第127話 密会
本文がキツキツで読みにくい、とのご指摘を受け、今日から暫く試験的に会話と地の文の間の行間を少しだけ空けてみます。
評判次第では再び元に戻したり、更に変更を加えますので、どうしても読みにくい、という方はご連絡いただけますよう、お願い致します。
俊樹少年が冒険部を訪れたその夜。公爵家が密かに学園内の空間を弄って用意した一室に、公爵家の重鎮達とエルロード達学園の守護を任されている部隊の幹部の一部が集まっていた。
「では、何か質問は?」
そう言ってカイトが全員に問いかける。丁度カイトが今回の盗賊の一件での作戦を伝え終えたところであった。カイトの問い掛けは、その最後の締めということである。
「不満そうだな。何か言いたいことがあるか?」
カイトがアルを見て問い掛ける。彼の顔には、少しだけ不満さが見て取れたのだ。まだ表情を隠せていないので、そういった政治の面で言えば、アルはまだまだ歳相応の甘さがあった。まあ、リィルとルキウスは会議中はポーカー・フェイスに近いだけなのだが。尚、リィルは考える事を若干止めているだけである。
「……不満、と言うか、心配はあるよ。」
本人としてはこの作戦の実行自体反対なのであるが、一度主が実行を決断したならば、全力で命令を実行するだけである。いくらこの場においても友人としての発言を許されていようと、自分の分を弁えていた。
「ほう。発言を許可する。」
自分では打てる手を打ったと思っていたカイトなのだが、アルから駄目だしを食らって彼の発言を許可する。が、まあ、彼が不安視していることはカイトにはよく理解出来ている事であった。
「うん。この日って確か僕らが軍事演習に参加する日程のど真ん中だよね。」
アルが不安視しているのは、数日後から開始される軍事演習は皇帝が勅令で実施している年二回の軍事演習である。時期は春と夏の変わり目と、秋と冬の変わり目から吉日を選んで実行されているのだが、今年は数日後であった。この軍事演習には皇国中の貴族の軍勢が参加し、当然、件のレーメス伯爵の手勢も参加する。が、何よりも問題なのは、カイト達マクダウェル公爵家であった。
皇国の主戦力の一つとして各公爵家と2つの大公家から精鋭が参加しているのだが、カイトの公爵家では例年、皇国の英雄であるルクスとバランタインの子孫が率いる部隊が参加するのが常であった。これは各貴族の戦意高揚の意味合いが強く、余程の理由がない限り、エルロードの部隊の不参加は暗に認められていなかったのである。つまり、この期間だけは、警備が手薄にならざるを得ないのであった。
「それにこの日は確か、カイト達がクズハ様と会談で夕食を取る予定のはずだよね?学園には一応学園の全冒険者が待機するけど、盗賊相手ではあてにならない。そして学園に居る公爵家の兵員は30人しかいなくなる。守りが手薄過ぎないかな?」
如何に皇帝勅令であっても精鋭が全軍で参加する必要はなく、何割かは緊急時の対応として残ることも許可されている。今回は事情が事情なので、皇国側にしても、それを押し通すことは無かった。が、それでも残って30人程度で、何か手を打たなければ、万が一の場合には全生徒と教師達を守りきれる可能性は低かった。
「当たり前だな……まあ、始めに言っておけば、この日程になるのはほぼ確実だ。なんせオレがこの日が一番守りが手薄になっている、と伯爵側に漏らすように指示しているからな。」
カイトが悪辣な笑みを浮かべ、全員に告げる。その言葉にエルロード達がぎょっとなる。わざわざ警備が手薄である事を教える意味が理解出来なかったのだ。
ちなみに、カイトは先のブラッド・オーガの一件で天桜学園の情報を漏らした者を探し出し、罰の減刑を認める代わりに、この情報を流させたのである。
「どうしてですか?あえて自らの不利を伝える様なものではないですか。」
リィルが若干身を乗り出してカイトの真意を問う。少々怒っている様に見えた。まあ、当たり前だ。敢えて守るべき者を危険に晒すなぞ、狂気の沙汰である。騎士である事を誇りとする彼女らにとって、忌むべき行為であった。
「この日が一番御し易いからな。守り手が少なく、誰もが油断の無い日だ。事故が最も起こらん……まあ、御し易いのは学園生側の、だが。」
カイトは最後にそう付け足した。彼の口元には自嘲気味な笑みが浮かんでいた。
「それは、まさか……彼らに目の前で人が人を殺す所を見せる、と?」
カイトの考えに思い至ったブラスが、つばを呑んでカイトに尋ねる。カイトはそれを認め、理由を告げる。
「そういうことだ……何時までも学園の存在を秘せるわけでもないし、そもそも現状でさえ、隠蔽の結界とて何時までも無制限とは行かない。どう足掻いても、メンテが必要だ。そんな時、エルロード達の撤退後では彼らに学園を守ってもらう必要がある。そうなれば彼らには目の前で人が殺された程度で怯んでもらっては困る。」
そう告げるカイトが浮かべる笑みが、どこか自嘲げに見えたのは、エルロード達の気のせいでは無いだろう。この世界では簡単に人は死ぬ。それは彼らにとっても、当たり前だ。そして、それは何も魔物によるものだけでないことを、そろそろ学園生には学ばせなければならない時期に来ていたのだ。
そうして、カイトとティナが、今最も自分たちが危惧している物を口にした。
「この一件。後ろで安寧を得ている者達との間の認識の差が根幹にある。お目こぼしが貰える、そう思ってもらっては困るんだよ。」
「根本から絶つわけじゃな。そうしなければ今後も同じことが起こるじゃろう。これ以上誰も死なせたくないならば、ここらで一つ、痛い目を見ておいてもらわねばならん。」
二人の告げた言葉に、エルロード達は反論のしようがない。悪辣ではあるが、そうしなければならなかった。これは彼らも、危惧している事だからだ。
学園で冒険者として活動している者やその予定のある者は、まだ良い。しかし、そうでない者の中にはすでに自分たちが何もしなくても安全が保証され、帰還の術が得られると決め込み、安寧を貪るものが出始めていた。そうなれば、何時かは冒険者との間で軋轢が生まれ、最後には決定的な物になるだろう。
だから、このタイミングなのだ。もう少しすれば、冒険部の生徒たちは外に泊まりがけで依頼を受け始め、更に少しすれば、他の貴族領で依頼をこなし始める。そうなれば、カイト達でさえ、手に負えなくなる可能性が出始めるのである。
何の因果か、俊樹少年は冒険者となる予定の者であった。それ故、それなりには危険を理解出来ており、思考と行動を読む事も容易い。それが彼らの会話を全て傍受できているなら、尚更だった。だから、カイト達はこの機会を利用する事にしたのだ。
「ですが……これはあまりにも危険性が高いのでは?」
それら全てを考慮に入れても、危険性が高すぎる様に見えた。現在までに入っている情報では、襲撃が予想される盗賊の数は約200名。いくら精鋭部隊とはいえ、たった30人では全方位を包囲されては、全てを守りきれない可能性が高かった。
「今確認されている盗賊以外にも確実にレーメス伯爵の手勢が襲撃に来るでしょう……学園側からは何人か死者か、連れ去られる者が出るかもしれませんが……」
もしこの状況にさらにレーメス伯爵からの横槍が入れば、どれだけ幸運に恵まれようとも再起不能な重傷者は出るだろう。それを危惧したエルロードが尋ねる。彼とて親なのだ。できれば、自分の子供と同じ年齢の子供たちに死者は出て欲しくはなかった。故に再考を願ったのだ。が、この言葉に、カイトは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ああ、だからそれにも手は打ってある。それも、最高の一手を、な。」
カイトが浮かべた悪戯っぽい笑みに、一同―特にエルロード達―が嫌な予感を得たが、カイトの次の言葉を聞いて咀嚼し、その予感が正しかった事を悟る。そうして、カイトが口を開いた。
始めカイトの笑みの意味がわからなかったエルロード達だが、その単語の意味を咀嚼出来た時点で一気に顔色が真っ青に変わった。そうして真っ青なままのエルロード達を尻目に、カイトは楽しげに更に策を授けていくのであった。
「では、その御方を私はもてなせ、と?」
ブラスは震えながらカイトに尋ねる。彼は色白の肌で、顔も色白なのだが、今はそれに輪をかけて白かった。学園に残る部隊の取りまとめは彼である。無礼があれば死罪を命じられてもおかしくない人物のもてなしを命ぜられたので、震えるのは仕方がなかった。
「ああ。くれぐれも、無礼の無いようにな。まあ、余程でなければ気にしないだろう。そう固くなるな。」
くれぐれも、の部分をあえて強調しながら、カイトが悪戯っぽく笑う。カイト達には友人であるが、ブラス達には最大の上客。緊張に包まれるのも無理はなかった。
「御意に……閣下のその御自信の有り様、理解いたしました。まさか、この様な些細な問題にあのお方達が出向いてくださるとは……」
自分たちにとっては重要な問題であっても、彼らにとっては些細な問題の筈であった。本来ならば、出て来るはずの無い人物、それどころか戦力として数に数えられない人物である。如何にレーメス伯爵がどのような策を練った所で、無意味であった。今ここに来て、ブラス達はカイト達の自信の根幹を見た気がした。
「おいおい、オレを誰だと思っている?コネならこの世界最高だぞ?それに、ソラと桜が居ると言ったら二つ返事で了承してくれたぞ。あの宴会で二人を覚えていたようだな。」
カイトの記憶ではすでに、夜会ではなく宴会として記憶されていた。尚、コネだけでなく、戦闘能力も世界最高である、と一同は思ったのだが、だれも修正できなかった。
「そういえば二人共気に入られてたよねー。」
ユリィが宴会での二人を思い出し、笑みを浮かべた。
「彼ら、酔っていて良かったよね……」
アルが遠い目をしながら呟いた。二人は酔っていたお陰で各種族に強力なコネを得る事が出来たのである。しかし彼らはこのコネを知らないのが、エネフィア出身者から見れば非常に残念であった。が、それと同時に相手の偉大さを知るが故に、半ば得なくて良かったと安堵していた。
「あの場で酔えたことそのものが、彼らの大物具合を示していたのかもしれん。俺は少なくとも、あの場であそこまで酔うことは出来んだろうな。」
ルキウスは愕然としながら二人を評する。知らないからこそ出来たことであるのだが、それでも凄い偉業であった。それが褒められる偉業かどうかは別として、であるが。
「と言うわけで、だ。エルロード達はいつも通りの演習参加。ブラスには居残りの面子の指揮を任せる。」
カイトはそれを最後に、正規軍の面々に指示を出し終える。それを見て、今まで暇そうにしていたコフルがようやく手を挙げた。
「で?俺達は何をするんだ?」
「ああ、お前らはレーメス伯爵からの横槍が来たら潰せ。以上。」
カイトはエルロード達の時とは打って変わって、簡単に指示を終えた。公爵家の旧臣達もカイトのやり方とコネに慣れているので、疑問はなかった。それどころか、懐かしさを感じてさえいた。
「それだけか?まあ、これでこそ、カイトって感じがするけどな。」
「まあ、ご主人様ですからねー。この適当さ。やる気ないんじゃないかと思いますよねー。」
「ああ?お前らの実力を信頼している証……あー、いや、まてよ……あ、やっぱやめ。コフル、ユハラ。お前らは部隊を率いて指定地点へと潜んでおけ。」
コフルとユハラの兄妹の言葉を聞いて、カイトはふと考えこんで作戦を修正した。どうやら気になる事があったらしい。その様子を見て、ストラが少しだけ面白そうにする。
「あら?珍しいですねー。ご主人様が作戦変更ですか?」
「まあな。ストラ、ステラ。」
「はっ、閣下。」
「何だ?主よ。」
カイトの呼びかけに、席に着いていたストラとカイトの横に控えていたステラが反応する。最初の作戦ではコフルと共に彼らも手勢を率いて、学園の周辺に現れるであろうレーメス伯爵の横槍を防ぐ予定であった。
「お前ら二人はクズハと一緒に会談に参加しろ。その後は連絡があり次第、オレと共に公爵邸より出陣しろ。手勢は潜ませておけ。」
元々彼らの手勢は隠密重視であり、隠れて警護する任務には適任である。それ故の指示であった。
「了解した、主よ。」
「わかりました。……それで閣下。私達は如何な理由で会談に参加致しましょうか。」
今のところ学園側には公爵家からはクズハとの会談としか連絡が言っていない。会談の内容も演習の間の戦力低下に伴う会談であり、公爵家の裏仕事を担う兄妹には縁が無かったのである。
「そろそろ東町への出入りを許可しないといけないかなぁ、と。その際に街の裏まで取り仕切るお前達二人を紹介しておけば、会談にお前ら二人が居ても、話の筋は通るだろ?」
実はこれはカイトは前々から少しだけ気にしていたことだ。現状では教師を含めてかなりプライバシーが制限されており、このままではいらぬ問題が学園内で起こりかねなかった。
すでに行動が自由化されているのに伴って、東町の色街の入出を許可しよう、ということである。まあ、カイトの様に女を連れ込める方がおかしいのである。人間、男女問わず、溜まるものは溜まるのだ。それだけは、生き物である以上否定出来ない。
「それに、今回の馬鹿も勝手に東町に入ってレーメスの手の者に接触されているからな。勝手に入られて統率が取れない位なら、許可制にして管理した方がやりやすい。」
「申し訳ありません、閣下。私共の管理が至らないばかりに……。」
ストラは東町の裏町を取り仕切る者として、今回レーメスの手の者が入り込んだのには責任を感じていた。それにほいほいついていった少年に関しては、一切斟酌していないが。
実は、この時点では俊樹少年が学園のすぐ近くで接触された、と彼らは知らない。まさか危険を知って尚、結界の外に無準備に出て行く者が居るとは考えられなかったのである。興味本位かなんなのかは理解し難いが、この点だけは、さすがにカイト達も頭を抱えたくなる様な愚かさであった。カイト達の危惧した事は、カイトの予想以上に深刻だったのだ。
尚、これが発覚して他にも少なくない生徒が結界の周辺を出歩いている事を把握すると、ティナは新たに出入りを監視する結界を敷く事になるが、それは置いておく。
「いや、仕方無いだろ。さすがにレーメス家の正式な身分証明証提出されて街への出入り不可はできないからな。それに、馬鹿については勝手に東町に行った奴の責任だ。そっちは知らん。他にも東町に入った奴はいたらしいが、全員断っているからな。」
カイト達が把握しているように、実は俊樹少年以外にも東町へと密かに侵入を果たした生徒は極少数だが居た。その彼らはきちんと叱責を受けていたが、これがカイト達の危惧を深めた一因であった。
ちなみに、街に密偵が入り込まれたのは若干仕方がない所があった。天桜学園の事も、ブラッド・オーガに始まる一連の問題も、今はマクダウェル領内でさえまだ表沙汰にはなっていない。街の出入りを監視する衛兵にも事情を説明するわけにもいかず、現状では彼らの出入りを監視する手段を欠いていたのである。
「は、では私達は今後、学園生に不良どもが手出ししないように見張っておきましょう。」
「そーしてくれ。あ、いちいち誰がここでどんな女に手を出した、なんぞ報告する必要は無いからな?」
真面目なストラである。逐一自分の店を利用した学生たちの顧客情報を上げかねなかった。さすがにカイトとしても、そんな情報を手にした所で使い道が無かったので、念のために言い含めておく。
「わかっております。」
ふふ、と優雅に笑ってそう言うストラ。カイトはそれを見て、二人への指示を終える。
「で、クズハ、フィーネ。お前らは当初の予定通りにオレと共に襲撃があり次第学園へ急行。到着次第、賊の討伐に参戦しろ……ああ、そういえばさっきの東町への入場許可はオレから密かに提案があった、という事にしておいてくれ。いきなり東町への入場を許可する、と言うのも不躾だからな。生徒達の性欲にも配慮すべき、程度に考えている程度ですむだろう。」
桜達には事情がわかるだろうが、それ以外の菊池等カイトの正体を知らない者には分からないだろう。ただ、生徒たちが馬鹿をしない様に配慮した、程度に思われるはずである、とカイトは考えていた。が、これはカイトがそう思うだけで、確実に誤解を生むであろう事が容易に想像出来た。
「絶対にそうはならないと思うけどなぁ……」
「じゃろうなぁ……」
「ん?何故だ?どこかおかしいか?」
ユリィとティナの言葉を受けて、カイトが首を傾げる。彼の幾つか在る欠点の1つは、自身の女癖に多少の信頼があると思っている事であった。
「お兄様は御自分の胸に手を当てて考えてください。」
同じ結論に至ったクズハが白けた目でカイトに告げる。この場に桜が居ても、同じ言葉を返しただろう。そうしてカイトに僅かな疑問が残りつつ、密談は終了した。
お読み頂き有難う御座いました。




