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幼き少女、不機嫌になる。

「そういえば、ずいぶん可愛い飾り紐(リボン)ね」

「あのね、お守りなんだよ。旅の間、つけておきなさいって言われたの」

 リタがラティナの髪に結ばれている飾り紐(リボン)に目を留めて尋ねれば、ラティナは嬉しそうに答えた。

「ティスロウのほうでね、出来た友だちにね。もらったものでね、作ってもらったの」

「友だちも出来たのね。本当に楽しかったみたいね、良かったわねラティナ」

 リタの笑顔とそれに答えるラティナの笑顔には屈託は無いが、デイルの表情は再び微妙なものとなる。ケニスはそれに気付くと何とも言えない顔となった。


「……ラティナ、何か仕出かしてきたのか」

「その前に、ウチの村の隣には幻獣の生息地が存在していた事実に愕然とした」

「……それは、なかなかな土産話だな」

「下手に手ぇ出したら、危ねぇからな。繁殖地どころじゃねぇ。群れで定住していた」

「お前自身で確認してきたのか?」

「一応、見ては来た。場所も場所だから、欲を出した冒険者なんかが乗り込んだりしたら、間違いなく骨の一本も残らねぇだろうな」

「お前でも無理か?」

「群れのリーダー格と話してきたが……あんまりやり合いたくはなかったな……一体だけならやってやれなくはないかもしれねぇが、なにせ数も多い。じり貧になるなぁ」

「そうか」


「その群れのリーダーに気に入られたらしい」

「誰がだ?」

「ラティナがだよ」

「そうか」

 デイルの話の途中から、そういう結論に至る推測をしていたケニスの表情も、デイルと同じような微妙なものとなっていた。



 しこたま怒られた後、同じことを繰り返す程ラティナは、物分かりの悪い子どもではない。天翔狼のもとへ遊びに行きたいのならば、ちゃんと保護者に許可を取り、山の中に勝手に一人で遊びに行くこともしない。そういった約束を交わせば、彼女はきちんとそれを守るのだった。

 存在自体が『当主』の秘密ということもあり、ヴェン婆かデイルの時間が取れる時のみに限られたが、ラティナはそれなりに天翔狼との交流をあの後も楽しんでいたのだった。


「ラティナ、クロイツに帰るの。楽しかったよ。元気でね」

「プウ?」

 帰る日程が決まった後で、その事を告げに行くと、仔狼は不思議そうにラティナを見上げた。

「クローツ?」

「クロイツだよ。あっちの方にある、人間ぞくの街だよ。ひと、すごくいっぱいいる、大きな街なの。ラティナそこにすんでるんだよ」

 太陽の位置を確認した後で、ラティナは腕を伸ばして北西を指した。途中に険しい山岳地帯があるが、確かに直線で結べばクロイツはそちらの方向にある。


「ひとの子は空を駆ける事が出来ぬから、不便よな」

 天翔狼の長の心配の矛先はラティナに限られているらしい。まあ、別に構わないが。

「あのように、毛皮も牙もなき、か弱き姿では、小さき獣にも害される事があろうな」

 パフンパフン忙しなく尾を動かす巨体の肉食獣だが、何故だか、最初に感じた威圧感はもう感じられない。

 デイルはそんなことを考えながら、『長』と共に『子どもたち』を眺めていた。

「此れをやろう」

「……羽?」

『彼』はそう言って、自分の座する定位置に落ちていた数本の羽をデイルに指し示した。

「我等の魔力を帯びた物を持てば、知恵なき獣でも、我等を恐れて傍に来ることはないだろう」

「それはありがたいな……感謝する」

 ラティナを可愛がるという共通事項の元では、彼等は種族を越えて異文化コミュニケーションを成立させる事ができるのだった。


 デイルがそんな風に『羽』を貰った事をヴェン婆に告げれば、

「狩りの時は使えんが、旅や畑仕事用に獣避けの外套があるだろう?」

「そういえば、あったなそんなの」

「あんなかにゃ、天翔狼の毛が織り込まれておる」

 さらっと言われたとんでもない言葉に、思わず吹いた。

「な……」

「今年はラティナちゃんが、ずいぶんたくさん集めてくれたからなぁ。しばらくは材料に困らんな」

 そういえばラティナは、ブラッシング作業の後、抜けた山盛りの毛を袋にせっせと詰めていた。祖母の指示であったらしい。

 例年は換毛期に自然に抜け落ちた物を貰い受けて来るのだという。


 魔獣の皮や牙、骨等は、魔力を帯びていることもあり、『素材』としての価値が高い。魔道具の材料となる物も多いのだ。冒険者たちの手っ取り早い現金収入源でもある。

 更に強力な存在である『幻獣』の素材であれば、価値は更にはねあがる。

 それを使用した『魔道具』を、畑仕事用の作業着に使う。街の冒険者たちが血涙を流す話だろう。


「原料の入手法は公にできん。『外』用の売り物にはできんからな」

「……確かにそうだな」

 その後、ごそごそとヴェン婆は自分のそばの引き出しの中から細長い布を引っ張り出した。

「試しに作らせた。できるだけ細い毛を選別してな、織り込んどる」

 織りの一部は模様になっている。ティスロウでは伝統的な意匠である植物の図案だ。そこに更に刺繍を施してある豪華な飾り紐(リボン)だった。

「帰りの間、着けさせれば良い。気休めにはなるだろうさ」

「……値段を付けたら、とんでもないことになるな」

 細い毛を使ったという為か、サテンのような艶々とした質感が生まれていた。魔道具でなかったとしても、一目見ただけで高価な事がわかる。

「街中では使わせない方が良いかもな……」

「祭りの時なんかの『特別』にすりゃあ良い」

 呵呵と笑う祖母に呆れたような表情を返しながら、デイルはきらきらと穏やかな輝きを保つ(それ)を、少し高く掲げて光にかざした。



「ってことで、新作『魔道具』の飾り紐(リボン)だ」

「とんでもない代物だな」

 魔獣退治を生業にする冒険者には不要だが、行商人や旅人には欲しがる者も多いだろう。

 過信するのは禁物だろうが、安全性を高めてくれるならばどんなものにでもすがりたいと思わせる程には、世間は危険で溢れている。

「装飾にも、ティスロウ(ウ チ)の本気が感じられる一品だ」

「俺は装飾品のことはわからんが、気合いの入った代物ってことはわかるな」

「本当に綺麗な仕事ねえ」

「……」

 突然加わった女の声に、デイルは声を無くす。一度動きを止めてからぎこちなく振り返った。

「……ヘ、ヘルミネ……?」

「久しぶりね、デイル。そろそろ帰って来る頃だと思って迎えに来たのよ」

 そこには、にっこりと笑顔を浮かべるブロンドの妙齢の美女の姿があったのだった。


「だれ?」

 デイルと親しげな様子に、ラティナが首を傾げてヘルミネを見る。

 普段なら初対面のひとならば、すぐに挨拶に向かうラティナにしては珍しい。

 そんな不躾なラティナの声にも、クスクスと笑うヘルミネは堪えていないようだった。

「この子が『ちいさな魔法使いさん』ね。話に聞いていた通り可愛いらしいお嬢ちゃんね」

「ラティナ、ちいさくないもん」

 プスっ。と、不機嫌そうに少し頬が膨らんだ。

「な、何でお前ここに……」

「だから迎えに来たのよ。あなたが帰って来たら、王都に連れて来るようにって言付けを届けに来て、そのまま待っていたの。次の『仕事』は私も参加することになるから」

 デイルは動揺のあまり、ラティナのその不作法を咎める余裕がなかった。彼は本音を言えば、この美女が苦手なのである。

 そんな相手が不意討ちで目の前に居るのだ。

 動揺の一つや二つ、するだろう。


「……相変わらずお前、ヘルミネ、苦手なんだな」

「に、苦手っていうか……」

「あら、酷い。私のこと苦手なの?」

 ケニスの声には呆れというより同情の響きがある。ヘルミネはそんなデイルやケニスの様子にも気を害した様子はない。

()はあんなに可愛いこと言ってくれたのに」

「……だから、苦手にされるんだろう。本当にお前は、俺が駆け出しの頃からも変わらんな」

「あなたは私のこと、相手にしてくれなかったじゃない」

 呆れるケニスに向かいヘルミネが小首を傾げる仕草で答える。首から肩ヘの華奢なラインが艶かしい。自分をどう見せるかに慣れた仕草だった。

「俺の好みは、うちの嫁さんみたいな女だからな」

「はっきり言うのね」

 クスクスと笑うヘルミネには、そこまで言われても不愉快そうな表情はない。


 リタがラティナを見てみれば、相変わらず彼女は、不機嫌そうに頬を膨らませたままだった。

「……まあ」

 確かに、このヘルミネという女性は、同性の反発を覚えるタイプの女性だろう。

 リタはビジネスライクに接することに徹しているため、そこまで大きな不快感は覚えていない。

「ラティナも女の子ですものねえ」

 ラティナが港町(クヴァレ)で買い求めた土産の小物を手の上でくるりと回しながら、リタは小さく苦笑するのであった。

ヘルミネさん前出は29話となります。少しずつ『娘』も色々な意味で成長しております。


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