84 襲撃。但し、こっちがする側
3人でわいわいとやりながら運転を続け、そろそろお昼にするかな、と思った時に、前方に商隊らしき数台の馬車が見えた。
ごく小規模な商隊らしく、荷馬車の数は3台。そして、馬車を護る護衛らしき者達と、それを前後から挟むようにして囲んでいる、抜き身の剣を持った17~18人の男達。
言わずと知れた、盗賊である。
決してそう多いわけではない盗賊であるが、やはり『襲われやすい場所』というものがある。
たとえば、官憲の追っ手がかかってもすぐに管轄外である他国に逃げ込める、国境付近。
たとえば、遠くから街道上の獲物やその他の様子が把握できる高台があり、獲物の方は前方の見通しが利かない山岳地帯。
そう、ここのような場所である。
襲っている間に後続の大規模商隊とかが通りがかり、護衛達に協力されては堪らない。そのため、物見役が後方の様子も確認していたはずであるが、どうやら私達の速度が速すぎて、襲撃中に通りかかってしまったらしかった。
クルマを走らせている速度は、決して速くはない。
整備されているとはいえ、舗装路というわけではないし、私はまだ免許を取って間がない上、このクルマは大きい。教習所のクルマや、ようやく少し慣れてきた軽に較べると、運転感覚が全然違う。
この世界初の自動車事故を起こした者、という称号を得たくはないし、何より、サビーネちゃんとコレットちゃんに怪我でもさせたら大変だ。王様夫妻やコレットちゃんの御両親に申し訳が立たない。
そういうわけで、せいぜいが時速30~40キロくらいだけど、それでも馬車に較べると驚異の速度である。盗賊達が、仕事を終えるまでに現場に差し掛かる馬車はいない、と判断していても仕方がないだろう。
というか、そもそも、馬車じゃないし。
「……どうするの?」
サビーネちゃんの問いに、私は即答した。
「吶喊!」
「「だよね~!」」
一旦クルマを停めて、一瞬のうちに連続転移。
サビーネちゃんとコレットちゃんには、私の姿が一瞬ブレたようにしか見えなかっただろう。でも、さっきまでと違うところがひとつ。
運転席の後ろに、アサルトライフル1丁とサブマシンガン2丁、そしてそれぞれの弾倉帯が出現していたことであった。
護身用に、3人共、それぞれ内腿と左腋に拳銃を身に付けている。全ての弾数を合わせれば、それだけで敵の人数の3倍近い数になるが、勿論、1発の無駄弾もなく百発百中、などということがあるはずもなく、また、拳銃だと威圧効果が低い。
拳銃のことを知っている地球人ならばともかく、それが何かよく知らない者に威圧感を与えるには、やはり武器にはそれなりの大きさが必要だ。
ふたりにはアサルトライフルではなくサブマシンガンにしたのは、サブマシンガンの方が軽くて小さく、反動も小さいからである。
それに、ふたりに人を殺させるつもりはない。適当に弾をバラ撒いて、こちらの手数の多さを見せつけられれば充分だ。命中させる必要がある時は、私が当てる。
皆、急いで弾倉帯を身につけて、それぞれの銃を抱える。
天井に沿わせてあったフレキシブル・マイクを曲げて口元に引き寄せ、シフトレバーに付けられたいくつかのトグルスイッチのうちのひとつに指を掛けた。
「発進!」
現場は、盗賊達の誤算により、膠着状態に陥っていた。
盗賊というものは、本来、弱い。
兵士になれず、傭兵にもなれず、かといって戦闘職ではない普通の仕事に就くだけの真面目さもない連中の寄せ集めなのだから、当然であった。
頭目あたりであれば、普通の傭兵程度の実力はあるかも知れないが、その他の者は、何か特別な事情があり身をやつした者を除いて、そう強くはない。
なので、盗賊は数を重要視する。
一般的に、盗賊は、護衛の数が自分達の半数以下の場合しか襲わないのである。
それだけ人数に差があれば、戦うことなく護衛が降伏する場合が多いし、もし戦いになるとしても、被害が少なくて済む。ランチェスターの法則から、その考え方は正しい。
そして今回の獲物は、馬車3台の、一般的に護衛の数が4~6人当たりが相場の、商隊と呼ぶのも恥ずかしいような小規模なものである。
事実、護衛として雇われた傭兵の数は6人であり、『敵の数が2倍以上であれば、降伏しても任務失敗とはみなさない』という傭兵ギルドの規定からも、戦わずに済むパターンであった。
いくら盗賊とはいえ、好き好んで自分や仲間の命を危険に晒したいわけではない。自分が死ぬことは勿論であるが、仲間の減少は、以後の仕事に直接影響するので、できれば回避したい。
なので、彼我の戦力差が3倍近い今回の獲物は、人的被害ゼロで楽に稼げる、美味しい仕事であった。……そのはずであった。
しかし。
「どうして戦闘要員が10人以上もいるんだよ!」
盗賊の頭目が、自棄になって叫んだ。
そう、護衛が6人しかいないのに、盗賊達の前で馬車を護る戦闘要員は、11人もいるのであった。
……戦闘攻撃機。
戦場まで爆弾や魚雷を運んで投下するだけの攻撃機とは違い、対空戦闘もこなせる、マルチロール機のことである。
そう、この商隊の3人の御者は、元傭兵であり、戦闘もこなせた。爆弾を運ぶ攻撃機の操縦者としての仕事だけでなく。
更に、同行している荷主夫妻もまた、元傭兵であった。
5人の傭兵チームが小金を貯めて引退し、小さな商店を開いた。
チームリーダーと紅一点であった女性傭兵が結婚して、ふたりが蓄えたお金で店を開き経営者となり、あとの3人は出資者兼従業員として共に働いた。
毎日危険に身を晒し、命を切り売りしてお金に換える傭兵稼業から足を洗える者の数は、決して多くはない。ということは、彼らは優れた傭兵であったということである。
その彼らが、せっかく軌道に乗り始めた事業を、盗賊などのためにみすみす台無しにされるのを我慢できるはずがなかった。
そして彼らに雇われた、現役傭兵の時に色々と面倒を見て貰っていた後輩達。
いくら御者や商人夫妻に戦闘力があっても、盗賊から見れば、護衛がいない丸腰の商隊に見える。それでは襲撃される確率が跳ね上がるからと、仕事がなく苦しい彼らに声を掛けて雇ってくれたことに対する恩義は大きい。
そして、戦闘要員の人数差が11対18。約1.6倍である。これで、降伏を選択するはずがなかった。
降伏勧告をしても応じる気配はなく、武器を構えたままの商隊側。
普通の盗賊であれば、傭兵相手に1.6倍程度の人数で正面からまともに戦いを挑んだのでは、まず勝てない。もし運良く勝てたとしても、盗賊側も戦力の大半を失って壊滅状態になってしまう。
しかし、この盗賊達は、『普通の盗賊達』ではなかった。俗にいうところの、事情があり身をやつした者達、というやつである。
なので彼らは、自分達は傭兵共より強い、と思っていた。そして、自分達の方が人数が多い。
なのにこのまま撤退して逃げ出すのも業腹だし、資金や食料も残り少ない。18人もの人数を喰わせ、飲ませ、たまには一般人の振りをして交代で街に遊びに行かせてやるためには、そろそろ充分な稼ぎが必要であった。
この商隊を見逃せば、次に手頃で護衛の少ない商隊がいつ通りかかるか分かったものではない。
単独行動の行商人の馬車など、襲っても小銭や日用雑貨くらいしか積んでおらず、せいぜい数日分の食費になれば良い方である。最低でも、正規の商人が値の張る商品を街から街へと運ぶ、数台の馬車から成る小規模商隊くらいでないと、何度襲撃しても資金は貯まらない。
かといって、あまり馬車の数が多い商隊は、それすなわち護衛が多いということであり、手出しができない。
少し護衛が多いとはいえ、よく考えてみれば、11人というのは『こちらの人数の半分より、ふたり多い』というだけである。
たったふたり、多いだけ。しかも、その中には御者や商人夫婦らしき者も含まれている。
護衛の連中は、我々が人数で優るだけでなく、ただの盗賊とは違い個々の戦闘能力も上であると気付いたならば、途中で降伏する可能性がある。ならば、大した被害を出さずに戦闘が終了するかも知れない。
……行ける!
盗賊の頭目がそう考え、手下達に攻撃開始の命令を出そうとした時、『それ』が現れた。
ぱぱらぱらぱらぱ!
暴走族仕様のホーンが大音量で鳴り響き、驚いて振り返った盗賊や商隊の者達の眼に映ったものは。
高速で迫り来る、巨大な魔物のようにも、また風変わりな馬車のようにも見える物体。
しかし、馬車だとすると、牽く動物もいないのにあんなに速く動けるわけがない。
皆が眼を剥き、声も出せずに固まっているうちに『それ』が近付き、20メートル程離れたところで停止した。
そして、『それ』から大きな声が轟いた。
【我が進路を妨げるとは、何事か!
そこな盗賊共、雷に撃たれたくなければ、直ちに武器を捨てて投降せよ!】
「「「「「ぎゃああああああぁ~~!!」」」」」
拡声器から流されたその声を聞いた盗賊達は、恐怖に包まれて絶叫を上げた。
そう、死ぬ思いで逃げ延び、やっとのことで国境を越えて、そこに居着いた盗賊達。
それは、ミツハによって恐怖と絶望を魂に刻み込まれた、あの、魔物と共に攻め込んできた帝国兵の残党であった。




