77 領地
「領地会議~!」
私の宣言に、食堂に集まったみんなが真剣な顔をする。
この会議は、我がヤマノ子爵家で働く者全員、領軍の士官、技術顧問のランディさん等、『ヤマノ子爵家関係者一同』というようなメンバーで開かれる。
あまり堅苦しいのは好きではないので、少しふざけたりもするけれど、みんなはよく理解してくれていた。この会議はヤマノ子爵領の未来を左右する重要なものであり、自分が言ったこと、また、言わなかったことが、領民達の暮らしに直接影響するということを。
平民である自分達の言葉が、領政を動かす。
その光栄を、そしてその恐ろしさを理解しているからこそ、皆、緊張に掌が汗ばむ。私を含めて。
しかし、それをおくびにも出さず、私は平気な顔で場を仕切った。
「じゃ、私の不在時の報告を」
報告の順番や必須事項等は既にルーティン化されているため、流れはスムーズに進む。
まずは、一番重要な、警備状況から。報告者は、領軍指揮官のヴィレム少佐である。
「訓練は順調だ。例の異国船襲来以降、皆、本気になっている。常備兵を希望する者もおり、兵役番でない時にも訓練に参加する者が何人かいる。ま、士気は旺盛だな」
スヴェンさん達、士官組4人も頷いている。
領軍の方の最大の課題は、新式銃の開発だ。これについては、この場で言っても始まらないし、超重要機密事項なので、スルーする。
「次、財務!」
「はい」
財務担当は、ミリアムさんである。
「農業の従来業務はほぼ平常通りですが、これは結果が出るのは次の収穫期以降ですから当たり前です。新規作業は順調、農民達の不満もありません。
林業は変化なし。遊戯盤の売れ行きは、王都での需要はかなり落ち着きましたが、それ以外での需要はまだ全然満たされていませんので、当分の間、売れ行きは落ちないと思われます。但し……」
「模造品、ね?」
「はい、模造品、です。そろそろ一部で出回り始めました」
私も、そろそろだろうとは思っていた。
「模造品の製造元は無視して。
私が、貴族達に『ヤマノ領産でない遊戯盤は偽物。貧乏人が買う安物で、持っているのは恥ずかしいこと』という話を広めます。ミリアムさんは、人を使って平民の間に『また大会があるかも知れない。その時、偽物では参加できない』という噂を広めて下さい。あくまでも、『あるかも知れない』であって、絶対に『ある』と言っては駄目だからね」
「は、はい」
(絶対、やるつもりないだろ!)
他の者達は、少し引いていた。
「そして、それと併せて、『子爵位を賜りながら、民を救うために敢えて小さな男爵領を選ばれた姫巫女様が、領地の民たちのために御考案され、売っておられるヤマノ領の特産品を真似るとは……。作っている者、売っている者、そして買って使っている者達は大丈夫なのだろうか。神罰とか……』という心配事を、あちこちで相談して回って下さい」
……嘘ではない。確かに、その通りであった。だが。
(((うわああああぁ!)))
皆、どん引きであった。
その後、絶好調の漁村の報告と、建造中の新型漁船の様子、そして浮き桟橋に係留された拿捕船や元乗員達の様子を確認して、領地会議は終了。
領地会議のメンバーが解散した後、中枢メンバーのみで、重要事項の検討会が始まった。
新式銃の開発状況、近隣諸領の動向、まだ一般には公開していない新規産業の準備状況、その他色々なことの報告・検討が終わった後、私は皆に通告した。
「しばらく後に、王命で長期間の旅に出ることになりました。数カ月、もしかするともっと長い旅になるかも知れません。その間、みんなだけで領地の運営が回せるよう、そして研究開発も進められるよう、態勢を整えておいて下さい」
静まり返る室内。
いや、このメンバーには、このことはそれとなく予告してあったから、そう驚くようなことではないはずだ。でも、やはりはっきりと宣告されると、また思うところもあるのだろう。
だから、一応、フォローを入れておくことにした。
「いや、旅の途中でも、通信機でいつでも連絡できるから! 何かあったら、すぐ戻ってくるし!」
そう、もう完全に王都での話は領内に伝わっていて、私の『渡り』の件も、色々と尾ヒレがつきまくって伝わっていた。なので、『遠く離れた母国ではなく、比較的近くであれば、たまの一往復くらいならば身体の負担は少ない』という設定に基づいて、色々と説明しておいたのだ。
そうしておかないと、あまりにも自由度が狭められて、不自由なので。
もう、どうせ姫巫女様扱いなんだし、せっかくの能力なんだから、活用しなきゃね。
強張っていたみんなの顔も、ようやく緩んできた模様。
ただ、気になるのは、コレットちゃんの様子だ。
一番動揺していても不思議じゃないのに、なぜか最初から落ち着いていて、動揺の素振りもない。いったい、なにを考えて……。
「じゃあ、予定が決まったら、早めに教えてね。おとうさんとおかあさんに連絡しとかなきゃならないし、荷造りもしなきゃならないから」
ああ、ついて来る気満々ですか、そうですか……。
まぁ、私がいない領主邸に残されるのは寂しいだろうし、将来ヤマノ子爵領を支えるブレインになって貰うのだから、各国を見て廻るのも良い勉強になるだろう。なので、それもいいかも知れない。
それに、私も寂しくなくなるし。
よし、それで行くか!
翌日は、領内視察と称して、再び王都へ。
何、どこの視察、と言わなければ、姿が見えなくても誰も気にしない。どこか別の所にいるのだろう、と思われるだけだ。
そして王都ですぐに向かったのは、乗合馬車の本社、というか、配車センターのようなところ。
なぜそこへ行ったかというと、乗合馬車の御者さん達って、若い時に商隊の御者を務めて色々な国を巡ったり、中には貴族や国のお抱え御者として各国への使者を運んだりしてバリバリ活躍していた人達が、歳を取って引退した後の職場として選ぶ場合が多いんだよね。
つまり、そういうことだ。
「ふぅん、じゃあ、道幅は結構広い、と?」
「ああ、大型の馬車、たとえば6頭立てや8頭立ての馬車とかもあるし、馬車が来る度に歩いている者が道から外れて避けるのも面倒じゃし、馬車同士のすれ違いや追い越しもあるじゃろう? そりゃ、避けるための退避場所とかもあるが、主要な街道はそうそう狭いわけではないよ。軍の移動とかもあるしのぅ……」
ふむふむ、なるほど……。
うちの領内の道は、私が作ったやつ以外はそんなに広くないけど、国を結ぶような主要街道はさすがに広いか……。
ならば、行けるか?
「あの、夜間の交通量なんかは……」
よし、情報収集の結果、行けると判断した!
あとは、資料を調べて詳細を詰めるか。




