86 商隊 2
商隊の人達は、捕らえて縛り上げた盗賊達を3つのグループに分けて、それぞれのグループごとにロープで繋ぎ、更にそれを、それぞれ充分に離れた木に結びつけていた。
これで、いきなり逃げ出すということは、まず不可能だろう。
3つに分けたのは、多分3台の馬車それぞれに繋ぐために分けたのと、街でギルド経由で警吏に引き渡した後の尋問の時に、口裏を合わせた虚偽の申告をするのを防ぐためだろうと思う。
あ、移動は、もちろん18人もの盗賊を馬車に乗せる余裕などないから、馬車にロープで繋いで歩かせるのであろう。
もし歩くのをやめたら、倒れたまま馬車に引きずられる。ロープで繋がれた、他の仲間達を道連れにして。そして、アスファルト道路程ではなくとも、それなりの『大根おろし』が出来上がることになるだろう。
「さ、どうぞこちらへお座り下さい!」
商人さんに示された方を見ると、馬車で日陰になっているところに、わざわざ私達のために荷箱を降ろして座席とテーブルを設えてくれていた。ただの木箱ではあるが、ちゃんと布を掛けて、それらしい体裁が整えられている。
普段は地面にそのまま座るのであろうが、大サービスだ。
私達だけが席に座り、他の人達がみんな地面に座っていては話しづらかろうと、商人さん夫妻の席もある。他の人は、地面や大きな石の上に適当に座っている。
盗賊達を縛るのに併行して食事の準備も進められていたらしく、既に木箱製の仮設テーブルの上には、食事の準備が整っていた。
堅焼きパン、干し肉、干しリンゴ、そして水。
お湯を沸かす時間を惜しんだ、というか、私達を待たせるのを避けるためだろう、急いだためにスープすらなかった。予想を更に下回るそのメニューに、サビーネちゃんの表情は暗い。
しかし、干し肉と干しリンゴの量がかなり多い。多分、特別サービスだ。
コレットちゃんは、私のところに来てからは食生活が大幅に向上しているけれど、以前は田舎の農村暮らしだったのだ。その頃に較べれば、干し肉とドライフルーツがあるだけで、大満足の模様。
私達が席に着くと、すぐに商人さん夫妻も席に着き、食事が始まった。
食事の前に長ったらしい演説をしたり、乾杯をしたりはしない。話は、ゆっくりと食事をしながらするものだ。だから、会食は時間がかかる。
最初に少し堅焼きパンを齧ると、早速商人さんが話しかけてきた。
「姫巫女様、この度は、我らをお助け戴き、誠にかたじけなく……」
「あああ、やめて下さい! そういうの、背中が痒くなっちゃうので!
私のことは、ミツハ、と呼んで下さい!」
「え、しかしそれは……」
躊躇う商人さんを何とか説得して『ミツハ』と呼ぶよう納得させたら、今度は『ミツハ様』になってしまい、それから更に説得して、ようやく『ミツハさん』に落ち着いた。
『様』呼びされて普通に話せる程、人間が出来ちゃいないよ、私は。
「と、まぁ、そういうわけで、あちこちを見て廻ろうかと思い、諸国漫遊の旅に……」
勿論、馬鹿正直に『各国との条約締結のため~』なんて話すわけがない。それは、国家戦略に関わる話であり、国家機密だ。そうホイホイと話せるようなことじゃない。特に、商人相手には。
なので、適当な理由をでっち上げて、お遊びの旅だということにした。
実は、私のことは、国としては他国にはあまり宣伝していない。
ひとりで帝国の侵略を撥ね返す少女がいる、などという噂が広まれば、他国がどういう態度に出るか、容易に想像がつくからね。
だから、対外的には、あれはあくまでも『国の精鋭部隊が帝国軍を打ち破った』のであり、士気を高めるためにその先頭に立った勇敢なる貴族の少女が、その功績を称えられて子爵位を賜った、ということになっている。
勿論、王都住民を始め、あの時王都にいた人々はそんな話を信じてはいないし、その中には他国からの諜報員の類いや商人等もかなりいた。
でも、国としての正式発表に文句を付けるわけにも行かず、問い質すこともできない。
そんなことをすれば、国を侮辱することになり、色々と差し障りがあるからだ。それはまずいだろう。特に、『女神の加護を受けたかも知れない国』を相手にしては。
そういうわけで、近くの国には商人等を通じてある程度の情報が平民の間にも流れているが、少し離れれば、それほど噂が広まっているわけではない。……平民の間には。
勿論、いくつかの国の王宮や上級貴族達は、王都民が知っている程度のことは情報を得ているだろう。
しかし、わざわざ『他国が女神の加護を受けたらしい』などという不確定な情報を流しても自分達の利益には全くならず、逆に不利益ばかりが予想されるため、皆、情報を拡散させることはなかった。
下級貴族は、一部の情報通の者はある程度のことを把握しているだろうが、大半の者は、信憑性のない噂程度しか知らないだろう。
ただ、心配なのは、アレである。
そう、大量に拡散してしまった、私の姿絵。
アレが、どれくらい広まってしまったか。そして、それに付随した情報量は、どれくらいなのか。
ああ、失敗したなぁ……。
と、まぁ、それは置いておいて、今は商人さんとの会話である。
「では、これから我が国の王都へ?」
「あ、はい、そのつもりです。今夜は、大きな川を越えたあたりで、どこか適当な街で宿を取るつもりです」
「え? しかし、この街道がアルム川と交差するのは、まだ何十キロも……、あ、いえ、何でもありません」
そう言う商人さんは、ちらりと私達のクルマの方に目をやった。
うん、さっき、ちょっと飛ばしたとこ見てるもんね。
……聞きたい! アレがいったい何なのか!
そういうオーラが商人さん達全員からすごく立ちのぼっている。だけど、敢えてスルー。
「あの、皆さんはこの国の方なんですか?」
こっちが聞かれてばかりでは、収支が合わない。こちらも情報を得なければ!
「あ、はい、私共は『リム・トレーダー』と呼ばれる種類の商人でして、王都から街を経由しながら真っ直ぐ国境近くまで進み、その後国境沿いに少し回って、再び王都へと向かいます。
これによって、王都の品物を辺境地域で売り、辺境の品々を王都に持ち帰ります。
あの、その、国境近くの町や村には、隣国からの流入品、ぶっちゃけて言いますと『密輸品』なのですが、それらを持ち出し税、持ち込み税抜きの価格で安全に仕入れられるので、そこそこの儲けになりますので……」
うわぁ、商人さん、ぶっちゃけた!
まぁ、商人さん達は別に密輸に関与しているわけじゃなく、普通に買い付けをしているだけだから、問題ないのか。それに、それを聞いた私達が役人にタレ込む、とかいう可能性は皆無だと、互いに認識しているからね。
「えと、じゃあ、私のことは、どこで……」
そう、確認しておきたいのは、ここだ。
「はい、それは商人の繋がりで、現場に居合わせた自国の商人や、商売に来た他国の商人達から聞いたり、商業ギルドで情報を集めたりと……。
そして、商人仲間から姿絵を譲り受けまして。これです」
そういって懐から取り出されたのは、勿論、例のやつだ。大会の交換札ではなく、後で販売したカラーバージョンの方。
「万一に備えて、商売で旅に出る時はいつも持ち歩いていました。まぁ、お守り代わりですかね。今回、縁あってお助け戴けたのも、そのおかげかも知れません」
まぁ、そういうこともあるかも知れないね、確かに。人と人との縁なんて、そういうものだ。
「……姿絵1枚が、金貨1枚でした」
「何じゃ、そりゃああぁ~~!」
元値の100倍である。
いや、元値も、ただの印刷物としてはどうよ、という値段だけどさ。
……それにしても、酷い。
「いやぁ、実に良い買い物でした。あの商人には、後でお礼を言わないと……」
需要と供給。
顧客の満足度。
私が口出しする話じゃないか。
しかし、何か、釈然としない。
これ1枚が、金貨1枚……。
いや、いいんだけどさ!




