第3860話 滅びし者編 ――月牙――
バルフレアから対応を要請されていた暗黒大陸までの海路付近で出没しているという幽霊船の除霊。それに向けて準備を行っていたカイトであったが、間にソラの試練を挟んで半月ほど。そこでバルフレアはついに幽霊船を発見するに至るも、幽霊船はエネフィアでも歴史上観測されたことのない幽霊船により構築された幽霊船団だと判明。
流石に幽霊船の時点でカイトが最適解とされていたのに、こうなっては冒険者ユニオンだけでは対処不可能と判断したバルフレアに要請された皇帝レオンハルトより指示されて、カイトは幽霊船団の除霊に向けて動くことになる。
というわけでソラに引き継ぎをしたカイトは、シャルロットに仕える者たちの中でも対邪神を目的として設立された戦闘部隊<<月牙>>の総本部へと向かうことになっていた。そうして<<月牙>>の総本山となるとある霊山にたどり着いたカイトを出迎えたのは、彼が使う衣と同系統の衣に身を包んだ戦士達だった。
「やはり練度が高いな。こっち側の言い方をすれば、ランクBやそれ以上の猛者ばかりだ」
「そう捉えて頂いて良いでしょう……特に最近は邪が活性化している。良くも悪くも、実戦経験が豊富になっている」
「よくない話だ……オレとしちゃ、のんべんだらりとワインでも傾けて暇をしていたい所なんだがな」
「御身に暇をする時間がお有りで?」
「ねぇなぁ……昼も夜も大忙しだ」
総隊長。そう呼ばれた女性の問いかけに、カイトは笑いながらも少しおどけてみせる。
「そうですか……まぁ、御方がご機嫌であればそれが何よりです」
「だな……ま、惚れた女を満足させるために昼も夜も頑張ってるんだ。忙しくなくなったらオレが死んじまうよ」
「ははは……一応聞いておくのですが、夜は夜の営みのことではありませんよね?」
「……は? いや、違うぞ!? いや、違わんと言えば違わんが!?」
「冗談です」
まさかそんな反応が出てくるとは思ってもいなかったのか、カイトが一瞬だけ呆ける。が、すぐに大慌てで否定するわけだが、総隊長の方も単なる冗談の一環だったようだ。どう答えてもアウトにしかならないが故に慌てふためくカイトに、楽しげに笑っていた。というわけでそんな彼女に、カイトは深くため息を吐いた。
「はぁ……メーヌは変わらずか。いや、ルテが変わらなかった時点でさもありなんだが」
「あの子は変わって欲しいのですが」
「まぁ、だからこそのルテでもあるわけだが。あれがいきなり自信満々の性格になったら逆に怖い」
メーヌ。そう呼ばれた総隊長の嘆かわしい、という様子に、カイトは苦笑いで応ずるしかなかった。そしてそんな彼の言葉に、メーヌもまた笑う。
「それは確かに。見てみたくもありますが」
「あはは……そういえばルテは? シャルが使者として出した、と聞いたが」
「彼女なら本部に来ています。ただ少し故有って、今は技研に行っています」
「技研……技術研究所か」
「はい」
何度か言われているが、<<月牙>>はシャルロット麾下の対邪神の戦闘部隊だ。なので戦闘で使う道具類を自前で開発することは珍しくなく、そのための研究機関も存在していた。
「あの子は特定の分野に長けてはいませんが、だからこそ様々な分野の組み合わせに長けている。それとは別に細工師などとしての腕も高い。道具の制作において、あの子の意見は貴重なので……申し訳ありません。本来御身の使者として来たのに、勝手なことを」
「ああ、別に出迎えがない云々はどうでも良いよ。また隠れたかと思っただけだ」
「あはは」
首を振るカイトに、メーアが再度笑う。というわけで少しの歓談が挟まれた所で、エドナが口を挟んだ。
『それでカイト。お楽しみの所悪いのだけど、ご紹介は貰えないのかしら?』
「んぁっと……悪い悪い。そう言えば双方紹介がまだだったな」
「……今のは」
「こいつだよ」
驚いた様子で目を丸くしたメーアに、カイトはぽんぽんとエドナの背を撫でる。そんな彼に、メーアも確かにこの天馬であれば、と納得したようだ。すぐに得心したような顔で頷いた。
「ここしばらく天馬を駆ると聞いていましたが」
「ああ……大昔からの相棒だ。それこそ天馬になるよりも更に昔からの相棒か」
『よろしくね……今は天馬の姿だから握手とかは出来ないのは許して頂戴な』
「は、はぁ……ああ、私はメーア。カイト殿と同じく御方……シャルロット様にお仕えしている神官です」
相手は次元を飛び越える天馬。それもカイトが相棒とまで宣うのだ。神の奉仕者として、礼を尽くすには足る相手だろう。そう判断したメーアが一つ優雅に腰を折る。というわけでそんな彼女に、エドナが頷いた。
『ありがとう』
「メーアさんは月牙の戦闘部隊全隊を統率している……まぁ、これでもバリバリの戦闘員だ」
『みたいね……相当な力を感じるわ』
「戦闘力で言えば、フェンには劣りますが」
かつての騎士団で考えれば中堅から上位層の中間ぐらいには位置している。エドナはゆったりとした漆黒のシスター服にも似た衣服に身を包みつつも、女性的な柔らかさが失われていないメーアを見ながらそう思う。
「まぁ、フェンはガチの戦闘特化型だからなぁ……相変わらず?」
「相変わらずです……まぁ、それがあの子の愛嬌なのですが」
「そうか……まぁ、下手にドタバタと来られる前にオレから挨拶に行くよ。第一部隊の隊長室で良いんだよな?」
「そうして頂ければ。悪い子ではないのですが……」
こちらもまたシャルロットが生み出した神官なのだろう。というわけでそんなこんなで馴染みの隊員達についてを話す二人だが、あるタイミングでカイトがエドナの手綱を引いた。
『ん? どうしたの?』
「ああ、悪い……そろそろだろ?」
「はい」
カイトの問いかけに、メーアが一つ頷いてその言葉を認める。そうしてエドナはその意を理解して空中に停止するわけだが、そんな彼女の背からカイトが降りる。
「エドナ。人化してくれ。本部の場所は一般には隠されていて、シャルの加護で普通にはたどり着けない。さりとてお前は加護とか持ってないからな。オレと一緒に入るが」
『ああ、この境界のこと?』
「お前なら簡単に突破しちまうだろうが、流石にやめてやってくれ。オレがシャルに怒られちまう」
「わかった」
カイトの言葉を受けて、エドナが楽しげに笑いながら人化する。そうして現れた白銀の美女に、メーアがため息を吐いた。
「貴方も貴方で相変わらずというか。人にとやかく言う前に、貴方も変わっていない」
「こちとらこっち基準で一年も経過してないんだ。そう大きく変わってたまるかよ」
明らかに単なる天馬ではないな。メーアは人化したエドナを見てため息を吐くも、カイトは楽しげに笑うばかりだ。というわけで人化した彼女と、カイトは自分を包み込むように闇の衣を生み出した。そうして闇の衣に包まれた二人と<<月牙>>の戦士達が更に降下。シャルロットの加護により守られた一帯を通過すると同時に、外からは見えなかった巨大な神殿がその姿を露わにする。
「あら……見事な神殿ね」
「ここが<<月牙>>の本部だ……いや、オレが誇らしげに語るべきでもないんだが」
「カイト殿、こちらへ。ひとまずはセレネ姉さまにお会い頂ければ。姉さまが首を長くしてお待ちです」
「駄弁ってたのがバレたら怒られそうだな」
「あはは……では、こちらへ」
カイトの冗談に笑いながら、メーアは神殿のある一角の中でも中央に位置する神殿へとカイトとエドナを誘導する。そうして、カイトは神殿のような建物の中へと入っていくのだった。
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