第3873話 滅びし者編 ――合流――
暗黒大陸へ向かう航路の最中に発見された幽霊船により構築された幽霊船団。この対応のため、各地から霊力や退魔の力を操る者を招集。それでも足りないと考えたカイトはソラやセレスティアらも動員する事にするのだが、その準備としてソラへの教練を兼ねてマクダウェル領内にある森奥の洋館にて訓練を行う。
そうして訓練から一週間ほど。公爵邸の庭で地下の研究所から運び出された荷物の確認作業にカイトはソラを連れて同席していたのだが、そこに瞬がやって来ていた。
「えらく多いというか、えらく厳重に封がされているんだな。空港で積み替えれば良かったんじゃないか?」
「今回は類を見ない事態かつ、幽霊船ってここ百年で滅多に起きない事態ってことで、色々な研究機関も協力してるらしいっすね。後ティナちゃんも。ここの荷物が多いのはそれ故らしいです。ただやっぱり相手が幽霊なんで、厳重に封印して影響を避けてるらしいです」
「なるほどな……」
元々有史上初めての事態だ、と言われていたのだ。なので研究者達からしてみれば非常に興味がそそられる事態だったそうで、当然ティナもまた興味を示していた。
なのでカイトには盛大に呆れられてはいた――本質的には死者の除霊なので――ものの、確かに調べて次に活かせればという為政者としての立場からそれを認めていたようだ。荷物の大半が彼女の研究用の機材らしかった。
「ああ、そうだ。先輩。書類ありがとうございます。帰るまでに必要事項を書いちまって、第二執務室へ提出しておきます」
「構わん。こっちに提出する書類もあったからな……にしても、お前も大変だな」
「俺はまだマシでしょう……あっちに比べりゃ」
「ははははは……」
ソラの視線の先に居た人物を見て、瞬もまた笑う。そちらに居るのは言うまでもなくカイトである。そんな彼だが、肩の上にはユリィ。背中にはソレイユが。そしてそんな二人の相手をしながらバルフレアやティナと荷物の状態やらの話し合いという、ある意味では彼らしい状態であった。
といっても、この状態はある意味彼としてはいつもの事なので、大変というのはこの状態を指した言葉ではなかった。
「俺はまだ後ろに引っ込んで船の防衛で良いらしいんっすけど。あっちは実際に乗り込んで、ですからね」
「一応は対抗策ぐらいは出来るようになったのか?」
「ああ、幽霊対策そのものは楽だったんっすよ。結論から言えば」
「そうなのか?」
ここ一週間ほど、ソラがずっと見鬼の才能を使いこなそうとしていた事を瞬は知っている。だがそれが一向に上手くいっていない事も知っていた。
「いや、それがこいつで事足りるらしいんっすよ。ただ領分の問題でやらない、ってだけで。ただ視えないと今度は何時こいつを使うかがわからないから、無駄に魔力と気を消費してガス欠になるんで、見鬼が必要って話らしいっす」
「なるほどな……ああ、それでシャムロックさんの所からも神使が来るという話なのか」
「っすね。てか、どっちかってと来るから俺も行かなきゃならない、って話なんで。あっちも当然常時でえっと……えっと……」
どうやらソラはなにかが出掛かりつつも、口から単語が出てこないらしい。困ったように喉のあたりを叩いていた。
「カイト! なんだっけ! 俺がやるのって!」
「ん? <<太陽神殿>>の話か!?」
「あ、それ! サンキュ! <<太陽神殿>>ってのを展開するんっすよ。でもそれを常時展開ってのは結構キツいらしいんで、サポートに俺がって話らしいっす」
「お前が加わってなんとかなるのか?」
「いや、俺もそう思ったんっすよ。でも大丈夫らしいっす」
いくら契約者になれたからと言っても、神使達との地力の差はまだまだ大きい。一応<<偉大なる太陽>>を手にした時と比べれば、彼自身も<<偉大なる太陽>>も遥かに強くなっているが、まだまだ遠かった。というわけでそこらは彼も気になったそうだが、これにカイトはしっかり答えてくれていた。
「重要なのは共鳴させる事で、かなり一人ひとりに掛かる負担が軽減されるらしいんっすよ。なんか神殿の柱だと思えとかなんとかって話で……」
「なるほど……確かに神殿と考えるのなら、柱は一つより二つの方が崩れにくいというわけか」
「そういうことっすね。だから極論すればある程度地力さえあれば、神剣を持つ者なら誰でも良いらしいっす。更に<<地母儀典>>で大地を模す事が出来るから、この術式は相性が良いらしいんっすよ。ただオレには無理だから、ちょっと学ばせて貰ってこいって話です」
「そもそもオレは月の女神の神使だ。<<太陽神殿>>を使う事は出来ん。使えるのは<<冥界神殿>>だ」
どうやら先程の問いかけでこちらの話に少し興味が出たようだ。ソラの言葉に続けるように、カイトが口を挟んだ。というわけでそんな彼に、瞬が問いかける。
「何なんだ? その<<太陽神殿>>や<<冥界神殿>>というのは。同じ言葉には聞こえるが……多分違う意味なんだろう?」
「そうだ……<<布都御魂>>のバフがあるだろ? あれの亜種……というか、本来はあっちが亜種だな。あれは凄まじく便利な力だ」
<<布都御魂>>は現在冒険部が切り札として保有しているわけだが、その効力は冒険部の所属者全員に及ぶ強力なバフ効果だ。
それも使うだけで条件に合致する者全員に強大なバフ効果が与えられるという効果範囲の広さと、使うだけという手間のなさは流石神器と誰もが思っていたわけだが、原理的に<<太陽神殿>>はそれと同じものらしかった。
「あれか……というか、あれが亜種なのか?」
「ああ……あれは日本の氏神制度と、八咫烏……ヒメちゃ……天照大神の御使いである事が相まって、あそこまで便利な力になっているみたいだな。天照大神は日本人の総氏神。その御使いだからこそ、日本人全員に行き渡るわけだ。それに対して<<太陽神殿>>は範囲内に居る者を強化するというエリア展開型のバフだ」
「それは……便利だな。居るだけで強化させられるのか」
「そ……まぁ、本来はそんなバフだが、副次的な効果として幽霊に対する除霊効果もある」
「神殿だからか」
「そーいうこと」
やはり幽霊と生命力の中心とも言える太陽を祀る神殿だ。幽霊との相性は最悪と考えて良いだろう。<<太陽神殿>>を展開し続ければ退魔師達は休息が可能な安全地帯を海上で手に入れられるようになる、というわけであった。
「まぁ、今回はソラは戦闘を考えんで良いし、あくまでもサポート。ゆっくり<<太陽神殿>>を学べる。そしてこいつを学ぶのはかなり有益だってのは今話した通りだ」
「なるほどな」
「そういうことっす……てなわけで……って、そうだ。そう言えば誰が来るんだ?」
シャムロックの神使が来るとは聞いているが、誰が来るかは聞いていなかったようだ。今更だが、とソラはカイトへと問いかける。これにカイトは少しだけ困り顔を浮かべた。
「それな……オレもまだわからない。手が空いた者を寄越す、とはおっしゃってくださったんだが」
「そうなのか……やっぱ向こうも忙しいのか」
「そりゃな……各地で邪神の尖兵達の対応をしているんだ。下手をすりゃオレ達以上に忙しい」
単にカイト達が関わらないというか関われないだけで、<<死魔将>>配下の大将軍達や邪神の尖兵等は各地で混乱を巻き起こしている。それに前者は<<無冠の部隊>>が対応し、後者に対応するのは神々の役目だ。最高神たる太陽神シャムロックの神使が忙しいのは当然の事であった。というわけで誰が来てくれるのだろうか、と考えるカイトに、背に負ぶさられたままのソレイユが口を挟んだ。
「あ、それならにぃー。上にエレディさん来てるけどそれじゃない?」
「「「え?」」」
「申し訳ありません。遅れました」
カイト達が上を見上げると同時。ソラが<<偉大なる太陽>>を解き放った時と同様にフレアに似た光を棚引かせながら、一人の女性が舞い降りる。
そんな彼女はカイトの前に舞い降りると、カイトへと頭を下げた。その姿はまるで貴族の令嬢のように優雅であったが、同時に身に纏う風格は明らかにソラ達と比べ物にならない物があった。そしてそんな彼女にカイトもまた一つ頭を下げると、そのまま進み出て手を差し出す。
「エレディさん……お久しぶりです。貴女が来てくださったのですか」
「ええ。御方より、状況を考えれば神殿の構築が必要になるだろう。ならばお前が、と」
「ありがとうございます。貴女と<<輝かしき天鱗>>なら、この有史上類を見ない事態でも心強い」
「ありがとう」
カイトの言葉は世辞ではあったが、同時に本心もあった。というわけでエレディという神使の女性に一度状況を共有するべく、一旦公爵邸の応接室へと移動する事にするのだった。
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