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94 打ち合わせ 1

「そ、そんな! 使節団の皆様は、うちにお泊まりなさると……」

「お前は?」

 必死で伯爵様にすがる中年従業員は、慌てて伯爵様に答えた。

「も、申し遅れました、私、ここの副総支配人を勤めております、ゴルフォンと申します……」


 ありゃ、ただのフロント・クラークじゃなくて、結構上の役職の人だったか……。

 まぁ、他国からの外交使節団を迎えるんだから、それくらいの人は出てくるか。逆に、総支配人が出てきていない方が……、って、そっちは中でお迎えかな。

 じゃあ、あの時フロントにいたのは、たまたま、かな。

 まぁ、上の立場の者の言動であれば、それはここが「そういう宿屋」だということだから、逆に普通の若手フロント・クラークの場合と違って宿屋自体を拒絶する理由として充分だ。

 新人さんの失敗で宿全体の名を落とすのは気の毒だけど、そういう気遣いをする必要もない。


「だが、ここは我が国の王女殿下と子爵を泊めたくないのであろう? ならば、使節団の我々も泊まるわけには行かんだろうが。我々は殿下達と御一緒するのが当然だからな。

 それとも何か? 我々を殿下達と引き離したい理由でもあるのか?」

「い、いえ、滅相もございません! 是非、皆様御一緒にお泊まり戴きたく……」

 必死でそう言う副総支配人であるが。


「え、でも、私達を追い払いましたよね、門前払いで」

「そ、それは、皆様が他国の王族の方達とは知らず……」

「でも、私達の身分を聞きもせず、見た目だけで追い払ったのでしょう? 私達が身分を偽っていたわけでもないのに。そういう方針のところには泊まりたくないですよ。

 サビーネちゃんはどう?」

「絶っっっ対に嫌!」

 思い切り顔をしかめてそう言い放つ、サビーネちゃん。

 ま、それ以外の返答はないよねぇ。


「じゃ、私達は自分達の宿に戻りますので。伯爵様達はここに?」

「そんなはずがないだろうが! 同じ宿に泊まる、案内してくれ」

 伯爵様の言葉に、慌てる副総支配人。


「ままま、待って、お待ち下さい! そのようなことになれば、うちの評判が……」

「それが、我々に何の関係がある?

 お前達が我が国の王女殿下と貴族を侮辱し、それを不快に思った我々が他の宿に泊まる。ただそれだけのことだ。何のおかしなこともあるまい。

 いや、おかしいと思われるか。『なぜ無礼討ちにしなかったのか』とな」

「ひいぃ!」


 そして、歩く私達についてくる、使節団一行。

 大した距離ではないので、伯爵様もクラルジュ様もそのまま私達と一緒に歩いてついてこられた。その後に続く、護衛の騎馬と数台の馬車。

 後方では何やら騒ぎになっているが、私達には関係ない。

 ちらりと振り返ると、宿の中から出てきたらしい人が副総支配人とやらを問い詰めているみたいだけど、あれが総支配人かな。



「すみません、連れが来たので、人数の追加、いいですか?」

 初日と同じく、フロント・クラークは20歳前後の男性。

「はい、大丈夫です。何名様の御追加でしょうか?」

 ええと、全部で何人だったっけ……。

 仕方ない、あとは本人達に任せよう。

「すみません、あとは御自分でお願いします」

「ん? ああ、分かった。ええと、人数はだな……」

 私達と一緒にいた伯爵様がフロント・クラークに説明しようとすると、ドアが開いて供の者が飛び込んで来た。


「お、おやめ下さい、伯爵様! そのような雑事は、私共が!」

 そして、伯爵様に雑事をさせようとした私は思い切り睨まれた。

 いや、私、一応子爵なんだけどなぁ……。

 ま、今のは私が悪いか。伯爵様に宿のチェックインの手続きをさせたなどということが国元に知られたら、お供の人達の立場がないか。

 ……ごめん。

 まぁ、伯爵様は、珍しい体験ができそうで面白がっていたから、問題なし!

 副官のクラルジュ様は、微妙な表情だったけど。


「え? 隣国からの外交使節団の御一行様? 王女殿下? えええええ!」

 伯爵様、と聞いた時は平然としていたフロント・クラークも、供の人から「隣国からの使節団丸ごと、しかも王女殿下付き」と聞いて、驚きの声を上げた。

 高級な宿屋だから、貴族の客くらいは来るだろう。だから、客が伯爵と聞いても、そう驚くようなことはない。まぁ、貴族らしからぬ風体の私達の連れ、というのには少しくらい驚いたかも知れないけれど、それを顔に出すようでは、一流のフロント・クラークとは言えない。

 しかし、「外交使節団」となると、少し違う。

 それは相手国の国王陛下の代理人達であり、それをもてなす宿は、自国の代表、自国の顔なのである。その責任と自負、そして栄誉は大きい。

 そしてそれは、決して事前の予約や先触れも無しにいきなり訪れるようなものではなかった。


「な、なぜうちが……。それに、先触れもなく、突然……」

「それは、サビーネ王女殿下がそれを望まれたからです」

 動揺するフロント・クラークの青年にそう声を掛けた私に、サビーネちゃんが続いた。

「あなたの誠実な態度が、この宿が良い宿であると私に教えてくれたからですよ」


 びっくり! サビーネちゃん、王女様の振りができ……、いやいや、それっぽく振る舞うことができたんだ。知らなかったよ……。てっきり、「頭は良いけれど、幼くてマイペースな我が儘王女」だと思って……、いや、なぜそこで私を睨む、サビーネちゃん! 超能力者か!

 いや、しかし、清楚な王女様の真似ができたとは……。やはりアレだ、『くれない検尿』の称号はサビーネちゃんに譲ってあげよう。


 いくら10歳とはいえ、一国の王女様にそこまで称賛されて微笑まれては堪らない。顔を真っ赤にして固まる青年。しかし、プロ意識がその身体を動かし、すぐに復活した。

「も、勿体なきお言葉、こ、光栄でございます!」

 フロント・クラークの青年はそう言うと、カウンターの上にあった呼び出しベルを鳴らした。多分、応援要請の合図なのであろう。

 鳴らし方や回数でいくつかの合図が決められているのか、少し変わった振り方で、何度も鳴らしている。うん、これは「総員戦闘配置!」とかだな、多分。


 そしてすぐに奥のドアが開き、落ち着いた様子の年配の男性と、それに続く数人の従業員達が現れた。年配の男性は、この宿の総支配人さんだ。食事の時に、宿泊客に挨拶に来てくれたから、顔は覚えている。ベルの音は緊急事態を告げていたはずなのに、慌てた様子など微塵もない。さすがであった。


「隣国からの、外交使節団の方々です。直ちにお部屋の御用意をお願い致します」

 フロント・クラークの青年が、ひと言で状況を説明した。そして、それを聞いて息を飲む総支配人さん。

 合図のベルにより、ある程度の目星は付けていたものの、まさかこれ程の事態とは思ってもいなかったのであろう。一瞬その眼が大きく見開かれたが、それ以外には感情を表すような変化はなかった。

「総支配人の、ウォリデスと申します。本日は、ようこそお越し戴きました」

 うむ、と頷く伯爵様とクラルジュ様を案内係ベルに委ねた後、矢継ぎ早に指示を出す総支配人さん。


 ここで、最上位者である貴族をたとえ僅かな時間であろうと待たせるなど、あり得ない。こういう事態に備えて常に万全の用意が成されている特別室へと案内するのは、最優先事項であった。

 他のお付きの者達は、馬車から必要な荷物を降ろしたり、夕食や明日のための打ち合わせをしたりと、まだここでやることがある。それに、こんな急な話であるから、多少のことは我慢して貰えるはずであった。

 ……私達?

 私達は、元々ここに泊まっているのだから、今は関係ない。まぁ、どこかの商家の娘くらいに思っていた姉妹が、実は隣国の王女と子爵家当主だったというのは、ちょっと驚かせたかも知れないけれど。


「……少し、よろしいでしょうか?」

 伯爵様達が案内されて部屋へと向かい、他の者達は宿の者と共に馬車へと向かい、その場には私達3人とフロント・クラークの青年、そして総支配人さんの5人だけになっていた。

「なぜ、私共のところなのでしょうか……。このようなお客様方ならば、普通はもう少し王宮寄りにあります、王都一の宿と言われております『妖精の憩い亭』に……」

 私は、右手を挙げて総支配人さんの言葉を遮った。

「フロント・クラークの差。そして、宿の理念の違い。それだけで充分でしょう?」


 そして私達3人は、深々と礼をする総支配人さんを後にして、自室へと戻った。

 うう、カッコいい!

「……姉様、さっきのが『厨二病っぽい言動』っていうやつ?」

 う、うるさいわ!

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― 新着の感想 ―
後出しジャンケンでざまぁするのマジで可哀想 宿泊するために身分聞かれる所に行きたいのか? 見えるところに紋章があるとか服装がそれなりの身分であるように見えるとか それを見落としてあの対応なら納得できる…
[良い点] 日本人は妖精という隊長の言葉が強烈な皮肉となって思い起こされるw
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