57 オセロを広めよう! 4
ペッツさんの荷馬車隊が王都に着いた日の夜、事前に了解を取っていた場所に一斉に告知の張り紙を貼った。
詐欺っぽい大会告知文に文句を言ったけど、ミリアムさんに『これでいい』と押し切られたよ。みんなはそんなの気にしないから勢いが大事、って…。
まぁ、民衆心理に詳しいミリアムさんがそう言うなら任せるけど、クレーム来たら対処を押し付けるからね!
張り紙だけで、チラシ配布とかは無し。
いや、紙、高いんだよ!
ここにも紙はあるんだけど、質が悪くて馬鹿高い。
まぁ、だからこその製紙参入なんだけどね。安くて上質の紙が大量に出回っていたら、領地で製紙なんか始めないよ。
ここの紙、材料が木じゃないっぽい。非木材植物、ってやつ?
藁や、亜麻、木綿クズとか……。
うちの村で試すのも、正確には木材というよりは樹皮なんだけどね。
藁の紙かぁ…。わら半紙、とか、懐かしいねぇ。いや、私が知ってるやつは、正確には本当の藁を使ったものじゃなく、言葉を引き継いだだけの中質紙、低質紙、再生紙等を指す言葉に過ぎなかったんだろうけど。
上質紙ばかりになって、日本のお店でもあまり見なくなったなぁ。
いや、あっても買わないけどね。プリンターやコピー機に詰まるしシャーペンは引っ掛かるし…、あ、だから無くなったのか…。
で、朝になって、次第に陽が高くなって…、客が押し寄せた。ペッツさんの店に。
「「「オセロと将棋を売っているのは、ここか!!」」」
売れた。
売り切れたよ…。
山村2つ、人口79人の村で15日間かけて作った600個が、全て……。
ペッツさんの仕入れ値が平均して銀貨3枚。
あ、平均、というのは、オセロと将棋は価格が違うから。そりゃそうだ、かかる手間が違うんだから。
数は、大半がオセロ。将棋は少しだけ。作るのに手間がかかるし、最初は貴族や高級軍人狙いで少ししか売れないだろうから。一部は高級品にしたから作るのに手間がかかるしね。
で、村の稼ぎ、15日間で銀貨1800枚。1軒当たり銀貨86枚、って…。自給率が高い田舎の小村で、それは現金収入倍増どころではないんじゃあ……。
あくまでも副業なので、一家の大黒柱は山仕事、主婦も畑や家事に手を取られる中でのその生産量、多過ぎ! 爺さん婆さんに子供達、どんだけ気合い入れて作ったんだよ! ちゃんと寝たの?
売値は平均で銀貨4枚と銅貨8枚。
ペッツさんの取り分多過ぎ? いや、往復20日以上かかってるんだよ。馬車運行の人件費、食料等の消耗品、護衛の依頼料、馬車の減価償却、そして盗賊に全てを奪われるリスク。それらを考えたら、良心的な価格だよね。いくら行きにも商品積んでたとか、帰りも別の商品も積んでいたとは言え。
それに、将棋の駒の文字、帰路にペッツさんが毎晩夜なべして自分で書いてくれたらしい。
書く文字は、事前に調整しておいた。こちらの人にも判りやすいようにね。王将とかはそのままこちらの言葉にすれば良いとして、香車は突撃槍兵、桂馬は騎兵、金は宿将、とかにして。飛車と角には頭を絞ったよ……。
あ、王様や貴族に渡した日本製のは、駒の表面削って私が書いたよ。だから、駒がプラスチック製のは買わず、木製のにしたんだ。
いや、勿論、プラスチックだということ自体も避けたかったしね。
「ミツハさん、どうしましょう……」
うん、このままでは、せっかくの販売機会を見逃すことになる。
「すぐにまた馬車を出して! 途中ではあまり寄り道せずに、真っ直ぐボーゼス領とうちに行って、出来てるの全部積んで! 行きの荷物はボーゼス領とうちの領で販売、売れ残りはうちの領地店で全部引き取るから」
「分かりました。今回は馬車1台、一番速いやつでぶっ飛ばします! 乗合馬車にも負けませんよ!」
なんか、ペッツさんもやる気になってるよ。
うちの山村21軒にとっては大金でも、王都に店を構えてあちこちに商隊を出してるペッツさんにとっては大した金額じゃないだろうに。
そう言うと、ペッツさんは。
「何言ってるんですか。金額の大小じゃありませんよ。商売で当てた、っていう喜びを噛み締めて楽しまなきゃ、商人やってる意味がないでしょう」
ああ、納得。
なんと、その日のうちに馬車を出しちゃったよ、ペッツさん。さすがに本人は今回は同行していないけど…。
しかし、夕方から出発、って、正気か? しかも、護衛がついてないよ…。
さすがにまずいのでは、と思って聞いたところ。
「ああ、盗賊は大丈夫です。そのための、ミツハさんに許可を戴いたこの紋章、ですよ」
そう言いながら、居残った馬車の、例の孤児院の子が描いたデザイン画を指すペッツさん。
……え?
「実は、今回も盗賊が出たんですよ。で、盗賊が近付いて来た時、大声で叫びました。『この紋章が目に入らぬか! 我々は、雷の姫巫女様の御命令により荷を届ける商人ぞ! 手出ししたなら、姫巫女様が全ての盗賊に神罰の雷を落とされるぞ!』と……。
すると、見事に逃げ去って行きました。これから、ミツハさんの紋章を付けた馬車は襲われませんよ」
………………。
もう、好きにして!!
その後、領地に転移し、村人に緊急増産を指示した。後回しに出来る仕事は置いておいて、とりあえずオセロと将棋を作るように、と。
手間のかかる将棋の駒作りには、農村、漁村の応援も要請。山村では貴族用の凝ったやつ、他の村では安い一般用のを作らせる。オセロに較べると生産数は少ない。
町にも下請け仕事として発注した。本来は山村の儲けとなるものがそちらへ流れるけど、商機を逃すよりはずっといい。それに、ゲーム人気は王都以外にも広がって、長期間売れ続けるだろう。
更に、オセロの石、初期バージョンは木を削って色を塗っていたけど、貝殻をくっつけて色を塗ったり、革を試してみたり……。もう、何でもあり。バリエーション、ということにしておこう。
本当のオセロは、盤面やマス目、石の色等も規定されているんだけど、そこはもう眼を瞑って貰う。とにかく、緊急増産だ!
ああ、作り溜めてから販売すべきだったかなぁ。
でも、それじゃあ山村の収入がそれまで増えず、本当に売れるのかと心配したまま生産を続けることになって、いくら私が買い取り補償してもモチベーションが低下するからなぁ……。
過ぎたことは仕方ない! 今は、乗るしかない、このビッグウェーブに!
「ミツハ、オセロと将棋は無いか! 貴族に回って来なくて騒ぎになっているぞ! あれを買って練習しないと付き合いに支障が出るとあって、みんな入手に必死になっているのだ」
伯爵様がやって来た。
ああ~、すぐ売り切れちゃったからねぇ…。
でも、騒ぎなら、平民の間でも起きてるよ。
いや、ごめんなさい……。
とりあえず、転移で『貴族用高級品』取って来ます。
緊急避難扱いで、例外ね、今回は…。
ペッツさんの馬車、13日で戻って来たよ……。
どんだけ飛ばしたんだか。
え? 行きは、儲けよりも『揺れても壊れない』ということを重視した商品を積んで飛ばした? 暗くなっても道が見える限り進んだ? 途中で馬を替えて、帰りにまたその馬に戻して飛ばした? 無茶するなぁ……。
でも、今回は、村に着いた時点で前回の買い取りから20日近く経っている上、最後の7日間は領ぐるみでの緊急増産体制。2村合わせて79名の山村から、678名の領地全体での生産体制に切り替わったんだからね。その人数比、8倍以上!
いや、全員が作業に携わったわけじゃないけどね。料理人は相変わらず料理しか作ってないし。
でも、オセロの石の、木材以外の材料による製造効率向上や、ランディさんが型抜きとかの方法を考案してくれたらしくて、劇的な生産性の向上が図れたらしい。
え? 5800個?
無茶しやがって……。
でも、緊急増産体制のストップ命じるタイミング遅れたら大変だよ、これ。
え、明日にはまた馬車を出す?
うん、まぁ、そうだよねぇ……。
その頃ボーゼス家では、入賞を狙い伯爵相手に特訓を行うイリス様を伯爵が必死で説得していた。
「お前はいつでも出来るだろう、ミツハとの食事も、着せ替えも、散歩も、頭を撫でるのも、手を握るのも。ここは他の者に譲ってやるのが、貴族としての在るべき姿だろう!」
ぷくっと頬を膨らませたイリス様は、駒を盤に叩きつけながら言った。
「王手!」
その隣りでは、ベアトリスが兄のテオドール相手にオセロの特訓中であった。
そして、ふたりの対戦を観戦しながら戦術の研究に余念の無いアレクシス。
皆、入賞する気満々であった。
ライナー子爵家では、弟とオセロの特訓中のアデレートの姿があった。
オセロは、ミツハが持って来た分は子爵が持っていってしまっているため、何とか入手に成功したメイドのひとりから、本人の勤務中のみ、という約束で借り受けている。
「しかし、借り賃が、毎日のおやつ半分、というのは暴利だと思うのですが……」
不満たらたらであるが、借りないわけには行かない。
早く自分で入手せねば、と思うアデレートであった。




