65 海からの来訪者 5
「……というわけで、人数はまだ不明ですけど、全員を捕虜にしつつあります」
まずは、無線機で王様に報告、と。
『ね、姉様、またそんな無茶をして!
生命力は、生命力は大丈夫なんですか!!』
王様からマイクを引ったくったのか、サビーネちゃんが口を挟んできた。
あ~、心配させちゃったか…。でも、今回は仕方ないよねぇ。
また国のために無理をして、仕方なく命を削った、ってことにしとかないと、簡単にポンポン出来るなんて知られるわけには行かないからねぇ。
「サビーネちゃん、うちの国には、こういう言葉があるの。
『今使わなくて、いつ使うと言うのだ!』って……」
『ねえさま……』
ああ、涙声になっちゃってるよ……。
『サンダー軍曹、すまぬ……』
王様の声も暗いねぇ。
私を気遣ってか、それともこの後にサビーネちゃんから責められるのが心配なのか……。
「仕方ありません。国のため、ということもありますが、領民をこんなつまらないことで死なせるわけには行きませんからね。別に、王様のせいではありません」
『しかし、それでも国のために大きな代償を払わせてしまったことは慚愧に堪えぬ…』
これじゃ話が進まないよ……。
「それはもういいですから。そのうち何か穴埋めをして下されば結構です。今はもっと重要な話を進めましょう。
敵は、指揮官から兵卒に至るまで、完全に心をへし折っておきましたので、尋問すれば何でも喋ると思います。特に、下級兵や強制的に徴募された者とかは抱き込めるでしょう。もう帰国できる可能性は殆どないし、祖国への忠誠心とかもろくに無いでしょうから。
敵の母国も、駄目元で送り出した船が行方不明になっただけ。『ああ、駄目だったか』で終わるでしょう。時化で沈没、陸地に到達できず水や食料が無くなって全滅等、原因は色々考えられますからね。また調査船団を送り出すとしても、何年も先のことになるでしょう。
でもそれは逆に、数年後にはまた来る、ということです」
『それまでに、何とかせねばならぬというわけか……』
「そうです。これ以上の話は、今はやめておきましょう。アイブリンガー侯爵には色々とお話ししておきますので、また後日、直接お会いした時に……」
『分かった。よろしく頼む』
これにて一応の報告は終了。
あとは、敵兵を確保して、船を元の位置に戻して錨泊状態にして、アイブリンガー侯爵の到着を待つか。
どうせ言葉の関係で私が尋問するしかないんだけど、二度手間は面倒なので侯爵様が到着してから。それまでは放置しておけば、ますます尋問の時に喋りやすくなるだろう。
あ、士官以上の者は別々にして隔離、一般兵や強制徴募の連中はいくつかのグループに分けておこう。相談や口裏合わせを防ぎ、『他の者は素直に喋ったから好待遇で旨い物を飲み食いしてるぞ』とか、『他の者が喋ったことと違っていると、確認して嘘を吐いていた方を処分する』とかの心理的な攻めができるからね。
それと、勿論、盗聴器や録音機も仕掛けるよ。
ああっ、そういえば、捕虜用の大量の食料が要る! 領民の生活に支障が出ないかなぁ……。捕虜だけでなく、伯爵様や侯爵様が連れて来る兵士の分も加えると、領民の数を上回る人数になっちゃうよ!
最悪の場合、子爵邸に非常用の備蓄が隠してあったことにして、日本から運ぶしかないかも……。
仕方ないか、予想外のアクシデントだから。領民の自立を阻害するわけじゃないし。
伯爵様は明後日、侯爵様は3日後に到着かな。
その後砂浜に様子を見に行ったら、殆どの敵兵は既に泳ぎ着き、捕縛済みだった。
漁船を出して、途中でへばっている者を収容したり、離れたところに向かって泳ぎ、そのまま逃げようと企む者を捕らえたりしたらしい。
うんうん、ちゃんと自分達で考えて行動しているね。
……やべぇ、そのあたり考えてなかったよ。
捕虜の人数、456人。
うん、想定の範囲内だ。戦力と無補給での航続距離、両方を勘案しての妥協点、って数字だよね、多分。
乗員数と水樽、食料の搭載バランスの大事さは、昔やった帆船で船団組んで交易するゲームでさんざん苦労して思い知ったよ。どれだけの無人船団を漂流させるハメになったことか……。
大体、1隻150人で、士官が各船5~6人ずつ、ってところかな。
そんな人数を収容できる建物なんか勿論ないから、何カ所かに分散して、手足を縛って露天放置するしかない。見張りに使える兵士も少ないんだから、一斉蜂起とかされたら困るからね。伯爵の兵が到着すれば余裕が出来て待遇改善できるから、2日間だけ我慢してね。
その後、上陸したグループは、指揮官はひとりで、各短艇に一人ずつ乗っていた3人の士官は3人まとめて、それぞれ牢に収容した。
こんな、領民みんなが顔見知り、みたいなところに牢なんか無いと思っていたら、アントンさんがさらりと『ありますよ』って……。
子爵邸の地下にひとつ、町にひとつ。
町のものは、他所から来た者が罪を犯したり、または始めから犯罪者である者が流れて来たりした場合や、領民が酔って暴れた時に一泊させたりするのに使っているとか。
そして領主邸の地下にあるやつは…、うん、まぁ、長い歴史の中で、色々とあったんだろう、使う機会とか……。
その領主邸の地下に指揮官、町の牢に3人の士官を収容。
60人の兵士は、まとめて領主邸の庭に置いてある。縛ったまま。
これら上陸組は、他の捕虜とは絶対に接触させない。
あとの『泳いだ組』は、士官を除いて7つの組に分けた。それぞれ声の届かないところに離して露天で、同じく縛ったまま見張る。
士官は、数人ずつに分けて空き部屋に監禁した。
その日の夜。
船に残り、訳の分からないうちに裸で海に投げ出されて捕らえられた士官5人が収容されている部屋へ、水差しとカップを持って訪問した。
水差しとカップは、安全のため、共に木製だ。
部屋にはいると、手足を縛られたまま床に座った5人の男と、椅子に座ったふたりの見張りの兵士がいた。
あわてて立ち上がりかけた見張りの兵士は、私が口に指を当てて『黙っていろ』と合図すると、そのまま黙って椅子に戻った。うん、ちゃんと教育の成果が出ているね。そのまま知らんぷりをしていてね。
「あの、お水持ってきました……」
私が辿々しくそう言うと、床に座った男達が次々と喜びの声をあげた。
「助かった! 朝食以来、水一滴も飲んでなかったんだ。もう喉がカラカラだよ!」
「すまんが、動けないんでここまで持って来てくれ!」
「……って、お嬢ちゃん、言葉が分かるのか!」
3人目の男の言葉で、ようやく言葉が通じていることに気付いた捕虜の士官達。
「どうして……、いや、そんなことはどうでもいいか、頼む、俺達の言うことを通訳してくれ!」
「ああ、やはりヴァネル王国の方でしたか! 亡くなった私の父は、ヴァネル王国出身の船乗りで、遭難してこの国に辿り着き、母と結婚してこの国に永住した者です。いつか祖国の船が来るかも知れないと、私に祖国の言葉を……」
「おお! それは何と言うお導きか……。お父上の、祖国とこの国のためを考えた御慧眼、誠に尊敬すべきお方だ。さぞかし立派な船乗りであったに違いない……」
うむうむ、信じられない体験をし、言葉も通じず、状況も分からないこの状況で、唯一の希望の光。さぁ、存分に私に依存するが良い!
「では、まず、今の状況を御説明します。
あなた方の指揮官である方が、ヴァネル王国総督を名乗り、王国の名の下に我が国に隷属を要求し、銃を発砲、更に艦砲射撃を行い重要施設を破壊、宣戦布告をなさいました。それに対し我が国の国王は応戦を命じられ、あなた方はいとも簡単に一瞬のうちに敗北されました。このままでは、侵略者であり戦争をふっかけてきたヴァネル王国は、あなた方の船と同じ結末を辿ることになるでしょう」
「船と、同じ結末………」
男達の顔は蒼白になっている。
だって、船が辿った結末って、謎の力により一瞬のうちに消滅、だものね、この人達にとっては。
「ち、違う! あの男は、我が国の代表なんかじゃない! 王の援助を受けて調査船団を組織しただけの、ただの奴隷商人に過ぎないのだ。軍の階級は指揮官としての体裁と命令権を与えるために一時的に与えられただけのものだ。
国の代表を騙って他国との戦争を招いたとなれば、もはやそれも剥奪、あとは次席である本来の指揮官、アモロス海佐が指揮を執られることになる。早くアモロス海佐に会わせてくれ!」
やっぱりね。そんな事だろうと思っていたよ…。
「でも、あの指揮官は自分が全権を持っている、って。自分を助けてくれるなら、ヴァネル王国侵攻の道案内をする、って言ってますよ?」
「ば、売国奴めがッッ!!」
「私、唯一の通訳ですし、上の方には色々と直接話せるツテがあるんですよ。詳しいお話、聞かせて戴けますか?」
「わ、分かった! 説明するから、上の人に伝えてくれ!」
はい、一丁あがり~。
この後、何カ所も廻らなきゃならないから、サクサク行くよ。




