第3872話 滅びし者編 ――打ち合わせ――
暗黒大陸へ向かう航路の最中に発見された幽霊船により構築された幽霊船団。この対応のため、各地から霊力や退魔の力を操る者を招集。それでも足りないと考えたカイトはソラやセレスティアらも動員する事にするのだが、その準備としてソラへの教練を兼ねてマクダウェル領内にある森奥の洋館にやってきていた。
そうしてなんとかソラに万が一自身が狙われた際に幽霊を見れる程度には底上げしたカイトであるが、それから一週間ほど。マクダウェル公爵として、ランクEXの冒険者として様々な伝手を活用して可能な限り準備を進めていた彼の所へ、バルフレアが訪れていた。
「はぁ……悪いな、ホント」
「怪我はもう良いのか?」
「良いか悪いか、って言われりゃ正直悪い。でもいつまでも寝てばかりもいられない……まぁ、しょーじき今無茶して良いか、って言われりゃ困るんだけど」
カイトの問いかけに対して、バルフレアは盛大に苦い顔だ。何を当たり前の話を、という所であるが、そもそも幽霊船団の除霊はその先に待つ暗黒大陸への遠征を行うための下準備だ。
その下準備で大怪我を負っているのだから、何をしていると言われても仕方がないだろう。しかもそこで無茶を重ねようとしているのだから、彼でなくても苦い顔にはならざるを得なかった。
「そうだわなぁ……かといって、遠征計画の見直しはこれ以上はしたくないよなぁ……」
「ああ……はぁ。かといって、俺抜きで接岸なんて無理だ。あー……マジでどうしたもんか」
「一応、最高級の『霊薬』はカンパしてやったんだ。ある程度は頑張って戻してくれとしか言いようがないんだが」
「そりゃ俺だって戻したいよ」
カイトの苦言に似た言葉に対して、バルフレアは再度顔を顰める。全部の貴族の中でも有数の医療技術を持っているマクダウェル家で、更には『霊薬』やら本来作る事が出来ない回復薬まで製造出来るのだ。なので本来なら、それらを使えば数日中には全快しているはずだろう。
だが不思議な事に、『霊薬』を投与されたはずの彼の怪我はまだ癒えていなかった。というわけでカイトは盛大にしかめっ面で苦言を呈した。
「なーんでお前不意打ちで、よりにもよって<<霊砕き>>なんて食らってんだよ。回復薬、ほっとんど効かないじゃねぇかよ。変だと思ったんだよ。大怪我にしちゃ大して辛そうじゃないな、って。包帯じゃなくて紋様を刻んだ術布かよ。てーか、マジでウチがなけりゃ半年は追加で足止め食ってたぞ」
「俺だって食らいたくて食らったわけじゃないやい……てーか、俺じゃなかったら死んでるよな、これ」
「魂に傷を付けられたわけだからな。魂も頑強で良かったな。普通は、立ち上がる事さえできない」
「あはははは! マジでな!」
わはははは。馬鹿にしているのか冗談なのかわからない様子のカイトに対して、バルフレアは半ばやけっぱちに笑う。そうして笑った彼だが、途端真顔になって深いため息を吐いた。
「いや、マジで助かった。魂の傷には流石に回復薬も効果が薄い……唯一効果があるのは『霊薬』だけ」
「それも魂に直接投与出来るわけじゃないから、限定的だがな。本来なら全治一ヶ月か二ヶ月か」
「はぁ……まぁ、本来なら治る可能性も低いのが普通だってんだから、治るだけまだ有り難いか」
時間を無駄に費やしたくはないが、同時に時間を掛けねばならない事もまた事実。しかも本来なら時間を掛けた所で治るかも未知数だったのだ。それが『霊薬』の効果で治るだけ儲けものであった。というわけで、バルフレアの愚痴は続く。
「こんな仕事してんだから特殊な怪我なんて日常茶飯事だっての。そりゃ、流石に<<霊砕き>>を食らったのは油断してたって言われても仕方がないけどさ」
「なんだ。えらく不満げだな」
「はぁ……この間のタブロイド紙の記者だ。あいつがまーたこそこそと嗅ぎ回ってるみたいでな。ご苦労なこって、マクスウェルまで来たらしい。ストラの小僧が教えてくれた」
「えらく嫌われてるな……反協か?」
「隠れか、反協の支援を受けてるか、らしい」
「あららぁ。まーた面倒な連中に目を付けられたようで。いつもの事か」
盛大にしかめっ面のバルフレアの言葉に、カイトはどこか他人事のように笑う。そんな彼を、バルフレアが睨みつけた。
「お前は気楽で良いよなぁ……反協の連中もお前にだけは変な記事を書けないし。一回それでウィルの奴と神殿の大神官がかんっかんにブチギレたからな……まぁ、あいつらにとっちゃお前が一番憎いんだろうけどさ。お前に関しては完全に逆恨みだけどさ」
「あはは……ま、冒険者が増える原因になったオレとお前は憎いわな。ストラ」
『はっ』
「わかってると思うが、反協の記者だからって手を出すなよ。放っておけ」
『……はっ』
不承不承ではあるが、こんな小物を相手にする方がマクダウェル家の格に関わる。カイトの指示にストラは一瞬だけ不満げな様子を露わにしながらも、その指示を受け入れる。
まぁ、彼であれば記者程度痕跡さえ残さず消せるだろう。だからこそカイトも掣肘していたのであった。というわけで念の為の制止を入れた所で、カイトは改めて記者の所属する団体について言及した。
「反冒険者ユニオン協会……通称、反協。まぁ、心情は理解するが……やっている事は正直為政者としても冒険者としても、一人の人としても肯定は出来んわな」
「俺もユニオンマスターとして申し訳ないとは思うし、そういう団体が生まれるのはしゃーないとも思うんだけど。やってる事は犯罪行為だからな」
批判記事だけならまだ良いんだが。バルフレアはしかめっ面でそう口にする。そんな彼に、カイトが念の為に確認する。
「元々は冒険者による犯罪被害の救済を担っていた団体だったか?」
「そう。元々は冒険者による犯罪被害の被害者救済を担っていた団体だ。それが方針の違いから分裂して、ユニオンと協力して被害者救済に軸足を置いたのが冒険者被害救済団体。冒険者制度の撤廃と冒険者の排除を目指したのが反協」
「と、言えば聞こえが良いが」
「実際にゃ武力行使も辞さない、一般人からすりゃテロ組織スレスレの団体……冒険者憎しで自分達がそれ以上の嫌われ者になってどうするんだよ」
「多分、殺し屋ギルドあたりからの資金注入はあるんだろうなぁ……」
「だろうなぁ……」
冒険者ユニオンに強い敵愾心を有する組織だ。しかも建前はあくまでも冒険者の犯罪行為による被害を受けた一般人による団体だ。ユニオンと険悪な関係にある組織がユニオンへの嫌がらせに使うには、最も有益な存在だった。といっても、カイト達にはそれが敵対組織による暗躍だろうと思われている様子だったが。
「まぁ、良い。とりあえずお前、絶対に<<霊砕き>>を受けた事はバレるなよ。<<霊砕き>>は本来、そんな一ヶ月とか二ヶ月で癒える傷じゃない。ウチが手を貸したから治るだけで、冒険者側にも動揺が生じて面倒この上ないぞ」
「わかってる。だからこうしてお前の家に引きこもってるんだろ」
ただでさえ批判的な記者がうろちょろとしているというのだ。しかも本来は一ヶ月やそこらでは癒えない怪我だったらしい。ただでさえ遅れが生じているというのに、ここに来てのこれではバルフレアの手腕に疑問が生じても仕方がないだろう。流石にマクダウェル公爵邸の内部、それも立ち入り禁止エリアには入れないが、警戒するに越したことはなかった。
「まぁ、遅れが生じているし危険度と発破をかけるって事では正解だったんだろうが」
「わかってるから言わんでくれ」
「あいよ……と言っても。今回の状況を考えれば調査船団が帰還できたのはお前が居たから、って所が大きい。結果論だが失策と言い切れないのも厄介だがな」
本来調査船団はバルフレアが直々に指揮しているわけではなく、彼が委任した団長が指揮を執っている。単に海賊島の関係もあり、調査を急がせる意味も含め船団に合流したのだ。
だがその結果として怪我の程度と彼の重要度を鑑みれば、船団に合流した事が誤りだと言わざるを得なかった。もちろん、これもまた結果論だが。というわけで今回は何が正解かははっきりとは言い難い、というカイトの言葉に、バルフレアがため息を吐いた。
「それを理解してくれないのが反協の連中なんだよなぁ……」
「まー、こんな仕事してりゃ、全部が全部上手くいくなんて都合の良い事はないわな」
「だわな」
「で、愚痴はこの辺にしておいて。結局の所どうなんだ? こっちの準備は整いつつあるが、幽霊船団の除霊を行おうとすりゃ色々と段取りの構築は必須だ。流石にウチじゃそこまで出来ん」
今回皇国が動いているのは冒険者ユニオンから協力要請があったからだ。なので当然だが冒険者ユニオンも主体的に動いており、現地での支援は冒険者ユニオンが請け負う事になっていた。というわけで彼の問いかけに、バルフレアが状況を共有する。
「とりあえず確保した海賊島の港は使えるようにした。一旦、無事な船はそっちに移動させてる。幸い、荒れやすい海域もなんとか突破出来たしな。今は飛空艇の着陸が出来る簡易の着陸エリアを作成している」
「ということは海賊島で合流か」
「ああ……そこからは船で移動だ。ただ拠点にする船は今絶賛改修中だ。もーちょい待ってくれ、だそうだ」
「しゃーない。対幽霊船の改修なんぞ普通の船には施されていない。普通は接岸しないからな。それこそ専門の船なんて滅多に保有していない……ウチでさえ持ってない」
「なんで持ってないんだよ」
「金掛かるくせに使う事がないからだろ。ウチのも百年も昔に解体されたそうだ」
どこか冗談めかした様子で問いかけるバルフレアに、カイトはそんな身も蓋もない事を口にする。そもそもこの三百年で幽霊船はほとんど見なくなった、という事なのだ。いくらマクダウェル家とて、お飾りの船を維持するほど無駄金を使えるわけではない。
「てか、よく対幽霊船の加工改修の技術なんて残ってたな。技術断絶してても不思議はない、って思ってたぞ」
「退魔の銀を加工するドワーフ達の一部に、昔お前の所の依頼を受けたって奴が居たんだよ。久しぶりだから腕が鳴る、ってなんとか引き受けて貰えたんだ」
「ああ、あそこの連中か……まぁ、なにか必要な物があったら言うように伝えてくれ。あそこの連中ならオレ達は何時でも支援する、って」
「あいよ。そう伝えておくよ」
カイトの言葉にバルフレアが一つ頷いた。そうして、その後もしばらくの間二人は幽霊船団の除霊に向けた前準備に関する打ち合わせを重ね、退魔師達の輸送や実際の除霊に関する動きを練っていく事にするのだった。
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