第3874話 滅びし者編 ――船――
暗黒大陸へ向かう航路の最中に発見された幽霊船により構築された幽霊船団。この対応のため、各地から霊力や退魔の力を操る者を招集。それでも足りないと考えたカイトはソラやセレスティアらも動員する事にするのだが、その準備としてソラへの教練を兼ねてマクダウェル領内にある森奥の洋館にて訓練を行うこととしていた。
そうして訓練から一週間と少し。カイトは先日制圧した海賊島へと舞い戻る前に、退魔師達を乗せた飛空艇とは別行動を取っていた。理由は単純で、幽霊船対策を行った船への最後の仕上げを行うためだ。
というわけで彼はシャムロックより増援として差し向けられたエレディという女性神使とソラ、更にはシャルロットの神官の中でも最古参の一人であるセレネ、ピュルテを連れて改修作業の大半を終えられた船を収納する造船所にやってきていた。
「よし……ルテ、船底の仕上げは出来た。これで冥海への引き込みは防げる。これで防げるかは知らん」
『左舷も処理出来ました。セレネお姉様。そちらは?』
『右舷も完了。これで船の下部、側面は大丈夫でしょう。後は甲板ね』
カイトの作業完了報告と同時に、ピュルテ、セレネ共に作業を終えていたようだ。まぁ、この三者に腕の差はほとんど無いものと考えて良い。なので作業完了がほぼ同時になったのは当然と言えただろう。
「よし……兎にも角にも幽霊船との交戦で一番面倒なのは冥海へ引き込まれる事だからなぁ……」
『なぁ、カイト。冥海ってなんだ? 冥海に引きずり込まれないように処理する、って言ってたけどさ』
「ん? ああ、冥海か」
どうやら作業完了を待っていたらしいな。カイトはソラの問いかけにその疑問はもっともだろうと納得する。この冥海を知っているのはあの世に詳しくないとならなかったからだ。
「知らないのも無理はない。冥海ってのはあの世とこの世の境目に広がる海と考えろ。幽霊船はその境目にいつもはいるんだ。で、あの世の力が高まったタイミングや冥海がこの世に吹き出した時にだけ浮上……この世に現界するってわけ」
『なるほどな……いや、ちょっと疑問ではあったんだよ。真っ昼間に幽霊って』
「あはは……まぁ、そう言っても。真っ昼間でも出るは出る。場を改変する事によってな」
『さっき言ってた冥海がこの世に吹き出したタイミング?』
「そう。まぁ、魔術の場の改変に似ている。この世にあの世が染み出したような状況だ。お前が思ってるようなおどろおどろしい雰囲気にはなる」
『怖いな、おい』
カイトのどこか冗談めかした言葉に、ソラは少しだけおどけてみせる。
「あははは。あれを最初見た時は流石のオレも正直ビビったな」
「あの時はホント、シャルの加護がなかったら二人してあの世に引きずり込まれてたよねー」
「いやー、マジでなー」
『貴方達、あの世とこの世の境目に来すぎなのよ。お陰でおちおち寝てもいられなかったわ』
「シャルロットが恋しかったんだよ」
「ねー。急に居なくなっちゃうんだもん」
どこか楽しげなシャルロットの苦言に対して、カイトもユリィも楽しげに笑うばかりだ。まぁ、そういう二人だが、流石に当時は心底肝が冷えたそうだし、シャルロットに心底感謝していた。今はもう笑い話に出来るようになった、というわけなのだろう。
『もう……言っておくけれど、もう追い返せないから注意なさい』
「大丈夫。自力で戻って来るから」
『やれやれ……行かないようにする、というつもりはないのね』
「オレもそうしたいよ、出来る事なら」
それが許される立場ならそうしている。どこか遠い目で、カイトはシャルロットの苦言に対して笑うだけだ。というわけで儚げに笑うカイトだが、気を取り直してソラへの説明に戻る。
「まぁ、それはともかくとして。冥海が展開された際に下手にそのエリアに居ると、冥海が引っ込む際に引きずり込まれる事になりかねない。特に接舷している時は渦の中心に居るようなもんだ」
『生身で引きずり込まれたらどうなるんだ?』
「さぁ? ただ正気は保てないそうだな。冥海から生還した九割は精神崩壊してるからな」
実際、先に海賊島に捉えられていた生存者は精神崩壊を起こしていた。というわけでそれを思い出して、ソラが口を開いた。
『その数少ない例外がお前、と』
「そうだな。とはいえ、お前も安心して良いぞ。オレやユリィとかの死神の加護を得た者。逆にお前やエレディさんのように太陽神の加護を得た者。そういった奴は弾かれるからな。後は霊力持ちやら退魔の力持ちは比較的無事に生還してる」
『そうなの?』
「ああ。霊力も退魔の力もあの世に由来する力だ。故にあの世からこの世へ戻る力の流れみたいなのがある程度はわかる。なんで比較的早期に戻ってこれるわけ」
「ただし、陸地に近い場合限定だけどね。それ以外は大半死んでるんじゃない?」
『なんで』
「大海のど真ん中に放り出されて、自力で陸地まで戻れるかどうかは別問題だから。それこそ皇国とラエリアの間で沈んだら終わりだよ」
『……あ』
ユリィの指摘に、ソラはそれはそうだと思わず間抜け面を晒す事になる。そしてもちろん、冥海に巻き込まれている時点で乗っていた船も同じように巻き込まれているだろう事は間違いない。つまり身一つで大海に投げ出され、生き延びる必要があるのであった。
「ま、そういうわけだからお前とエレディさんはマジで重要だ。一応引きずり込まれないように特殊な加工はしているが、万が一それでも無理なら甲板に展開した神殿がガチで重要になる」
『確か……流石に太陽神の神殿だから冥界とは一番相反する存在だから、甲板に<<太陽神殿>>が展開されている限り、完全に引きずり込まれる事はないだろう……だっけ?』
「そういうこった。頑張ってくれ」
『お、おう……っと、そうだ。こっちの作業も完了した。甲板になんか砕いた『輝石』の欠片? 埋め込んで? とか色々とやった。とりあえずエレディさんに言われるがままなんだけどさ』
エレディが合流した際に言われているが、今回ソラはエレディと共にこの船に残って<<太陽神殿>>という特殊な力場を構築する事になっている。
なので彼はエレディからその準備やらを学ぶべく、甲板で作業を手伝っていたのであった。というわけで甲板側の作業完了を受けて、カイトは船全体への冥海対策が完了したと判断する。
「わかった。とりあえずこんなのやったな、ぐらいの認識で良い。よし……こんだけやったら流石に幽霊船団が展開する冥海でも引きずり込まれる事はないはず……だよな……?」
「私にもなんとも言えません」
「私もです……」
いつの間にやら合流していたセレネとピュルテの二人が、カイトの問いかけに困り顔で首を振る。何度も言われているが、幽霊船団は有史上初めての事態だ。なので冥海への引き込みがどの程度か誰にもわからなかった。
とはいえ、通常より強いだろうとは予想できる。なのでこうして神使と神官が勢揃いして、最大限の保護を施していたのである。というわけで、セレネがため息混じりにその他の対策へと言及する。
「とりあえず全体に現界への固定処置を施して、万が一引きずり込まれた場合の対応として『海灯』を取り付けてもいますが……ルテ、『現界の錨』は?」
「確認してます……問題は、もし引きずり込まれそうになった場合に誰がどのようにして錨を下ろすか、です」
「誰が、かぁ……どうにかできりゃ良いんだがなぁ……」
「もうそうなった場合は臨機応変に対応するしかないでしょう」
正直な所、誰にもどうなるかが読み切れない。カイトもセレネもそれ故にため息混じりだ。というわけでため息混じりだった彼らだが、そんな所にエレディが舞い降りる。
「カイト。<<太陽光>>と<<太陽弾>>の発射の確認をしたいのですが」
「わかりました。対応は何門を?」
「全て対応させました。流石に艦隊戦になれば一台も余らせる余裕はありません」
「わ、わかりました」
相変わらず真面目ではあるし、こういう状況では頼もしくもあるが。カイトは船の全ての魔導砲に幽霊船と交戦可能な処置を施したというエレディに僅かにだが頬を引き攣らせる。というわけでその後もこの日一日、幽霊船団の除霊の前線基地として使う船に徹底的な処置を施していくのだった。
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