66 事後処理
2日後だと思っていたら、翌日には来たよ、ボーゼス伯爵と、伯爵領の兵士500人。
速い! 伝令が着いたの夜だと思うのに、その僅か数時間後には出発したということ?
いや、それよりも、そんなに来られたら食料が!
え、まだ後に本隊が続く?
やめて~! 引き返させて~~!!
あ、輜重部隊も付いてますか、そうですか……。
うちでは大量の捕虜を長期間管理する能力がないから、もう、このまま伯爵領に移送して貰おう。その方が絶対に楽だ。
王都に移送するにしても、すぐにとは行かないだろうし、多分大部分の捕虜はこちらに残すことになると思う。
だって、船の操作法を教えて貰わなきゃならないからね。我が国初の海軍軍艦3隻の操作法を。
そしてボーゼス伯爵様が到着した翌日、アイブリンガー侯爵様達が到着した。
いや、王都から3日って、速過ぎるでしょう! どんだけ無理をしたんだか……。
え? 連れて来たのは侯爵の領地軍ではなく王都軍の一部? 騎馬だけで輜重部隊なし、途中の町や村で補給しつつ強行軍?
王都絶対防衛戦で助けられた恩を返さねばと兵が強行軍をやめなかった? そうですか……。
とりあえず、兵と馬を休ませてあげて下さい。
敵? 全部捕虜にしましたが……。
まぁ、そんなにがっかりしないで下さいな。
そういうわけで、侯爵様がひと息入れたあと、最新情報のすり合わせ。
船に残っていた士官達から聞いて廻った情報と、兵士達のグループを廻って得た情報、そして士官達の部屋に仕掛けた盗聴器や録音機による情報で、敵国のことも概ね把握出来ている。
「……というわけで、ヴァネル王国という国は、ごく普通の侵略性海洋国家らしいですね」
「侵略性、で普通なのかね?」
「ごく普通ですね。自分達より弱い国なら植民地に、対等ならば貿易相手に。未開の地ならば強奪と奴隷狩り。ごく普通のやり方ですね」
「「……」」
「我が国の場合、本来ならば植民地のパターンなんでしょうけど、今回は敵の指揮官が凱旋帰国時に財宝や奴隷を持ち帰ろうとして未開地扱いしようとしたみたいですけどね」
「我が国は、弱い国、か…」
「弱い国、ですね……」
黙り込む、侯爵様と伯爵様。
雰囲気、暗いなぁ……。
「弱い、と言っても、別に国の規模が小さいわけでも、国民がひ弱というわけでもないんですから! 船と銃、大砲の有無だけですって!」
「それが大きいんだろうが……」
励まし、失敗……。
「時間はどれくらいあると思う?」
伯爵様にそう聞かれたが、難しいよねぇ…。
「う~ん、失敗に終わり大損した痛手を忘れ、次の調査船団を出す気になるまで、早くて2~3年、遅ければ7~8年くらいかなぁ。運が良ければ、10年くらいあるかも…。国の政治情勢や財政状況、周辺国との政情とかも絡むだろうから、正直言って、全く予測できないですよね……」
うむむ、と額にシワを寄せて考え込む、伯爵様と侯爵様。
そろそろ助け船を出してあげるとするか。
「大丈夫ですよ! それまでに、我が国の海軍が準備を整えておけばいいんですから!」
「「我が国の海軍?」」
おふたりの声が重なった。
「ええ、あるでしょう。うちの沖合に停泊している、3隻の軍艦が」
「「え………」」
私は説明した。
3隻の船の所有権を、国、ボーゼス伯爵、そして私で3分の1ずつ保有すること。
訓練と並行して海洋貿易を行い、利益も3分割。
ボーゼス領に造船所と港を建設し、軍艦の自力建造を行うこと。
敵より強力な武器の開発。
本当は、武器の進歩なんかに力を貸したくはない。でも、そうしなければこの国が侵略されてしまう。コレットちゃんやサビーネちゃん達がまだ大人になるかならないかという時に。
その時、若い女の子が侵略者達にどういう扱いをされるのか……。
ダメだダメだダメだ! そんなの許容できるわけがないだろう!
それに、銃が無ければ剣で、剣が無ければ棍棒で戦うだろう。武器がショボければ戦いや戦死者が減るというものではない。
もう既に、この世界には銃や砲があるのだ。自分が持ち込むわけじゃない。
自分が死んだ後のことまでは責任を持つつもりはないけど、生きている間だけは、身近な者は護りたい。
「「え……」」
再び声が揃うおふたり。さすが、仲良しさんだね。
「私にそんな利権を……。良いのか?」
「私にもひとくち噛ませて貰えんか?」
あ、今度は揃わなかったよ。
侯爵様、さすが遣り手の高位貴族、いい人だけどしっかりしてるね。
「では、国側の、海軍に関する全権を預かる立場に。私がそう要望すれば、おそらく通るでしょう。色々と便宜を図って下さいね」
「任せてくれたまえ!」
うん、カネや利権目当てのおかしな貴族に担当されたら大変だからね。こちらとしても、アイブリンガー侯爵様なら安心だ。王の信頼も厚いし、爵位的にも充分。
「恐らく、あの船は二線級か、それ以下です。こんな危険な博打に新鋭艦を出したりしないでしょうから。だから、建造する船は、あれより二段階は上のものにします。設計図は任せて下さい。
造船技師は、多分捕虜の中に修理のため船大工がいるんじゃないかと思うので、捜してみます。いなければ、国の船大工だけで頑張るしかありませんが…」
先の困難さを思ってか、伯爵様は表情を引き締めて頷いた。
他にも、伯爵様に色々なことの了承を戴いた。
うちとボーゼス領を結ぶ道の整備。
いや、これから軍港として急激に栄えるんだよ、一大消費地の誕生だ。見逃す手はないだろう。今の道だと徒歩で1日だけど、整備して、初歩的な自転車でリヤカーを引かせれば…。
王都まで24時間は無理でも、ボーゼス領まで数時間、というのなら、ランディさんなら作れるだろう。チェーンを作るのが難しければ、スライムゴムや革を使ったベルト駆動や、シャフトドライブという方法もある。
それと、うちの漁村とボーゼス領にできる港を結ぶ小型の交易船の就航許可。大型船を造る前に、練習と称して小型の高速帆船を造らせよう。
なぜ自分の領地に軍港を造らないか?
いやいや、まず、人口が少な過ぎて、膨れ上がる発展を支えきれないよ。
それに、荒くれ者達が大勢流れ込んで来るのも嫌だし。
私は、別に大儲けしたいわけじゃないんだ。
気の良い仲間と楽しくのんびり暮らせて、老後の心配が無いだけの蓄えができて、美味しいものが食べられれば、それでいい。
必要もないお金と引き替えに自由な時間や楽しい生活が失われたら、本末転倒だよ。
だから、忙しいのとか荒くれ者の対処だとか治安の悪化とか環境破壊とかは全部伯爵様にプレゼント! 伯爵領は広くて人口も多いから、軍港で儲けたお金を他の地域に回して領民の生活向上を、とか考えるでしょう、伯爵様なら。
ほらほら、多少のデメリットは甘受せざるを得ないよね? ふふふ。
「あ、捕虜、伯爵領に連れて行って下さい! うちじゃ、収容する建物も無いですから。さすがに野晒しじゃ可哀想で……。普通の兵士はともかく、水夫は操船を教えて貰う大事な人材ですからね」
結局、指揮官を含む上陸組全員は侯爵様が王都へと連れ帰り、その他は伯爵様がボーゼス領へ連れて行くこととなった。上陸組は私の能力やサブマシンガンを見ているから、他の捕虜と一緒にしたくないので丁度良い。指揮官は戦争の責任を取って貰う必要があるから、王都で地下牢行き、かな。
あ、正式には、今もヴァネル王国と戦争中なわけだからね。たとえヴァネル王国の人々がその事実を全く知らないとしても。
私が王都へ行くまでは、言葉も通じず、知らない言葉で一方的に責められて牢に戻る、という毎日の繰り返し。さぞや心細い日々であろう。
でもそれは、あの男が自ら招いた事態なのだから、自業自得だよね。
その後、伯爵様、侯爵様達と共に漁船で沖合の船に行き、様々な書類や日誌、海図等を調査して、ヴァネル王国の位置や大きさ、周辺国の配置、その他を確認した。
金庫の中身も転移で抜いたよ、おふたりが別の部屋を調べている間に。
金貨は、うん、そこそこあった。寄港地で補給物資を購入したり、乗員に給料を払ったりする分かな。
ありがたく戴きます。
金の含有量が充分ありますように。なむなむ。




