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81 そ、そんな・・・

 伯爵様と話していると、キャンピングカーのドアが開き、中からコレットちゃんが降りてきた。

「もう、ミツハ、何やってんの。遅いよ! 早く行こうよ!」

 少々おかんむりのようだ。


「あ、ごめん、もうちょっと待って!

 あの、待たせてた連れが退屈してるようなので、もう行きますね。

 あ、緊急時は、通信機を使って下さい。私達がクルマに乗っている時は、いつでも連絡できますから。その時以外は、『でんげんすいっち』を下にして、切っておいて下さいね。でないと、肝心な時に『お日様から受けて蓄えた神力』がなくなっていて使えなくなっちゃいますからね」

 そう、そのために、わざわざ通信機の使い方を教えたのだ。私がずっと一緒に乗っているなら、そんな必要は全くない。

 そして、ふとサビーネちゃんの方を見ると。

 そこには、クルマとコレットちゃんを見る、絶望に包まれて泣きそうな顔のサビーネちゃんの姿があった。


 あ~。ごめん、サビーネちゃん。

「何、ぼ~っとしてるの? 早く馬車から荷物を持ってこないと、置いて行っちゃうよ?」

 私の言葉を聞いて、一瞬ぽかんとした後、ぱあっと顔を輝かせたサビーネちゃんは、眼をごしごしと擦った後、馬車の方へと駆けていった。

 私の荷物は元々クルマの方に積んであり、馬車に積んだ、形ばかりの小さな荷物はダミーである。中身は不要品、捨てても構わないものが適当に詰めてあるだけだ。


「な……」

 あ、伯爵様が、また固まってる。

 まぁ、それもそうか。私だけじゃなく、王女様まで自分の手元を離れるというのは、さすがに動揺するか……。

 でも、サビーネちゃんは元々、伯爵様の指揮下にはいっているわけじゃない。

 当たり前だ。王女様が伯爵の命令に従ってどうする。

 そういうわけで、サビーネちゃんもまた、『使節団と行動を共にするけれど、その一員というわけではなく、他国の王族に表敬訪問をするための同行者』である。だから、伯爵様には命令権が無く、止められない。

 つまり、第三王女とはいえ、王族と、それも国王陛下が溺愛しているサビーネ殿下と懇意になる機会すらも失われることとなるわけである。

 ……そりゃ、動揺するわな。


 そして、サビーネちゃんはすぐに戻ってきた。自分の荷物……といっても、サビーネちゃん個人の荷物なんて、着替えくらいしかないけど……と、私のダミー荷物を抱えて。

 あ~、そりゃそうか、私のも持ってきてくれるよねぇ。要らなかったんだけど。

 まぁ、馬車に残しておいても、私の荷物を捨てるわけにも行かず、ずっと皆さんの、文字通り『お荷物』になりそうだから、持ってきて貰って正解か。


「よし、搭乗!」

「アイアイ・マム!」

 DVDの海軍映画で聞き覚えた単語で答えながら、ふざけて敬礼をするサビーネちゃん。

 日本の自衛隊では、無帽の時には挙手の敬礼はしないんだけど、外国では無帽でも挙手の敬礼をするところが多いから、それで覚えちゃったか……。

 そして、伯爵様が正気に戻って文句を言い出さないうちに、みんなでクルマの前座席に乗り込んだ。大きなクルマだし、小柄な女の子ばかりだから、3人座っても楽々だ。


 コレットちゃんには事前に説明してあったけど、突然のことでびっくりしていたサビーネちゃん。

 しかし、そこはほら、サビーネちゃんだ。最初は運転席のハンドルやレバー、各種メーターとかに驚いていたけど、クルマ自体はDVDで何度も見ているから、順応は早かった。

 ……というか、早過ぎ。

 コレットちゃんとの紹介は、後でゆっくりやろう。まずは……。

「よぉし、出発よ~い! ミツハ、行きま~す!」


 と言いながらも、速度はゆっくりと。

 微速前進、である。

 そして進み始めたクルマを見て、伯爵様が叫びながら慌てて馬車に駆け戻っていた。窓を開けているから、伯爵様の怒鳴り声も聞こえた。

「ついて行くぞ! 出発だ、急げ!」

 うん、ついて来られればいいね。


 多分伯爵様は、このクルマの動力源は馬ではなく、それより小型の獣、たとえば狼とか鹿とか猪とかが車体内でたくさん繋がれていて、その力で進んでいる、とでも思っているんだろうなぁ。

 だから、自分達の馬車でもついて行ける、とか。

 ……ごめん。


 そして私は、使節団の馬車がクルマの後ろについて進み始めた時、アクセルを踏み込んだ。


 ぶぉん!


 馬車の客室内にいる伯爵様やクラルジュさん達の顔は見えないけれど、その表情は容易に想像できた。

 ばいば~い、隣国の王都で待ってるよ~!



 そして、一瞬のうちに置き去りにされた使節団一行は、使節団団長コーブメイン伯爵、その補佐であるカルデボルト侯爵家子息クラルジュを始め、全員が呆然とした顔で、去りゆくミツハとサビーネ王女殿下を見送っていた。ミツハが想像した通りの表情で。


 そして、クラルジュは、今になってようやく気が付いた。

 ミツハも、ミツハに対して多大な影響力を持つサビーネ王女殿下も、共に去っていってしまったことを。

 今後は、会見のたびに数日ずつ合流するにしても、宿の部屋は当然別であるし、食事にしても、他の者達と一緒なので自分だけがミツハや王女殿下と話したり、色々なことをうまく聞き出したりすることはできないだろう。

 ……何とかしないと、帰国後の父上の失望と怒りが怖い。怖すぎる。

 そう考え、頭を抱えるクラルジュであった。




 ……怖い。サビーネちゃんの眼が怖い……。

 先程、無事サビーネちゃんとコレットちゃんの紹介は終わった。

 こちら、サビーネちゃん。第三王女殿下。

 こちら、コレットちゃん。我がヤマノ子爵家の家臣候補。領地邸で一緒に住んでいます。

 そう互いに紹介すると、コレットちゃんは固まり、サビーネちゃんは、親のかたきを見るような眼でコレットちゃんを睨み付けた。


 コレットちゃんの反応は解る。平民オブ平民、平民のサラブレッドであるコレットちゃんにとっては、下級貴族ですら、別世界の殿上人てんじょうびと。少しでも御不興を買うと、首と胴とが生き別れ、というやつである。

 コレットちゃんの村があるところの領主様、ボーゼス伯爵様御一家はそんなことはないけれど、他の貴族にボーゼス伯爵家の方々と同じようなつもりで対応したら命がいくつあっても足りないし、寛容だからといって領主様御一家に無礼を働くわけにも行かないので、村の子供達には、大人達がしっかりと教育しているのである。世間一般の、普通の貴族というものについて。


 私? 私は別だよ。

 私は、『元々からの貴族』じゃなくて、『コレットちゃんのお友達のミツハが、たまたま貴族になっただけ』なので、コレットちゃんにとっては、私はあくまでも『お互いに命を助け合った、ミツハとコレット』の、ミツハだから。その後で、ちょっと出世しただけで。

 だから、コレットちゃんは、私より下位になる男爵や騎士爵にはビビっても、私とはごく普通に友達付き合いだ。

 いや、子爵家当主と家臣候補なんだから、本当はそれじゃ駄目なんだけどね。

 でも、まぁ、固いことは言いっこなしで。今更コレットちゃんに『ミツハ様』とか『ヤマノ子爵閣下』とか言われたら、私、泣いちゃうよ。いや、ホント。


 で、問題は、サビーネちゃんだ。

 いや、こっちも、理由は解ってる。

 領地で私と一緒に暮らし、自分より先にこのクルマに乗せて貰い、そして私とは『ミツハ』、『コレットちゃん』と、タメ口を利きあう仲の、コレットちゃん。

 それに対してサビーネちゃんは、時には王女様として『ミツハ』と呼ぶ時もあるけれど、普段は『ミツハ姉様』だ。まぁ、それはそれで私に甘えているのだろうけど、自分が『お姉様』と呼んでいる私を対等扱いする、自分より2歳年下の平民の少女。サビーネちゃんにとって、面白かろうはずがない。

 何とか打ち解けさせて、仲良くして貰わないと、ぎくしゃくしてるとやりにくいよ。


 あ。

 もしこれで、コレットちゃんに神器けんじゅうを渡していることが露見したら、いったいどういうことに……。


 ひえええええぇっっ!

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― 新着の感想 ―
[一言] いっそ、ミツハの懐刀って言っちゃうとか(状況悪化)
[一言] 都の女と地元の女 出会ってはいけない2人が出会ってしまった結果、何が起こるかって? 修羅場に決まってんだろォ
[一言]  コレットちゃんの胃がピンチw
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