79 準備
キャンピングカーを発注してから、3カ月。もうすぐ受け渡しだ。
そして私は、旅の準備に余念が無かった。
「もっと腰を据えて、下半身を安定させて! そう、落ち着いて、よぉく狙って……」
ぱぁん!
うん、なかなか様になってきたね、コレットちゃんの射撃姿勢も。
そう、旅に備えて、コレットちゃんに護身用の拳銃を持たせるべく、訓練に勤しんでいるのだ。
旅の間、何が起こるか分からない。私がいつもぴったりと張り付いているわけにも行かないだろうし。だから、コレットちゃんにも最低限の自衛の能力は持たせておきたい。これは、将来的にも必要になるだろうし。
何せ、未来のヤマノ子爵家重臣だし、きっと美人になるからね、コレットちゃんは。
「……嬢ちゃんより、大分筋がいいな、コレットは」
後ろから、隊長さんが声を掛けてきた。
うん、初心者が素人に銃の扱いを教えるとか、そんな無謀なことはしないよ。
ちゃんと、傭兵団の人が交代で見守ってくれていて、そのアドバイスを私が通訳しているだけ。もし危険操作をしそうになったら、飛びついて、銃を持った腕を掴まれる。
「しかし、嬢ちゃんとこの女性は、みんな戦闘要員なのか?」
隊長さんがそう聞いてきたけど、そんなわけないでしょ! 大体、うちの国の様子、見たじゃないの。あの、王都絶対防衛戦の時に……。
「まぁ、嬢ちゃんと違って物をちゃんと前へ投げられるから、手榴弾も使えそうだな、コレットは。腕力も、嬢ちゃんよりは強いし……」
う、うるさいわ!
と、まぁ、そんな感じで、コレットちゃんも着々と武器の扱い方に完熟、じゃない、慣熟していった。
「コレット『も』じゃなくて、コレット『は』だろ?」
だから、うるさいっつーの!
そして、いよいよ迎えた、出発の日。
進展が早いって? いや、毎日色々と雑用を済ませていたら、あっという間だったよ。
地球の、異世界産の物の分析を任せた国を廻ったり、大国の偉い人達と会ったり……。
あ、大国の人達とは、絶対にひとつの国の人達とだけ会ったりしないように気を付けてる。必ず複数国の人と同時に会い、傭兵団の人に護衛として付いて貰ってる。
でないと、無茶な要求をされたり脅されたり、何らかの強要をされちゃ堪らないからね。
まぁ、いざとなれば転移で逃げればいいんだけど、最初から揉め事が起きないに越したことはないからね。
まぁ、そういうわけで、使節団としての、他大陸からの侵攻に備えた共同防衛態勢構築のための条約締結の前段階、その根回しのための挨拶と説明の旅、というわけだ。
使節団の主役は、この使節団の団長であり、国王陛下の全権を委任された使者である、なんとか伯爵。息子がいつでも後を継げる状態なので、生きて帰れなくても問題ない、ということで、国王陛下の打診をふたつ返事で引き受けたらしい。
うん、確かに旅自体もいつ盗賊に襲われるか分かったもんじゃないし、あまり仲の良くない国に『他国が団結するのは自国にとって脅威である』として、正々堂々と、もしくは盗賊の仕業に見せかけて等、襲われる可能性は否定できない。
次に、その補佐として、20歳過ぎくらいの青年。何でも、侯爵家の長男だとか。
なかなか切れる、フェミニストの好青年、という陛下からの触れ込みだけど、さわやかそうな顔で私をじろじろと見る眼が、何か鬱陶しい。
そして、使節団に権威を持たせ、本気度を示すためにと同行する、王族。
「やっほ~! 一緒に旅ができて、良かったね!」
サビーネちゃんの姿があった。
待て待て待て待て待てええぇっ!
「どうしてサビーネちゃんがいるのですかあぁ!」
「……賭け将棋で負けたからじゃ」
「あ、そうですか……」
泣きそうな国王陛下の顔を見ては、何も言えない……。
そして、にやにやと笑うサビーネちゃん。
勿論、メンバーはそれだけではない。
多くの文官、秘書官、護衛、その他上級者の身の回りの世話をする女官やメイド等を含む、大所帯である。長旅になるので、そうなるのも無理はない。
一同、顔合わせの後、大広間で陛下の訓示、そして壮行会。
文字通り、下手をすると生きて帰れない、今生の別れとなるかも知れない長期遠征である。使節団の者の親族、友人、同僚達が、抱き合って別れを惜しんでいた。
しかし、使節団に選ばれた者達は皆、別に悲壮感に満ちているわけではない。
選ばれた者としての誇り、そして無事大任を果たして帰還する日を想い、瞳を輝かせている。
そして、皆と共に中庭へと移動し、そこで皆に見送られながら馬車に搭乗する。
私が乗るのは、馬車の列の中央にある、一番豪華そうなやつ。
勿論、サビーネちゃん、団長さん、補佐さんと一緒。あと、メイドさんふたりと。それに御者さんを入れて、7人。これが、この長旅における同乗者であり、これから長い付き合いになるメンバーである。
そう思っていた。……私を除く6人は。
そして馬車の列が動き始めた。人々の期待を受けて。
車列が王都を出てしばらく経った頃。
ミツハの膝の上に座ってじゃれているサビーネに配慮して黙っていた、使節団団長のオーディスト・フォン・コーブメイン伯爵と、その補佐であるカルデボルト侯爵家子息クラルジュであるが、遂に好奇心を抑えきれず、クラルジュがミツハに尋ねた。
「あ、あの、姫巫女様、」
「嫌ですねぇ、ミツハ、と呼んで下さいよ! 侯爵家のご子息様から『様』付けで呼ばれたりしたら困っちゃいますよ、こっちはただの新米子爵なんですから……」
「あ、ああ、じゃあ、『ミツハ』と呼んでいいかな?」
「はい、それでお願いします」
ミツハにそう言われ、女性から『名の呼び捨て』を許可されたことに、喜色を浮かべるクラルジュ。
「で、その、ミツハの指示で取り付けられたという、アレなんだが……」
そう言って、馬車の片隅に取り付けられた四角い箱を指差すクラルジュ。
それは、クッションで馬車の振動による影響を極力無くすように設置され、中から何やら色々な紐がはみ出ている、謎の箱であった。
「ああ、それは、『通信機』ですよ。遠く離れていても、王宮においでになる陛下とお話ができる、魔法の箱です」
「「ええっ!」」
あまりにも想像を超えたミツハの返事に、驚愕の叫びを上げる伯爵とクラルジュ。
メイドのふたりも驚きに眼を見開いていたが、ここで声を出すような自制心のない者は、王女や使節団長付きのメイドになれるはずがない。
そして勿論、サビーネが今更驚くわけがなかった。
「な、なっ……」
「それでは、陛下から全権を委任された意味が……」
ただ驚きに言葉を失うクラルジュと、せっかくの大任の意味が低下して、少し黄昏れるコーブメイン伯爵。
「あ、丁度いいから、使い方をお教えしますね。さ、サビーネちゃんも、お部屋のとは型式が違うから、一応、一緒に覚えてね」
伯爵とクラルジュは、王宮のサビーネの部屋にある通信機のことを教えて貰えるような立場ではなかったため、通信機については、全くの初耳であった。
そのふたりとサビーネに、他のダイヤルやスイッチは動かさないよう念を押し、通話に必要な、最低限の操作だけを教えるミツハ。
通信機は2台あり、ひとつはHF帯用、もうひとつはVHF・UHF帯用である。勿論バッテリーも積んであり、馬車の屋根には太陽光発電パネル付き。
充電が追いつかなくなれば、ミツハが自宅に置いてある充電済みの予備バッテリーと交換するが、1日に一度の定時連絡の時以外は電源を切っておくのだから、恐らくバッテリー切れの心配はないだろう。アンテナは、7~430MHz広帯域モービルアンテナを立てている。
ミツハの説明を真剣な面持ちで聞く、伯爵とクラルジュ、サビーネ。そしてその後ろから覗き込むようにして、ふたりのメイドも必死でミツハの説明を覚え込もうとしていた。
主人達に何かあった場合、自分達がこれを操作して連絡する必要があるかも知れない。そう考え、別に指示されたわけでもないのに、必死になって操作法を覚えようとするメイド達。さすが、この馬車に配置されるだけのことはあった。




