71 混乱の王都へ 1
地球から特注馬車を受け取ってきた。
アルミ合金やチタンを使った、小型軽量で頑丈なやつだ。
アルミ合金であるジュラルミンも、チタンも、共に航空機にも使われる素材で、軽い割には結構丈夫。車体に使うには最適だ。高くつくけどね。
サスペンションは独立懸架式。部品数が多くて、これまた高くつくけど、操縦安定性がいいからね。もし故障したら地球に運んで修理するから問題ない。私しか使わない一点物だから、こっちで修理できなくても構わないからね。
馬車の両面には、あの孤児院の女の子がデザインしたマークがでかでかと描いてある。
仕方ないんだよ、盗賊避けのためには!
わざと盗賊を釣って退治、街道の安全を、って考え方もあるけれど、そうそう毎回荒事は嫌だし、弓矢で狙撃、とか崖の上から岩が、とかの危険性も皆無じゃないから、無用な危険は冒さないよ。
それに、自領でならともかく、他の貴族領でそんなボランティアはやってられない。自領内の街道の治安維持は、領主の仕事だからね。うちやペッツさんのところの馬車は安全らしいし……。
もし悪徳領主が盗賊とグルだったりして、揉め事に巻き込まれるのも御免だしね。
王都へ出発する前に、子爵邸の者には何度も念を押した。
ボーゼス家の関係者が来たら、私は王都へ行ったと言い張り、ずっと不在だと主張するように、と。
決して、自領や周辺の他領を見て廻り金儲けのネタを捜して廻っていると悟られてはならない、時々戻って来るということも気付かれてはならない、と。
そして、伯爵家の者が来ている時は無線による定時連絡で必ず伝えるよう執事のアントンさんに言い含めておいた。
転移で戻る前には必ず無線で確認するし、街道に見張りも立てておく。
これで何とか誤魔化せるだろう。
全く、伯爵家対策だけでえらい手間だよ…。
まぁ、もしばれたとしても、それはそれでいいや。伯爵様本人には転移で往復出来ることをばらしちゃってるんだし。
……イリス様にバレた時が少し、いや、かなり不安だけどね。
かくして、高性能の馬車にて王都へ出発。
御者は私、乗客はなし。
いや、みんなには猛反対されたよ。押し切ったけど。
ヴィレムさんは、肩を竦めて苦笑いしてた。
馬車には干しシイタケと乾燥させた自領産の爆裂種コーン、商品見本としての試作の紙、そして孤児院へのおみやげ用の水アメが積んである。
ペッツさんが運ぶ水アメはやや高額で売るから、孤児院の子供が気軽に買えるようなものじゃないからね。まぁ、木彫りの人形で私の個人資産蓄積に貢献してくれているから、少しくらいはサービスしてあげようかと。この前、制裁を加えちゃったし。
……文字通り、アメと鞭だね。
馬車の操作は、元捕虜の人達の中で馬車を扱える人に教わった。彼らも気分転換になるからか、喜んで教えてくれたよ。お礼に美味しい食べ物やウイスキーをあげたのも効いたかな。
馬は、伯爵領から購入した。うちの領地には数匹の農耕馬しかいなかったので。伯爵様が直々に選んでくれたらしく、立派な白馬。
『ミツハには白馬が似合うからな』って……。照れるよ!
名前は勿論、シルバー。
さぁ、出発だ!
「ハイヨー、シルバー!」
領地と王都間は馬車で一往復半しているから、経路上のどこへでも転移できる。でも、しばらくは普通に走ろう。
馬車に慣れるためもあるし、シルバーとお友達になりたいからね。
それに、経路上の町にも何カ所か泊まろうと思っている。
ヤマノ子爵はどこの町にも立ち寄ったことがない、なんて噂が広まると困るからね。何カ所かに立ち寄って宿泊した実績があると、毎回は寄らなくても、ああ今回はこの町は飛ばして別の町に泊まったんだな、と思って貰えるからね。
出発してしばらくは他の旅人に出会うこともなかったけれど、伯爵領と王都を結ぶ街道に合流してからは、多くの馬車や徒歩の旅人に出会った。移動方向は、9割以上がボーゼス領へと向かう人達。まぁ、当たり前か……。
私の馬車が珍しいのか、注目されまくり。
まぁ、外見が少し珍しいだろうけれど、見ただけで材質や性能が分かるわけじゃないからね。この軽さと強度、そしてスプリングによる快適さは、乗ってみないと分からないだろうねぇ。
見た目よりずっと軽いから、単騎で楽々牽いているシルバーが凄い馬に見えるのかも。
……好奇の眼が馬車やシルバーではなく私の方を見ているような気がするのは気のせいだ、多分。
夕方、他の子爵領の街道町に到着。
他の産業もあるけれど、街道を通る者から利益をあげる宿場町、という感じだ。行き止まりで先がないうちの領には縁の無い話だね、チクショウ。
これでも一応貴族だからあまり安い宿に泊まるのもアレかと思い、一番立派そうな宿に行くと、かなり混んでいた。ボーゼス領に行く人達のうち、お金に余裕のあるグループかな。
こりゃ別の宿に行くか、と思っていたら、そこそこの立場らしき人がすっ飛んで来た。
「これはこれは、ようこそお越し戴きました。すぐにお部屋に御案内致しますので……」
番頭さんか大旦那さんかな? 一応、番頭さんだと思っておこう。
どうやら私のことを知っている様子。
まぁ、うちの領地から王都への経路上なんだから、いつかは通るかも知れない貴族の情報くらいは持っているか、上級の宿屋なら。
でも、あまり貴族らしくない格好なのに、よく分かったなぁ。絵姿でも出回っているのかな? まるで指名手配犯だよ…。
普通の馬車や荷馬車も同行していたりすると、この町はうちの領地からの最初の宿泊地としては遠すぎる。でも、逆にうちやボーゼス領に行くなら、途中でもう一泊して昼頃到着、というパターンなら丁度いい位置なのかな。
「前に馬車が駐めてあるから、馬の世話をお願い。よく面倒をみてやってね」
「はい、勿論でございます! それで、お連れの方や御者の方は……」
「あ、御者、私です」
「は?」
「私が御者。連れはいません」
さすがに想定外だったのか、ぽかんとする番頭さん。
しかし流石はプロ、ほんの数秒で立ち直り、他の者に馬車のことをてきぱきと指示してから部屋へと案内してくれた。
まだそう遅くない時間だけど、次の町までは距離があるので今日はここで宿泊。だから夕食までにはまだ時間がある。お湯でも貰って身体を拭こうかな。
あんまり毎回日本の自宅に戻ってお風呂にはいるのも何だし。
というわけで、お湯を持って来て貰って、タオルで身体を拭うべく服を脱いでいると、突然ドアが開けられた。
「姫み」
パンパン!
そりゃ撃つよね、服を脱いでいる女性の部屋へ、ノックも無しに武装した知らない男が勝手にはいって来たら。
いつも腋につけている護身用のPPSは脱いだ服と一緒にベッドの上に置いていたので、近くにあったバッグから92Fを引っ張り出して使った。93Rはデカくて重いから、戦闘の可能性が高い時か最初から腰に装備する時以外はこっちを持ち歩いている。
1発目はハーフコック、撃鉄を少しだけ起こした安全位置からの発射なので引き金が前方に出ている上に重いため、手の小さな自分では命中精度が下がるから、初弾の発射によって自動的に撃鉄が起きた状態の2発目で正確に相手の右肩を狙った。1発目は下手に心臓とかに当たるとアレだから、脚を狙った。
「ぎゃああぁ!」
大声で悲鳴をあげながら床に転げる侵入者の男。
人が来る前にと、急いでベッドのシーツを引きはがして身体に巻き付けた。
下側じゃなく、掛けシーツの方ね。
「どうされました!」
すぐに宿の従業員や宿泊客達が集まってきた。
「身体を拭いていたら、武器を持った男がいきなり侵入して来ました。すぐに兵士を呼んで下さい!」
陽も落ちぬうちから未成年の少女を堂々と襲うとは何事か、と、怒った客達が男を抑えつけて剣を取り上げた。数人の者は町の衛兵を呼びに走って行った。
「お、お待ち下さい! お待ち下さい!」
そこに、真っ青な顔をした番頭さんが必死の形相で駆け寄って来た。
「その方は、領主様のお使いです! 怪しい者ではありません!」
あぁん? 何だって?
「怪しくないわけないでしょうが! 女性が身体を拭いている時に、ノックも無しにいきなり侵入してきたんですよ、武器を持った男が! 大体、どうして鍵が開けられるんですか! 常習犯でしょうが!!」
「い、いえ、それは、もしドアの外から声を掛けて、ドアを開けても戴けず領主様の御招待を断られでもしたら大変だから、どうしても直接顔を合わせてからお話ししたいと頼まれまして、私が予備の鍵を……」
青い顔で言い訳をする番頭さん。
しかし、そんな言い訳が通るものか!
「ええっ、では、宿の者が、本当かどうかも分からない武器を持った男の説明を鵜呑みにして、女性の部屋の鍵を勝手に渡して侵入の手引きをしたと? 本人の意志を無視して無理矢理部屋に押し入るための手引きを?
しかも、もし本当に領主の使いだとしても、私がここに泊まっていることを知るのが早過ぎますよね。ということは、宿の者が領主に情報を流したのですね?
つまり、この宿では、客の情報を売って、女性の部屋の鍵を武器を持った男に渡して侵入の手引きをするのが当たり前の行為であると、堂々と宣言するわけですね? そして、この行為には領主もグルである、と……」
ようやく自分のしでかした事の意味が分かったのか、へなへなとへたり込む番頭さん。
ようやくやって来た衛兵さん達に事情を説明して男を引き取って貰った。
弾は、初弾は太腿をかすり、2発目が狙い通り右肩を貫通。どちらも太い動脈等を傷付けてはいないようなので、生命の危険もなく、ちゃんと治るだろう。
宿の前に駐めてあったらしい迎えの馬車と執事っぽい人、その護衛らしき人達が何やら騒いでいるみたいだけど、私には関係ないよね。
「では、私はすぐに発ちますので」
「え……」
「当たり前でしょう。従業員が客を売るような危険な宿に泊まるくらいなら、野宿の方がよっぽど安全ですよ。
今後、我がヤマノ子爵家の者がこの宿に泊まることは二度とありません」
ヤマノ子爵家……
そう言えば、さっきの音は雷の……
姫巫女さま?
姫巫女様を売ったのか、この宿!
客達の間に、ざわざわと小声の会話が広がっていった。
「俺も発つぞ!」
「私達もだ! すぐに精算してくれ!」
「我々も出るぞ。宿を替える!」
次々にあがる、出立の声。
どうやらみんな、この宿には関わりたくないらしいね。
「あなたが手引きして私の部屋に侵入した男がここの領主の手の者だというあなたの証言は、国王陛下にちゃんと伝えておきますね。
では、失礼致します」
日没近くになってからの急な出立ラッシュに厩番は大騒ぎになっていたけど、他のお客さんが譲ってくれたので一番に出立できた。
まぁ、一頭立ての小型馬車1台なので大した手間でもなかっただろうしね。
他のお客さんは、この町の他の宿に移るのか、隣町まで移動するのか……。
私が向かう王都方面は次の町まで少し遠いけど、皆が行くボーゼス領方面ならば比較的近くに次の町がある。
私は勿論、転移を使ってさっさと移動するよ。
陽が落ちてからの移動は新米御者には危険だしね。
今こそ、あのセリフを使う時だ。
『今使わなくて、いつ使うというのだ!』




