60 あれもこれも 2
子供達を子爵邸に戻して、次に向かったのは漁村。
釣りや網漁が順調なのは分かってるけど、製塩に少し問題が。
実は、流下式製塩法がそれまでの方法に較べて圧倒的に省力化された、という記述を信じていたのに、村人が結構大変だと言って来た。少し様子がおかしいので色々と調べてみたら、確かにそれまでの方法に較べると塩砂をかき集めて海水で洗い撹拌する必要が無くなったけど、海水を何度も汲み上げるための労力が思っていたよりずっと大変だった。入り浜式のように潮の干満を利用することも出来ないし…。
流下式の利点って、揚水ポンプの存在が前提?
そういうわけで、改善案を考えてみたわけですよ。
その名も、『足踏み水車』!
流水の力ではなく、人間が水車の羽車を歩くように踏んで回す揚水水車だ。
ただ歩くだけで連続的に揚水出来るため、女性や子供でも簡単に出来る。赤ん坊を背負って子守をしながらでもできる。しかもその場合、赤ん坊の体重も加わって効率が上がるという……。
あ、だから、あんまり体重が軽い人は支障が出るんだけどね。
まぁ、うちは女性や子供の仕事になることを考えて、最初から体重の軽い者用に設計するか…。女子供のいい小遣い稼ぎになるし、お年寄りの運動代わりにもなって、丁度いいや。工房の、3人体制での初仕事にして貰おう。3人で協力しあっての仕事になるだろうから、仲良くなるにも役立つだろうし。
良さそうな場所を確認して、あとはランディさん達に丸投げ、げふんげふん、業務委託しよう。
あとは、順調かな。海藻関連も、新しい干物の方もOK、と。
次は農村……。
う~ん、漁村に続いて山村も現金収入が増加したから、今度は逆に農村が置いて行かれたか…。あっちを立てればこっちが立たず、難しいよねぇ…。
農業は数ヶ月から年単位の仕事だから、地道な努力の継続が大事、すぐに結果が出るものじゃないからなぁ……。
仕方ない、ネットで教えて貰ったやつを試してみるか。
甘味。
大抵の異世界物では、甘味は贅沢品で高価なもの、ということになっている。ここでも、砂糖は他国から運ばれて来ており、かなり高い。
じゃあ、砂糖を作る?
いやいや、サトウキビも甜菜も無いし、今から栽培しても収穫までに時間がかかる。植える時期のこともあるし、いくらネットで調べても、農業には常に、思わぬ失敗をする可能性がある。始めるなら、やはり小規模な実験的なものからでないと……。
養蜂?
ハードル高い~…。
防護服も無しで、素人が本とネット情報だけで、繊細な生き物相手のぶっつけ勝負? 怖すぎるよ……。
蜜蜂は攻撃的じゃないけど、刺される時は刺される。そして蜜蜂でもアナフィラキシーショックは起きる。ダメだ、領民に危険は冒させられない。
それに、蜂蜜も、凄く高いけど王都で売っていたしね。砂糖を大量に生産して勝負をかける、とかいうのならばともかく、少量の蜂蜜のために既存の販売ルートと喧嘩をするのも面倒だし。
……結局、お手軽なところで、アレかな。芋の澱粉から作る、水アメ。
いや、楓を探して楓汁、メープルシロップというのも考えたけど、それは山村の縄張りだよね。農村の者に山で作業させたら絶対に揉め事になるよ…。
そういうわけで、農村には、ジャガイモやトウモロコシに麦芽を使って水アメを作る実験を始めさせよう。
あまり高級な感じにならなければ、王都ではなくこの周辺の他領に売るという方法もある。同じ田舎領なんだから、近くの領民も王都で贅沢品を買うなんて余裕はないだろう。でも、近くの領地でそこそこの満足感が得られるプチ贅沢品が比較的安く簡単に手に入ったら?
うん、売れる可能性は充分にある。
そしてお次は、いよいよ山村。
もう、遊戯盤と駒、石造り一色だよ。
ちゃんと本業の狩猟や木材の切り出し、やってる?
シイタケの生産と干しシイタケへの加工も…、って、干すだけなんだけど。
こりゃ、メープルシロップとかの話は出さない方が良いかな。あまり一度になんでもかんでも始めても大変だし。一応、楓の木があるかどうかだけ調べておいて、また、遊戯盤の売れ行きが落ちたら考えよう。農村の水アメとの競合もあるし…。
あ、製紙関連が完全にストップしてるじゃん!
繋ぎの事業に熱中して、これからの主力産業のひとつになる製紙の研究を放り出してどうするよ!
こりゃ、少し遊戯盤関連を抑えるか? しかし、すぐに模倣品が出回るだろうからなぁ、大会参加目当てとヤマノ領産というブランドだけでどれだけシェアが保てるか…。稼げるうちに稼いだ方が良いのかな。
いいや、大会まではこのままにしよう! その後は模倣品に喰われるだろうから、他のはそれからでいいか。
う~ん、色々と一度にやり過ぎたかなぁ…。
でも、どこかの村だけ羽振りが良くなる、っていうのは良くないからなぁ、均等に発展しないと……。
って、村ばかり発展して、町はどうするんだよ、町は!
お店やメシ屋改め食堂、簡易宿泊所改め宿屋、その他近隣領からの客を相手にする業種は売り上げが伸びているけど、その他の、パン屋とか荷役屋とか、町で仕事している人は……って、売り上げ上がってそこそこ、ですか、そうですか。
それと、手先の器用な各種職人達が凄く凝った将棋の駒を作ってる、って……、え、何この立体的な駒! まるでチェスの駒じゃないの!
みんな、しっかりしてるなぁ。貴族に高く売れそうだよ。
さて、最後に来たのが、領主軍のところ。
一応、私が総司令官なんだよね。現場指揮官はヴィレムさんだけど。
「どんな感じ、ヴィレムさん」
「ああ、まぁ、ボチボチだな…」
兵には、槍とショートソードを持たせている。
やっぱり、初心者にはリーチの長い武器がいいよね。単一機能のものだと熟練度が低くても充分使いこなせるし。槍衾を作ったり、腰だめに構えて整然と突進したり。
攻撃よりも防御優先なので、ひとりで敵陣に暴れ込む、なんてのは考えていない。でも、刺した槍が抜けなかったり、小柄で素早い敵に接近されたりした場合に備えて、槍だけでなくショートソードも持たせている。
クロスボウは、まだ。
いや、地球でも古くからある武器だし、機構も簡単だから導入しようかと思っているんだけど、クロスボウを先に渡すと、みんな槍やショートソードよりそっちに興味を持っちゃって基本訓練に身が入らないんじゃないか、とか、うっかり誤射、とかが怖くてね。それに、製造に時間がかかるし……。
クロスボウは、一通りの訓練が終わって、心構えからして一端の兵士になってから、だね。
槍とショートソードは、この国のものを買った。
何十本も作るの大変だし、そもそも武器は専門の職人さんが作ったものでないと安心できないからね。
そのあたりのお金は、領の予算から出した。前領主が出て行く時、領のお金を全部持ち出したというわけではなく、持ち出したのは男爵家としての個人資産だけ。だって、そうでないと領が破産してしまうから、そのあたりは国がしっかり見張っていたそうな。
それでも、かなりの領地予算を個人のものにしていたようだけど…。
まだ徴兵対象者全員の訓練が一回りしていないけど、何人かはやる気と才能がある者もいたそうで、常備兵の候補に挙げておいて貰った。
スヴェンさん達、元傭兵の4人も頑張っている。特に槍使いのゼップさん、教官として張り切っている。
私関連のイベントでは目立ってなかったからねぇ、今まで…。まぁ、いいとこ見せて彼女ができるといいね。
あ、スヴェンさん達とヴィレムさんには、例の計画を実施しておこう。
うん、『万一に備えた火力チート計画』だよ。
具体的に言うと、5人には、緊急事態に備えてサブマシンガンの撃ち方を覚えて貰う。安全装置の外し方と撃ち方と弾倉交換だけで、整備とかは全く無し。本当の、その場凌ぎの非常用。
私の不在時に備えて、武器弾薬は、執事のアントンさん、参謀のミリアムさん、領主軍指揮官のヴィレムさん、そしてコレットちゃんの4人のうち3人以上が了承した場合のみ開かれるところに保管しておく予定。私が居る時は、ウルフファングのベースに借りている部屋から持ってくるよ。
あ、サブマシンガンにしたのは、やはり私の手を離れる可能性がある武器にあまり強力な物を選びたくなかったことと、銃も弾薬も小型軽量で取り回しが簡単なものが選べるから。
マシンガン、という名前でも、サブが付くだけあって、威力はとても弱いからね、サブマシンガンは。なにせ、弾が拳銃と同じもの。フルサイズ小銃弾や、フルサイズ小銃弾と拳銃弾の中間であるアサルトライフルの弾のように、大きな薬莢にたくさんの発射薬が入っているわけじゃないし、弾の形も長距離用じゃない。とにかく近距離にたくさんの弾をばらまく、というものであり、狙撃なんか関係無い、というシロモノ。スプレーガン、という呼び名があることからも、一発必中、とかからはかけ離れた武器だということがよく分かる。
さて、当分の間は、この態勢でゆっくりと行こうかな。
新しいことは、今やってるのが落ち着くか、収益が下がって次の手が必要になってからでいいや。
あんまり急に色々変えるのはトラブルの元だし。
……なんか、もうかなり手遅れなような気もするけど。
うん、気にしない気にしない! 余計なことは考えないようにしよう。
主に、私の心の安寧のために。
しばらくは、大事件とかも起こらないだろうから、のんびり行こう。
次の社交シーズンまでに、製紙とトウモロコシを出荷段階まで持って行きたいなぁ……。
などと考えていた時が私にもありました。
揉め事に巻き込まれないようにと国境に接していない領地を選んだのに、まさか後ろから来ようとは……。




