえず……甲板の上の霧の濃度が薄まるまで!」
アリスの問いかけに、カイトは動き出した水死体のゾンビに似た魔物を問答無用に斬り伏せる。そうして、幽霊船の前哨戦となる死体にも似た魔物達との交戦が始まるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




