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いつか陛下に愛を 小話集  作者: 朝野りょう


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29/42

王宮料理人VS我儘妃

とても長くなってしまいました。あまり明るい話ではないので

疲れたら途中でもおやめになった方がいいかもです。

料理人達も苦労してるんだよ的な話。

なんちゃって料理の世界なので、ぬるい目で読んでください。


 王宮の調理室にて料理人達が難しい顔を付き合わせ、料理長が手にした一通の封書を見つめていた。

 その封書は陛下付き官吏からの通達であり、陛下から料理人達への命令のようなものである。

 皆、緊張の面持ちでその封書を睨んでいた。その理由は、前回、前々回の陛下からの通達にあった。実は前回、前々回通達で彼等は結果を出すことができなかったのだ。それ以前の通達に記載されていた要請は全てクリアしてきたのだが、ここにきて二回連続で失敗に終わっている。こんなことは前代未聞であり、王宮の料理人として力量を問われる事態となっている。

 今回の書面には何が記載されているのか。三回連続で失敗するわけにはいかない。今度こそは要請を確実にクリアしなければ、後がない。そんな緊張感を誰ともなく発していた。

 皆が見つめる中、料理長が封書をゆっくりと開いた。そして。


「ナファフィステア妃の食事改善要請だ」

 

 その言葉に一同はがっくりと肩を落した。

 失敗した前々回も前回もナファフィステア妃の食事改善要請だったのだ。過去の通達の文面からは非常に簡単な要請と思われながらも結果が出せなかった。もう妃関連の要請はどんな内容であれ危険としか思えない。

 料理人達はしばらく言葉が出せなかった。



 一度目の通達は半年前のこと。

 内容は『妃に体力がつく食事に改善せよ』だった。

 ナファフィステア妃は標準女性に比べるとかなり小柄で細っそりした身体であり、栄養不足だったと思われる妃に体力をつける食事を供するなど簡単なこと。そう考え、彼等は豪勢な肉料理を連日のように作った。

 だが、いい結果は出なかった。

 妃はとても好き嫌いの激しい方で、特に肉は全般的に好きではなかったらしい。全く食さないわけではなかったが食してもごく少量だけ。どんな味付けや調理方法でも皿にはいつも肉がゴロゴロと残されていた。

 結局。

 体力は食事だけでの改善は難しく、適度な運動など生活を変える必要がある。即効果が出るものではない。そのため体力増加しているかどうかは長い目で見る必要があると官吏には報告した。

 妃が肉嫌いである事も告げたのだが、全く肉を食べないわけではないのならば肉嫌いと断言することはできないと否定されてしまった。工夫が足りないのでは?との返答だ。

 そして改善要請を出してから今まで妃の体型、様子には全く変化は見られなかったと官吏は告げた。体力がつくためには少しくらい体型が変わるのでは?と告げているのだ。

 それは料理人達には陛下の要請に応えられなかったとの判断が下されたも同然だった。

 一度目の失敗。

 だが、当時はそれを失敗だととらえてはいなかった。偏食の妃では食事で改善するのは難しい。あの偏食する妃が悪いのだと、内心、思っていたのかもしれない。



 二度目の通達は一度目の通達から約二カ月後の事だった。

 通達の内容は『とにかく妃を太らせること』で、とても簡単な要請だ。

 一度目の結果に陛下付き官吏も、当然、陛下も満足いただけなかっただろうことを料理人達はこの通達に感じ取った。

 前回の要請が難しいのであれば、もう少し簡単な要請で我慢するしかない、という官吏の上から目線が口惜しい。

 しかし、今度こそ要求を満たし、かつ、前回の要請をも満たせば名誉は挽回できる。そうして望んだ二度目の妃食事改善だったが。

 ナファフィステア妃は、手強かった。


 皆、王宮で陛下のための料理を作る国一番の料理人だ。料理の腕なら誰にも負けない、だからこそ王宮料理人なのだとの誇りを持っている。そんな我々が腕によりをかけて若い娘なら好むであろう料理を妃の前に並べたてるのだ。どうして年頃の娘一人を太らせられないわけがあるだろうか。

 今までに陛下からの要請に答えられなかったことはない。何度も苦難を乗り越えてきた。

 前回の通達の時には要請が簡単すぎると油断してしまったに違いない。今回はより簡単な要請ではあるが、今度こそ陛下に満足してたいただけるよう妃を太らせてみせよう。

 そんな意気込みで、各料理人達が別々の日を担当し、互いの腕を競い合うようにして妃への料理を供し続けた。

 だが、料理人達の競争心が情報の共有を阻害し、皆が同じ結論を導き出すまでに一カ月もの期間を要してしまい。結果、二度目の敗北を招くこととなった。


 二度目の通達の一ヶ月後。

 妃が全く変わらぬ体型であることを官吏が冷ややかな目で告げた。

 官吏の表情は、一度ならず二度までも、妃の食事改善通達に対して何をしていたんだ?、と彼等を明らかに責めている。官吏の態度は腹立たしいほどに料理人達を見下していた。この役立たずどもが、と。

 官吏は苦々しい口調で空事を放った。

 陛下の二度にわたるナファフィステア妃への食事改善要望を何だと思っているのか。よもや妃様の背後には有力貴族のご実家がついていないため、妃様を軽んじているのか。

 料理人達に向けての言葉ではない。ただの独りごとである。だが陛下はそうお考えになるぞと脅しているようなものだった。

 その官吏にしてみれば、指示が料理人へ伝わっていないのではないか、担当官吏こそがナファフィステア妃を侮っているのではないかとの疑いの目を他の官吏達から向けられており、料理人達以上に厳しい状況にあった。それこそ、明日は降格か、はたまた王宮を辞すことになるのか、と。


 官吏に脅し言葉を投げかけられても、と料理人達は渋い顔を隠さない。

 料理人の彼等とて手を抜いているわけではなかったのだから。日々努力はしていたのだ。女性好みの甘い味付けや、食欲をそそる油の滴る肉々しい香りただよう料理の数々、食べ応えのある食感を演出などなど。

 誰もが唸るような最高峰の料理を作り続けていたのだが。

 ナファフィステア妃は遠方国の出身であるせいか、食の好みが国内や近隣諸国の女性とは大きく異なっていたらしい。

 そのため貴族娘達なら釣られてついつい食べ過ぎてしまうはずの料理達は、小賢しいとばかりに見事に流されてしまったのだろう。

 それに気付いた時はすでに遅かったのだ。

 妃はどの料理も少しずつ手をつけるため、妃の好きな味がわからなかった。そして、料理人達が互いに自分が料理をメインで作った時だけ成果に注意を払っていたため、気付くのが遅れてしまったのだ。

 妃の好みの味が一般女性的ではないことに加え、他にも問題があった。

 妃は一定量を越えて食することはないということだ。

 妃付き女官に頼みこみ、妃の日々の体重増減を計測したところ、毎日変化らしい変化が見られなかったのである。たとえ妃の好きな味であろうと思われる料理を出した日であっても。各皿の減り具合は変化しても、一食あたりの食事量が増減したとしても、一日ではほぼ変化がない。

 その事実に料理人達は愕然とした。

 至高の料理を並べても妃を食べ過ぎるほどには食さない。妃は味覚音痴なのでは?と考えたが、それはおいそれと口に出せることではなかった。


 二度目の通達を受けてから二か月が過ぎ、三か月が過ぎ……。

 一向に成果が出せないまま時間だけが過ぎていき、料理人達は焦った。時折調理室を訪れる官吏から厳しい視線が向けられ、彼等の心を抉る。今の王宮料理人は無能なのでは?との冷ややかな視線が突き刺さってくるようで精神的に辛い日々が続いた。

 妃は間食の菓子を必ず一つは摘むので、やむなく食事ではなく休憩時や茶の時間に摘む菓子のサイズを大きくすることで妃を太らせる手段にでた、が。

 しかし。

 妃のその日の夕食量が激減してしまい、陛下の怒りを買った。それはもう恐ろしいほどに陛下はお怒りだったという。

 詳しく事情を説明し、妃がいつもより菓子を食べ過ぎてしまったためで、一日の食事量が少ないわけではない。この日限りの事なのだとの料理人達の説得に一応の理解を得られたものの。夕食の食事量が減る方法は非常に危険だと料理人達の身に沁みた。


 そんな奥事情を全く知らない妃が呑気に料理をリクエストしてきた。そのメニューは生野菜のサラダ。太る食事とは程遠く、調理の腕を振るわせてもくれない最悪のリクエストだ。

 生野菜サラダとは一般的に食されるものではない。様々な種類の野菜を刻んで盛り付け、その上からドレッシングなるものをかけただけの代物なのだ。このドレッシングの調合や野菜の組み合わせ方、その野菜の中に燻した肉などの肉類をいかに紛れ込ませるかくらいしか腕を発揮できるポイントはない。実に腕のふるい甲斐のない料理だった。

 そうはいっても生野菜サラダが質素な食事というわけではない。そもそも生で食せる新鮮な葉物野菜を王都で入手するのは実に難しい。妃のサラダ用素材はとても高価なものばかりだった。

 そんな食材を、妃は王都なのだから新鮮な野菜は手頃な価格でいつでも手に入る一般的な食材だと思っているようだった。故国がそうだったらしく、葉物野菜のサラダはほぼ毎日食べていたと妃が漏らしたことがあった。それを耳にした時はどんな国で暮らしていたのかと料理人一同耳を疑ったくらいだ。

 王宮内の菜園にて各地から取り寄せた妃のサラダ用野菜の種を植えて栽培しはじめてはいるが、どれほどもつことか……。

 料理人達は雪の季節が来る前には妃が生野菜サラダに飽きてくれることを切に願った。


 それを願っているのは料理人である彼等だけでない。実は陛下も妃がサラダを食べるのを好んではいなかった。

 妃がもしゃもしゃと野菜サラダを食べる様子はデカ耳兎が小さい口で草を食べているように見えるらしい。

 何度も陛下と妃の晩餐時に陛下がそう口にしているのだが、妃は気にとめない。陛下が嫌がっていることに気付いてもいないのだ。

 残念なことに、それが妃だった。



 ある夕食時。

 もっしゃもっしゃとサラダを食べる妃を前に、陛下が不満そうに妃に言葉をかけた。


「草ばかり食っても腹は膨れまい。肉を食え」


 眉間に縦皺を刻む陛下は不機嫌極まりない様子であり、給仕の者達に緊張が走る。

 しかし。


「いやぁね、野菜は身体にいいって言ってるでしょ? ドレッシングもすごく美味しいし。私は硬い肉よりこっちの方が好き。陛下も食べてみれば?」


 妃は空気を読むことなく陛下に返した。しかもその手を止めもせずに。

 美味しいのよ?と言わんばかりに大きく口を開き、てんこ盛りに野菜を乗せたフォークをその口へと運んだ。押し込むようにして口を閉じる。少々その口からはみ出してしまった野菜も、もぐもぐと動く小さな口の中に消えていく。

 妃は満足そうな笑顔を浮かべ、フォークは次の一口のための野菜を掻き集めた。本日のドレッシングも非常にお気に召したようで、妃は満足そうだ。

 好きな物は実に美味しそうに食べる。その量は決して多くはないのだが。

 すごく美味しいのに……そんな表情で小首を傾げる妃の様子に気を取られたか、美味しそうに食べる妃の表情にほだされたかしたのだろう。

 陛下はそれ以上何も言わなかったという。

 料理人の一人がその場に控えていたのだが。『陛下ぁっ、何故に!』と無念の拳を握りしめたらしい。

 ここで陛下が強く命じてくだされば、妃の生野菜サラダな食事が終了になっただろうに。

 陛下は、妃にとても甘かった。


 もちろん料理人達への通達に変更はなく、早く太らせろとの官吏の催促は継続した。

 二度目の通達から半年近くが過ぎ、官吏や女官達からの料理人達を見る目はいつも曇っているのが当たり前になりつつあり、将来が見えなくなった頃。

 下っ端料理人のアイデアで揚げた芋をサラダに混ぜてみた。すると、これが意外にも妃に好評だった。庶民料理にはありがちな軽食なのだが、それがよかったらしい。

 これをきっかけに芋料理を展開した。すると、芋なら塩などで辛い味でも、蜂蜜などで甘い味でも妃はいけるらしい。芋好きとわかったのは、上出来だった。芋なら葉物野菜がない時期でもある保存食材。サラダが続けられる。

 そしてピシャリと一定量を超えると食べなかった妃が、芋なら多少の増加が見込めることがわかってきた。極微増ではあったがないよりはましである。

 妃の食事量増加に向け、ようやく解決の糸口が見えたと安堵した。

 その矢先。


 それが三回目のナファフィステア妃の食事改善の通達である。

 文面に目を通した料理長は静かに隣の料理人へと手渡した。それを受け取り目を落とした料理人も、また、隣の料理人へと手渡す。人の手を次々と渡っていく書面に対する思いは、皆、似たようなものだった。


 今回の通達、それは『妃に肉を食わせろ』。

 官吏に妃は肉が嫌いだと報告したこともあったが却下された、あの、肉。

 あの後、妃付き女官に確認した。間違いなく、妃は肉が嫌いだった。肉は、固い、臭い、食べにくいという理由で嫌いなのだそうだ。

 いつも妃は肉を残すので、晩餐の時には陛下の肉料理と同じように見えても中身は全く異なる料理を妃の皿に盛りつけるという小細工をしていた。

 薄く切った肉を周囲に貼り付けて形を整え、肉の塊に見せていた。その中に詰めるのはふかして潰した芋であることが多い。

 妃の皿をのぞき込まなければわからないほどに料理の形状は似せており。妃は普通に肉を食べているように見えていたはずだった。


 それなのに。

 『妃に肉を食わせろ』とは、なぜなのか。

 つまり妃が肉を食べていないと知られているということに他ならない。

 なぜ妃が肉を食べていないと判断されたのかと官吏に詰め寄った。そんなはずはない、いつも陛下と同じ料理を少なめではあるが食しているではないか、と。

 すると官吏の口から意外な情報が飛び出した。

 妃から旨そうな匂いがしない、それは肉を食べる量が少ないからだ、と陛下がおっしゃったというのだ。


 旨そうな匂い、つまり、妃の体臭が薄い、と。

 そんな事で……。

 料理人達は愕然とした。

 よもや妃の体臭でバレてしまうとは考えてもみなかった。妃の肉を食する量が少ないのは確かだが、料理を作っている者にしかわからないはず。

 肉と体臭に何のかかわりが?と逃げてしまいたかったが、事実は事実。粛々と受け止めるしかなかった。


 三回目の通達。何としても成功させねばならないこの通達に、料理人達は集中することにした。前二つの成功も同時に実現しようなどと考えてはいけない。たとえ前回の通達は糸口がつかめ、成功が見えているとしても。あの通達も失敗したのだと認めようではないか。

 我々は、今、この通達に全力をかたむけるべきなのだ。

 そうして料理人達は前回の解決の糸口である芋への未練を断ち切り、料理人達は妃が肉を食べない理由に向き合った。

 我々が美味しいと感じる肉の匂いが妃にはきつすぎる。

 我々が丁度いいと感じる肉の固さが妃には固い。

 我々が食べやすいと感じる料理が妃の好みではない。

 まずは肉の匂いを臭いと思うならば、我々が美味しそうではない肉を選べばいいのではないか?と一人の料理人が発言した。

 王宮において不味いと思う肉を使用するなどと考えたくもなく、気でもふれたのかとの叱責が飛んだが。打開案というのは、そうした固定観念を打ち破った先に存在するかもしれないのだ。

 危険な挑戦であっても、やってみるべきだろう。そう判断し、さっそく提案した料理人が国内から最適と思われる肉を選ぶ役を任され、王宮を発った。

 そして残った料理人の中で、ある者は肉の匂いを消すための方法を模索した。そしてまた、ある者は肉を軟らかくするために叩いた肉や細かく刻んだ肉の料理を試行錯誤した。

 料理人としておかしいと考えられる方法や手段にもチャレンジして。

 陛下付き官吏からはねちねちとした嫌みな視線を向けられながら、彼等は黙々と到達点を目指した。



 そしてついにその時はやってきた。

 妃への肉料理が完成したのだ。

 肉は国内の北地方にあるベロウー牛。匂いが薄いため味が落ちる牛と評価されているが、この牛肉の表面にセイレという粉をまぶすことで妃の嫌う臭いをほぼ消すことに成功した。

 肉を刻み細かくし、そこにセイレの粉を混ぜ合わせる。それを薄い肉で巻いて形を整えれば、大きな肉の塊に変身する。以前のような小細工と同じだが、今回のそれは肉がぎっしりと詰まっている。しかもその肉塊は固くはないのだ。

 出来上がった肉塊を焼き、陛下と同じように盛り付けられた、それ。

 例によって料理人の一人が食事の間の端に立ち、陛下と妃の食事の様子を食い入るように見つめた。

 その視線の先で、大きな肉の塊の皿が置かれた妃はちょっと口を不満そうに歪めた。

 そして妃はいつものようにナイフを入れ、肉を半分に切る。おそらくは中の詰め物を食べる目的で。

 その肉の断面に妃の表情が変わった。料理人は緊張に拳を握りしめた。

 妃は中が肉ばかりだと知りがっかりしたのか、このまま食べられずに終わってしまうのか。あれほどに自信をもって作り上げた料理でも、食してもらわねば意味がない。

 緊張の一瞬。

 妃は肉塊を小さめに切り取ると、フォークにさした。じろじろと眺めながらゆっくりと口へ運ぶ。その時間の長いこと……。

 もぐもぐと咀嚼する妃の表情はあまり変化はなかった。しかし、その手は肉塊を切っていた。次の一口のためだ。

 妃は肉塊の半分ほどを食べた。全てというわけにはいかなかったが、肉嫌いの妃が肉を食べているのだから大進歩だった。


「今日のお肉は食べやすかったわ。今度、野菜サラダにつけるドレッシングみたいなソースをこのお肉にもかけたらどうかしら? 肉はしつこい味だからさっぱりしたソースとか合うと思うのよね」


 妃が料理人へ言葉をかけた。

 あの、肉を残していた妃が……肉料理のリクエストを……。

 

「は、はいっ」


 料理人は妃の言葉に涙ぐみそうになり言葉に詰まる。はいと答える以外の返事をすることはできなかった。

 料理人達にとっては最悪の我儘妃でしかなかった存在が、努力が結実したこの時ばかりは素晴らしく輝いて見えた。

 晩餐の後、料理人は仲間たちの元に「やったぞ!」と歓喜の声をあげて戻ったが、興奮のあまり涙にのまれ言葉にならない。しかし感きわまるその様子だけで他の料理人達も自分達が成功したことを知ることはでき、互いに「よくやった」と讃えあった。

 肉料理を食べる妃の様子やかけられた言葉を詳しく聞くと、次の肉料理への意欲をかきたてられ、深夜遅くまで調理室は料理談議に花が咲いていたという。


 料理人達は肉料理のバリエーションを増やし、妃へと供し続けた。すると、それまで一定量以上食べなかった妃がその食事量を増やしていく。それにともなって妃の体型もふっくらと変化していた。

 体力の増加はわからないとしても妃は頬を紅潮させ健康そのものだ。そして体重の増加は間違いない。

 二回目の通達も解決できていたのだ。

 満面の笑みで美味しい美味しいと肉をほおばる姿は何度見ても嬉しい。

 みるみるふっくらとした体型になっていく妃に料理人達は毎日腕をふるった。




 そして、或る日。

 陛下付き官吏から通達が届いた。

 もう何も恐い物などない。我々は全てを乗り越えてきたのだから。

 そう思いつつ通達を開いた。

 そこには。


『現在、ナファフィステア妃は懐妊しており、これ以上の体重増加は控えるべきである。妃が太らないよう食事を改善せよ』


 妃の懐妊、それは、陛下の御子を身ごもったということであり、非常に喜ばしい事だ。だが、なんとも間の悪い通達に、料理人達は呆然と立ち尽くした。

 肉料理は食べ過ぎて太ってしまう……。悔しいながらも料理人達は妃へ出す料理の量を減らした。その皿を見て、妃はちらっと少なくなったわねとの恨めしそうな視線を給仕の者に送るのだそうだ。それを伝え聞いた料理人達は御子の出産後に妃へ肉料理をたらふく食べていただこう。そう誓い、心を痛めつつ料理を少なめに盛り続けた。




 めでたく王太子を出産後。

 王妃となったナファフィステアに料理人達は連日各々の自信作をふるまった。もちろん肉料理である。料理人達はこの日のための肉料理を練りに練っていたのだ。

 そして。

 彼等は惨敗した。

 王妃が一定量以上を食べなかったのである。そのため出産時にはふっくらしていた王妃は、彼等の力作を毎日食しているにもかかわらず、見る見るうちに元の華奢な体型を取り戻していった。

 料理人達は彼等の肉料理が王妃の感覚を狂わせる秘策と考えていたのだが。何の事はない。妊娠中だったから肉料理を食べたがった、そういうことだったのだ。


 一定量以上食べない感覚。一年を通してほぼ変化しない体型。そして王妃が好きなのは野菜サラダで。肉を食べているはずなのに相変わらず体臭は薄いまま。


 あの勝利は何だったのか。そんな思いが料理人達の胸に去来していた。

 いいや、違う。あの時、我々は確かに勝利したのだ。

 ただ、我々がパワーアップしたように、王妃もまたバージョンアップしてしまった。

 我々の戦いはここから再び始まるのだ!

 打倒、王妃! 目指せ、豊満で匂やかな王妃へ! おうっ!

 こうして王宮の料理人達は一致団結し、今日もメニューに頭を悩ませる。

 その調理室の片隅で下っ端料理人がさくさくと果物の皮をむく。

 王妃からのリクエスト、新鮮な果物を食べたい、の対応である。

 果物を使った菓子や果物を使ったパンではなく、ただの食べやすく切った果物を所望だった。相変わらず調理させない……。




 王宮奥の一室では。


 果物のカット盛り合わせ皿を腕に抱え持ち、あーんと大きく開いた口にフォークで指して果肉を運ぶ。唇で果肉を挟むとジュルッと口に吸い込んだ。

 そんな王妃の口元を陛下は隣で見下ろしている。


「食べてみない? 美味しいわよぅ?」


 王妃は嬉しそうに瑞々しい果肉をつけたフォークを陛下の方へを差し出した。

 が、陛下はその王妃の手をくいっと曲げさせ、王妃の口元へと動かす。その果肉へと王妃が顔を寄せて捕え。唇がすぼまると果肉はチュルンとその小さな口の中へと吸い込まれた。

 柔らかな果肉はあまり噛むことなく嚥下される。そして果汁に濡れた唇をぺろりと舌が舐め、唇に残った果実の甘酸っぱさを味わった。

 うーーん、満足。

 そんな表情で王妃は陛下を見上げた。

 食べないのかな? 別に食べなくてもいいけど。食べる分が減っちゃうし。でも、美味しいのにな。ちょっとなら食べても、いいのに。

 チラチラと陛下を気にしながら王妃は皿へと視線を落した。 

 そんな王妃の手からフォークを奪うと、陛下は果肉を刺して王妃へと差し出した。

 目の前に差し出された果肉と陛下を交互に見比べ。


「あーん?」


 不思議そうな顔をしながらも素直に口を開けた。

 陛下は真剣な顔で何個もそうして王妃の口に果肉を運んだ。王妃は自分のタイミングで食べられないので何だかもったいぶられている気がしたけれど、陛下が真剣だったので黙って差し出されるまま次々と食べる。

 皿の半分を食べ終えた頃、王妃の手にあった皿が取り上げられた。

 

「まだ残ってるのにっ」


 皿を未練たらしく目で追う王妃を陛下は無言で抱き上げた。そして寝室へ向かう。


「えっ! 陛下? 陛下っ? 私はまだ寝ないしっ! まだ食べるしっ。陛下ったらっ。聞いてるの?」


 王妃一人が状況を把握していないだけで、女官達は心得たもの。女官リリアは気配を消して陛下の後を追い、寝台横のテーブルに果肉の残った皿を置いて立ち去った。

 出産後も国王夫妻は仲がよろしくて将来は安泰と女官達も皆満足げだった。


 王宮料理人達の苦労苦難は誰も知ることはないかもしれないが、彼等の供する料理が国王夫妻の生活を支えていることは確かな事実だった。



~The End~

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