第125話 冷酷
第118話からを第7章にしました。何か変わったわけではなく、実情に合わせただけですので、ご理解下さい。
ソラ達が交流を行った数日後の真夜中。大人状態のカイトはその後も幾度か行われた自由行動の結果を公爵邸の自室で読んでいた。
「まあ、評判は上々か。」
カイトはほっと一安心と言った表情で、先ほどまで読んでいた書類を机の上に置く。およそ一週間程冒険者以外の生徒達にも街へと渡航させたのだが、幸いにしてみっちりと教育を施した結果、学生達だけでの行動でも殆ど問題が起きていなかった。この調子であれば、来月にでも全員に渡航許可をおろせるだろう、カイトはそう考えたのである。そうして、カイトは少しだけ満足気に学園側から上がっていた次の会談に、了承のサインをする。
「ふぁー……ああ、こんな時間か。まあ、これで最後だからいいか。」
カイトが時計を見れば、すでに夜も11時を回ったところであった。
「ち、あのジジイども。人に酒盛りを付きあわせやがって……」
カイトは言葉こそ忌々しげだが、顔に浮かんだのは楽しげな笑みであった。夕食の時にエルフとダーク・エルフの前族長が面会に訪れており、その流れでカイトも彼らと共に酒盛りをしたのである。その結果、書類仕事がこの時間になってしまったのであった。そうして最後の書類にサインし終え、寝ようとイスを立ち上がった所で扉をノックする音が部屋に響いた。
「お兄様、クズハです。今、よろしいでしょうか。」
「ああ、クズハか。いいぞ、丁度今最後の書類にサインし終えたところだ。」
そうして直ぐに、カイトがドアを開ける。外にはクズハと書類を持ったフィーネが立っていた。
「こんな夜分に申し訳ありません、お兄様。ですが、緊急の報告書がございまして……」
「そうか……まあ、まずは中に入れ。」
若干申し訳なさげなクズハを見て、カイトはにこやかな表情で二人を招き入れる。クズハ達はそれに従う。
「はい。」
カイトに招き入れられ部屋へと入った二人。カイトが自室の仕事机に着いたのを見て、フィーネが持って来た書類をカイトに差し出した。
「こちらです、ご主人様。」
「ああ……っ。」
フィーネから受け取った書類に書かれた内容を見たカイトが思わず眉を顰めるも、すぐに平静を取り戻す。そうしてカイトは直ぐ様真剣な表情で上げられた報告書を読んでいく。そして最後まで読み終わったカイトはどこか悲しげな表情を浮かべた。
「そうか、まあ、予想より早かった、というところか。いや、この場合は遅かったか……」
何時かは、と言う予想はずっと前からあったのだ。なので、カイトは悲しげな表情を浮かべたが、それを諦観と共に流した。この報告が上がるのはある観点から見た場合は予想よりも早く、別の観点から見た場合は、遅かった。
「む?どういうことじゃ?」
今まで興味なさげにベッドに横たわっていた裸身のティナだが、カイトが浮かべた複雑な表情を見て、興味を惹かれて起きてきた。
「ほらよ。」
カイトは起き上がり、シーツで裸身を隠したティナに向かって報告書を投げ渡す。受け取ったティナも報告書の表題を見て眉を顰めるも、最後まで読み終わってカイトと同じ結論を出したようだ。彼女もカイトと同じく、複雑な表情を浮かべ、だが、それは直ぐに酷薄な笑みに変わる。
「で、どうするのじゃ?」
そう言って報告書を返し、自らはカイトに後ろから抱き、カイトの耳元で、カイトに小声で話しかける。そう言う彼女は、酷薄な、それでいてどこか嬉しそうな顔をしていた。
「どうする?」
ティナの問いかけを聞いたカイトはきょとん、とするも同じく酷薄な笑みを浮かべて一笑に付す。
「おい、ティナ。オレはなんだ?」
「愚問じゃな。勇者にして公爵、そして余の夫と見込んだ男じゃ。」
問われたティナは嬉しそうに応える。
「であれば、オレはお前が望んだ男だろう?答えは一つだけだ。」
そう言ってカイトは諦観と共に、策を練り始める。そうして、まるで自らに言い聞かせる様に、カイトは告げる。
「オレの領地でオレが敷いた法を犯した。それも、オレが定めた中でも最上位に位置する処罰に該当する罪だ。ならばその刑罰は唯一つ……死罪しかあるまいよ。そこに一切の情けがあってはならず、それは客人達とて例外ではない。オレが定め、オレが敷いた以上、覆す事はまかりならん。」
「日本にはこのような誘惑は無かったじゃろう?考慮されても良いのではないか?」
まるで翻意を促す様なティナだが、自身もそんなことを一切考えていない。カイトが考慮するはずが無いのは知っているが、たまに確認したくなるだけである。そんな彼女の心情を知ってか知らずか、カイトは溜め息と共に首を振る。
「……すでに説明した後だぞ?賊に与すればこうなる、とな。」
「ふむ……じゃが、学生たちは一度目じゃろう?ならば許すのも王侯貴族の務めであろう?」
ティナは更に続けて心にも無い事を問いかける。問答の意図を理解したカイトは、どこか呆れながら返す。
「はぁ……叛逆などでもか?それを許せば統率が取れんだろう?よしんば国を思えばこその叛逆であれば、まだ情けも掛けよう。だが、私欲による罪科は見過ごせんさ。」
上に立つ者なら、誤ちを許す事もまた、重要だ。カイトにそれを教えたのは他ならぬティナだし、それで尚、許してはならぬ物がある事を教えたのもまた、彼女に他ならない。自身は天才ではなく、彼女は天才だ。だから、自らは天才から教わったことを、愚直なまでに忠実に守るだけだ。
「では……」
そうして更に続けようとするティナだが、そこでベッドから声が掛かる。
「ティナちゃん、そこまでにして差し上げなさい。旦那様が変わっていないのはあなたが一番知っているでしょう?」
ティナの更なる問い掛けに待ったを掛けたのは、ルゥであった。彼女はその二人のやり取りを慈母の如きの微笑みで観察しながら、ティナと同じようにカイトの答えを聞いて満足気に笑みを浮かべている。他にもベッドには何人か居たのだが、多くが同じように微笑みを浮かべていた。
そう、カイトの器を研鑽したのはティナだけではないのだ。カイトが公爵となって十数年。地球へ帰還してから更に数年。その間、彼女らは常に―時にティナよりも近い位置から―カイトの器の研鑽に努めてきたのである。
たとえ酷薄、冷酷と言われようと、身内でさえ裁かねばならぬ時に情けを掛けてはならない。そう教えたのは他ならぬ彼女らだ。そうして出来上がった器を見て、彼女らが満足するのは当然の事であった。
「別に気にしちゃいないさ。コイツは元魔王だ。民を率いる資格について一家言あるのは仕方あるまいよ。ま、お前らもだがな。」
カイトが苦笑しながらベッドに横たわる美姫にして、嘗ての女帝達に告げる。そう、彼女らの多くは嘗ては一国の軍を、一族を統べた者達だ。この場のカイトの苦悩は誰よりも理解出来たし、カイトの決断は、彼女らが導いた物とも言えた。そうして、ティナはカイトの言葉に頷き、答えを求めた。
「そうじゃ。で、どうなのじゃ?」
「何を言われようと答えは変わらん。与えられる罰は死、のみだ。貴き者は慈悲深く、そして冷酷であれ、と言ったのは誰だったかな?」
カイトはかつての彼女の言葉を用いて茶化す。カイトが公爵となる際にまず、ティナが徹底させたのは冷酷さを持たせる事だった。慈悲はそもそもで備わっていた。だから、此方は研鑽させ、それが民草全てに行き渡る様に調練すれば良いだけだった。
が、一方で苛烈さこそあれど、カイトには冷酷さは無かった。これは仕方がない。カイトは本来ならばどこにでも居る単なる少年だ。冷酷さを持ちあわせている方がおかしい。だから、彼女達は徹底して冷酷さを教え込んだのである。
「うむ、よろしい。それでこそ、余の弟子にして……最愛の伴侶じゃな。」
カイトの答えに満足したティナは満面の笑みを浮かべ、カイトの顔を自分の方に向けて口づけをする。
「んぅ……むぅ」
ティナはたっぷり数十秒カイトの唇を堪能し、満足したところで口を離した。そうして今度は別の意味で非常に満足した笑みを浮かべる。
「お姉様、私たちはまだ仕事中なんですが。」
「ふむ、ならばさっさとカイトから指示を貰って仕事を終わらせるんじゃな。」
「そうだよー、ティナだけずるい……んむ。」
不満気なのは口だけなユリィがカイトの膝に対面となる様に腰掛け、抱きついて口づけする。
「あ!ユリィ、ずるい!お兄様、後で私も!」
対等と思っているユリィがカイトとキスしたのを見て、クズハが不満を抱く。横のフィーネも文句こそ言わないものの、不満そうだった。
「ったく……さて。」
これ以上は話が進まない、クズハの不満気な雰囲気に気づき、カイトは一旦ユリィを引き離した。そうして、顎に手を当てて少しだけ黙考する。そうして、遠い目をしていたカイトの意識が戻ってきたのを見て、クズハが問い掛けた。
「……それで、お兄様。如何致しましょう。」
なんとか気を取り直したクズハの問い掛けに、カイトは幾つかの指示をクズハに下す。
「まずは、最後の慈悲だ。ああは言ったが、まだ、ギリギリ引き返せる所だ。警告を送ってやれ。これでも引かんのなら、もはや知らん。此方の好きにさせてもらう。」
「分かりました。文面は如何致しましょう。」
「ただ一言。今すぐ手を引け、それで構わん。送り主も字の特徴も何もいらん。簡潔にその一言だけで良い。」
カイトの言葉を、クズハの横に控えたフィーネがメモに書き記す。誰が書いても筆跡に癖が出る。だから、この場合に魔道具で手紙を書く。ティナの改良によって日本語にも対応させられている魔道具ならば、公爵家側が出した事はわからない。そうして、更にカイトの指示が続く。
「次に奴らの背後を洗い出せ。盗賊達だけで天桜学園の正体と場所を掴める筈がない。」
「昨今の動きからすれば、おそらく、彼らの差金だと思われますが……」
カイトの命令に対して、クズハは明言しない。が、カイトも同じ名が思い浮かんでいた。
「だろうな。まあ、念の為だ。別の所だったらそれはそれで面倒だからな。賊の方には密かに見張りは張っておけ。もし誰かが近づきそうなら、魔術で人払いをしておけ。奴ら如きに気づかれる様な隠密を抱えていないだろう、ウチは?」
カイトの試すような言葉に、闇夜の中から声が響いた。
「当たり前だな、主よ。で、それは私の部下に命じよ、ということで相違ないな?」
カイトの言葉に合わせて、ふっ、と闇の中から褐色の美女ステラが現れる。彼女は姿を現すと、カイトの前に跪く。
「ああ、頼む。今は裏方をお前達二人が統括しているんだったな。」
「どこかの誰かがどこかへ行ったから、暇だったからな。今は私と兄上で統括している。が、こういった事なら私の配下の方がいいだろう。」
カイトの問い掛けに、ステラが少し茶化す様に認める。元々、彼女は公爵領で最も隠密に優れ、また、剣の腕もかなりの物だ。それ故彼女はカイトの密かな護衛を務めていたのだが、カイトが帰った為、暇になって兄の仕事を手伝う様になったのである。とは言え、今は本来の警護対象が帰還したので、引き継ぎを行っている所であった。そうして、カイトの同意が得られたので、クズハも同意して彼女に一任する事に決めた。
「では、ステラさんに一任します。」
「他にも幾つかやることはあるが、そっちはオレがすでにやっている。他は追って指示を出す。取り急ぎはこれでいいだろう。」
他に指示し忘れたことはないか、と考慮する為、カイトはイスに深く腰掛けた。カイトが急に深く腰掛けたものだから、上に座っていたユリィがバランスを崩した。なので、彼女が不満気に頬を膨らませた。
「あぁ、ちょっとー。」
「全く……少し考えればどうなるかわかることだろうに。」
目頭を押さえ、ため息を吐いてカイトは目を瞑ったままそう呟く。これはユリィに対してではない。報告書に挙げられた人物の事であった。
「それがわからないから、わざわざ盗賊なんかに与するんでしょ?」
「じゃろうな。まあ、哀れなのはそれがカイトにまで上げられたことじゃろう。」
若干不満気なユリィはどこか呆れる様に告げるが、それに対してティナの言葉は少しだけ憐れみを含んでいた。確かに、彼女とて見逃すつもりは無いが、同時に―齢300を超える彼女から見て―年端もいかない子供のした事だからと、少しだけ憐れみを感じているのであった。
ティナの言うように、最も不運だったのは天桜学園が在るのがマクスウェル領である、ということだ。他の領地であれば、まだ助命の可能性もあっただろう。しかし、ここはカイトの治める領地。盗賊相手に助命がなされるとは誰も思っていなかった。更に悪い事に、トップである公爵としてのカイトにまで上ってしまっている。もはや逃げ道は無かったし、カイトも逃すつもりは無い。
「上げられた以上は対処せねばならんさ。因果なものだがな。」
カイトは自嘲に似た笑みを浮かべる。死なせないように自分達が守っている学園生を、自分で殺さねばならない、なんとも皮肉なものであった。その皮肉にカイト達は苦笑する。
「じゃが、それが此奴の選んだ道じゃ。仕方あるまい?」
「そうだな……これで他の奴が助かるのなら、仕方ない。」
そう言って今度こそ仕事は終了だ、とばかりにユリィを抱えて席を立つ。それに合わせて、ティナも立ち上がる。そしてクズハとフィーネ、ステラは各々部下に指示を与えに一旦部屋を出て行った。そうして残された机の上の報告書の表紙には、こう記されていた。
『天桜学園生へ盗賊から接触有り』と。
お読み頂き有難う御座いました。




