67 戦争景気 1
アイブリンガー侯爵様とボーゼス伯爵様は、それぞれ捕虜を連れて帰路へと就かれた。
伯爵様は徒歩でも朝出れば夜までには着ける距離だけど、侯爵様の方は、往路と違い復路は徒歩の捕虜がいるのですごい長旅になってしまう。大変だなぁ……。
あ、捕虜の護送は部下に任せて、自分はさっさと戻りますか、そうですか。
定時連絡の時に、侯爵様が出発されたことを伝えておこう。
おふたりには言わなかったけど、実は、ヴァネル王国からの次の来航は、私が生きていれば、それほど怖くはない。
まず、いきなり攻めて来るわけじゃない。今回のように、数隻での調査目的だろう。指揮官がおかしな者でなければ。
なにせ、今回のことは本国には伝わらないのだから、船団の行方不明は、時化による遭難か、水や食料が尽きての全滅か、原因は不明なのだから。
そして、訪れた船団が帰国して我が国のことを報告するまでに数ヶ月。
今度は国の使者を乗せて数ヶ月、戻るのに数ヶ月。
隷属しろとか戦いとかいう話になるには少し余裕がある。
船団が『何らかの不幸な事故』で消息不明にでもなれば、更に時間に余裕ができる。
『外交使節? 来ていませんよ? 嵐か何かで遭難されたのでしょうかねぇ。お気の毒です……』とか?
距離は最大の防壁だよ、うん。
その後、戦いになったとしても。
今回みたいな『相手が、何が起こったのか分からない状態』というのはともかく、はっきりと敗北を実感させる方法としては。
転移砲撃。
発射準備が整った状態で敵艦の横に転移、接射で砲撃して即座に転移離脱。それの繰り返し。
急降下爆撃。
砲弾と共に敵艦の上空に転移、自分だけすぐに戻る。
砲弾は、真っ赤に焼いたものだと艦内火災を誘発できる。
砲弾の代わりに、油を入れて布で蓋をし、火をつけた壺を使う。帆を焼かれた帆船などただの的だし、船体も炎に包まれるだろう。
謎の沈没。
船の真下の海水を大量に『どこかへ持って行く』。
もしくは、船底の一部を『どこかへ持って行く』。
方法はいくらでもあるし、どうとでもなる。
超最終手段としては、地球のどこかの国に頼んで、速射砲を積んだ小型艦を1隻出して貰うという手もある。ゴブリンかオークの死体でも渡せば数時間の出張を受けてくれるだろう。
いや、本当に、最後の最後の手段だけどね。
問題は、私がいない場合。死亡とか重傷、重病、転移できない、姿を眩ました後、とか。
その場合に備えて、新型帆船の建造と、敵より優位な武器の準備が必要か。
砲は、砲弾に炸薬がはいっていて爆発するのは、時期尚早だろう。敵は滑腔砲に球形弾だから、椎の実型の砲弾にライフル砲で充分だろう。
銃は、ミニエー銃かな。前装式だけど椎の実型の弾丸にライフリングと、それ以前の銃とは一線を画した高性能銃だし。後装式は時期尚早。
このあたりは、ネットの『みんな助けて! 子爵領経営記』では聞きづらい。本物の戦争、人を殺す話だから。
引かれるのも怖いし、逆にその道のマニアがノリノリですごい提案をしてくるのも怖い。
人殺しは、この世界だから出来ること。ここは、それが法律違反じゃないから。そうしないと自分が殺されるだけだから。
私も、この世界で人を殺した。いくらハードボイルド小説をたくさん読んでいたからと言っても、いくら戦争ドラマをたくさん見ていたと言っても、まさか自分が本当に人を殺すことになるとは思ってもいなかった。
でも、ここはそういう世界なんだ。正当防衛の定義が、地球に較べてとんでもなく拡大解釈されていて、適法な世界。だからここでは、痴漢の手の甲を抓るような感覚で、襲ってくる盗賊を返り討ちにする。
でもそれは、私がこの世界にいるから。地球を離れない人に、人を殺す話の片棒を担がせるつもりはない。
みんなには、人を助ける話、経済を盛り上げる話で協力して貰おう。
ダークサイドは、私ひとりで充分だ。
「港を造ります」
「「「「え?」」」」
私の突然の言葉に、ぽかんとする漁村の人々。
「あの~、ミツハ様、それはどういう……」
不安そうな、村長さんの顔。
「いや、沖合に錨泊させている船を、ボーゼス領の港が完成するまで置いておきたいし、こことボーゼス領の港を往復する船の係留場所が必要だし、そのうち帆を張った漁船も造りたいしね。
あ、工事は無償奉仕の天役じゃないからね。ちゃんと給金が出るし、工事の大部分はこちらでやるから、みんなに手伝って貰うのは最終的な整地とかだけだから。
それと、桟橋とかどこに造ったらみんなの都合がいいか等、聞きたいと思って……」
とたんに眼を輝かせる村人達。
現金だねぇ。
桟橋は、浮き桟橋にしようかな。潮の満ち引きに関わらず常に船と桟橋の高低差が変わらないから、便利なんだよね。埋め立てしないから環境破壊も少ないし。
山村も、遊戯盤以外の仕事が出来て喜ぶだろう。
いくら稼ぎになるとは言え、男連中にとっては、ちまちました仕事は退屈だろうからね。
数日後の深夜。
こっそりと海辺にやって来た私は、砂浜から少し離れた岩場に立った。
地形や海底の状況は確認済み。
転移。海底の岩を大量に引き連れて。
再度転移で戻る。引き連れた岩を防波堤の位置に置くために。
転移。陸岸部分のでこぼこした部分を引き連れて。
再度転移で戻る。岩を防波堤の位置に置くために。
転移。岩場から村へと充分な幅の道をつくるために邪魔な岩を引き連れて。
翌日、漁村はちょっとした騒ぎになっていた。
一晩で、防波堤と広い平地、そして村へと続く道が出来ていたので。
でもまぁ、誰の仕業かは分かっているので、みんな子爵邸に向かって祈りを捧げたあと、いつもの仕事を始めていた。
うん、慣れてきたね、みんなも。海底の掘削状況は知らないにしても。
今夜は、ボーゼス領への道を少しいじろうかな。
平らにしたり、直進路をぶち抜いたり。
トンネルは、崩れるのが怖いからやめておこう。
あ、上まで全部退かして谷にすればいいか……。
「ミツハあぁ!!」
5日後、ボーゼス伯爵様がやって来た。
「どうしました、そんなに息を切らせて……」
「どうしたもこうしたもあるか! 部下から報告を受けて、来てみれば……」
ぜぇぜぇと息を切らせた伯爵様。いったいどうされたのかな。
「何だ、あの街道は! いつの間にあんな工事を行った!」
ああ……。
「これから色々と交通量が増えると思いまして。道は整備されていた方が良いかと……」
「だから、どうやってやった! まさか……」
「はい、生命力を少々……」
「この馬鹿者があっ!」
ひゃあ、伯爵様、本気で怒ってる……。
「でも、街道はどうしても整備したかったし、道は私が死んでも残るから、私が急にいなくなっても誰も困らない…」
ぱしん!
頬を叩かれた。
痛い。本気で叩かれた……。
「じ、自分をもっと大切にしないか! この、この、大馬鹿者が!!」
道の整備はやるべきだった。
この領に、それだけの工事を普通に行うだけの労働力はない。他領から人を雇うだけのお金も無いし、多くの労働者を支えられるだけの生産量も宿泊設備も無い。私が少しずつちまちまやっていてもいずればれる。それならばいっその事、このどさくさに紛れて一気にやってしまえ、と。
これから先は大勢が訪れるから、その前にやらないと、それこそ一夜で道が拡張されれば大騒ぎになる。それに、今なら侵略騒ぎで些細なことは話題にならないだろう。
だから、私の能力が少し露見しようが、今、やるべきだった。
その判断に後悔はない。
しかし………。
「ご、ごべんなざいぃ~………」
泣いた。思い切り泣いちゃった……。
叩かれた頬が痛かったからじゃない。
怒って貰えたから。
叱って貰えたから。
ぎゅううう~




