思惑と感謝と合意4
「‘だが……悪いな。俺もお前に体返すつもりはないんだ’」
もしかしたらコイツの体だったのかもしれない。
ただそうだからといって、体を返してやるつもりは毛頭ない。
「‘お前もコボルトとして生きたかったのかもしれない。ただ俺も生き延びたいんだ……! 俺は…………俺は死にたくないんだ!’」
なんで急にコボルトの本能が襲ってきたのか知らないが、契約の魔法がコボルトの本能を刺激したのだろう。
人と契約するという行為が魔物の本能において拒絶するようなものだったのだ。
「‘このまま俺がお前の代わりに生きてやるよ。だから引っ込んでろ!’」
俺はグッと手に力を入れる。
全力でコボルトを殴ると、コボルトは頭を地面に叩きつけられて動かなくなる。
「‘ふぅ……’」
俺はコボルトを倒した。
本当にそれでよかったのか、あるいはコボルトに体を返してやったほうが良かったのかもしれないと少しだけ考える。
気づいたらコボルトを倒していた。
倒すべき相手だと思い込んで、よく分からないままに殴りつけていた。
本当に自分は人間なのか。
振り返るとそこに倒れているのは人間の自分で、取り返しのつかないことをしたのではないかと不安に駆られる。
「コボルトさん」
振り返る勇気もない俺の前に、クリアスが現れた。
うっすらと光り輝くクリアスは微笑みを浮かべて手を伸ばす。
いつの間にか黒いところは完全に無くなっている。
「‘そうだ……俺は立ち止まってなんかいられない’」
倒したのがなんであれ、もう倒してしまった以上は後戻りできない。
前に進むしかない。
契約して、人間に戻る方法を調べる。
俺は差し出されたクリアスの手を取った。
その瞬間手から暖かいものが流れ込んでくる。
とても安心する。
俺は目を閉じて、温かいものに体を任せた。
ーーーーー
俺が目を開けると、再びクリアスの家だった。
目の前に浮かんでいた魔法陣がぐるぐると回って、俺の額に吸い込まれていく。
「‘うっ……’」
額が強い熱を持ってふらつく。
「あっ、コボルトさん? 大丈夫?」
ふらついた俺を見て、クリアスは不安そうな顔をする。
体を支えきれなくて近くにあった机に手をつく。
そこには角がひび割れた小さな鏡が置いてある。
「‘これは……’」
鏡に映る犬顔の、額のところに淡く光り輝く紋章が刻まれていた。
「これで契約できましたね」
そっと肩に触れたクリアスの方を見ると、クリアスの瞳にも俺の額と同じ紋章が浮かんでいた。
不思議な感覚である。
クリアスとどこか、何かで繋がっている。
心の奥でそっと誰かと手を合わせているような感覚。
「へへっ……これが契約なんですね。なんだか悪くない気分です!」
クリアスも俺との繋がりを感じているのか、嬉しそうに笑顔を浮かべている。
「今時あんな長い契約呪文言うことないって。血を垂らしてパパーっと契約しちゃえばいいのに!」
「それだとコボルトさんに失礼じゃない?」
「魔物に失礼なんかないって」
どうやら契約とやらももう少し簡単にできるらしい。
「初めてのパートナーですしね。丁寧でもいいでしょう?」
「まあ別に、お姉ちゃんがいいな……ゴホッゴホッ!」
「ほら! カリンも寝てなきゃ! もう契約は終わったし、絶対安全だから!」
カリンが苦しそうに咳き込み、クリアスが肩を抱えるようにして連れていく。
こうして俺は保護と恩返しと人に戻るための情報を集めるためにクリアスを利用し、クリアスは俺を力として利用する契約が交わされた。
これがどんな意味をもたらすのか俺には分からない。
だがこの過酷な世界において、ようやく一歩を踏み出せた。
そんな気になった。




