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魔物に転生した俺は、優しい彼女と人間に戻る旅へ出る〜たとえ合成されても、心は俺のまま〜  作者: 犬型大


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3/22

毛深くて、汚くて、ギラついた目のモンスターなヒーロー3

「こ、こいつなんだよ……」


 馬乗りになっていた男は、首を食いちぎられてあっという間に死を迎える。

 女の子を押さえていた男は血まみれになった俺を見て、怯えた顔をする。


 極限状態でギラついた目、雨に濡れてまだ乾いていないしんなりとした毛は口元から胸にかけて血にも濡れている。

 地面に倒れて寝ていたから全身泥だらけ。


 もう少し明るい毛色をしていた気もするが、もう何色だったのか思い出すことも難しいほど薄汚れている。

 これだけ殺気立つコボルトの姿は初めてだろう。


「こ……こっち来るな!」


 女の子から手を放し、尻餅をついた男はそのまま後ろに下がる。

 俺は馬乗り男から口を離して、口に残った血を喉奥に流し込むように上を向いた。


 雨とはまた違うドロリとした血が流れていく。

 喉に冷たさをもたらした雨と違って、血は喉に熱さをもたらした。


 馬乗り男は力なく地面に倒れて、首筋から流れる血が広がっていく。


「‘ははっ……’」

 

 今、俺は笑っていた。

 自分でも感情がよく分かっていない。

 

 ただコボルトになってから、これまでにないほどに気分が高揚している。

 良い気分だ。


 すごく。

 これが魔物の本能によるものなのか、あるいは人としてのものによるものなのか。


 人としての何かが塗りつぶされたような気もした。


「ヒッ……」


 振り向くと、そこに半裸になった女の子がいる。

 俺に見られて女の子も怯えた声を漏らすが、逃げるような精神的な余裕もないらしい。

 

 ほんの少しだけ、男よりも柔らかそうな体をしているなと不思議な考えが頭をよぎる。

 しかしわずかに残った理性で女の子を無視して、もう一人の男の方に迫る。


 滅ぼすべき悪は男の方だ。


「なんでこっち来るんだよ!」


 男は剣を抜いて切先を俺に向ける。

 これまでなら怖かったろう。


 だが今はただ胃の熱さのみを感じる。

 食った人の肉が急速に自分の血肉となっていくような感覚に心地よさすら覚える。

 

 震える剣なんて、怖く感じなかった。


「く、くるな!」


 男は迫り来る俺に剣を振り下ろそうとした。

 俺は一瞬早く走り出して男の懐に入り込むと、ナイフを男の腕に突き刺す。


「ぐあっ!」


 男は痛みで剣を手放し、俺は口を開けて男の首に噛みつこうとする。


「うわああっ! やめろぉ!」


 男は無事な腕で血に塗れた俺の頭を押さえて、なんとか抵抗する。

 声色に含まれる恐怖が大きくなっていた。


「ギラファ! 俺を助けろ!」


 泣きそうな顔をした男が叫ぶと、トカゲのような魔物が戻ってきた。


「ストーンバレットだ!」


 トカゲのような魔物の周りに魔力の玉が浮き上がり、鋭く伸びた石になっていく。

 石が飛んできて、俺の体に突き刺さる。


 しかし俺は刺したままのナイフを手放さず、男から離れない。

 痛いのかもしれない。


 だけど今の俺は痛みも感じていなかった。


「なんだよこいつ……ゔっ!」


「‘クソ野郎は死ぬべきだ’」


 俺はナイフをねじって傷口をえぐる。

 激痛が走って男の抵抗する力が弱くなり、俺は男の喉元に噛み付く。


「う……ぐ……うぅ!」


 男は俺の毛を掴んで離そうとするけれど、俺は顎に力を込めて離されまいとする。

 やや鈍い牙が首に突き刺さり、口の中に血が溢れる。


 血の味に頭の芯が痺れるような感情が渦巻く。

 メキメキと音がして牙が深く刺さっていき、首の肉がちぎれていく。

 

 馬乗りになった男の時のような感動はない。

 それでも人の血肉は悪くないと頭のどこかで感じてしまっていた。


「ギ……ラ……」


「‘ぐっ!’」


 背中に石が突き刺さる。

 熱い。


 でも俺は首から牙を離さない。

 そして、そのまま男の喉を大きく食いちぎった。


 喉の肉を噛みちぎる感覚に痛みすら遠のいていく。


「‘むぐっ……ゴクッ……’」


 噛みちぎった肉をろくに咀嚼もしないで上向くようにして飲み込む。

 はぁと息を吐き出す。


 男は目を見開いたまま木に寄りかかって動かなくなる。


「‘お前はどうする?’」

 

 俺はトカゲのような魔物を睨みつける。

 戦うならやるつもりだ。


 魔物に情があるのか知らないが、襲いかかってくることを警戒してナイフを構える。


「‘死ねば終わり……か’」


 トカゲのような魔物はチラリと男のことを見た後、そのままあっさりと背中を向けて逃げていく。

 何か言いたげな視線にも見えたが、その意図は俺にはわからない。


「‘けっこう満腹になったな……’」


 二人分の首肉でそれなりにお腹が満ちた。

 戦いも終わって、頭がスーッと冷静になっていく。


「‘くそッ……意外と痛いな……’」


 冷静になっていくと、トカゲのような魔物にやられたところが痛む。

 血が流れて、案外体がボロボロになっている。


「‘それでも気分は悪くないな……’」


 体は痛いが、満腹になって気分は悪くない。

 少しぐらいは良いことしたという気にもなれていた。


 俺は男の懐を漁る。

 そして留め金を外してマントを手に取る。


「な、何……」


 女の子はまだそこにいた。

 口元血まみれの俺が迫ってきて、目に恐怖の色をにじませてズリズリと後ろに下がっていく。


 怖がられるのはしょうがないけれど、助けたのになと少しだけショックもある。


「えっ……?」


 女の子は自分も食べられると思ったのだろうが、俺は手を出さなかった。

 男から奪い取ったマントとポケットから見つけたお金の入った袋を、ポンと女の子に投げて渡す。


 光を浴びると輝くような銀色の髪をした女の子の服は、馬乗り男によって破られてしまった。

 このままでは町に帰ることも難しいだろう。


 多少血で濡れているが、男用のマントなら体をスッポリと隠すことができる。

 若い女の子が襲いかかってくるような男たちと一緒に動いているのを見るに、まだ初心者なのだろう。


 夢を持ってこんなところに来ているようには見えない。

 目的はお金のはずだ。


 だからサイフも渡してやった。


「私を襲わないの……?」


「‘…………’」


 ふと、女の子がつぶやくように問いかけたが、俺は答えなかった。

 俺は馬乗り男の懐も漁る。

 

 お金の入った袋とナイフを見つけた。

 身分証っぽい金属のタグも見つけたけれど、興味ないのでそこらへんに捨てておく。

 

 俺は馬乗り男のお金も女の子の方に投げて、ナイフは自分がもらう。

 どうせ持ち主がいないのなら、俺の持っていたナイフのように錆だらけになるだけだ。


 使えるやつが使った方がナイフも幸せだろう。


「‘早く逃げな……魔物が寄ってくるぞ’」


 人の血の臭いに対して、魔物は敏感だ。

 そのうち臭いに反応した魔物が寄ってくることだろう。


 だが女の子は俺の言葉は理解できないのか、困ったような顔をしていた。


「‘チッ……やっぱり言葉は通じないか……’」


 なんとなく分かっていたけれど、言葉すら通じないのは悲しい気持ちになる。

 魔物と人間は相容れない。


 俺もその場を離れようと思った。


「‘体がいてぇ……’」


 戦いの影響が収まって痛みを鈍くしていたものの効果がだんだんと切れて、頭の芯を痺れさせるような痛みが強くなってきた。

 意外とやばいかもしれない。


 ダメージと疲労で、一歩踏み出すだけで体がカクンと不自然な動きになってしまう。

 また軽く視界がぼやける。


「‘早く隠れる場所を見つけて体を休めなきゃいけない……’」


 痛みだけじゃない。

 腹が満ちたことで、眠くもなってきている。


 命の危機で意識が朦朧としてきているのか、あるいは腹が満ちて体を回復させようと眠くなっているかもしれない。

 どちらにしてもここで寝てしまうと死が近づく。


 せっかく生き延びて、腹を満たしたのに死んでたまるか。


「‘やばっ……!’」


 雨で地面はまだぬかるんでいる。

 ふらついた時にぬかるみに足を取られて転んでしまった。


 濡れた泥にまみれて、ちょっとだけ乾き始めていた毛皮に水が染み込んでくる。


「‘体が……動かない’」

 

 早くこの場から逃げたいのに、足が止まると動かない。

 体が休息を求めている。


 腹が満ちたのだから今度は回復するために寝る。

 理解はできるがもうすぐ魔物が集まってくるような場所で寝たら、次は目が覚めることもないかもしれない。


「‘このまま……寝ても大丈夫かな……?’」


 ひんやりとした泥が気持ち悪くて、ちょっとだけ気持ちよくて。

 意識が白くなっていく。


 目を開けているのも辛くて、まぶたが重たくて抗えない。


「コボルト……さん?」


 俺はもうほとんど意識が朦朧としていた。

 どうにかしようとする精神力すら無くなって、本能に誘われるがままに寝てしまいそうになる。


 マントを羽織って体を隠した女の子は俺のことを覗き込む。

 そっと体に触れられた。


 ゆっくりとでも呼吸はしているから、胸がわずかに上下していて女の子の手を押し返す。


「……よいしょ」


 しばらく悩んだ女の子は俺の足を掴んで引きずり始めた。

 これは魔物として初めて受けた人の優しさなのであり、俺は耐えきれなくなった意識を手放したのだった。

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