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80 思惑

 ようやくミツハの説明をなんとか理解した伯爵とクラルジュは、ぐったりとしていた。

 今回は、簡単なスイッチ操作だけではなく、ミツハが簡単な対処法、つまりアンテナ線が外れたり、電源ケーブルが抜けたり、周波数ダイヤルがずれてしまった時等のための、少し詳しい説明をしたためである。

 今まで聞いたこともないような説明を何度も繰り返され、知恵熱が出そうであった。

 そしてぐったりとしながら、国王派として強い勢力を持つカルデボルト侯爵家の長男であるクラルジュは、この長旅に参加することとなったあの日の、父からの命令を思い出していた。


『外交使節の一員として、お前をねじ込んだ。それも、団長や姫巫女様と同じ馬車に乗れる、団長補佐としてだ。この役職を狙う貴族や文官共がどれだけいたことか……。

 良いか、クラルジュ。やっとのことでもぎ取ったこの役職、決して無駄にするでないぞ。

 姫巫女様と親交を深め、情報を得るのだ! 姫巫女様の知恵、母国の技術、そして「渡り」という姫巫女様の母国へ一瞬のうちに移動できるという秘術の詳細、その他何でもだ! そして、そして……』

 父は、そこで、カッと眼を見開いて言ったのである。

『姫巫女様を、我が一族の一員としてお迎えするのだ!』

 そして本日を迎えたわけであるが……。


 クラルジュは、顔を合わせる前から、元々ミツハに対しては好意を抱いていた。

 当たり前である。

 救国の大英雄にして、技術の進んだ超大国の姫君。

 他国である我が国の侯爵を暗殺者の矢弾から護るために盾となる、その勇気。

 我が国を護るため、自らの命を削ってまで行使した、不思議な秘術。

 そして、伝え聞くところでは、ボーゼス伯爵領において、ただの平民の村娘を救うためにひとりで狼の群れと対峙し、大怪我を負いながらも群れを全滅させて娘を守り抜いたという。

 そして実際に会ってみれば、元気で明るく、聡明で、性格が良く、……そして可愛かった。


 これで、ツンツンして特権意識に凝り固まった、贅沢好きのそのあたりの伯爵令嬢との婚約話とかを持ってこられても、今更うんと言えるはずがなかった。

 人間、一度贅沢に染まれば、なかなか元には戻れない。

 それは、男性の、女性に対する望みにおいても、また同じであった。

 そう、クラルジュが結婚相手の女性に対して求める最低ラインが、爆上げとなったのであった。大変不幸なことに……。



 そしてクラルジュがようやく復活して、ミツハに話し掛けようとした時。

「あ、このあたりで、少し止まって戴けませんか?」

「もう? ミツハ姉様、おしっこは出発前に済ませておくものだよ」

「なっ! ち、違うよっ! それに、そういう時は『お花摘み』って言ってよ! 違うけどっ! 絶対違うけど!!」

 サビーネの、男性陣の前にも拘わらずあまりにも無神経な発言に、赤くなって否定するミツハであった。


 そして、伯爵からメイド、メイドから御者へと指示が伝わり、御者からの手旗と笛による合図で車列が停止し、ミツハは馬車から飛び降りた。

 そのまま街道脇の木陰に駆け込んだミツハは、ものの10秒もしないうちに再び姿を現し、馬車に乗り込んだ。そして再び御者から合図が出され、進み始める車列。

 そして、サビーネが呟いた。

「……本当に、お花摘みじゃなかったんだ……」




 先程の一時停止から、数分経った。間もなくだ。

 王都を出てから最初に辿る道を事前に確認して、このあたりの地形は確認しておいた。なので、道の前方に転移することができた。アレを伴って。

 都合、この世界と地球を3往復しての、移動と輸送と移動であった。

 窓の外を見ていると、アレが見えてきた。

 前の方の馬車の御者さん達はとっくにアレの存在に気付いているだろうけれど、通行の邪魔になるわけでもなく、王都を出てこんなにすぐに襲われるわけもない。命令がないならば、疑問に思いながらも、そのまま進んで行くしかない。

 そして先頭馬車がアレの真横に差し掛かる少し前。

「止めて下さい!」

 私の再度の停止要望に、伯爵はすぐに頷いて停止の合図を出すよう指示してくれた。


「……いったい何なのかね、これは……」

 私と一緒に馬車から降りたみんなと、周りから駆け寄ってきた護衛の騎士達と共に、アレに近寄って行きながら、伯爵が私に聞いてきた。うん、まぁ、聞くよね、普通。


「馬無し馬車です。私専用の……」

「馬が無くて、馬車と言えるのかね?」

 うっ! 鋭いところを衝かれた!

「う、馬の無い馬車……、そ、そう、クルマ、クルマです!」

 ……始めから、普通に『クルマ』って言っときゃ良かったよ。


「で、私達はこれで別行動、先に行きます。伯爵様達が会見される日時が決まったら、通信機で教えて戴き、その街で合流します。これで問題ないですよね?」

 そう言ってにっこり微笑んだ私に、伯爵様がおっしゃった。

「問題大ありじゃ、このボケがあぁっ!」

 ……怒られた。こめかみに青筋を浮かせて。


「儂は、陛下からこの使節団の全権をお預かりし、その全てにおいて責任を負っておる。ひとりひとりの身の安全も含めて、じゃ。

 それを、よりにもよって雷の姫巫女、ヤマノ子爵を単独行動させて、もし何かあったらどうするんじゃ!

 儂は、自分の命が惜しいわけではないが、それは国のために命を捧げる場合じゃ! 小娘の我が儘で、お家お取り潰しの上、斬首刑など御免被ごめんこうむるわい!」

 いかん。お年寄りをあまり興奮させると、脳の血管が危ない。


「い、いえ、それは大丈夫です。私は、使節団の一員じゃありませんから!」

「え?」

「ええ?」

「「「えええええ!」」」

 みんなから驚愕の声が上がった。


「ほ、本当ですよ! 陛下から、私は外部協力者として交渉時にお手伝いするだけで、使節団の一員ではなく、よって使節団の命令系統には縛られない、という言質げんちを戴いております。ここに、その旨をしたためた書状も……」

 そう言って、私が用意していた書状を差し出すと、それを受け取りじっくり読んだ伯爵様の顔が赤くなった。


「な、な……。しかし、た、確かにこれは陛下の直筆で、花押も間違いなく……。

 じゃが、そのようなこと、儂は聞いておらんぞ!」

「あ、それは、私達が単独行動するということが事前に漏れると、接触する機会を窺うため密かについてくる貴族とか、他国の間者とか、色々とありますから……。

 常に使節団と一緒だと思わせておけば、無理に接触を図る者もいないでしょうからね」


 実際には、もし私が使節団の命令系統に組み込まれた場合、上位者の命令には逆らえなくなるため、それを悪用されたり、上位者が捕らえられた場合等、私の行動が制限されたり強制されたりして、無事に国に戻ってくることができなくなるかも、と陛下に相談したところ、青くなった陛下が『ミツハは使節団には組み込まず、自由裁量権を与える』との書状を書いて下さったのである。


「し、しかし、どうせ進む方向は同じであるし、わざわざ別行動にしても、結局は一緒に進むことになるであろう。結局は少し離れるだけであるし、護衛を分けねばならぬから、益無くして危険が増すだけじゃぞ!」

 そう、懸命に言い募る伯爵様。


 まぁ、そりゃそうか。使節団の一員として私と長期間一緒に過ごせば、色々と情報が得られるし、上司としてある程度の命令権があるから、そう無茶ではない要望や任務に絡めた指示ならば私を動かすことができる。

 また、長期間に亘って私の上司だった、という事実は、ヤマノ子爵、つまり『雷の姫巫女様』に対して大きなコネがあると受け取られ、伯爵家にとって大きな武器となったはずなのだ。


 それが、上司ではなく、しかも一緒に旅をしたわけでもなく、ただ毎回の交渉の時に同席しただけ、というのでは、当て外れもいいところだろう。それならば、せめて道中ずっと一緒に、ということだけでも死守せねば、と考えるのは当然だ。

 伯爵様は愛国者であり、私におかしなことをするような人じゃないけれど、国の利益に関係ない場面では伯爵家や自領の領民の利益のために色々と頑張るのは当たり前だし、それは決して非難されるようなことじゃない。


 しかし、それは『伯爵様の都合』であって、私には私の都合があり、うちの領地の利益のために動くのは、私の義務だ。伯爵様と同じようにね。

 使節団と一緒に行動することは、私の自由度が大きくそこなわれて、我が領地の損失になる。だから、ここは譲れない。


「護衛は要りません。いざとなれば『女神の加護』がありますから」

 銃や転移等の、私が使う『この国の者には理解できない力』のことは、全部纏めてそういう呼び方にしている。その方が、説明が楽なので。

 そして、駄目押しを。

「まぁ、方向は同じですから、私達についてこられるなら、御一緒しても構いませんけど」

 伯爵様は、私の言葉に、少し安心したような顔をされている。多分、乗り物は別になっても、食事や宿泊が一緒であれば何とかなる、とでもお考えなのだろう。

 ぬか喜びさせるのは、ちょっと気の毒だったかな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ありがとうございます。 [一言] 馬車に見えるようにな偽装しないんだヽ(◎Д◎)ノさすがです。
[一言] 黒船取っ払ったペリーみたいな惨状に憐れみを禁じ得ません…
[一言] 実際サビーネちゃん含めそっちのほうが安全よね…
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