78 発注
今日は、日本での用事を済ませる。
カーディーラー、というか、キャンピングカーの専門店巡りだ。
お店によって品揃えも違うし、得意、不得意なジャンルもあるだろうし、店員さんの良し悪しもあるだろうから、ネットで絞り込んだ後、数軒を廻ってみた。
……そう。各国巡りの切り札として、キャンピングカーを使おうと思うんだよね。
移動速度が速く、雨が降っても問題なく、荷物がたくさん積めて、居住環境が良くて、弓矢くらいなら弾き返すし、剣でも一撃で乗員の命を奪えるような攻撃はできないだろう。
そして一撃でさえなければ、転移で逃げられる。
安全と時間の節約と楽ちんさを兼ね備えた、完璧な移動手段である。
いや、勿論、宿にも泊まるよ。野営じゃなく、街や村で泊まる時には。でないと、旅の楽しさが減っちゃうからね。
街にはいる時には、少し手前でクルマは自宅に置いてきて、歩いていく。街道ですれ違ったり追い越したりした相手は運転者の顔なんかよく見ないだろうから、面倒に巻き込まれることもないだろう。……多分。
私ひとりだけなら、今ある軽で移動して、夜間やトイレとかはその都度自宅に戻ってもいいんだけど、あまりにも頻繁に自宅と往復するのでは、旅らしくなくて面白くない。それに、コレットちゃんと一緒なら、ちゃんとしたホームベースが欲しいからね。
まぁ、ホームベースと言うより、移動基地か母艦、という感じだけど。
木馬か、ゼラーナのようなものかな。
割と大きく見えても、車両総重量5トン未満、乗車定員10名以下であれば、普通免許で運転できる。最大積載量3トン未満、というのは、キャンピングカーなので大量の貨物を積むわけではないからあまり関係ない。とにかく、装備や燃料、荷物等を全部引っくるめて5トン未満ならば大丈夫だ。
小柄な女の子2~3人なら、普通の家族に較べて広々と使えるから、あまり巨大なのにする必要はない。そもそも、巨大すぎると道が心配になるし。幅的にも、強度的にも。
免許は、平成29年の免許制度改定の前に取ったから、普通免許だったけど自動的に準中型の5トン限定になるから、問題ない。改定に間に合わないと、普通免許じゃ3.5トンまでしか乗れなくて、小さいのにするか準中型の免許を取らなきゃならないとこだったよ。危なかった……。
メーカーは、国産の方が色々と便利だし安心感があるんだけど、ある理由によって、アメリカ製にしようかと考えている。
その『ある理由』というのは、ズバリ、『トイレ』である。
キャンピングカーのトイレには、大きく分けて、ポータブル型、カセット型、そしてマリン型の3種類がある。
ポータブル型というのは、便器と排泄物溜めがそのまま可搬式のもの。欠点は、溜めるところの容量が少ないこと。利点は、不要な時は丸ごと降ろせること。
カセット型は、ポータブル型よりは容量が大きいけれど、ポータブル型と同じく、中身を捨てる手間があり、その時に『中身を見てしまう』ということと、臭いが……。
それに対して、マリン型は便器もタンクもしっかりと固定されており、容量が大きい。中身を捨てるのは、ホースで処理設備『ダンプステーション』に接続して直接流し込むため、中身を見ることもなく、楽ちんである。
しかし、アメリカでは多いこの方式のものが日本でのシェアが少ない、最大の理由がある。それは、『日本には、処理施設であるダンプステーションがとても少ない』と言うことだ。
このため、日本での主流はカセット型かポータブル型であり、マリン型はアメリカからの輸入物くらいしかないのである。
しかし、私にとっては、それは全然問題にならない。
中身を捨てる時は、中身ごと転移すれば良いのだから。ダンプステーションに。
夜間、アメリカのどこかの田舎町にある不人気オートキャンプ場の、人気の少ないダンプステーションあたりに、うまく中身が直接中にはいるように転移すれば済む。
……事前に、水を使って何度か練習をした方が良さそうな気がするけど。悲劇を避けるためには……。
給水タンクも、カセット式ではなく、大型の固定式の方がいい。トイレとシャワー付きなら、水の消費量が多いからね。
勿論、こっちも転移で直接補給する。20リットルのタンクでちまちま補給するのは大変だし、いちいち自宅に戻ってホースで補給するのも、ホースの清潔さを保ったりと、色々面倒だ。
そういうわけで、私にとっては、アメリカ製の方が都合が良く、選択肢が多いのだ。
コンパクトなものの製造技術は日本の方が上だけど、まだまだキャンピングカーについては、長年の歴史があるアメリカに一日の長がある、というのも否めないしね。
あ、最大の問題点は、特注のカスタマイズで対処する予定。だから、納入までに時間がかかる。
何の特注カスタマイズか?
私の身長や足の長さでも問題なく運転できるように、座席と、アクセルペダル、ブレーキペダル等をカスタマイズして貰うんだよ。
そうしないと、前が見えないし、ペダルに足が届かないんだよ、うるさいな!
武装は、無くてもいいや。盗まれたら大変だし、給油のために日本に戻った時、違法状態になっちゃうから、それは避けたい。いや、法律は遵守するよ、私。
それに、盗難に備えて重要な部品を外しておく、とかすると、いざという時に時間がかかるからね。それなら、連続転移で隊長さんのところに置かせて貰っているやつをひっ掴んで戻った方が、安全確実で、よっぽど早い。
……本当は、一時はルーフに機銃座を作ろうかと考えたんだけど、さすがに思い直した。敵が大規模ならば、反撃しなくても、転移で逃げればいいんだからね。
誰かを護るため、とかでどうしても反撃が必要ならば、その時に武器を出せばいい。
アイテムボックスの魔法は無いけれど、ある意味、地球全部が私のアイテムボックスみたいなものだからね。いや、ホント。
そういうわけで、何社かのディーラーを廻り、色々と説明を聞いた。
勿論、いきなり契約したりはしない。ある程度の話を聞いて、候補を3社程に絞り、後は後日。
ただ、どこのディーラーも、最初は子供の冷やかしだと思って全く相手にしてくれないのには参った。
まぁ、免許証と、こんなこともあろうかと持参していた、銀行預金の残高証明書を見せたら、掌を返したように態度が変わったけどね。
預金通帳? 必要もないのにそんなものを持ち歩く程の馬鹿じゃないよ。しかも、それを人前で見せるとか……。この体格だからね、ひったくりには気を付けてるよ。
まぁ、おかしなものさえ見せなければ、子供だと思われて、獲物の対象外になるだろうけどね。子供の小遣い銭目当てに、捕まる危険を冒してまでひったくりはやらないだろう。
……多分。
クルマの方がひと段落つくと、自宅でメール処理やら掃除やら。
そして、久し振りの、傭兵団ウルフファングの隊長さんのところへ。
「来たよ~」
「来たか……」
いつもの挨拶。そして、いきなり本題。
「お金は?」
「振り込んだ」
よしよし。
これがあったから、高価な本格的キャンピングカーに手を出したのだ。
そうでなければ、今ある軽自動車で済ませている。
でも、支払いは、両親が残してくれた遺産から。こっちでの収入は、スイス銀行へ。
でないと、国外から大金が振り込まれたりすると、税務署に目を付けられる。
そろそろ税務署に開業届を出して、国外と取引しているように見せかけないとまずいかなぁ……。
キャンピングカー、国外で買うと、登録やら税金やら色々と問題があるし、日本で登録しないとナンバーが取れないから、国内に転移で持って行けなくなる。日本の口座からは、お金が減るばかり。スイス銀行と、この国に作った口座のは増えてるんだけどね。大幅に。
「事業の方は、どんな感じなの?」
「ああ、順調だ、問題ない。今の収入は、ドラゴンの分割販売と、その研究成果から得られる波及利益の、まぁ、仮押さえ金の分け前、みたいなもんだ。本格的な収入は、多分数年後あたりからだろう。
多分、嬢ちゃんが持ち込んだ薬草とかの方が先に本格的な利益を生み出し始めると思うぞ」
うん、まぁ、それでも早いほうだよね。
差し当たって、10年やそこらは暮らせるだけの日本円はある。
いや、生活の大半がむこうの世界だから、水道、光熱費、食費なんかは最低限で済むし、家は持ち家、ローン返済済みだからね。キャンピングカーでかなりのお金を使っても、たかだか数年でなくなるようなことはないだろう。
それに、いざとなれば、向こうで仕入れた宝石か何かを『お金に困っているので、母の形見の品を売りたい』と言って売り捌く、という手もある。あまり何度も使える手じゃないけど。
よし、後は、開業届けの検討と、自宅の庭にキャンピングカーを駐められるようにする準備だ。
……めんどくさいなぁ。




