Ⅹ
背筋に悪寒が走る。一番恐れていた事態に、深矢は一時停止していた思考を猛スピードで回転させる。
侵入経路は深矢と同じとみえた。気配の消し方が恐ろしく上手いことから相当な腕前だと窺える。ザックも絵画も一緒に外へ出すのは難しいかーー
ヒゥ、と喉奥で呼吸を詰まらせる音が聞こえた。ザックだ。
「よぉくもウチのボスを殺ってくれたよなァ」
獲物に標的を定めた蛇のような目を向ける暗殺者。みるみるうちにザックの表情が強張る。
「ザック、こっちだ」
深矢がそう小さく呼びかけて初めて、暗殺者は深矢の存在に気が付いたようだった。肝心のザックは応えない。
「へぇ、お仲間さんかよ?とすると……」
深矢のことを一瞥するとその背後に視線を移す。「これがお前の探してた絵ってやつかァ……」
ほーぅ、と呟き暗殺者は気味悪く笑う。
一方深矢は、暗殺者から目を離さないままザックの方に意識を集中させていた。ザックが右手に握りしめている拳銃、今はそれが欲しい。
「こーんな絵のためにボスは殺されたって、ねぇ……」
しかしザック、といくら呼びかけても、本人は呼吸を忘れたかのように呆然と固まっている。一瞬でも暗殺者の気を逸らせればその隙に動けるのだが。
「……どうせあの世行きなら大好きなモンと一緒が良いよなァ?」
暗殺者の手元に黒い球体がチラついたのが見えた。
手榴弾ーーこの距離での爆破は危険だ。深矢は咄嗟に応接用の低いテーブルの端を持ち上げ、盾のように起き上がらせた。そしてザックを引き寄せようと左手を伸ばしーー
その手はそのまま宙を描いた。
ザック!、と思わず叫んで机の向こうを覗く。
暗殺者が背後の窓を割って外へ逃げ、その高笑いが遠退く中、ザックが暗殺者の投げた手榴弾を抱え、窓に向かって走るのが見えた。
「何してーーー」
問う間もなく、次の瞬間には手榴弾が牙を剥く。
その刹那、ザックが振り向き目が合った。その目は熱く強く、そして切なく何かを訴えていたーー気がした。
だがそれも一瞬だった。
白い光と強烈な爆風に包まれると同時に、ザックの姿は見えなくなったーー




