54 オセロを広めよう! 1
とりあえず、オセロを広めよう。
製紙や諸々、他のことは、社交シーズンが終わったあとでも進められる。時々王都に来ても、ああ、また来てるな、遠いのに大変だねぇ、と思われる程度で済む。毎回、全員に会うわけじゃないしね。
でも、オセロを広める作戦は、あちこちで色んな人と会わなきゃならない。明らかに、王都にいる頻度が多過ぎ、って思われちゃうよ。
何とか、この社交シーズン中に根回しして、大会開催の告知までやっちゃわないと……。
大会告知まで終われば、あとは当分放置で構わないだろう。オセロの製作、輸送と販売にはある程度時間がかかるし、広まれば、あとはそれなりに売れるだろうからね。あまりゴリ押しするつもりも無いし。大会は、次の社交シーズンの予定。
「と言うわけで、ペッツさん。今度から、うちの領地に行った時には、魚介類の他に、オセロと将棋も出来てる分全部運んで下さい。販売もお願いします」
「え、ええ、そりゃまぁ構いませんけど……。でも、売れるんですかソレ、本当に……」
「任せて下さい! 駄菓子屋のお種ばぁちゃんの名にかけて!」
「いや、誰ですかそれ!」
ペッツさんは快く引き受けてくれた。
でも、代わりに、変な条件を出された。
「それは良いのですが、ひとつお願いがありまして……」
「なに?」
「あの、広場の屋台ですが、あそこに出してあります看板の絵、あれを私の馬車にも付けたいのですけど、良いでしょうか?」
「え? まぁ、別に構わないけど……。あ、もし良かったら、あれを描いた子を紹介するよ?」
「おお、それは願ってもない! よろしくお願いします」
おかしな要望だけど、別に構わないよね。それに、孤児院の子にとっては、金儲けと、商人にコネが出来る絶好のチャンスだ。この芽を潰すのは忍びない。断るという選択肢はないだろう。
本人に伝えて連絡させると言って、ペッツさんの店を辞去。
オセロと将棋のルールを説明した紙は既に作成済み。オセロのは簡単だったけど、将棋の方は少し面倒だった…。
説明の絵はネットで落として、文章は手書き。家のプリンターがマルチプリンターでコピー機能があって良かったよ。怪しい異国文字のチラシなんかコンビニでコピーしていて誰かに見られたら、厨二病か怪しい暗黒宗教か、って思われちゃうよ。大都会と違って、田舎町では顔見知りも多いし、悪い噂はすぐに広まるんだから。いや、ホント!
実際の配布や宣伝開始は、領地からオセロの現物が届いてから。商品が無いのに宣伝しても仕方ないからね。
ペッツさんが数日後に出発するとしても、往復と、各町々での商売の時間を考えると、王都に戻るのはかなり経ってからになる。それまでに、上層部への宣伝と根回しだけしておこう。
え、なぜさっさと転送しないかって? だって、これからもずっと続ける領地と王都との交易を、私の能力をアテにしたものにしちゃ駄目でしょう?
私がいつ不慮の事故に遭ったり病気になったりするか判らないし、もしかするとこの国から逃げ出さなきゃならなくなるかも知れない。その時、私の存在を前提とした経済活動をしていたら、領が潰滅してしまう。
私がいなくても何とか回るようにしておけば、次に来た領主さんの下で、なんとか生活レベルを維持できるだろうから。もし税を元に戻されてもね。
だから、上層部根回し用の日本産数セットを除いて、他は普通の手段で領地から運ぶ。
数セットくらいのズルはいいじゃない。固いことは言わないの!
それに、そもそも、昨日の今日で、まだ現物が生産されていないよ。
早速孤児院に絵のことを伝えた。
描いたのは、9歳の女の子だった。図案も自分で考えた、とか。
いや、勿論知ってたよ。子供が描いたってことは。
でも、言わせてよ。
何、この孤児院! 各地から才能のある子供達を集めた、秘密組織の養成所か何かなの??
お店への帰りに、ちょっと日本に寄り道して、オセロと将棋を数個追加購入。
最初からまとめて買っておけば良かった……。
で、お店に帰ると、サビーネちゃんがお店の前で待っていた。
「ミツハ姉様、遅~い!」
って、知らんがな……。
「だから、店の鍵を頂戴、って言ってるのに!」
いやいや、防犯設備を閉店モードにしている時に店内をうろつくと危ないからね! モード変更の仕方を教えるということは、このお店を自由にできるということであり、それは私の身内同然、転移能力についてのかなりの部分を教えて、一蓮托生、共犯者になって貰うということだからね。
「駄目!」
私の真顔のひと言に、しょんぼりするサビーネちゃん。
うんうん、元気な小悪魔顔のサビーネちゃんも可愛いけど、落ち込んだサビーネちゃんも…、って、私はサドか! いやいや、私は仕事中に日本酒を呑んだりしないし、ミーくんという名の猫も飼ってない!
お店を開店モードにして、会計席に着くと、早速DVDを観たがるサビーネちゃん。
……もしかしてこの子、私に懐いてるんじゃなくて、DVDに懐いてるだけなんじゃあ………。
いや、考えちゃダメだ、考えちゃダメだ! 人間不信になってしまう……。
「サビーネちゃん、DVDじゃなくて、ちょっと面白いゲームをやってみない?」
「ゲーム?」
「うん、これ。ルールは簡単、古竜でも30秒で覚えるよ」
「古竜って、人間より頭良いじゃない!」
ああ、そういえばそうだっけ。『サルでも分かる』って使い方に、古竜はダメだったか……。ここは『ゴブリンでも』だったかな?
「じゃあ、私に勝てたら、何かお願いを聞いてあげる。但し、お店関係は駄目だけどね」
「やる!」
ふふ、チョロい!
…………負けた。
乾布摩擦、いや、完膚無きまでに負けた。
いや、一応、何度もやったことがあるんだよ、友人達と。
なんでだよ~~~!!
「割と面白いね、ミツハ姉様。特に、勝てるゲームは」
ドヤ顔のサビーネちゃん。
う、うるさいわ!!
「自信あったみたいだけど、それでも念のためにお店のことは駄目、って抑えておくとは、さすがミツハ姉様ね。残念だけど、仕方ないかぁ…」
よ、良かった! 一応そう言っておいて、本当に良かった!!
「じゃあ、あの、姉様が領地に戻ってもお話しできる道具、あれ貰った時のもうひとつの選択肢だったやつ、あれ頂戴」
え……。
そっと壁際を見ると、蒼白になっている護衛のおじさん。
そして、おじさんからそっと視線を外す私。
泣きそうに歪んだおじさんの顔。
……ごめん。
その後、サビーネちゃんから感想を聞き、この世界でもオセロは売れるという確証を得た。何しろ、ろくな娯楽がないのだ。そこに持ち込まれた、娯楽の多い地球でさえ大人気の洗練されたゲーム。いったん広まってその面白さが知れ渡りさえすれば、売れないわけがない。
……つまらない賭け勝負なんかしなきゃ良かったよ。
大被害だ。
主に、壁際で黄昏れているおじさんとかに。
いや、本当に、ごめんって!
せめて少しでも被害の元を取ろうと、サビーネちゃんにオセロと将棋各1組、そして説明を書いた紙を渡し、王様や宰相に勝負を挑むようお願いしといた。
もしサビーネちゃんが勝って、ムキになったみんながハマってくれれば、売り込みの時に説得の手間が省けるよ。
自転車の購入のためにサビーネちゃんの身体の計測をしながら、ふと気付いた。
……この子、王様達にも賭けを持ちかけるんじゃなかろうか。何か、とんでもない条件を出して。
足の長さを測りながらちらりと見上げたサビーネちゃんの顔は、笑みを浮かべていた。思い切り邪悪なやつを。
あ、これ、アカンやつや!
王様達の健闘を祈ろう…。
翌朝、自転車屋へ行った。
いや、さっさと渡さないと、早く寄越せと言い続けられるに決まっているからね。面倒事は早めに片付けるに限る。
自転車は安全第一。安物ではなく、国産のしっかりしたものを選ぼう。
ママチャリでお茶を濁したいところだけど、サビーネちゃんは多分ハードな使い方をするだろうから、マウンテンバイク、かな……。
ロードバイクは、って、そんなスピード出されても困る。路面も良くないし。ロードバイクは、舗装路での高速走行にこそその真価を発揮する。子供の蛮用に耐えるには不向きだよ。
クロスバイク? そんな万能マシンをサビーネちゃんに与えてどうするよ!
領地に戻った翌日あたりに、クロスバイクに跨ったサビーネちゃんが『来たよ~』って現れたらどうするんだよ! 怖過ぎるだろ!!
瞬間的な最高速度ならともかく、持続速度から考えたら、馬でも追いつけないんだよ。護衛の人が、逃げられたことに数時間気付かなかったらお終いなんだよ、もう!
そういうわけで、頑丈なマウンテンバイクね。
いや、これでも領地には行けるだろうけど。クロスバイクよりほんの少し遅い程度だから。でも、まぁ、気休め程度には……。
専門店で色々と相談に乗って貰い、測定したデータを見せて、育ち盛りの女の子、って伝えると、数台の候補を出してくれた。その中からサビーネちゃんが気に入りそうなものを選び、サイドバッグやらヘルメット、プロテクターとかも付けて購入。
補助輪は要らないだろう。マウンテンバイクに補助輪は似合わないし、サビーネちゃんは多分初日で乗りこなす。
ごめん。護衛のおじさん、ほんっとに、ごめん。




