第3861話 滅びし者編 ――神官達――
バルフレアから対応を要請されていた暗黒大陸までの海路付近で出没しているという幽霊船の除霊。それに向けて準備を行っていたカイトであったが、間にソラの試練を挟んで半月ほど。そこでバルフレアはついに幽霊船を発見するに至るも、幽霊船はエネフィアでも歴史上観測されたことのない幽霊船により構築された幽霊船団だと判明。
流石に幽霊船の時点でカイトが最適解とされていたのに、こうなっては冒険者ユニオンだけでは対処不可能と判断したバルフレアに要請された皇帝レオンハルトより指示されて、カイトは幽霊船団の除霊に向けて動くことになる。
というわけでソラに引き継ぎをしたカイトは、シャルロットに仕える者たちの中でも対邪神を目的として設立された戦闘部隊<<月牙>>へと協力を要請するべく、その総本部へと訪れていた。
「という塩梅でな。一応シャルロット曰く、可能性がないわけではないだろう、ということだ」
「わかりました……ですがいくつか問題が」
「ああ……まぁ、考えるまでもなく数だな。どういう想定をすれば良いかはわからんが、少なくとも一隻二隻じゃないようだ」
「御身と私で一隻受け持つとして……それでもとてもではありませんが数は足りませんか」
「やっぱりメーアは無理?」
「駄目です」
どこか困ったように笑うカイトの問いかけに、セレネは楽しげに笑いながら首を振る。そしてそもそもカイト自身やっぱりと言っている。無理だというのはわかっていたようだ。
「はぁ……まぁ、だからオレというか陛下も大々的に皇国全土に要請を掛けているわけでなぁ……一隻二隻だと船団なんて言わん。確認されただけで大小延べ10隻。加えて小型の船も何十隻……本命を潰そうにも露払いにさえ退魔師が必要な状態だ」
「最高のタイミングに最高のお話を持ってきてくださいましたね」
「それは皮肉か?」
「まさか」
「セレネじゃなければ、オレは信じなかっただろうな」
普通に聞けば一番嫌なタイミングでこんな厄介な案件を持ってきてくれていたのだ、という嘆きも滲んだ皮肉にしか聞こえないだろう。だがことセレネに限って言えば、言葉通りの意味でしかなかった。というわけで、セレネが最高のタイミングと宣った理由を理解しているメーアがため息を吐いた。
「はぁ……ピュルテが話を持ってきてからずっとこの様子です。仕方がなくはありますが」
「久しぶりに来たかと思えば、あの子は本当に良い子ね」
「はぁ……カイト殿。まぁ、こういうわけですので。御身に言うのは非常に申し訳ないのですが……セレネ姉さまの世話、何卒お願いいたします」
「……」
にこにことしているあたり、こんな雑な扱いをされても気にならないぐらいには上機嫌だな。というわけで、そんな彼女らにカイトは一つため息を吐いた。
「セレネ。わかってると思うが、仕事だからな? しかも副業の方じゃなくて、本業の方な?」
「承知しています……腕が鳴りますね」
「はぁ……」
確かに心強い味方ではあるんだが。カイトはアクの強いシャルロットの神官団の中でも実力、アクの強さ共にトップクラスであるセレネにため息混じりだ。とはいえ、彼女の助力が得られるのは正直非常にありがたくもあった。
「まぁ、腕に関しちゃ心配しちゃいないが。だが時期が悪い」
「承知しています。相手は御方さえ知らないという異常事態。生半可なことではないでしょう」
「はぁ……まぁ、そういうところを含めてお前らしいよ」
だからこそ楽しみで仕方がない。そんな様子のセレネにカイトはため息を吐く。
「とはいえ、だ。セレネが動いてくれるのはありがたい。本来、幽霊船の除霊なんて退魔師複数人でやる仕事だ。エネフィア広しと言えど、幽霊船の除霊を単独で出来るのは<<月牙>>の隊長格ぐらいなもんだろう。まぁ、だからオレが動いているわけだしな」
「現在隊長格の多くが出払っています。その状況で本部も空けられない以上、私かメーア、フェンの三人の内、一人しか出せません。ですがフェンはNG。あの子の機動力と突破力は遊撃戦になった際に非常に有用。また今回のように敵が潜んでいる場合にも向いていない。ならばメーアはというと拠点防衛に長け」
「わかってる。わーってる。だからオレもメーアも駄目って言ってないだろ」
何が何でも自分で押し通すつもりなのだろう。カイトは呆れるように食い気味に自分でなければ駄目なのだ、と理由を列挙するセレネに首を振る。
「これがまだ平時なら、<<月牙>>に動員を掛けても問題はないんだろうが」
「邪神の動きが活発になっています。その対処は我ら<<月牙>>とお兄君の<<日輪>>の仕事。必然、我らも忙しい」
「そーなんのよな。さりとてシャルが自身の領域を超えて初手から動くことは難しい。特にここらはウルシアの領地に近い。初手はオレ達。次にウルシアの神々。最後に、だろう」
質か数を必要としているのに、最上位のシャルロットは神々という立場の都合上動けず、さりとて数は数で邪神の対策で動けない。最高指揮官であるセレネがでなければならないのはそれ故だった。
「となると、セレネにも動いてもらうしかない」
「はい」
「だから構いませんって……」
こっちをニコニコと見ないでくれ。メーアはまるで散歩に出られる犬かのように破顔するセレネに頭を抱えつつも首を振る。というわけで副官たるメーアの承認を得て、セレネが椅子を鳴らす勢いで立ち上がった。
「では行きましょう。さ、早く」
「待った待った待った。ルテは迎えに来てるんだし、後それと、拗ねられるからフェンにも会わないと。それにお前仕事道具は?」
「すでに準備は出来ています……ですが確かにフェンに声を掛けないのは可哀想ですね」
今回はセレネへの招聘だったこともあり、第一部隊の隊長であるフェンという神官には声を掛けていなかった。が、カイトとは旧知の仲だし、この様子だとシャルロットが生み出した神官の一人で間違いないのだろう。
「はぁ……ルテを回収するついでに会ってくるか」
「メーア、後はよろしくね。長くは掛からないわ」
「ご武運を。万が一の場合にはいつものルートで連絡します」
「お願いね」
向かう方向は一緒というか、おそらく一緒に居るだろうな。カイトは立ち上がって、セレスを連れてピュルテがいる所へと向かう事にする。というわけで技術研究所があるという建屋へ向かうわけだが、その道中。ルンルン気分でまるでスキップするかのようなセレネの背を見ながらどこか呆れ顔で歩くカイトに、エドナが問いかけた。
「なんでそんな呆れ顔なの? なにか駄目なの?」
「いや、駄目ってことはない。正直に言えばセレネは戦闘力は滅茶苦茶高い。高いんだが……」
ルンルン気分の背中を見ながら、カイトは続けて周囲の反応を見る。そうして見えたのは、上機嫌に施設内を歩くセレネの顔を見るなり、顔を青く染めるなりぎょっとする――下手をすればカイトを見かけた以上に――<<月牙>>の隊員達だ。
「元々、セレネはシャルロットが戦闘面の補佐をさせるために生み出した最初期の神官だ。だから戦闘力は滅茶苦茶に高いんだが……」
「もしかして……好きなの? 戦い」
「そ……だがそこに最初期の一人、という立場が付き纏う。部下の手間、滅多に前線に出れない。今回は、相当長く椅子に座らせたな」
とどのつまりストレスが溜まっている。そしてストレスが溜まったがゆえに戦闘は激しくなり、それに付き合わされる部下達は全員が困る事になる。それを知っていればこそ、誰がその無茶振りに付き合わされる事になるのだと顔を青く染めていたのであった。
「まぁ、今回無茶に付き合わされるのはオレだから心配しなくて良いだろうが……そんな塩梅だ……っと、なんだ?」
「あら……アラート」
「総司令!」
ニコニコと笑いながら歩いていたセレネの気配が一瞬で研ぎ澄まされ、嗜虐的な表情が顔を覗かせる。そして流石にアラートということは警戒するべきなにかが起きているわけで、そうなれば周囲の隊員達も揃って精悍な顔つきでセレネの指示を乞う。
「メーア。状況を」
『霊山近郊に第二種発生を確認。カイト殿が来られた事もあり、威力偵察の類かと』
「待機中の部隊は?」
『第一部隊が出撃待機中です。すぐに出撃させます……あ』
「あ」
「承認します」
しくじった。メーアが自らの発言に気が付いて思わず息を呑むと同時に、カイトもまたはっとなって息を呑む。が、そんな二人がなにかを言う前に、セレネがなにかの魔法陣を展開して、待機中だった第一部隊とやらに即座の出撃命令を下す。
「よし……カイト」
「はぁ……メーア」
『も、申し訳ありません……』
何も間違った事はしていないが、こと今のセレネに限って言えば失策と言うしかない。カイトのどこか非難がましい声に、メーアが思わず謝罪する。そしてそんな彼に、セレネが悪びれもせず告げた。
「カイト。向かう方向が変わってしまいましたね」
「ちょっとは悪びれてくれ。何かは言えるから」
「目当ての人物が出てしまったので仕方がないですよね。多分あの子もルテを連れて行っていますし」
「はぁ……まぁ、確実に連れて行かれてるだろうなぁ……」
聞いてないよ、この子。見た目は深窓の令嬢なのに、言動はあまりにパワフル過ぎる。というわけで外へ向けて歩き出したセレネに従って、カイトもまた第一部隊を追い掛ける事にするのだった。
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