68 戦争景気 2
うわあぁぁ、またやっちゃったよぉ~!
伯爵様にしがみついて泣いちゃったよぉ! しかも大泣き!
もう、恥ずかしくて顔を見られないぃ~!
今度自重をやめる時には、何か言い訳を考えるかな。
確か、今まで『生命力を削る』という表現はしたけど、『寿命が縮む』とは一回も言っていないはず。ならば、『生命力を削るとは、成長する力を削るということで、別に寿命が縮むわけではない』とか、『元々寿命が長い一族なので、多少縮んでも皆さんよりはずっと長生きできます』とか……。
いや、それはそれで、また別の問題が起きそうな気がするなぁ。若さや長寿の秘密を、とか言って追い回されたり、私の血を飲めば若返りが、とかいうデマが広まったりしたら大変だよ。少々なら構わないのかと、転移の強要が始まっても困るし。
まぁ、伯爵様にだけ、成長する力が、って言うくらいならいいかな。どうせ、これ以上成長しないことはそのうちバレるのだから。私の成長期は17歳で終わったんだよ、多分……。
本当は18歳だってことは……、いや、それを言っちゃうと、いい歳をして泣きじゃくったことがバレちゃうよ! それは置いておこう……。
伯爵様は、このままアレクシス様の領地へ向かう、と言って出発された。
アレクシス様のところにも噛ませるつもりかなぁ、海軍計画に。
まぁ、あそこはうちと違って元々子爵領だったから、男爵領だったうちとは比較にならない領民数。うちの領地を突っ切れば伯爵領までそう遠くないから出稼ぎ要員の供出元として丁度良いし、あそこも海に面しているんだから、巻き込んだ方が後々便利か。
あまり仲間内で占めちゃうと、どこかから文句が出そうな気もするけど、領地が海に面していないところではどうしようもないだろうし、海沿いは王都から離れたド田舎として今まで見向きもしなかったんだから仕方ないよね。
海の近くの弱小領地ばかりの中で唯一の有力貴族であるボーゼス伯爵が色々と面倒をみてあげていたから、周辺の貴族はボーゼス伯爵に頭が上がらないし、周辺の領地も海軍景気のおこぼれに充分ありつけるだろうし。
戦争景気の始まりかぁ。
……うちは、大騒ぎや治安の悪化や環境破壊とかからは距離を取って、美味しいところをほんの少し掠め取るだけで充分だからね。
私と領民がそこそこ裕福に暮らせるようになればいいんだよ。それ以上を求めて、却って不幸の種を招き寄せるのは御免だよ。
ほら、宗教でも言うじゃない。
『信じる者はすくわれる。………足を』
って、ちょっと違うか。
サビーネちゃん情報によると、王都は大騒ぎらしい。
目前の危機は脱したため国民に秘匿する必要が無くなり、これから海軍創設に向けて予算や人員を注ぎ込む必要があることからも、巨大な敵の存在を公表して国民一丸となる態勢を整えるべきとの判断から、真実の公表は当然の措置だろう。
問題は、『雷の姫巫女様が敵の大艦隊を殲滅、敵の超巨大戦艦3隻を無傷で拿捕』との噂が流れていることだ。
何だよ、『超巨大戦艦』って。帝星ガトランチスかよ!
そして、孤児院の子供達が怪しいものを高値で売っている、とか。
『姫巫女様の髪の毛が封入された、お守りの姫巫女様人形』って……。
この前、こっそりとコーンと紙袋の補充に行った時に『姫巫女様の木彫りの人形を作って売ってもいいですか』って聞かれたから、許可したんだ。そしてその後、『姫巫女様、髪の毛ちょっと伸びてる。切ってあげるよ!』と言われたんで、せっかくの厚意だからと少し切って貰った。
あ、あいつらあぁぁ~~~!
やりやがったなあぁ!!
姫巫女の領地の直営店である屋台で売っているんだ、みんな信じるに決まってる。事実、嘘ではないのだし。
くそぉ、商才の点で完全に負けてるよ!
こうなったら、うちの領でも私の人形、いや、ここは斬新なところを狙ってフィギュアを作るか、彩色済みのやつ。それと、タペストリー、抱きまく…、嫌だあぁぁ~~!!
はぁはぁはぁ……。
忘れよう。
で、とにかく、姫巫女フィーバー再び、って感じらしい。
王都に戻ると大変そうだなぁ……。
「ミツハさん、何でもいいから商品売って下さい!」
「うわぁ、誰かと思えば、ペッツさんじゃない」
「とにかく、何でもいいですから! 石でも木切れでも!
今、ヤマノ領産だと言えば、土塊だって値が付きますから!」
「嫌だよ、そんな商売!! 正気に戻ってよ、ペッツさん!!」
ふと気が付くと、ペッツさんが私の髪の毛をじっと見詰めていた。
き、貴様知っているな、あの木彫りの人形のことを!
……勘弁してよ、もぅ。
ペッツさんの話によると、王都では木工加工屋や鍛冶屋、金属細工師等が掻き集められ、ボーゼス領へと出発したらしい。船はまだうちの沖にあるけど、ボーゼス領に彼らの一時的な滞在場所を用意するとか。うちにはそんな余裕が無くてすみませんねぇ……。
せめて早く浮き桟橋を造って調査がやりやすいようにしてあげよう。ボーゼス領に船が接舷できる港が出来て、そこに船を回航するだけの技術を習得するまで…って、先は長そうだぁ。成長の早い作物の増産を指示しなきゃ。
あ、漁船で曳航すればいいのか。じゃ、港の完成待ち、か。
……曳けるかな? うちとボーゼス領の漁船全て出して。
で、ペッツさんは例によって直行特急便で来たため、それらの集団を途中で追い越したらしい。
彼らは勿論全員がそのままボーゼス領に住み着くわけではなく、異国の技術を検分し、ある者は王都に戻って研究を、ある者はそのまま居残って船の技術の解析を続けるとか。船の建造にかかるのはまだまだ先の話らしい。
そりゃそうか。船材となる木材も、何でもいいというわけではないし、防水のための技術、湾曲部を作るための技術、強度を保つための技術等、色々な問題がある。いくら私が設計図や模型を用意しても、ぶっつけ本番で造り始めるわけがないか。
そもそも、船の前に、造船所を造らなきゃならないし。
よく考えてみたら、いきなり大型船建造なんか無理かなぁ。
捕獲船を忠実に再現……それじゃあ向こうの新鋭艦に太刀打ちできない。大きさは捨てて、速度重視の新鋭小型艦かな。砲を長射程大威力にして、遠方からアウトレンジで攻撃して逃げ回る、ってことで。
小さくて高速なら敵弾に当たりにくいし、アウトレンジ戦法なら何とかなるか。敵は的が大きくて遅いなら。
三景艦? いやいや、あれは失敗作だからね。小型艦に無理に巨砲を積むんじゃなくて、小型で長射程の砲を積む。そのためには椎の実型の弾を撃つライフル砲が必要なんだけど、作れるのかなぁ、ここの技術で……。
もしも駄目なら、別の方法を考えるか、地球から助っ人を…、って、それは気が進まないなぁ……。
そう言えば、中国って、大昔からロケット花火みたいなの使ってなかったかな。あれで帆を焼き落とせば……、って、2キロ以上遠くからじゃ当たらないか。
ロケット花火の推力で水上を回転しながら進む車輪のような兵器……、パンジャンドラムに似てますか、そうですか。
自軍の船に向かいそうな気がするので、ボツ。
船の建造も、木造帆船じゃあ、私の船に関する知識の、高張力鋼だとかブロック工法とかは全く出番が無いよねぇ。う~ん……。
木の継ぎ目や防水処理が甘くて漏水が酷いようなら、船底に足踏み水車を設置してビルジを常時汲み出すか……、って、水車を備えた船なんか無いよ!
あ、外輪船は……、って、それ違う! あれ、似てるけど水車と違う!!
駄目だ、いい考えが浮かばない。疲れてるんだ、多分…。
焦るな、まだ時間はある。
私なんかより、この世界の専門家の方がきっといい案を出してくれるだろう。私はそれに対して出来る限りの支援をすればいい。
あまり全部を背負う必要はないのだろう。……多分。
明日はボーゼス領に行って、捕虜の人と話をしよう。
話が出来なくて不安だろうし、要望とかもあるだろう。
それに、船大工とかを捜すの、忘れてた。他にも役に立ちそうな技術者がいないか調べなきゃ。船や砲の操作法を教えてくれる人とかも。
あの指揮官はともかく、他の乗員は別に悪い人というわけじゃない。ただ敵国の人だというだけで、犯罪者でもないし。ただ軍人や船乗りを職業として選んだだけの、普通の人達なんだ。無意味に苦痛を与える理由も必要もない。
あ、恩赦目当てで乗ってる犯罪者がいたか……。
まぁ、我が国で罪を犯したわけじゃないし、それは置いておこう。




