ナファフィステア視点◆書庫にお迎え◆
ある日の陛下&ナファフィステア妃
ダンッ。
ものすごい音が耳に飛び込んできた。しかも腰かけている場所ごと揺れるし、私は地震がきたのかと慌てて手に持っていた本を放り出して顔を上げた。
ズサッと本が床に落ちる音がする。しまった、と思ってももう遅い。
私の目の前には、おそろしく不機嫌な顔で私を睨んでいる陛下の顔が迫っていた。
地震かと思ったのは、陛下が私の横にある本棚に手をかなりの勢いで突いたためと思われる。
いわゆる、壁ドン、ね。
乙女ならとても素晴らしいシチュエーションだ。陛下も顔は悪くない。アップに耐えうる顔だし。ただ、ガラス玉みたいな目でギラッと睨まれるのはいただけない。まあ、通常の壁ドン同様に、心臓バクバクする場面ではある。
しかし陛下達の人種は怪力なのだから本棚破壊しそうで危険すぎ。壁もブチ抜かないまでも壊しそうだし。この世界で、壁ドンはお勧めしない。
で。
陛下が、なぜ、私と同じ目線に?
そこで私はやっと思い出した。
ここは王宮の大きな書庫であり、私は梯子に腰かけ、本を選んでいる途中だったという事に。
普段は読まない本にチャレンジしてみようと書庫に本を探しに来たのだ。どんな本であれ知識の吸収は立派な勉強になる。と大層意気込んではいたが、選ぶのは一苦労だった。本が大量過ぎるのだ。当然だけど。
書庫には壁一面が本棚になっていて、大きな本棚が大量に並んでいる。一体どれほどの冊数になるのか。そして、その多くは、私の手の届く距離にはなかった。下部は本棚ではなく資料などが収納された引き出しなのだ。
私は梯子を確保し、普段なら私の目に入らない位置にある本を物色することにした。単に、梯子を使ってみたかったのと、一度上がるとまた降りて梯子を移動させるのが面倒だったためだ。梯子は、私が動かすには重すぎた。
その梯子の上に登った私は、段に座って取り出した本を開いた。ちょっと読んでは戻して別の本を開くのを繰り返す。そうして、ついつい選ぶのを忘れて読みふけってしまった、と。よくあることである。
「で、どうしたの、陛下?」
「……」
陛下、無言。
書庫には窓からうっすらとした明りが入り込んでいるけど、あまり明るい場所ではない。ちょっとカビ臭いような空気だし。
陛下の背後で、差し込む光に照らされた塵がキラキラと舞うのが見える。
静かな書庫で壁ドンなのに睨まれ続けられるのは居心地が悪い。もうちょっと、こう、甘い雰囲気とかならいいのに。
陛下、絶対、怒ってるよね。何故に?
いろいろ考えながら陛下と睨み合っていると、ひょいと梯子から身体を持ちあげられた。
「あの……まだ本を選んでないんだけど」
そんな言葉は聞こえないとばかりに陛下はスタスタと歩き出した。
私を持ち出しているということは、執務の空き時間なのだろう。私の所へ来るのは陛下の気分転換になっているらしいのだ。
「石像彫刻がいくつか届けられた。そなたの庭園に置くものを選べ」
歩きながら陛下が告げた。
王宮へ美しい彫刻が献上されたので、その中から私がよく利用している庭園に好きな彫刻を置け、と言いたいらしい。
私を呼びに部屋へ行くと私がいなくて、不機嫌だった、ということのようだ。
手間をかけさせて悪かったわね。
でも、私も、いつもいつも部屋に居るわけじゃないのよ。そこが家のような広い場所であっても、一日中、室内にいるのは気が滅入るもの。いつもと違う行動をしたくなるものなんだから。
陛下へ脳内で無言の言い訳をしている間に、私は陛下の腕に腰かけた状態で王宮の表へと運ばれていく。
王宮の表側では、人が多くなる。扉などが全て解放された空間ばかりとなるので、よけいにそう感じるのだろう。
そんな解放された一つの部屋に陛下が足を踏み入れた。
その部屋には、ずらりと石像彫刻が並んでいる。その全ての石像の横に人が跪いていた。服装から、石像の制作者だろうと思われる。石像の列の後ろには貴族か身分の高い者という服装の人々が大勢並んでおり、部屋には緊張感が漂っていた。
陛下がいるのだからそれは当然の様なのだろうけれど、陛下の一般者との謁見に立ち会ったことがないので、私も緊張してしまう。
もじもじと陛下の腕の上で背筋を伸ばしてみる。でも、所詮子供抱っこ状態……そんな言葉が頭に突き刺さった。別に誰かから飛んできたわけではないけれど。
「ナファフィステア、この中から好きな物を選ぶがよい」
陛下の声が響く。
部屋には、異様に張りつめた空気が漂っているような気がした。陛下がここにいるというだけではないような。
どうして?
私が戸惑っているというのに、陛下は無言で並べられた石像の前をゆっくりと歩いていく。
この中から私が選んだら……どうなるのだろう。
でも、シンと静まりかえったこの場所で、聞けるような雰囲気ではない。
というか、こんな場面で子供抱っこされている私って、どうよ?
「陛下、降ろしてくださる?」
私は小声で陛下の耳に囁いた。
ちょっと気取った口調になったのは、気のせいで、気の迷い。
私の囁きに陛下はチラッと私を見た。けど、降ろす気配は全くなかった。
「陛下っ」
「下から眺めたのでは見えまい」
確かに、石像は運ぶためにか高さのある台座の上に載っているので、私が陛下の腕から降りると下から見上げることになってしまうだろう。
しかし、だ。
王宮奥でならまだしも、公衆の面前でこういう格好は、恥ずかしいものがある。
私はこれでも成人女性なのだから……。
「さあ、選べ。なければないで構わぬ」
なぜか機嫌が良くなってきたらしい陛下は私に囁くように告げた。
降ろすつもりのない陛下にこれ以上言っても無駄だ。内心の葛藤はこの際横に置いておくことにして、私は真面目に石像を選ぶことにした。
「じゃあ、もう少し見たいわ」
私がそう言うと、陛下は私に見せるようにゆっくりと再び石像の前を歩いてくれる。陛下の機嫌はなぜかとてもいいようだ。
でも、これって私が陛下に命令しているみたいじゃない?
それってすごく……まずくない?
私は周囲に視線を走らせた。宰相の姿はどこにも見当たらない。でも、陛下の側近と思われる貴族二人が近くにいた。
じいぃっと視線を送ってみたけど、彼等の顔には薄ら笑みが張り付いているだけ。しかも、さりげなさをよそおい私とは絶対に視線を合わせようとしない。
うーん。意味不明で解読不能。
「ナファフィステア」
呼ばれて陛下に視線を戻すと、顔をそむけられた。さっさと選べという無言の圧力だ。
はい、はい。私が選ぶのでしたね。
陛下には何度か石像の前を歩いてもらい、指をさした。
「私はこれがいいわ」
私は並んでいる石像の中から、小さいけれどとても柔和な顔の女神像を選んだ。
その途端、水を打ったように静かだった室内がざわめく。そして部屋の緊張は解けた。
やはり、選ぶことに何らかの意味があったのだろう。
「ナファフィステア妃。よろしければ、この石像を選んだ理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
側近の一人が私に問いかけてきた。
陛下の顔を見ると、答えてやれという様子に見えたので。
「私の好きな庭には、この女神像がよく似合うでしょう。美しいというよりも温かい微笑みを浮かべていて、とても穏やか。この女神像の指に小鳥が止まる姿を想像すると、今から楽しみだわ」
私は陛下の腕の上でにっこりと笑みを浮かべて答えた。うまく上品な笑みを浮かべられたと思う。が、この状態では様にならないのが、残念でならない。小生意気な子になってないといいけど。
「ありがとうございました」
側近は陛下と私に礼をすると、室内の人々に向き直った。そして。
「今回の石像彫刻選考における最高評価作品は、ブール氏作の『森の女神像』に決定した」
側近が告げている最高評価作品は、私の選んだ石像だった。それは私が選んだから、で。
最高評価作品を選ばされるために私はここに連れてこられたのだ。
こういうことは先に言っておいて欲しい。
私は内心むくれてはいたけど、そんなことを表には出せず、嬉しそうな表情を浮かべたまま陛下に抱かれて部屋を出た。
「どうして私が選ぶことになったの?」
「そなたは庭が好きではないか」
「そうだけど……美術専門の人達が選べばいいでしょ? 何も私が選ばなくても。美術品の良さなんて素人にわかるわけないじゃない」
「美術専門というが、彼の者等には派がいくつもあり、一つを選べぬらしい」
「だから、私に押し付けたの?」
「気に入らぬか?」
「一つを選ぶ必要があるのかしら」
「だが、あの者は喜んでいたではないか」
私が選んだのは一番端っこに置かれていた、中では小さめの作品だった。ぱっと見は目を引かない。そのためか、目立たない場所に置かれていた。中央に並んでいる女神や男神像の方が、迫力があって美々しかったのだ。玄関ホールの真ん中に置くには、あっちだろうと思う。でも、私が選ぶ目的は、私の庭園に置く石像、だった。
芸術は、優劣をつけるのは難しい。それでも順位を付けたがるのは、どこの世界でも一緒なのだろう。
「陛下が選べばよかったじゃない」
「余は、選ぶのに飽きた」
陛下なら、石像彫刻だけでなく、他にもたくさん選ばないといけないことがあるのだろう。絶対に選び間違えてはいけないものも含めて。
まあ、このくらいなら、私でもいいのかな?
「こんな格好で公の場に出てよかったの?」
「こんな格好とは?」
「私を抱き上げたままだったでしょ。あれでは陛下の評価が下がってしまわない?」
陛下は少し口端を上げて小さく笑っただけで、それには何も答えなかった。
よくわからないけど、こんな格好を見せても陛下は別に何も困らないらしい。困るようならしないだろうし、側近達も止めるだろう。
ちょっと私が子供っぽく見られてしまっただけのこと。そして、それも問題ないのだ、きっと……。
「そろそろ歩きたいから降ろしてくれない?」
いつまでも抱きあげられたままなので、そう言ってみたのだけれど。私の言葉もさらっと無視された。
無視されたと言うよりも、降ろす必要はない、と無言で答えているのだ。
どうしてこのくらいの言葉を出し惜しみするかな。
「降ろして、陛下。降ろさないならその理由を述べて」
私は足を振って陛下に訴えた。
もう少しで王宮奥への通路だから、周辺にいるのは陛下と私を守る騎士や官吏、女官達だけとなっている。振る舞いが子供っぽく見えようが、この際かまわない。
「降ろす必要はない。余がそう判断した」
「理由になってないわ」
「そなたは足が短い」
何故それを言う!
意味がわからんではないけどもっ。
せめて、背が低いとか歩幅が短くて歩くのが遅い、くらいの表現にしようよ!
「足が短くてもいいでしょ! 陛下と一緒に歩かなくても、一人で戻れるしっ」
「……理由を言えば、拗ねるではないか」
「もう少し指し障りのない表現で言って欲しいの!」
なんだかんだと文句を言いながら、私は陛下に部屋まで運ばれたのだった。
後日、彫刻は私の散歩する庭園へと配置された。軽やかな足取りで腰を捻るようにややかがめて片手を上に向けて差し出す女神像。穏やかな笑みだけど角度によってはちょっと小悪魔っぽく見える表情が特に気に入っている。
その像をふんふんと眺めていると、侍女リリアがあの石像彫刻選考会についての巷の情報を教えてくれた。
庭園に置かれている『森の女神像』という題の石像は、女神でありながら裸足で細い足首まで覗かせており、腰をくねらせるポーズなど破廉恥で芸術として認めるに相応しいものではないと論議を呼んでいた作品だったらしい。
先日の室内で端に置かれていたのは、小さくて顔がツンツン美人ではないなどという理由ではなかったのだ。
細い足首を見たくらいで何なのよと思うけれども、ここの女性は素足を見せるなんてみっともないことなのだそうで。靴下をはいた足でも駄目なのだというから、とても変。
ここの男性は、胸より足の方が興奮を誘うのかもしれない。いや、足が駄目だから胸を出しているのかも。
そんな中、陛下があの石像を選んだことで、艶めかしさも美と認められるべきだとの声が高まっていて、美術界に変化を与える出来事になるだろうと言われているとか。
王都では、さすが陛下は美術にも先進的な感性をお持ちであるとの話で持ちきりらしい。
さすが陛下、ね。
私が選んだのに、陛下が選んだことになっていた。別に、私が選んだと主張したいわけではないけど、おもしろくはない。
成功は上司の手柄、失敗は部下の落ち度。世の中、そんなものよ。
ふっ、と私は遠い目で石像を見つめた。
まあ庭園には似合っていて満足だし、陛下に後でお礼を言っておきましょう。
「今回の石像選考会の件で、陛下が小さな妃様をたいそうご寵愛であると王都中に知れ渡りますわ」
「えっ、どうして?」
「評価会の間中、陛下がナファフィステア妃を腕に抱いて傍から離さなかったと聞いております。妃様を大事になさっておられ大変仲睦まじいご様子だったとか。女性達は選考会に参加した方の話を聞こうと連日どこの美術展も大賑わいだそうです」
「そ、うなの……それは、よかったわね」
陛下は、そういう意図があって、私を降ろさなかったの?
いや、それは違うだろう。
足が短い、だし。
でも……陛下と仲悪くは、ないわよね。なんて、王都の女性が羨んでいるなどと侍女リリアが話すのを、満更でもない気分で聞いていた。
そして、本を手にしていなかったため再び書庫へと足を踏み入れると、官吏から梯子の使用禁止を告げられた。
陛下の命令だと言うのだ。
「それでは高い位置にある本を取ることができないじゃない!」
「申し訳ございません、ナファフィステア妃。棚をご指定いただければ、棚の本をすべてお取りいたしますので、どうかお許しください」
そんな面倒な事、頼めるわけないでしょ!
夜、私の部屋を訪れた陛下に書庫の梯子を使わせてくれるよう抗議した。
けど、返ってきた言葉は。
「そなたは背が低い」
陛下のくせに、ちょっとは言葉を選んで!?
梯子使用の許可は下りなかった。
~The End~
メリークリスマス♪




