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90 食事

「な、何これ!」

「あ、これって……」

 運ばれてきた料理を見て、コレットちゃんとサビーネちゃんが声をあげた。

 私が勝手に選んで3人分を注文した料理である。ふたりに選ばせていると時間がかかりそうだったし、私は今、とても疲れていたので。

 ふたりの食べ物の好みは知っている。まだまだ子供舌であるふたりなら、これで絶対満足するはずである。

 そう、運ばれてきたのは、これ、『お子様ランチ』である!


 サビーネちゃんには、あの、相談依頼を受けた食堂『楽園亭』で、私が適当に組み合わせた、間に合わせのお子様ランチもどきを披露したことがある。しかしここのお子様ランチは、そんなものとはわけが違う。

 量産品の冷凍物ではない、ジューシィな手作りハンバーグ。パサパサではないスパゲティ。絶妙に揚げられたエビフライとコロッケ。舌に滑らかな手作りプリン。そして何よりも、これ、この、オムライスである。


 デミグラスソースやホワイトソース、シチューやクリームソースとかの邪道ではなく、正しき「チープなケチャップ」、そして卵は「ふわとろ」などというふざけたものではなく、正道たる薄焼き玉子。

 これ。これこれ!


 普通のお店のお子様ランチは、大体、幼児から小学生低学年くらいまでが対象である。しかしここのオムライスは、小学生高学年くらいまでを対象とした、量も充分ある優れ物であった。

 歳を低く見られる私は、中学生までは、家族でここに来た時に時々食べていたが、さすがに高校生になってからは断念した。高校生になると、中学生くらいには見られるようになったし、知り合いに会う可能性を考慮したのである。


 だが今日は、サビーネちゃんとコレットちゃんに食べさせるという大義名分の許、「引率役として、子供達に合わせて同じものを食べる」という理由で押し通せる。久し振りに食べられる、この店のお子様ランチ!

 この年齢構成ならば、私だけ別のものを頼め、とは多分言われないだろう。日本では14~15歳に見られる私なら、大丈夫だ!

 しかし念の為、注文の時にはメニューを指差して指を3本立て、向こうの世界の言葉でオーダーした。

 うん、こうすれば、たとえお子様ランチの注文に年齢制限があったとしても、説明が面倒だからスルーしてそのまま注文を受けてくれるだろうという狙いだ。


 そしてウェイトレスさんは、英語ですらない謎の言語で(まく)し立てる私に顔を引き攣らせ、「お、おけおけ、らじゃーらじゃー、いえす・まむ!」と、何やら『知っている単語を全て並べてみました!』という感じの返事をすると、そそくさと去っていった。

 ……勝った!

 そして運ばれてきたのが、この、3皿、というか、3プレートのお子様ランチなのであった。


 ここのお子様ランチには、旗は立っているが、玩具は付いていない。あくまでも、料理で勝負の正統派なのである。

 そして、最初にオムライスにスプーンを入れる私に倣って、サビーネちゃんとコレットちゃんもオムライスから攻める。

 ぱくり

 もしゃもしゃ……

 ぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱく……

 むぐむぐむぐむぐむぐむぐむぐむぐ……


 気が付くと、3人の前には、からっぽになったプレートがあるだけだった。

 そして私を見つめる、サビーネちゃんとコレットちゃんの、チワワのような眼。

 心配するな、私も同じ考えだ!

 ヘ~イ、ウェイトレスのねーちゃん、カモ~ン!


 うぇっぷ……。

 食べ過ぎた。

 そして、私以上に顔色が悪い、サビーネちゃんとコレットちゃん。

 お子様ランチ2つとデザート4品は、さすがに少し多過ぎだろう。私でさえ、デザートは3品でやめたというのに……。

 この後、本屋へ行こうかと思っていたけれど、このまま真っ直ぐ帰ることにした。

 いや、まともに動けそうにないし、多分、この後、アレが来る。

 うん、お腹ゴロゴロ、ってやつが。

 い、急いで帰らねば……、って、家にはお手洗いはひとつしかない! 我々は、3人いるのに!

 ま、まずい!

「ね、姉様、あ、あの、あの……」

 あ、サビーネちゃん、家まで保たなかったか。でも、その方が良かった。ここなら、個室はたくさんあるからね。コレットちゃんも、眼が泳いでいるし。

 さぁ、3人揃って、れっつ・ごー!




 戦い終えて、日が暮れて。

 我が家では、弾劾裁判が行われていた。

 裁判長、サビーネちゃん。

 検事、コレットちゃん。

 被告、私。

 弁護人、なし。

 勝てそうな気がしない。全く。カケラほども。


「どうして今まで、ここへ連れてきてくれなかったのですか! 私達が、貴重な人生のうち、どれだけの時間を無駄にしてしまったと思っているのですか!」

「そうです! もし事情があったとしても、お土産として持ち帰る、というくらいの配慮はあっても良かったのではないのですか!」

 コレットちゃんは、今は家臣モードではなくマブダチモードだから、遠慮無しである。しかも、普段の喋り方ではなく、何か、お堅い口調になっている。余程お怒りらしい。

 よし、まずは、守りが弱いコレットちゃんから攻撃だ。


「コレットちゃん。コレットちゃんが今日食べた昼食だけで、小金貨2枚くらいかかってるんだけど?」

「え……」

 蒼白になって黙り込む、コレットちゃん。

 よし、1隻撃沈! ちょろい!

 何せ、コレットちゃんの金銭感覚は、現金収入が殆どない、あの小村での暮らしがベースだからね。子供が1回の食事で小金貨2枚使った、とか、そんなの、一家心中の前の最後の食事ですらあり得ないからね。

 そもそも、小金貨2枚あれば、心中しなくて済む。

 さて、次はサビーネちゃんだ。


「サビーネちゃん。王国に何かあった時、ここで暮らすつもり、ある?」

「え……」

 そう、これを確認しておかねばならない。

「この前の、あの『王都絶対防衛戦』のような戦いが、また起こったら。そして、今度はあの時のように傭兵団を連れて行けなければ。国、滅んじゃうよね?」

「う、うん……」


 サビーネちゃんは、頭がいい。だから、もう、私が言わんとすることは理解しているはず。

「そうなったら、国を捨てて、ここか、もしくはあの大陸のどこか遠くの国で、平民として普通に暮らすか、それとも、あの国の王族のひとりとして、最後まで国に残るか。

 つまり、『国が滅ぶ時、家族や国民と運命を共にしたいか、新たな人生を生きたいか、どっち?』って聞いてるの」

 サビーネちゃんは、しばらく考えた後、私に聞いてきた。


「それって、ミツハ姉様と一緒? それとも、私ひとりで?」

 うん、それが重要なんだろうね。

「両方。私と一緒に脱出する場合と、サビーネちゃんをここに退避させた後で、私がヘマやって死んじゃった場合の、両方の場合があり得るからね。後者の場合、後見人と充分なお金は用意しておくから、生活に困ることはないと思う。まぁ、そうなる確率は低いとは思うけど……。

 それと、この旅の間、危険を避けるために時々ここで待機して貰うことになるんだけど、もしその時に向こうで私の身に何かあれば、国は健在でも、もう二度と帰れない、と思って頂戴。その場合は、私抜きでこのせか……、この国で生きていくしかなくなるの。そうなる確率は、ほとんどないとは思うけど、ゼロ、ってわけじゃないから。

 それが嫌なら、次に本隊と合流した後、サビーネちゃんは本隊と一緒に行動して貰うことになるんだけど……。」

「…………」

 その日は、サビーネちゃんからの返事はなかった。


 よし、うまくごまかして追及から逃げ切ったあぁ!

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― 新着の感想 ―
[一言] ミツハが甘やかし過ぎてるとはいえ、サビーネちゃんやコレットちゃんの調子に乗った発言が多すぎてちょっと。 特にサビーネちゃんは目に余る。 これさえなければとても面白い話なだけに残念。
[良い点] 作風的に悲劇にはならないだろうけど、可能性を考えさせられるシリアスな描写は深みが出て良いですね。 [気になる点] ・・・悩み込む幼女を見たかったんじゃないでしょうね?
[一言] いや、子どもの追求かわすのにガチ問題持ってくるのはどーなの主人公……
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