58 オセロを広めよう! 5
まとまった数のオセロと将棋が入荷し、まだまだ需要はあるけれど、一応は落ち着きを取り戻した。
みんな、気が付いたんだ。ヤマノ産の正規のものは大会までに入手できればいいんだ、って。それまでは、地面に線を引いて描いたマス目に石代わりの何かを置いて練習していても別に構わないのでは、と…。大分やりにくくはあるけれどね。
あ、ここで言う『石』ってのは、オセロの白黒のやつのことね。本当の石で出来てなくても、石、って言う。まぁ、駒、って言うような意味だよ。
とにかく、大会は次の社交シーズンだ。まだまだ時間は充分ある。
それに、最初は大会での商品目当てだった人々も、しだいにゲーム自体の面白さにハマり始めている。
……計画通り。
刺激を与えるために、オセロや将棋をやっている貴族の家に勝負を挑みに行ってみた。負けた時には、賞品として、男性には使い捨てライター、女性には生理用品を置いて帰る。ちゃんと使い方は教えるよ、別室へ行って。
でも、仲間内でのお遊びでしかやったことがないから、本気で練習しているみんなにはもう殆ど勝てなくなっていた。
いや、お店の商品を配って、販促活動をしているだけだから! 賞品渡すのも目的のうちだから!
……ぐぬぬ。
まぁ、オセロと将棋をやっている貴族家には姫巫女様が訪ねてくる、という噂が流れて、貴族の間にますますブームが広がったから、いいか…。
全く勝てなくなったので、貴族家巡りはおしまい!
少し手が空いたので、久し振りに隊長さんのところへ行ってみた。
「というわけで、久し振りに来てみました」
「何が、というわけで、だよ……」
疲れた顔の隊長さん。
「あちこちの国から手紙が来てるぞ。ほら、これな」
「うわぁ……」
どさっ、というほどの量の手紙を渡されたよ。これ全部読んで、内容を検討して、返事出すの? 電子メールじゃダメかなぁ…。
「それと、どこかに口座開く気ないか? ドラゴンのとか色々、入金があるんだが…」
おお! 遂にドラゴン関係がお金に!
うろこやその他の素材の分かな?
研究成果が現金化されるにはまだ少し早いよね…。
しかし、口座となれば、あれしかあるまい。
無表情になって、低い声で言った。
「……スイス銀行の口座に振り込んでくれ」
「何の真似だよ……」
「私の後ろに立つな!」
「いや、だから一体何の真似かと……」
地球で大金が手に入るなら、金貨の移動はやめてもいいかな?
いやいや、異世界でなら、例え身ひとつで遠くの国に行ってもお金は稼げる。地球の知識を使えば。それに対して、地球では、両親が残してくれた遺産を使い果たせば一文無しの無職だよ。
やっぱり、地球に金貨を運んでおこう。換金はせずに穴の中に貯めて、充分な現金収入が得られれば、その時点でむこうに持ち帰ればいいや。
その前に、まずは口座の開設、そして手紙の処理か……。
スイス銀行。個人名を秘匿し、その秘密性を売りにして世界中の資産家や政治家、独裁者や犯罪者等から預金を集めるその存在のおかげで、スイスが他国からの侵略を受ける心配はまず無いだろうと言われている。
国民皆兵、強力な軍隊の存在と併せて、永世中立を実現するための大きな柱のひとつだ。永世中立は、ただ宣言するだけで実現できるような甘いものじゃないよ。甘いこと言ってたら、あっという間に侵略されて終わりだよ。
『スイス銀行』と言っても、そういう名の銀行があるわけじゃなく、スイス銀行法に従うたくさんの銀行の総称が『スイス銀行』だ。
ほら、あれ。『スイス銀行とはひとつの銀行の名にあらず。スイス銀行法の術を使う者、これ皆すなわち……』って、猿飛の術の話は聞き飽きましたか、そうですか。
まぁ、スイスの銀行にも色々とあって、給与振り込みや公共料金の自動振り込みとかはやってくれず、預金利子どころか逆に客が口座維持費とかを払わなきゃならないプライベートバンク、というのが、漫画や小説に出てくる『スイス銀行』ってのが指してるやつ。
日本の銀行のように、本人が行けばすぐに口座開設、とは行かず、担当者との面談や審査が必要とか。
え、私がひとりでいきなり行っても門前払い?
そりゃそうか、正体不明の小娘が突然来ても、面談や審査を通るとは思えない。
う~ん……。
悩む私の目の前にある、手紙の束。
ああ、紹介者がいればいいんじゃないかな。
なるべくインパクトのある人で。
但し、大国の人は外そう……。
小国で、クセがあって、名が知られてて、影響力があって、いい人。
そんな人はいませんか、そうですか。
まぁ、適当に選ぼう。
手紙を見てみると、その大半はパーティーとかイベントの招待。しばらく来なかったから、もう過ぎちゃってるのもある。あと、自分のところにも生物や鉱物のサンプルを、というお願いやら、武器の供与、技術指導の申し出とか。
倉庫に眠る不良在庫の旧式武器でも売り付けるつもりかな。
技術指導って、情報収集のために人員を送り込みたいだけだろうし。
まぁ、向こうの機材だけで未舗装路を1日で280キロ走れる自転車を作れる技術者なら、採用してあげないこともないけどね。
手紙の中からスイス銀行への紹介を頼むところを見繕い、その後、いよいよ最後に残しておいた2通を開封した。うん、生物サンプルを渡しておいた2つの小国からの手紙だ。郵便ではなく、エージェントが直接持って来たらしい。
まずは、薬草として使われている植物を数種類渡した国。
え、2つは地球にも殆ど同じのがある?
3つは薬効成分と思われるものが地球でも発見済み…。
お、よく分からない成分が1つ見つかった? 研究継続、か…。
あまり成果が無いと気の毒だから、追加の植物と、動物も何か渡すか…。
もう1つの、木造船を引き取りに行った時に小動物をいくつか渡した方の国は、と……。
え? スライムに酢酸を加えると、固くて弾力のある、高圧ゴムみたいになった?
まだ向こうではゴムの木を見つけてないんだよ!
考えてみれば、ゴムが無いと自転車のタイヤが作れないよね。タイヤ用に加工するための色々な添加剤とかも……。
もしかして、大発見?
でも、普通、肉に酢を加えたら柔らかくなるもんだよね……。
え、スライムを食べてみた? 向こうの世界に、そんなことする奴はいないよ!
生ゴミ喰わせればどんどん増える?
視肉かッッッ!!
『結果、食用には適さず』って……。
驚かさないでよ、もう……。
弾性化の研究は継続を頼もう。地球ではカネにならないようなら、研究費を出してもいいよ。
こっちの国にも、追加の動物渡しておこうかな。何かいいのはないかなぁ…。
この前、漁村の人が沖合でおかしな生物を獲ったからネットに写真をあげて聞いてみたら、多くの人に『アノマロカリスじゃん。pgr』って書かれた。地球にもいるのか。知らなかったよ、あんなのがいたなんて。残念…。
その後、スイス銀行の口座、審査に無事通って開設できた。
やはり、紹介者が効いたか。
あ、別に審査に同伴して貰ったりしていないよ。そんな事したら、絶対厳守の秘密が漏れちゃうじゃない。それに、あの人がそう簡単に外国に行ったり出来ないよ。紹介状を書いて貰って、銀行からの確認に対して本物だと証明して貰っただけだよ。
大国、まだ招待状程度だけど、そのうち何かもっと積極的なアプローチをして来そうだなぁ。
まぁ、滅多に地球に来ない、ということにしておけば進展が遅くなるし、性急なことはして来ないだろうから、いいか。
あと、地球で何かやっとくことは……。
あ、馬車だ!
さすがに、馬車が1台も無いというのはまずい。
王都と領地の移動手段として表向きだけでも馬車がないとおかしいし、パーティーに行くにも乗り物は要る。
今まで? 歩いて行ったり、伯爵様が迎えに来てくれたり、馬車屋に頼んだりしていた。でも、そろそろ何とかしないと。さすがに、自転車で、というわけにも行かないし。なにせ、ドレスを着て行くんだからね。
いや、ドレスじゃなくても自転車では行かないよ、勿論!
え、馬車なら向こうで買えばいいだろう?
嫌だよ、あんな、スプリングも無くてお尻が痛くなるやつ。
ちゃんと、乗り心地の良いやつでなきゃ。
それに、一応は乗り物なんだから、事故や故障は怪我や死に繋がる。安全性を重視するなら、地球製にすべきだろう。軽いから速度も出るし。
まだ馬車を造っている国はたくさんあるから、高性能のを発注しよう。多分凄く高いだろうけど、それは仕方ない。さすがにランディさんに頼むのは無謀過ぎるしね。
と、なんやかんやで異世界の王女様としての地球での用事を片付けて、王都へ帰還。
社交シーズンもそろそろ終わりかな。




