87 商隊 3
とにかく、他国では、私の姿絵はそれほど大量には出回っていないことが判った。
何千枚も出回っていてこの価格だったら、泣くぞ!
まぁ、姿絵の危険性に気付いてすぐに販売を差し止めたから、そう無茶苦茶な枚数が出回ったわけじゃない。それまでに買っていた王都の人達は、決して手放そうとはしなかったみたいだし。
商売人や転売屋に大量購入される前に差し止められたのは、幸運だったよ。ペッツさんには、かなり愚痴られたけど。
「で、盗賊達のことなのですが……」
商人さんが、次の話題を振ってきた。
うん、それを決めなきゃね。
というか、もう決めてるんだけどね。
商人さんが、私の言うことに反対するとは思えないし。
「あ、皆さんにお譲りしますので、お好きなように」
「え? あ、いや、そういうわけには……。
最寄りの街までは私共が運びますから、褒賞金と、犯罪奴隷としての販売益からの捕獲者取り分、そして私共からの依頼外救助事後支払金を受け取って戴きませんと、私共の信用に関わりますので」
うわ、面倒くさい!
でも、まぁ、商人が支払うべきお金を支払わなかった、などという噂が流れると、確かに信用問題か……。
しかし、かといって、商隊と一緒にちんたらと進んではいられない。そんな低速で長時間クルマを走らせたら、エンジン、特にプラグとかに良くないし、それ以前に、私がイライラして我慢できなくなる。
だから……。
「じゃあ、私達のことを喋らない、という、口止め料の代わりにして下さい」
「え……」
驚く、商人さん。
「いえ、私が単独で旅をしている、なんて噂が広まると、困るんですよ。だから、それらのお金を、口止め料として支払います。
それなら、正当な取引だから、商人として何らの恥じるところもないでしょう?
そして、私の存在そのものが無かったことになるので、他の人達に何かを言われる心配もないし。八方丸く収まる、というやつですよ!」
「な……」
商人さんや他の人達が驚いたような顔をしているけど、これが一番いい方法だ。私は、こんなことでお金を稼ぎたいとは思っていないので。
「いや、確かに、ミツハさんが自分の事を口外されたくないのは分かります。
しかし、それならば、ただそう言って下されば済むことです。わざわざお金や交換条件など出さなくとも、ただひと言、『口外するな』と、そう言って戴けば良いのです。
命の恩人である姫巫女様のお言葉に背く者など、我が仲間達の中にいるはずがありません!」
ありゃ、ムキになっちゃったよ、商人さん。
……でも、まぁ、それもそうか。
姫巫女様に助けられて、お礼を渡すどころか、逆に口止め料としてお金を貰った、などということが、真面目な者や信心深い者に耐えられるわけがない。ちょっと考えが浅かったか……。
じゃあ、こうだ。
真面目な顔をして、背筋を伸ばし、厳かな声を出して……。
「信心深き、真面目な商人よ。そなたに、3つの神命を与える。
ひとつ、盗賊共の処分を行え。
ふたつ、それにより得た金銭を、食料に替えて孤児達に振る舞え。
みっつ、姫巫女に会ったことの口外を禁ずる。盗賊達は、お前達が捕らえたことにせよ。盗賊達にも、その旨、口裏を合わせるよう徹底せよ。その際、『指示に背いた者には雷が落ちる』と説明せよ。
以上、託宣である」
商人さんと奥さんが、座っていた木箱から勢いよく立ち上がり、数歩後退ってから地面に片膝をついて頭を垂れた。
護衛の者達も、慌ててそれに続く。
そして私の隣で、囓った堅焼きパンを水で喉の奥に流し込もうとしていたサビーネちゃんが、派手に噴き出した。
コレットちゃんは、平常運転だ。もう、私の言動で動揺するようなことはほとんどない。
……慣れた。ただ、それだけのことである。
うん、王宮関係者や貴族の一部は、私が遥か遠い国の王姉殿下だと思っている。少し変わった秘術が使えるというだけの。
『姫巫女』というのは、祖国でそういう役職に就いていた、と解釈しているらしい。
でも、彼らはわざわざそんな正確な情報を流したりはしないから、あの時王都にいた人々の大半は、今でも私のことを本当に神の使いか何かだと思っている。そして、それをベースとして、噂が広まったはず。しかも、口伝えで、伝言ゲームのように変貌しながら。
そして多分それは、『神兵を率いて現れた、女神の御使い』あたりになっているんじゃないかな、と……。
商隊のみんなの様子から見て、多分正解だ。
いや、勿論、海千山千の商人が、そんな噂話を鵜呑みにして信じているとは思わない。
でも、商人とは、『最悪の事態に備える者』だ。
ここで噂を信じた行動を取っても、何のデメリットもない。しかし、噂を信じず無礼な態度を取り、もし万一のことがあれば、多大なデメリットがある。ならば、安全策を取った方がいいに決まっている。……まぁ、クルマや発砲を見てるしね。
斯くして、方針は決定された。
その後、この国や王都について色々なことを教えて貰い、少々長めの昼休憩を終えた商隊と私達は出発準備にかかった。
昼食の準備に火を使わなかったため、商隊の出発の準備はすぐに終わった。
……私達? いや、ただクルマに乗り込むだけだから、一瞬。
そしてノロノロ運転の私達について街道に戻った商隊に窓から手を振って、アクセルを踏み込む。
全開で飛ばせ!
……すみません、嘘です、時速30キロです。
途中、休憩したり対向馬車を安全に通すため道から外れて通過待ちをしたりしたけど、夕方までに100キロ弱は進み、予定通り川を越えて、目的の街が見えるところまで到達した。
「さ、降りるよ。荷物を持って!」
サビーネちゃんとコレットちゃんに、事前に用意していた荷物を背負わせ、旅人らしい感じにした。勿論、私も荷物を背負っている。
そう、クルマに乗ったまま街にはいるような愚行は犯さない。そんなことをすれば、駐めているクルマがどうなるか分かったもんじゃないし、私達がどうなるかも、分かったもんじゃない。
いや、何となく分かるんだけどね、本当は。
だから、クルマは手前で実家に置いてきて、徒歩で街にはいる。
そもそも、クルマに乗ったままでは街に入れて貰えないような予感がするし、魔物と間違えられて斬り掛かられる可能性もある。安全策、安全策……。
ふたりがクルマから降りると、再度街道の前後を見て人気がないのを確認し、まずはアメリカの田舎町に転移。……汚水タンクの中身を連れて。
うん、勿論、水を使ってちゃんと練習しておいた。もし失敗したら、大惨事だからね。
悪質な攻撃だと思われて、戦争の引き金になるかも知れない。『大惨事世界大戦』とか。
汚水タンクの中身を排水設備の中に直接叩き込み、直ぐに戻る。
転移で連れて行ったから、汚水は1滴残らず無くなっており、洗浄や殺菌、消臭等の必要はない。……どんだけ便利なんだか、転移能力。
次に、給水タンクの中身、つまり使い残した水を道路脇に排水。そして、給水タンクの残り水はここに残すようにして、クルマごと自宅に転移し、しっかりロックしてから帰還。
いや、タンクの洗浄を全く気にしなくていいなんて、どれだけ楽勝なんだよ!
ここへ来るまでの道中、道を空けて駐めたクルマを凝視しながら通り過ぎた馬車は、全て対向方向の馬車なので、私達の後にこの街に来ることはない。同方向へ進む馬車は連続転移で飛び越したから、遠くから少し見られた程度であり、それが何かはよく分からなかったはずだ。
つまり、クルマを見た、として騒ぐ者はいない。うむ、完璧である!
そして私達は、街へと向かって歩き始めた。
「……疲れたよ、ミツハ姉様……」
そして、すぐにサビーネちゃんが弱音を吐いた。
「自転車を持ってきて貰うわけには……」
「駄目! あんなのに乗って街にはいったら、超目立つでしょうが。クルマ置いてきた意味がないでしょ」
「ううぅ……」
唸るサビーネちゃんに対して、コレットちゃんは、全く平気な様子。
うん、これくらいの道のり、田舎育ちの者には屁でもないよね、勿論。
「……疲れたよ。原付持ってくるわけには……」
そしてしばらく後、今度は私が弱音を吐いた。
目測を誤った。街の正門は、まだまだ遠かった。




