56 オセロを広めよう! 3
夕方過ぎに、ボーゼス伯爵家王都邸にお邪魔した。
ちゃんとアポは取っておいたし、夕食の時間帯を過ぎてからだよ、勿論。
アポを取った時、伯爵様は一緒に夕食を、と言ってくれたけど、こっちの用件でお邪魔するのに、夕食時に行くなんて申し訳ないよね。
夜にあまり長居をするのも悪いので、早速本題に。
「伯爵様、こんなの作ってみました。流行らせて儲けたいんですけど…」
超どストレート! 伯爵様と私の仲だものね、本音で行こう。
「何だね、これは?」
「遊戯具です。遊び方は……」
私の説明に、ふむふむと頷きながら聞いてくれる伯爵様。
勿論、イリス様、ベアトリスちゃん、アレクシス様、テオドール様も聞いている。覚えないと私と遊べない、とでも思っているのか、必死の表情。うん、まぁ、その通りなんだけどね。
とりあえずオセロの説明をして、伯爵様と対戦。
最初は、説明しながらのお試しプレイ。2回目から、本戦。
本戦1回目は、手加減してあげて少しの差で私の勝ち。
2回目は、わりと本気でやったんだけど、なぜか伯爵様の勝ち。
3回目は、全力で、うぬぬぬぬぬぬ!
……って、私がムキになってどうする!
さすが伯爵様、要領を覚えたら強いわ……。サビーネちゃんと戦ったらどうなるかな。
4回目、ぐぬぬぬぬぬぬ……。
2勝3敗……。初心者に………。
ふと気が付くと、イリス様に肩を掴まれていた。
はいはい、次はイリス様とですか……。
伯爵様との対戦をしっかりと見ていたイリス様、初回から中々強かった。
角を取ろうとはするけれど、なぜか沢山取ろうとしないから、良く解っていないのかな、と思っていたら、いつの間にか私が打てるところが無い!
パスさせられて、私の方が圧倒的に数が多かったはずなのにあっという間にひっくり返された。
ま、まさかこれって、上手い人がやる方法? ぎゃあああ!
初心者相手に、まさかの1勝4敗。
いくら何度もやったことがあると言っても、所詮中学生の仲間内での話だよ! そんな、必勝法とかオセロ協会員だとかオセロに命賭けてるとかオセロで世界征服を企む秘密結社だとかじゃないんだから! 定石とか知らないから!
しくしく……。
次は、ベアトリスちゃんと。
中々良い勝負。一進一退の攻防。
そうだよ、こうして楽しむんだよ!
楽しく遊べて、さすがに経験者の有利さで4勝1敗。
でも、同じ4対1でも、イリス様との対戦みたいな悲惨さはなかったよ。
「と、まぁ、こんな感じです。あともう1つ、将棋というのを持って来てるんですけど、これはルールが難しいので、説明書を置いて行きますから見ておいて下さい。また後日、試験的な対戦に来ますので…」
「ふむ……。中々面白いな。で、私は何をすれば良いのかな?」
さすが伯爵様、話が早い!
「オセロは最初から全ての人を対象に、将棋はまず貴族や軍人から広めて行きたいと思います。まず取っ掛かりやすいオセロでゲームの面白さを知った者に、将棋も面白いぞ、というふうに…。伯爵様は、人目につくところでやって見せたり、面白いぞ、軍人の頭の体操に丁度良いぞ、とか言って勧めたりして下されば……」
「しかし、やって見せると言っても、相手がいなければどうにもならんだろう?」
「相手なら、今のところ、王様、宰相様、サビーネちゃんがいます。みんな、将棋もできますよ。この中ではサビーネちゃんが最強です。何か賭けようと言われたら注意して下さいね」
「え……」
伯爵様が絶句したのは、挙がったメンバーに対してなのか、その中で最強なのがサビーネちゃんだということなのか……。
「モノが入荷するのは20日くらい先ですから、しばらくはあまり派手にやらず、影響力のありそうな人に少しずつ勧めてみて下さい。無理強いはダメですからね。そして15~16日くらい経ったら、人前で打つとかして、攻勢に出て下さい」
「何か、王位簒奪を企んでいると思われそうだな……」
「あはは、王様も仲間なのに?」
苦笑する伯爵様。うん、絵になるねぇ、渋い男性の苦笑って。
「「あの~…」」
声を掛けられて振り向くと、オセロ盤を持ったアレクシス様とテオドール様が。
「あ、遅くなっちゃったんで、私はもう帰りますから。オセロと将棋は置いて帰りますので、あとはアレクシス様とテオドール様で対戦なさって下さい。では、失礼しますね」
「そ、そんな……」
「嘘……」
なぜか呆然としているおふたり。そんなにやりたかったの? 今からふたりで好きなだけやればいいじゃん。結構遅くなっちゃったから私はもう帰るけど。
あ、そういえば、アレクシス様って子爵家を興して独立したんじゃないの?
今日は里帰り? それとも、王都邸を用意するお金が無いから当分は実家住まいなのかなぁ、王都では。世知辛いねぇ…。
伯爵様とイリス様に挨拶して帰ろうとすると、門まで一緒に出て見送られた。
店まで送ろう、という伯爵様のお申し出を固辞して、歩いて帰ることに。伯爵様も、私がいざという時にはいつでも逃げられる事を御存知なので、あまりしつこくはされない。それを御存知ないイリス様は不満そうだったけど、私にはとても過保護な伯爵様がそう言われるのだから何か理由があるのだろうと思ってか、何も言われなかった。隠れ護衛がいるとでも思われたかな?
帰る私の後方から最後に聞こえたのは、『あなた、勝負しますわよ!』と言う、イリス様の声だった。
よし、ハマってるハマってる!
この調子で、アデレートちゃんのところ、ライナー子爵邸と、私がパーティーに行かなかったパストゥール伯爵邸、あと何人かのいい人っぽかった貴族のところを回ろう。何かあったらいつでもおいで、と言ってくれてたからね。
あ、勿論昼間にだよ。夜に訪問なんて、ボーゼス伯爵様だからできることなんだから。
それと、『いい人』ってのは、そのままの意味だからね。『私にとって都合の』いい人、って意味じゃないからね! ……多分。
あ、パーティーも、あの、最初に行った、え~と、誰だっけ、あの長男が少女に手を出すところ、あそこだけじゃなく、他の貴族家のパーティーにも何度か行ったよ。夕方以降なので私の日中の行動には影響が無かったし、毎回代わり映えのない同じようなパーティーだからあまり記憶に残ってないけど。
たまにいる、良い人と能力の高い人と役に立つ人、そして要注意の人は、ちゃんとメモを取って、後でパソコンに入力している。
あ、『能力の高い人』と『役に立つ人』は、同じじゃないよ。全然別物。
能力があっても役に立たない人もいれば、大した能力は無いのにとても役に立つ人もいる。まぁ、能力が無くて役に立たない人は、その数十倍はいるけどね。能力があって役に立って良い人、ってのは少ないねぇ、ほんと。
まぁ、最低限、『役に立つ』というだけでも充分なんだけど。
私は『利用しづらいヤツ』って設定だから、今は直接変な絡み方をされることは殆どない。領地も全然魅力のないところだしね。それどころか、三男坊、四男坊であっても婿入りしたくないというようなところだ。まぁ、そういうところを自分で選んだんだけどね、虫除けに。
だけど、なんだかやけに自分の息子を推す人が多いんだよね。確かに、『悪意のある、変な絡み方』じゃないんだけどね、『変な絡み方』じゃ……。
うちの領地が将来発展する予定だということに気付かれたのかなぁ…。
それからの数日間、リストに載せた貴族家を回って根回しに努めた。オセロと将棋はまた日本で数セット追加購入しておいたよ、足りなくなったから。
そしてみんなにじわじわと面白さを伝えて回るようにお願い……する必要はなかった。
みんな、私がわざわざ自分から遊びに来たことに大喜びで、更にゲームに大興奮。翌日から、対戦相手を求めて駒とゲーム盤を持ち歩き、自分と良い勝負が出来そうな者にやり方を教えて回ることとなった。
ミツハの最初のボーゼス伯爵家訪問から16日後。
王都の中央広場で、小さな人だかりが出来ていた。
「何だい、あの人だかりは……」
「ああ、何か、傭兵の女の子達が面白そうな遊びをやってるとかで、それの見物客らしいよ。やり方はすごく簡単なんだけど面白いらしくて、朝からずっと人だかりが絶えないよ」
「へぇ…。ちょっと見てみようかな。女の子は可愛いかったか?」
「ああ、可愛い娘と美人さんだぞ」
「……行ってくる」
子爵領にスカウトしたスヴェン達に代わり、ミツハから指名依頼を受けた傭兵達。他にも何組か、王都の各地で同様のことをやっている。中には普通の私服姿で街娘のような格好をしている者もいた。男女共に依頼したが、女性の比率が高い。
一般依頼ではなく指名依頼にしたのは、やはり広告塔にするには見た目も大事だからである。
ミツハの名声だけでなく、ミツハの依頼を受けると運が向く、という噂のせいもあってか、その指名依頼を断る者は殆どいなかった。ミツハが、稼ぎが少なくて苦しそうな者に優先的に声をかけたということもあったが。
石段に腰掛けて、雷コーンを片手に楽しそうにゲームに興じる男女。
そのゲームの噂はしだいに広がって行った。
王宮では、午後の会議がようやく終わりを告げた。
列席していた皆がそれぞれ屋敷に戻ろうと立ち上がりかけた時。
「この後、誰か将棋かオセロに付き合ってくれんか?」
(((しょうぎ? おせろ?)))
国王の突然の言葉に、皆、不思議そうな顔をした。
その時。
「おお、いいですな! お付き合い致しますぞ!」
「いやいや、前回の雪辱戦、まずは私から!」
「私が両方の遊戯盤を持って来ております。2卓で出来ますぞ!」
「何持ち歩いてるんだ、伯爵は……」
急に盛り上がる、王と宰相、一部の上級貴族達。
(な、何だ! 何の話だ!)
(王や側近達の付き合いに入り込むチャンスか? しょうぎ、とは何だ?)
(いかん、話が判らん!)
焦り、解散後に慌てて情報収集に走る貴族達。
2つの遊戯具の噂は、あっという間に広まった。
そしてその4日後。
王都の各地に張り紙が貼られた。
『新しい遊戯具、オセロと将棋 新発売!』
『各大会の開催が決定! 入賞して、雷の姫巫女様に自分が選んだ服を着せ、撫で撫でしながら一緒に食事!』
いや、ひとりで複数の賞品はゲット出来ない。
酷い詐欺であった。




