第3868話 滅びし者編 ――幽霊――
バルフレアから対応を要請されていた暗黒大陸までの海路付近で出没しているという幽霊船の除霊。それに向けて準備を行っていたカイトであったが、間にソラの試練を挟んで半月ほど。そこでバルフレアはついに幽霊船を発見するに至るも、幽霊船はエネフィアでも歴史上観測されたことのない幽霊船により構築された幽霊船団だと判明。カイトはバルフレアの要請を受けた皇帝レオンハルトの指示により、皇国全土から有力な退魔師・除霊師の協力を得るべく行動を開始する。
というわけで皇国どころかエネシア大陸・アニエス大陸の二つの大陸において、最大規模の退魔師の集団でもある<<月牙>>の総本部から、総司令官にしてシャルロットの生み出した神官の中でも最古参かつ最高位の戦闘力と退魔師としての実力を持つというセレネを招聘。更に皇国全土の退魔師に協力を要請し、と色々としていた。
そんな中でセレスティアとレクトールという自分達の後進とも言える者たちが霊力も退魔の力も持つ事を知ったカイトは、今後を鑑みても彼女らの実戦経験が乏しい事を危惧。付け焼き刃ではあったが、簡単な訓練を施す事にしていた。というわけでそれに連れられて訓練場として森の奥深くにある洋館にやって来たソラだが、中を見て思わず目を丸くした。
「……あれ? こんな辺鄙な所にある洋館なのに、結構中は普通?」
「そりゃ、公爵家が人を出して定期的に修繕やらしてるからな。こういう所はいくつかあるんだ。ウチみたいにいくつも持っているというのは珍しいが、一つ二つはあるのは珍しくもない」
「放ったらかしにはしないのな」
「当たり前だろ。公爵家が運営している正規の設備みたいなもんだぞ」
そんな無茶苦茶な事をするわけないだろ。カイトは見た目こそ古びてはいたものの、中身は至って普通の洋館に驚いた様子を見せるソラに思わず肩を震わせる。
「普段は管理人とかもいる。今は除霊作業を行うから、一度街に戻しているだけだ。もちろん、管理人専用の小屋が別にある。歴史ある風には装っている……いや、オレの時代からあったから、もう歴史ある建物にはなるが」
「あ、そういうことな」
どうやらここは公的な設備の一つという所らしい。ソラはきちんと手入れされ、埃等もほとんど積もっていない洋館にそう思う。と、そこで彼ははたと気が付いた。
「あれ? ってことはその人らも幽霊とか視えるわけか?」
「そうだな。もちろん、ヤバい時はすぐに撤退して神殿都市に応援を要請するように指示している。あくまで監視する程度しか出来ないが」
「その危ないってのは」
「悪霊化と呼ばれる現象だ。これがなにか……は、考えるまでもないな」
「ですよねー」
先程シャルロット達が悪霊化の兆候は見られない、というような話をしていたのだ。その時点でソラも半ば察してはいたようだ。乾いた笑いを浮かべていた。そんな彼に、カイトも笑う。
「その時は神殿都市から専門の部隊が駆け付けて、即座に対応する。まぁ、今はオレがいるから問題ないけどな」
「やっぱりこういう幽霊みたいなのって、本来は神殿が対応するんだな」
「こればかりはなぁ……それこそ場合によっては神殿都市とか、近くの有名な神殿とかに遠方の貴族が使者を出す事は珍しい話じゃない。それこそ神殿都市の神官達は皇国北部及び東部全域に対応している」
「そんななのか」
「どうしても輪廻転生とか生死の話になると、密接に神々が絡んでくる。謂わば世界のシステムの話だからな。かといって、人がそこらを弄ぼうもんなら禁忌待ったナシ。一歩間違えば守護者が出てくる」
「うわぁ……」
そもそも世界において最も貴重な素材と言われる魂を不必要に毀損するのだ。守護者が出てくる、と言われてソラも納得しかなかったし、だからこそ盛大に顔を顰めていた。そしてそんな彼の理解に、カイトも頷いた。
「ま、だから神様の出番ってわけだ。特に死神のな……」
「カイト様」
「わーってる」
セレスティアの声掛けに対して、カイトはソラの説明の間にも肩に乗せていた大鎌を僅かに持ち上げる。そうして彼はソラには何も見えない、だがセレスティアとレクトールの視線の先を軽く薙ぎ払う。
「……もしかして」
「ああ。生気に釣られて死者が寄ってきたようだ」
「問答無用なのかよ」
「おいおい……オレは別に慈善事業をしに来たわけじゃない。幽霊達と会話して成仏させるつもりは毛頭ないぞ」
「あ、そっすか」
てっきり除霊というのだからホラー番組のように幽霊と会話して除霊させるのかと思っていたソラだったが、そんなわけはなかったようだ。カイトは死神の大鎌で問答無用に成仏させるつもりだった。とはいえ、そうなるとやはりソラには一つ疑問が出た。
「てか、俺やっぱり何も見えないぞ。<<偉大なる太陽>>、お前はなにか見えてたのか?」
『まぁ、視えるか視えないかであれば、視えはしない。が、居る気配はわかる』
「そうなのか?」
『この身は太陽神に仕える神剣故に、妹君様の権能となる見鬼の力はない。故に、はっきりと居ると断言する事はできん。ソラ、お前もそうだろうし、神使殿とてそこまでは求めてはおるまい』
今回ソラが連れて来られた理由は簡単だ。万が一幽霊が近くに来た場合、そこに居る事さえわからなければ一方的に取り殺されるだけだ。故に最低限そこに幽霊が居る事はわかって、その攻撃を防御が出来る程度。欲を言えば追い払う程度が出来るようになれば、と判断されたからであった。というわけで<<偉大なる太陽>>の言葉に、カイトも頷いた。
「そうだな……可能なら見鬼の力……幽霊を見る力を覚醒させられれば良いんだが」
『だが見鬼は血統に依存しやすい。鍛えれば見鬼の力を目覚めさせる者も居るが……』
「見鬼だけはマジで才能が無い場合は鍛えてもとことん無理だからなぁ……」
こればかりは才能に依存する。その事実を知っていればこそ、カイトも<<偉大なる太陽>>もどこか苦い顔だ。とはいえ、可能性がないではない、というのがカイトの考えだった。
「一応、お前も天道家の血筋だから見鬼の才能は持っているだろうし、氏神が素戔嗚尊だから目覚める可能性は高いだろうが……そもそもオレも持ってたからな」
「お前がその見鬼? とかなんとかの力を手に入れたのってシャルロットさんの神使だからとかじゃないのか?」
「いや、才能の有無はそれとは全く別だ。その結果として、眠っていた見鬼の才能が覚醒した可能性は高いけどな……まぁ、だからオレは退魔師としてはかなり高位に位置しているわけなんだが」
一応天道家としては末端だが、それでも天道家には間違いない。カイトの退魔師としての腕前の高さは、そこに最高神である死神の加護が加わった結果、という所らしかった。というわけで納得したソラが問いかける。
「ふーん……天道家、そういう退魔師になれる可能性高いのか? 桜ちゃんとかも?」
「桜は内在的にかなりの退魔師の力を有している。何よりオレ達のご先祖様は日本最強クラスの龍だ。才能を有していない方が珍しいまである」
元々日本人は退魔師の力を有している可能性が高い、と言われている。そこに輪を掛けて血筋の面もあり、ソラが幽霊を見れるようになる可能性は高いとカイトは考えていた。まぁ、可能性もなければいくら彼でもこんな所に連れてこようなぞ思わないだろう。
「へー……でも俺なんも視えもしないし、感じもしないけど」
『そうでもないとは思うぞ。ソラ、お前も時々話すだろう。夏場に幽霊の話をすると背筋がゾクッとするとか。もしくは幽霊が出そうな場所ではヒンヤリした空気がある、とか』
「あー……まぁ、話すよな……え?」
もしかしてあれってそういうことなの。ソラは<<偉大なる太陽>>の言わんとする所を理解して、思わず凍り付く。それに<<偉大なる太陽>>は笑った。
『おそらくそういうことなのだろう。さっきも言ったが我ら神剣と言えど、太陽神の神剣である限り妹君様の権能となる見鬼の才は有していない。だが生を司るからこそ、生命力には敏感なのだ。おそらくお前が感じていたのは、負の生命力だろう』
「負の……生命力?」
『そうだ。幽霊とてなんのエネルギーもなくこの世に存在はできん。この世に留まるためには星の内界へと引き込む力に勝る強いエネルギーが必要だ。それは例えば強い感情……すなわち強い魔力と言えよう。それ以外は強い生命力がこの例に当てはまる。だが感情……すなわち魔力は常に発し続ければ、何時かは摩耗し擦り切れてなくなってしまう。そして生命力は当然だが死者であるがゆえに新たには生まれない……何処かから、なにかから補充せねばこの世に留まる事は出来ん』
「なるほど……」
<<偉大なる太陽>>の説明に、ソラは道理を見て思わず納得する。そんな彼に、カイトが問いかける。
「良く言うだろう? 幽霊の話をしたら幽霊が寄ってくるって」
「……今度から不必要に幽霊の話はしないようにするわ」
「あはは……ま、それが良いかもだが。対応を覚えたらその程度の幽霊にビビる必要もないけどな」
「……そりゃそうだ」
そしてその対応を覚えるためにここに居るのだ。ソラは幽霊という事でビビりすぎた、と少し恥ずかしげだった。
「何よりその程度の幽霊だと特に被害もないだろう。ほっときゃ自然に消えるよ」
「そか……てか、それならなるほど……大体はわかった。寒気がするならそこには居る、わけか」
「そういうことだ。太陽神の神剣を有している以上、まずはそこは鋭敏に感じ取れるようにならないといけない」
「よし……ってことはまずは気配読みの亜種か」
やる事は簡単といえば簡単だ。元々神剣を有した時点で生命力には鋭敏になるように訓練はしていた。それを利用して、負の生命力とやらを感じ取れるようになれば良いだけだ。というわけでソラは意識を集中させて、生命力の感知を開始する。そして開始して、思わず彼は言葉を失った。
「え? なにこれ。この建物自体が……」
「周囲の幽霊を集めやすくするために建物自体に特殊な仕掛けをして生命力を少しだけ有させている。もちろん、建物が生きているわけじゃない。特殊な素材を使っている……ま、後は下手に悪霊化しないような仕掛けでもある」
「コントロールしてるわけか」
やはりカイトは為政者。なにか色々と対策を打っているようだ。というわけで建物の仕掛けに納得したソラであったが、これは彼にとって有り難かった。
「だけどこれなら……あ。そういうことなのか」
「そういうこと……見鬼の才能とかが無い奴でも、お前みたいに生命力は感じ取れる奴は少なくない。少しでも対応出来るようにってわけだ」
「よし」
生命力に満ちあふれている中で、幽霊がいるエリアは生命力が薄くなっているのだ。それを探れば良い。ソラはそう理解する。
「よし……じゃ、お前はそれで訓練しろ。とりあえずはオレ達の後ろに付いてくる形で良い。で、セレス達はオレと一緒に来い。アイゼン達が来次第、一つ一つ除霊していくぞ。ただ幽霊が出てきたらオレは後ろで見てるから、お前らが基本はやれ」
「「はい」」
カイトの指示にセレスティア達が一つ頷いた。そうして外で霊力の扱いの基礎を学んでいたアイゼン達が合流するのを待って、カイトは洋館の中の案内を開始するのだった。
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