59 あれもこれも 1
あれからしばらく経って、社交シーズンも終わり、各貴族達はそれぞれ領地へと戻り始めた。勿論、私も。
……イリス様達と共に。
逃げようがなかった。どういう理由を考えても、無理だった。
最初から無理ゲー、詰んでたんだよ!
地球で注文した馬車も間に合わず、ボーゼス家の馬車に乗せて貰うことになった。貴族用の良い馬車なんだろうけど、そしてクッションが敷いてあるんだけど、お尻が痛いのとはらわたがシェイクされるような感じはどうにもならない。みんなは平気なの?
……慣れましたか、そうですか。
同行している、孤児院出身の3人は、使用人達と一緒に別の馬車に乗っている。そりゃ、伯爵様御一家と同じ馬車には乗れないよね。スペースうんぬん以前の問題として。
向こうの馬車は伯爵様御一家用の豪華なこの馬車と違って、多分クッションなんか碌に無いんだろう。それに較べれば、文句を言うとバチが当たるか……。
10日間も領地の様子が分からないのは不安なので、宿に着いてから少し抜け出して、ごく短時間のみ戻っている。
『ミツハ、お手洗い長いね~。便秘?』って、う、うるさいわ!!
領をあげての特別増産体制は解除した。
なんと、山村の亭主連中も遊戯具作成に加わり、製紙のための準備も猟も何もかも完全に停止してしまっていたんだよ! 農村、漁村や町の方も、女子供でも手伝える現金収入とあって、他の用事を放り出して遊戯具作成。そりゃ、たくさん出来るわけだ。
でも、やり過ぎ! 仕事が無い者と手が空いている者は引き続き遊戯具作成を続けても構わないけど、本業がある者、他にやるべきことがある者は作製禁止! 子供やお年寄りも、時間制限をかけた。でないと、みんな倒れるまで作り続けるんだよ! 姫巫女様のお役に立たねば、とか、このチャンスにお金を稼ぐんだ、とか言って。
こりゃいかん、と思い、増産体制解除後は買い取り金額を下げた。増産体制中は、あくまでも緊急事態だったので特別料金だったのだ、ということにして。
ああ、適正金額の設定というのは難しいよねぇ…。よかれと思って高い給金にしてあげても、歪みが出ては却って駄目になるか。
品質も、あまり質の良くないものは作らないようにしっかり管理するよう指示した。それに併せて、貴族や金持ち用の高級品の生産数を増やすように指導。最初は品薄解消のためにちょっと無茶しちゃったけど、これからはあまり無理をさせずに安定した収益を目指そう。
王都を出発する前に、サビーネちゃんとは無線機の操作法のおさらいをしておいた。ま、何とかなるだろう。
無線機の存在は、サビーネちゃんの『えへ、来ちゃった!』を防止するための重要な支えになる。話が出来る、ということで我慢してくれるだろう。
それに、定時連絡は別にサビーネちゃんへのサービスが目的じゃない。また、前みたいに王都に危機が迫ったり、お店やサビーネちゃんの身に何かが起こった時にすぐ対処できるようにという、鳴子代わりにするのが目的だ。これで、しょっちゅう王都の様子を確認しに行かなくて済む。
行くのに大した手間はかからないけど、あまり頻繁に目撃されるのは良くないからね。
「…いるのですか」
え?
「ちゃんと話を聞いているのですか、ミツハ!」
うわわ、イリス様が睨んでるよ……。
水行10秒、陸行10日、かくしてヤマノ領に至る。
邪馬台国じゃありませんか、そうですか。
あ、そういえば、「ひみこ」と「ひめみこ」って似て……、考えちゃ駄目だ、考えちゃ駄目だ!!
私には国を支配するつもりも、その予定もない!
実は、まだ子爵領には着いていない。イリス様が、分岐点で降りることを許してくれなかった。
まぁ、そうだよね~。そこからひとりで歩いて帰る、なんて言っても、許可が下りるわけがなかったよ、いやホント。
そういうわけで、ボーゼス家領地邸で宿泊。久し振りだね~。
え、もっと自分に構え、って? 10日間もずっと一緒だったじゃないですか!
オセロ? 宿で死ぬほどやったでしょうが! 明け方までやって、翌日馬車でぐったりしてたでしょう!
ならば私と、って、あなた執事でしょうが! 仕事してよ、シュテファンさん!
もう、ボーゼス領に大量のオセロ持ち込んで、領の生産量激減させちゃるぞ!
テトリス陰謀論ですか、そうですか。
ようやく解放されて、護衛を付けられて子爵領に帰り着いたのは、それから3日後だった……。
いかん、サビーネちゃんに連絡せねば!
アクシデントがあれば予定が数日延びることくらい珍しくないけど、その『アクシデントがあった』ということ自体が、充分心配する理由になるのだから……。
定時連絡の時間じゃないけど、もしかすると待ってるかも知れないから、一応呼んでみるか。
無線機の電源を入れて、周波数を確認して、マッチングを調整して、と。
使用周波数は3.5MHz帯。夜間には『夜のサンハン』と呼ばれ飛びの悪いこの周波数も、日中ならば無敵!
「チェックメイトキングセブン、チェックメイトキングセブン、こちらホワイトルーク、オーバー」
うん、アレだ。
キングセブン、というのは、王族で7番目だからね、サビーネちゃん。
ルーへン君の方が年下だけど、ここはライオン一家の序列の付け方に倣って、男の子優先で。
元ネタのキングツー、というのは、K中隊の第2小隊、という意味。多分、大隊のコールサインが『チェックメイト』なんだろう。
『ホワイトルーク』は、『ホワイトロック』と覚えている人が多いんだけど、あれは翻訳ミス。テレビシリーズの第5シーズンあたりからは『ホワイトルーク』に修正されてた。
だって、大隊が『チェックメイト』なんだから、関連する部隊のコールサインがチェス関連、というのは予想が付くよねぇ。
『姉様、無事だった?』
すぐに返ってくる、サビーネちゃんの応答。
こりゃ、席に着いてずっと待ってたな……。
しばらく相手をしてあげるか。
いつまでも話し続けようとするサビーネちゃんを宥めて、30分くらいでようやく終了。これから毎日、いかに早く定時連絡を終了させるかが問題だな。
あ、無線機関連は、発電システムと共に、もし私が姿を消す場合には全部持ち去る予定。その余裕がなかったとしても、完全なオーバーテクノロジーだから、すぐに使用不能になって歴史の中に埋もれて行くだろう。心配なのは、未来の考古学者の胃に穴が開くかも知れないことだけだ。
さて、内政チートの時間だ!
いや、王都に居た時もしょっちゅう戻って来て指示を出していたけどね、やっぱり『ずっと王都にいる』という振りをしながらだとどうしても重要なことを進めるのは心配で、後回しにしていたんだよ。
それを、一挙に進めるよ!
まずは、ランディさんのところへ。
「調子はどう?」
「あ、領主様…」
ランディさんは私が領主になってからの知り合いだから、以前からの友人達と違って固いんだよね、私と話す時…。
「製作状況はどんな感じかな」
「はい、漁具の方は一通り作ってみましたが、大丈夫だと思います。しかし、自転車の方は……」
うん、苦戦するよねぇ。
とりあえず、変速機とかは無い簡単な構造のものを試作して貰おうと思うんだけど、部品強度、加工精度でもう少し頑張って貰わないと…。
一応、高品質の鋼を作るため、炭素含有量とか焼成とかは教えたんだけど…。
前輪が巨大な、乗りにくくて危険なタイプのを経由する必要はないから、最初からお馴染みのタイプのやつで、タイヤは鉄製のに何かを巻いて、と思ってる。チューブ式なんてのはまだまだ先の話。最初は採算度外視で毛皮でも巻くか、と思っていたけど、ゴムの代わりにスライムが使えれば……。
今更、地面を蹴って進むも無いので、試作機はチェーン駆動を目指している。でも、チェーンを付けて後輪を回す仕組みが発明されたのが1879年、前輪と後輪の大きさが同じの、現在の自転車の元祖が発明されたのが1885年だからなぁ、今の技術レベルでは難しいか……。
まぁ、のんびり行こう。
ランディさんも、日用品の製作だけではつまらないだろうから、高い目標があって研究が続けられる方がやり甲斐があるだろうしね。
あ、忘れてた。
私の後ろに立っている3人を前に出させて紹介する。
「ランディさん、この子達が、王都でスカウトして来た子達だよ。ロイク君11歳、マノンちゃん10歳、そしてロイク君の妹のネリーちゃん、9歳。ランディさんの弟子になるのはロイク君とマノンちゃんだけで、ネリーちゃんはうちで料理人見習い。ここにも時々来るだろうから、一緒に紹介しとこうと思ってね。面倒見てあげてね」
「「「よろしくお願いします!」」」
「あ…、あぁ」
3人の声が揃い、多少キョドりながらもランディさんが答えた。
う~ん、人付き合いが苦手って、他の人と考えが合わないだけかと思っていたけど、子供の相手も苦手なのかなぁ……。
みんなでランディさん作の漁具を見た。
うん、釣り針とか、ちゃんと返しも付いてるし、強度も充分ありそうだ。
銛やヤスもOK。
ただ、ヤスにはゴムを付けたいなぁ。柄の後端に付けたゴムの力でドスッと放つと、腕の予備動作が無くて済むから獲物に奇襲できるので便利なんだよねぇ。
……スライムか? スライムをゴムの代わりに使うか?
うむむ、期待が膨らむなぁ…。
ロイク君とマノンちゃん、その瞳の輝きは何?
何か思いついたの? 大発明??
……あ、美味しそうな魚を食べるところを想像してただけですか、そうですか。
そりゃ、そう簡単に画期的なアイディアは浮かばないよねぇ。
ふたりは明日から来させる、と言って、工房を後にした。
3人は子爵邸の使用人達と一緒に住ませて、ネリーちゃん以外は工房に通わせる。兄妹を引き離すのも心苦しいし、ランディさんには、技術指導はともかく、子供達の日常生活をサポートする能力があるとは思えないから。
下手をすると、逆に子供達にサポートされるんじゃないかと……。
とにかく、子供の世話をランディさんに丸投げするわけには行かない。ちゃんと面倒見るよ。
しかし、何かコレットちゃんの友達候補が増えていくなぁ…。
いつか、天才少女達に子爵邸を乗っ取られたり……。




