思惑と感謝と合意2
「お姉ちゃん!」
カリンも驚いた顔をして包丁を引っ込める。
「カリン、急にどうしたのよ!」
「どうしたもこうしたも助けに来たんじゃん!」
「ええっ? どうして急に……」
女の子とカリンは言い争う。
ほっとかれて俺は困惑する。
位置関係的に女の子の背に隠れているような形にもなって、少し情けなさもある。
「お皿割れる音聞こえて、お姉ちゃんの悲鳴みたいな声もしたから、そいつになんかされたんでしょ!」
カリンは俺のことを指差す。
そういえば確かにお皿は割ったし、お皿の破片を踏まないようにと抱き上げた時に軽く悲鳴のような声を上げていた。
魔物がいて、皿が割れたり悲鳴が聞こえれば怪しむのも無理はない。
女の子を助けようとしたのならば、攻撃されたのも理解できる話だ。
同じような状況を目の当たりにしたら、自分も同じように動くだろうなと俺も思う。
他に誰かがいるということは分かっていたのだから、配慮に欠けていたことを反省する。
「あれは……ちょっと手を滑らせただけで、悲鳴も悲鳴というよりちょっと驚いただけ……そんなんじゃないよ」
「でも魔物なんて信用できないよ! せめて早く契約するか……治療したなら追い出さなきゃ!」
カリンはグサリとくることを言う。
しかし言ってることは間違いではない。
俺だったらそもそも魔物の治療なんかしない。
魔物が信用できないのも理解できる。
「契約はこれから言おうとしてたでしょ!」
「じゃあ早くやりなよ! そいつがいつ襲ってくるか分からないんだからさ!」
「まあ、そうね……」
その契約というやつもなんなのか。
人が口にしてきた言葉から、なんとなく理解はしている。
ウルフもトカゲのような魔物も人間の命令を聞いていた。
どういう原理なのか知らないが、魔物が人間に従っているのになんの制約もないとは考えにくい。
魔物と人間の間に絆ができた、なんて夢物語だ。
つまり魔物を拘束するなんらかの方法があるのだろう。
それが先ほどから出てくる契約というものなんだろうと思った。
「コボルトさん、ええと……私はクリアス」
クリアスの名乗る女の子は振り向いて、俺と向き合う。
一度緊張をほぐすように深呼吸する。
魔物になる前だったら俺の方が大きかったのに、今はクリアスを見上げるような形になってしまう。
女の子にすら大きさで負けるなんて、コボルトはなんて小さいんだ。
「私にはやらなきゃいけないことがあるの……そのためにあなたの力を貸してほしい」
クリアスは胸に手を当てて、俺の目をじっと見つめる。
その後ろではカリンが包丁を手に、俺の動きを警戒している。
「妹のカリンは病気なの。それもかなり危険な病気……」
クリアスの瞳が悲しげに揺れる。
「そのために私はお金が必要で、とある薬草を取りに行くこともやらなきゃいけなくて、冒険者になったの。それでね、冒険者は魔物と契約して、魔物と一緒に戦うの。だから……」
「魔物にそんな説明する必要ある?」
カリンは怪訝そうな顔をしている。
わざわざ丁寧な説明をしてくれることはありがたいが、言葉が通じているかも分からない魔物にそんな説明必要ないと考える方が一般的なのは同意する。
しかし今は説明してもらった方がいいので、黙ってくれないかなとカリンのことを睨みつける。
「でもこのコボルトさん頭良さそうだし……」
「コボルトにさんっていうのもなんだか……」
クリアスは助けたせいなのか、俺をコボルトさんと呼ぶ。
魔物にさんをつけてるのも相当な変わり者だ。
ちゃんとさんをつけて呼ばれることに不快感はなく、少しの人っぽさもあるので気に入っている。
「ともかく邪魔しないで!」
「はいはい……」
「こほん……ともかく……私はやらなきゃいけないの。カリンを助けるために、私はダンジョンに挑まなきゃいけない……」
再び俺に向き直ったクリアスは、真剣な眼差しをしていた。
人として、他者のために何かやらねばならないことがある。
妹のために、命をかけようとする少女がそこにいた。
かつて俺にも守りたいものがあった。
そのために戦いの道を歩む選択をすることは、決して容易ではないだろう。
苦しい決断だが、自分のためではなく他人のためというところに眩しさすら感じてしまう。
俺にも今は目標がある。
人に戻る。
そのためならばどんな手でも使い、彼女の優しさすら利用しよう。
助けてもらった恩もある。
利用し、利用される関係になるぐらいなら構わない。
本当なら契約について細かく知りたいところだが、質問する術を持たないのだからどうしようもない。
「これは強制じゃないの。私のわがまま……私のお願い。私と一緒に……戦ってくれる?」
クリアスは不安げな目で、俺のことを見つめる。
他の魔物との契約方法は知らないけれど、多分こんなやり方は一般的ではないのだろうとは思う。
今ある情報はあまりにも少ない。
契約が良いものなのか悪いものなのかも分からない。
ならば飛び込んでみるしかないのだ。
どうせこの話を断ったところで過酷な魔物の世界に戻るしかない。
恩を返し、人間の世界で情報を集める。
慣れてくれば多少の意思疎通だって取れる可能性もある。
契約を、受け入れてみよう。
「‘いいだろう。その契約とやら、してやる’」
言葉は通じないが、意思は伝えられる。
俺はクリアスの言葉に頷いて答える。
「本当ですか! カリン、今頷いたよね!」
「うーん……確かに頷いたようには見えたけど……」
俺の意思表示にクリアスはパッと笑顔を浮かべる。
カリンは訝しげな顔をしているが、ここまでで俺が暴れたりはしていないので疑いつつも様子見しているようだ。
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