第3876話 滅びし者編 ――出港――
暗黒大陸へ向かう航路の最中に発見された幽霊船により構築された幽霊船団。この対応のため、各地から霊力や退魔の力を操る者を招集。それでも足りないと考えたカイトはソラやセレスティアらも動員する事にする。
そうして彼らの簡単な訓練を終えて1週間後と少し。カイトは今回の作戦で使用する船へと幽霊船との交戦を睨んだ仕上げを施すと、再び海賊島へと渡航。船の到着を待って、作戦会議を行うとその更に翌日。海賊島から幽霊船団の出没海域へ向けて出発準備が全て整う事となっていた。
だがいざ出発となるその翌日は夏空の快晴という一見良い天候にもかかわらず、幽霊船の探索という一面においてはこれ以上無い悪天候となった事もあり探索は延期。探索に適する日を待つ事になる。というわけで、作戦会議から数日後。またカイトは朝一番から港に立っていた。
「……今日の天候はどうなんだ? 昨日よりかは……まぁ、晴れてはいるけど。俺達が来た日からすりゃ、結構悪くなってると思うけど」
「天気快晴。なれど風強く波高し……って塩梅だな」
ソラの言葉にカイトは周囲の環境音に耳を澄ませながら、ただ見えるまま。聞こえるままを口にする。天気そのものはここ連日と同様晴れてはいるが、波音は昨日よりも強く、そして風も強い。ここ何日で一番悪い、という所であった。
「暑さも……どこかジメッとした空気。悪くないね」
「いや、一般的に言えば悪いと思うんだけど」
「あはは」
ソラのツッコミに対してカイトは楽しげに笑う。まぁ、彼の言う通り。一般的に言えば少し悪い天候と言えるだろう。それはどこか嵐を予感させるような天候でもあった。というわけで、一頻り笑った彼は笑みを引っ込めると相変わらず背に乗っているソレイユに問いかける。
「行けそうだな……ソレイユ」
「うん……兆候あり。霧が出始めてるよ」
「よし」
「霧? 危なくないのか?」
「ああ、普通の霧じゃない……ほら、良く言うだろう? 幽霊が出そうな雰囲気になると深い霧が立ち込めて、って」
「あー……」
よく怪談話に語られる光景を思い浮かべて、ソラはカイトの話にここで語られる霧は普通の霧ではないことを理解する。
「この霧は冥海の予兆でもあるし、冥府から吹き出した改変の予兆でもある」
「ってことは、か」
「ああ。多分出るな……特にこの数日快晴だったし、波も穏やかだった。冥海の力は蓄積され続けていた。反動で出てもおかしくない場が構築されていると言える……だが問題は、と」
ざざんっ。港を打ち付ける波の音に、カイトは天候が荒れつつある事を理解する。そしてだからこそ、彼の顔には少しの苦みもあった。
「北の海は荒れやすいから嫌厭される航路だというが……」
「確かそれだから逆に安全な航路でもある……んだっけ?」
「ああ。この海賊島の海賊達もこの北の海域にはあまり行きたがらない。荒れるからな。なんでその海域を挟んだ更に北が、ここらでは一番安全な航路だった。まぁ、かなり遠回りにはなるが……」
それを見越して、この海賊島に流れ着いた船員が乗っていた船は更に北へ進路を取ったわけだが。カイトは先日話した船員の事を思い出していた。とはいえ、今回はその北側の荒れる海域と安全な海域の境目あたりが幽霊船の出没地域だった。となると必然、こうなった。
「いや、それは良いな。とりあえず荒れそうだな、これは」
「多分荒れるねー……荒れる天候を見込んでるわけだけどね」
カイトの言葉に、周囲の状況を魔眼で確認していたソレイユが同意する。そして同意する彼女に対して、カイトの肩にいつものように腰掛けるユリィがため息を吐いた。
「あんまり良い思い出ないねー、こういう天候」
「言うな。オレが一番そう思ってる」
どこかしかめっ面のユリィの言葉に、カイトはがっくりと肩を落とす。そんな二人に、ソラが問いかけた。
「なにかあったのか?」
「オレ達は船に乗ったら沈没しまくってるんだよ……こんな悪天候になる事がわかってる中での出港に良い思いがあるわけないだろ。別にどれだけ荒れても魔術で平衡器官を保護してるから酔うとかはないけどさ。出てって船が沈没して帰れません、ってのは嫌なんよ」
「……怖いこと言うなよ!? 俺乗りっぱなしなんだぞ!?」
前々から言われているが、カイトの乗る船の沈没した理由のいくつかは魔物に襲われた事だ。なので時には彼が海上へ魔物の討伐に出ている間に、他の冒険者が抜かれて乗船が沈没という事もあったらしい。
というわけでそれを思い出したらしいソラが声を荒げるわけだが、カイトもこれには流石に苦笑いしか出来なかった。
「あはは……まぁ、そう言うんだけどさ。実際、今回は出にゃならん事を考えりゃオレじゃどうしようもない。一応? 更に後ろには飛空艇も控えてるから安全はある程度担保してるけど」
「幽霊船の除霊において幽霊に気を取られた結果、魔物の奇襲を受けて沈没って良く聞く話だしねー」
「……気を付けよ」
ユリィの指摘に、ソラも思わずはっとなったようだ。今回全員が幽霊船団という異例の事態に着目していて幽霊にしか視線が向いていなかったが、そもそも海上だ。魔物は普通に出没する。しかも幽霊船が出没するような荒れた状態だ。魔物達も普通に出現するものと考えて良いだろう。というわけで改めて魔物への注意も疎かに出来ない、と気を引き締めるソラだが、そこでふと気になった事があったようだ。
「あれ? そう言えばソレイユちゃんってどっちに乗るの?」
「私? 私は飛空艇の方だよー。一応幽霊船と幽霊の目視、除霊は出来るけど、にぃほどの腕前じゃないからね」
やはり優れた弓兵だ。目に掛けては一家言存在しているようで、見鬼の才能も普通に有していたようだ。とはいえ、見鬼の才能を有しているからと除霊・退魔が出来るかというとそうではなく、あくまでも視えるしある程度は祓えるというに留まったようだ。というわけで後方支援らしい彼女の言葉を、カイトが補足する。
「ソレイユには広域の警戒をしてもらわにゃならん……万が一生前の幽霊船団を潰した魔物が居たら、そいつは早期に警戒してもらわにゃならんからな」
「そいつの討伐も私の仕事になるよ」
「あ、そっか……最悪そういう場合もあるのか……うわっ。マジで幽霊船の除霊って色々と警戒しないといけない事が多いんだな」
これは幽霊船の除霊が出来る者が限られるというのも納得が出来る。ソラはただでさえ幽霊船の除霊という難業をしなければならないのに、船を沈没させられるだけの魔物も警戒せねばならないらしい状況に思いっきり顔を顰めるしかなかった。
「そうだ……だから普通は多人数で除霊に臨む。魔物に気を取られりゃ幽霊に背後を刺されるし、幽霊に気を取られりゃ下から魔物に船をやられる。上も下も、右も左も360度警戒が必要だ。ま、流石に今回は全部を警戒すると幽霊船の対応が出来ない。なんでこいつが、ってわけ。万が一の場合にはティナも居るからな」
「カイト」
「噂をすれば影、か。どした?」
「こちらの支度が出来たぞ。バルフレアが探しておった」
「っと……ってことは出発確定か」
今回人員の調達やらはカイトが主導しているが、案件そのものの調整やら準備やらはバルフレアらが主導している。カイトの役目はあくまで皇国と冒険者ユニオンの折衝で、実務の面は担当していなかった。
「おっけ。わかった……ソラ。出発確定だ……ああ、そういえば。この間教えてやった術式はきちんと習得出来てるな?」
「平衡器官の保護の術式だな。もちろん」
「よし……あれが無いと最悪船酔いでえらい目に遭う。絶対に切らすなよ」
「わかってる」
カイトの言葉に、ソラは鎧を一瞬で着用して立ち上がる。
「よし……じゃあ、お仕事やりますかね」
「「「おう!」」」
カイトの言葉にソラ以下ソレイユ達もまた声を揃えて一瞬で武装を整える。そしてそんな合図に合わせたかのように他の退魔師・除霊師達も港へと続々と集結を始め、彼らを乗せた前線基地となる船とその更に後ろを守るマクダウェル家の飛空艇が幽霊船団の出没海域へ向けて出港するのだった。
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